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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
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ロケットの思い

かなり遅くなりましたが第二十八話です。


では、戦いの結末をお楽しみ下さい。

入る入り口にした結界と現世の境目。それを手のひらで確かめるようにしていた龍護が一つ頷く。


「これか・・・。よし、桜と螢斗は下がってろ。他の奴らは手伝えよ」


「任せとけ」「ハイハイ」


空になった弾倉(マガジン)を取り出し、腰に幾つもある弾が詰まった予備マガジンを差し込む。空になったマガジンは近くでお座りしている黒いジャーマン・シェパード・ドッグに放る。ジャーマン・シェパード・ドッグはそれを口でキャッチし、自身の体に巻いてあるベルトの一つに差し込む。そこには幾つもの空のマガジンと予備マガジンがあった。戦闘で使った空になったマガジンを拾ったのだろう。


「久しぶりに見たけど可愛い~。クロ、おいで」


桜が喜色満面の笑みを湛えジャーマン・シェパード・ドッグを呼ぶ。クロ、と呼ばれたジャーマン・シェパード・ドッグは嬉しそうに尻尾を振り、桜の元へ駆けていく。


『桜~』


「クロ、か。ずいぶん大きくなったな。前は子犬だったのに」


螢斗も懐かしそうに目を細めながら駆け寄ってきたクロに手を伸ばす。クロは威嚇のような唸り声をあげたが、すぐに誰だかわかるとじゃれ付く。そんな二人と一匹は放っておいて龍護達は結界に向き直る。



ビキビキ  ガッシャーン



「結構強い結界だったな。疲れた」


龍護が上に羽織っていたブレザーを脱ぎ、汗を拭う。ついでとばかりに拳銃(ハンドガン)を右太ももにあるホルスターに戻す。拳銃は淡い光を放って消える。同じく黒いホルスターも消える。


恭哉も太刀を鞘に戻し肩を揺する。洸哉がへぇ、と微かに目を細めている。その横で真夜が電柱に寄りかかり、暇そうに欠伸をして目を擦る。その仕草に恭哉が仕舞った太刀を引き抜いて怒鳴る。


「姉貴も結界壊すの手伝いやがれ!!!洸哉はいろいろ手順やら準備やらがめんどくさいからいいとして!」


「ふぁ~ぁ。ごめ~ん。なんて言ったか聞こえなかった。もっかい言って」


「んだとこの「はいは~い、そこまで」


螢斗が二人の頭に拳骨を落とす。二人は痛みに声も出ないといった様子でしゃがみ込む。桜が「あ~らら」と微苦笑を浮かべる。昔もこんな光景を見たことがあるかも。殴られた人は違うかもだけど。そこへ、


「はい、と~ちゃ~く」


のん気な声が龍護の影からする。視線が彼の影に集まる中、出てきたのは戒達だった。渚は桜達を見て浮かんできた疑問をそのまま大路に投げかける。、


「何でここに桜達がいるってわかったんですか。そしてあの人は」


戒に質問しながら洸哉を指差す。洸哉は一歳年下なので渚と悠紀は面識がないのだ。


「ん~?龍達の影がここに集まってたからここかと思って。それからあの人は・・・・・・誰だっけ?」


「天空 洸哉です。名字のとおり、僕は真夜姉さんと恭哉兄さんの義弟(おとうと)です。以後、お見知りおきを」


とても礼儀正しく自己紹介をする洸哉に思わず「「よろしく・・・」」と挨拶を返す渚と悠紀。


「・・・・あなたの異能は・・・『影』ですか?というか弟がいたんだ、あの二人に」


「よくわかったね。そうだよ、僕の異能は『影』。洸哉のことは洸哉に聞きな」


彼女の足元の影が動き、戒そっくりの姿形になる。


「さっきはこれで君を助けたわげッ」


語尾が微妙におかしくなった。その原因は彼の横で怒りをあらわにしている春だろう。彼は不自然なほど低い声で戒に詰め寄る。


「戒、俺言ったよね。寄り道せずに、真っ直ぐ、素早く、来いって。・・・・・なのに・・・・なんで・・・」


戒の胸倉をむんずと引っつかむと彼女の耳元で力一杯怒鳴る。


「てめぇは寄り道しなきゃ目的地に来れねぇんだッ!!!!それからチョコがあるからって見境なく買うな!!わかったか!」


「イライラにはカルシウムだよ。はい、牛乳」


いったいどこに入れていたのか、ガラス瓶に入った牛乳を取り出して春に渡す。ビキッと眉間に青筋を立てた春の手が無言でガラス瓶を握り潰す。途端に始まる怒鳴り声の嵐・・・。戒の鼓膜(こまく)が破れないか心配だ。


「あの二人っていっつもこうじゃない?」


「そうだな。長けりゃ一時間ぐらい続くぞ」


うるさそうに片目を瞑りながら辟易したように隣の恭哉に囁く桜。囁かれた恭哉も彼女と同じような表情で囁き返す。悠紀がそのいつもと寸分違わぬ彼の声を聞き、駆け寄る。


「お前・・・大丈夫か?」


確かな気遣いが感じられる声音に思わず苦笑が滲(にじ)んだ。こいつに心配されるとは、という言葉が風に溶けていく。


「あぁ。桜に真正面から責められてすっきりした。まだ気まずいとこがあるかもだけど。自分で自分を責めるより誰かに責められた方がいいって事がわかったよ」


罪を犯したのに誰もそれを責めないのは、優しく見えて酷く残酷(ざんこく)だ。あるのは己の良心の呵責(かしゃく)のみ。


自分で自分を糾弾(きゅうだん)することに終わりはない。誰かに糾弾されるほうがよほど救われることもある。


「そうか。もう心配かけんなよ」


「お前に心配される日がくるとはな。厄日か」


「んなっ・・・。人が心配してやってんのになんだ!その言い草はっ」


悠紀は心の底から安堵(あんど)したように息をつくと恭哉の背中を叩く。恭哉は小さく頷くと悠紀の足を軽く蹴る。


「あの・・・あなたの異能ってなんですか・・・?」


ずっと気になっていたのであろう渚が遠慮がちに問うと、洸哉は目を瞬(またた)いてあぁと納得したような声を出す。


「あなたは真海家の方ですね。なら僕の異能を知らないのも無理はない。僕の異能は『鍵』。どんな鍵穴でも開けられますし、鍵穴があればどこへでもいけるんですよ。攻撃にはあまり向かないんです。ですが、一応攻撃も出来ますよ。仕込みが大変ですが」


男嫌いの渚から見ても大変愛想(あいそ)のよい笑顔で説明してくれる洸哉。本当に恭哉と真夜の弟なのか疑いたくなるほど丁寧で紳士的だ。渚は小さく「世界って不思議だな」と失礼な事を呟く。


和み始めていたそこに、風を切る音と悲鳴が重なって聞こえた。声のする方向に顔を向けると何かがこっちに向かって物凄い勢いで飛んできているのが見えた。


「南絃か」


その何かは桜達の目の前に墜落(ついらく)する。まさしく墜落としか表現しようがない落ち方だ。痛そうな音に戒と春以外の全員が自分の事のように思わず顔を歪(ゆが)ませる。


「着いたぞ」


「見ればわかるよ!それより、他に言うことないの!?この着地の仕方はどうにかならなかったの!!体のあちこちが滅茶苦茶痛いんですけど!」


土埃の向こうで冷静な声と猛然と抗議する声とが聞こえた。冷静な声の主はいささかも刃こぼれしない口調でばっさり切り捨てる。


「俺が知るか」


「あなたの異能、『音』のせいでこうなったんだと思うんだけど、気のせい!?」


冷静な声の主、南絃はうるさそうに猛抗議する千夏を見下ろし、一夜と美優に視線を移して短く問う。


「怪我は?」


「してないよ~。湯飲みをどっかに落っことしちゃったけど」


「大丈夫だよ。ありがとう、南絃君」


二人は埃を払いつつ南絃に笑いかける。一夜がきょろきょろと何かを探すように視線を泳がせ、恭哉を見つけると深緑色の瞳が不安げな色に染まる。彼の視線に気付いた紅い瞳がちょっと見開かれ、かすかに動く。


「心配かけたな、一夜。もう大丈夫だ」


明るく笑う恭哉の笑顔を見て一瞬疑うような眼差しを向けるが、すぐに深緑色の瞳が和らぎ、安心したように微笑む。


「とにかく家に帰んぞ。話はそれからだ」


空には一番星が輝いていた。










「桜ちゃんと悠紀君と千夏ちゃんはそこに座って。すぐに治療始めるよ」


美優の声で桜と悠紀と千夏はソファーに座る。春は夕飯を作るため、慌ただしくキッチンに向かう。洸哉が「僕も手伝います」とキッチンに向かう。戒は暇そうに欠伸をすると「僕は寝てる。起こさないでね」などと勝手なことを言い二階に上がっていった。


南絃は何かを堪えるように唇を噛み締めている。先ほど言われた言葉が古傷を抉(えぐ)ったのだろう。あの言葉のせいで南絃は周りの人間に蔑(さげす)まれ、酷い扱いを受けてきた。八歳の時、桜と螢斗の母に助けられるまでは。


「南絃?どうかしたのか?大丈夫か?」


螢斗が心配そうに顔を覗き込む。昔と変わらない優しい瞳がそこにはあった。この天空家特有の紅い瞳に、俺は何度も助けられてきた。天空家特有の紅い瞳は、一度たりとも俺の事を嘲笑ったり蔑んだりしないから。俺の本当の気持ちをわかってくれるから。


「なんで天空家は俺みたいな子供を受け入れたんだ」


突然の問い掛けに天空家の五人は目を見開く。その中でも本家の子供の桜と螢斗、龍護は互いに顔を見合わせる。


ちなみに真海家、天空家、菊池家には必ず本家というものがある。天空家はそういうのはまったく気にしないが、真海家はそういうことに厳しい。前に天空家と真海家の仲が悪いと話したが、それは天空家がどこの馬の骨ともわからない人でも関係なく受け入れるからなのだ。菊池家も大路を受け入れたので真海家と仲が悪い。


それから桜達本家と恭哉達の家に血の繋がりはない。遥か昔まで遡(さかのぼ)ればあるかもしれないが、ほとんどないと言い切れる。夕空家は天空家の遠い遠い親戚らしいが、詳しいことはわかってない。


「俺みたいなじゃない。南絃だからこそだよ」


「そうだな。俺もお前じゃなきゃ嫌だ。お前がいなきゃつまんねぇんだよ」


「どうして受け入れたかはわからない。母さん達はもういないから。だけど南絃、これだけは心に刻んどいて。“呪われた一族”だかなんだか知らないけど、お前はもう天空家本家(うち)の人間なんだ。それを忘れるな」


南絃の薄黒の瞳を螢斗が覗き込む。真っ直ぐで澄んだ紅玉色の瞳が視界を占領する。


「周りがなんと言おうがお前は天空家の人間だ。天空家の証、持ってるだろ」


南絃は胸元を押さえ、何かを握る。そこには桜の左腕にある紋章と同じものが刻まれたロケットがある。天空家に限らず、他の二家も持っているその家の者という証。天空家は紅い翼のロケット。真海家は蒼い波のロケット。菊池家は双葉のロケット。


桜と龍護、螢斗ももちろん持っている。三人にとってロケットはとても大切なモノだ。血縁を超えた兄妹の証だから。


そして、悠紀にとっても真海家のロケットは大切なものだ。彼との約束を、そしてあの人がくれた大切なモノを、忘れないための。


「“珠狩”になに言われたか知らんが、自身を持て」


南絃の顔に、今日初めて笑みが宿った。滅多に笑わないだけに、渚達の視線が釘付けになる。こいつもこんな風に笑うのか。あんまり笑わないから頬の筋肉切れてんのかと思った。


「ありがとう」


「そうだ!忘れてた」


桜が慌ただしく立ち上がり、美優の制止を振り切って二階に駆け上がる。数秒後、物凄い勢いで戻ってきた。


「誕生日おめでとう、南絃。かなり遅れちゃったけど・・・誕生日、七月三十一日でしょ?」


手渡されたのは鍵だった。南絃は黙って鍵を見つめ、首を傾げる。この鍵、見覚えがあるような、ないような・・・。


「どこの鍵?」


「天空家本家(うち)の鍵。南絃、持ってないでしょ?」


「!?」


「大丈夫。余裕あるから。ちゃんと龍兄達にも了解取ったよ」


ほら、洸哉も、と洸哉にも同じ鍵を放る。まぁ洸哉には必要ないだろうが念の為だ。南絃が驚いたように目を見開き反射的に口を開く前に桜がしっかり保障する。南絃が気にしてるのはそっちではないのだが。


「南絃、中等部のときから夏休みとかずっと寮にいるんでしょ?嫌じゃなかったらうちにきなよ。千夏の夕飯滅茶苦茶美味しいからさ。ね?」


邪気のない笑顔で南絃の髪をくしゃりと撫でる。南絃は手のひらにある鍵を見つめる。俺が、ここに・・・。



――――“呪われた一族”と一緒にいたら不幸になるわよ。



「ダメだ!俺と一日以上一緒にいたら呪われ・・・「まだ信じてんの?あんな馬鹿げた噂」


桜が苦笑する。そうして俯いてしまった南絃の頬に触れ、優しい声音で顔をあげさせる。


「あんな噂信じるなって言ったでしょ。私は南絃と一緒に学校行きたいし、南絃に少しでも幸せになってほしいんだ」


南絃は微かに目を見開く。昔、似た言葉を言われたことがある。



――――「あなたは今までずっと不幸だった。だから、あなたには絶対に幸せになってほしいの。不幸だったことを忘れてしまうくらい、幸せに満ちた人生を歩んでほしいの」



あの言葉のおかげで俺は生きる意味を世に見出せた。暗く閉ざされ、もはや生きる意味すらなかった俺に、生きる意味と、居場所をくれた。


頬にある桜の手に己の手を重ね、目を細める。


今でも鮮やかに思い出せるあの出会いの日を、俺は生涯、忘れることはないだろう。


あの日から、俺の人生は三百六十度変わったのだから・・・。

今回は遅くなってすみませんでした。

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