お馬鹿とチョコと風
少し遅れてしまいました。(汗)読んでくださってる皆様、すみません。
二十七話、お楽しみください。
気がつくと周囲が真っ暗闇になっている変な所に立っていた。しかも、妙に寒いし寂しい場所だ。
懐かしい声が、鼓膜を震わす。
「ここは・・・僕は確か桜と落ちて・・・・。“空の珠”が話しかけてきて・・・それで・・・」
あの時の螢斗が、最後に記憶している彼のままで、そこにいた。
「・・・螢・・・兄・・・・・・」
視界がぼやける。目頭が熱くて、鼻の奥がつんとして、唇が意味もなく開閉を繰り返す。
あぁ、おかしいな。ちゃんと見ておきたいはずなのに、よく見えない。
止まることを知らない涙があとからあとから頬を伝って流れ落ちていく。あの日の彼にもう一度会えた事が嬉しくて、けれども自分を覚えていない事が悲しくて、心の中で感情がごちゃ混ぜになっている。
そこへ、無駄に厳かな声が響いた。
『契約を始めるぞ。“空の珠”を継ぎし者よ』
「僕は継ぎません。代わりに、僕の妹、桜と契約してほしい」
誰の姿も見えない空間に突然声だけが降ってきたというのに一切物怖じせず即座に否定の声を上げた螢斗に、声の主から戸惑いの感情が伝わってくる。
『どうしてだ』
「桜も僕も正当継承者とかで強過ぎる異能を持っています。あなたが“空の珠”だというのならその異能を封印して欲しい。そして、本当に必要なときにだけ使えるようにしてほしい」
どこにいるとも知れない“空の珠”に真剣な眼差しで頼む螢斗の目に迷いはなかった。“空の珠”は数秒間沈黙し、こう言った。
『未契約者の代償は大切な者の記憶だ。それでもいいのか』
「はい。それで、桜が守れるなら」
強い決意に満ちた返答に楽しげな笑い声が降ってきた。ムッと眉根を寄せた螢斗だったが、1つ深呼吸して自身を落ち着かせる。
「僕のセリフにどこか笑えるところがありましたか?」
『いや・・・・気にするな。昔、お前と同じ答えを言った奴がいてな。お前の妹、桜と言ったか。そいつと顔がそっくりでな。性格もそっくりだったか』
くっくっくっとまだ笑っている。最初の厳かな雰囲気が台無しである。螢斗は思いついたように“空の珠”に訊く。
「・・・僕が忘れるのは、桜のことだけですか?」
『あぁ、そうだ』
予想通りの答えに桜の悲しそうな顔が容易に思い浮かべられた。ズキっと胸が痛んだ。
あんな顔を、させるのか。ダメな兄貴だな、僕は。
自嘲気味に笑う。だが、こうしなければ桜はいずれ自身の異能で内から呑み込まれてしまうだろう。だから、後悔はしない。
今の僕がしてあげられるのは、きっとこれぐらいのことだから。
「これから先、桜を頼みます」
『・・・わかっている。それからお前、一つ勘違いしているみたいだが記憶が戻る可能性はあるぞ』
「本当に?でもなんで・・・」
『俺は記憶を取りたくて取る訳じゃない。それが掟だからだ。そして取った記憶は返してはいけない。だが、俺以外のものがお前の記憶を取り戻させるのは禁止されていない。まぁ、お前の妹が気付けばな』
「桜なら気付きますよ。なんたって、僕の妹ですから。それからもう一つ頼みがあります。僕の記憶に“珠狩”の仲間になれという言葉を入れておいていただけませんか?」
“空の珠”ははぁ、と胡乱げな声を出す。こいつ、どっかで頭でも打ったか?等の副音声が付いてきそうだ。
「もし“空の珠”の言うとおりに僕の記憶が戻るなら、正当継承者を狙う“珠狩”の情報を少しでも掴んでおきたいので」
『わかったよ。そろそろいいか』
「はい。僕の記憶が戻るまでちゃんと桜を守ってくださいね。できれば僕の記憶が戻ってからも」
『うるせーよ。それから俺のことは翼と呼べ。俺の本当の名前だ』
「考えときます」
「・・・・・・桜・・・」
螢斗の唇から吐息に近い声が漏れる。自分の頭に懸命に異能を流し込んでいる桜には聞こえなかったらしく、反応はない。螢斗はもう一度、今度ははっきり名を呼ぶ。
「桜」
はっと瞠目する。この声は。聞き間違えるはずがない。穏やかで、笑みを含んだような、大好きな兄の声。
「・・・螢・・・兄」
今度は届いた。桜の顔に笑顔がじわじわと広がっていく。その眦には涙が溜まっていた。
想いは、なににも負けない力となる。自分の中に崩れない何かがありさえすれば、何度倒れても、何度でも立ち上がれる。そして、そのことを忘れなければ、心が壊れてしまうことはないのだ。
感動の再開に水を差す空気読めない奴がいた。
「もらった」
突如ものすごい突風が巻き起こり桜を吹っ飛ばす。完全に油断していた桜は容易く大地の異能で吹っ飛ばされ、窓ガラスを易々と突き破る。螢斗が必死に走る。あの時の光景と重なる。
「桜」
伸ばされた手を桜は迷うことなく掴む。ずっと決めてたことがある。
――――もしもう一度螢斗が手を差し伸べてくれたなら、その時は必ず手を掴む。もう迷わない。
「螢兄」
螢斗は軽々と桜を引き上げ、ほっと息をつくと自身よりさらに細い目下の髪を撫でる。聖はくっと歯噛みする。形勢逆転。こっちのが不利だ。
その時、階段から足音がし、新たな人物が現れた。
「お前は・・・時雨・・・・・・と誰だ」
「あっ!!ホントにいたッス。遅いッスよ、聖さん。ここ探し当てるまでに何分食ったと思ってるんスか。まぁ結果的に見つけたんだから結果オーラルだな。あれ?オーラリだっけ?オラーイ?」
やけにテンションの高い口調と大バカ発言をしたのは五十嵐 時雨。髪は金髪で瞳は濃紫。この年の男子に比べ、背はかなり低い。目算だが百五十五以下だろう。見た目はそこらへんに一ダースぐらいいそうなチンピラ。私達と中・高同じで、言っちゃ悪いが果てしなく馬鹿。だが体育だけは成績はよかったらしい。
「参りましたね。足止め役を仰せつかったのに失敗してしまった」
次に来たのが天空(空峰) 洸哉。真夜と恭哉の弟だ。髪は黒で短髪。瞳は光を弾く金色。いつも敬語で礼儀正しい。兄弟仲は・・・ご想像に任せます。
「まっ、どっちでもいいッス。俺が来たからにはてめえら全員天狗の納め時だ!覚悟しやがれッス!!」
大声で間違った言葉を自信満々に述べる時雨。聞いているこっちの方が恥ずかしい。真夜が思いっきり吹き出す。彼女には受けたらしい。
「年貢の納め時、だ、この大馬鹿が。三珠の前で醜態を晒すな。それと時雨、誰が来いと言った。お前は今回あいつらと留守番のはずだ。大地がお前に何度も言っていたのも知ってる。なのに何故ここに来ている」
「洸哉。ちゃんと足止めしろって言ったろ」
聖と龍護がはぁとため息混じりに呟く。聖は心の底から呆れ果てている様子だ。聖の方は前にもこういうことがあったらしい。大地など壁に両手をつきふか~いため息と共に「あんだけ・・・・あれだけきつく言い聞かせたのになんでこいつには伝わらないんだ」とブツブツ呟いている。第三者が見たら不審者と間違われそうだ。記憶が戻った螢斗もやれやれと肩をすくめている。
「そりゃ俺らの目的である天空 桜って人を見に来たに決まってんじゃないッスか。大地さん達が狙うってことはかなり可愛い子なんスよね。どの子ッスか?俺も見たいッス!ってあれ?なんで天空とかがいるんスか?・・・・・・!!!もしや、あいつらも天空 桜を狙ってるんスか!?モテモテじゃないッスか」
彼は自分の目的をきちんと理解しているのだろうか。額に交差点を浮かべた大地の様子からして、どうやらまったく理解しておらず、なおかつ正反対の誤解を妄想で包み込み爆走しているらしい。誰か止めろ。
「説教は後にしろ、大地。退き際だ。行くぞ」
「えっ!もう帰るんでスか?天空 桜に告白するんじゃないんスか?ていうか聖さん。俺、まだ天空 桜を見てないッスよ。見てからじゃないと俺は帰らないッスから」
駄々(だだ)を捏ねる子供のようにじたばた暴れる。脳内は幼稚園児以下か。外見に似合わずなんと幼稚な。
「いいから来い、馬鹿。大地」
「はいはい」
風が周囲に散らばっている鉄くずやコンクリートを浮かせ、四方八方から桜達を攻撃させる。桜達がそれを避けてる隙に大地達の姿がかき消える。
「退いたか。だがその方がよかったな。これ以上はさすがにきつい。双方共に、な」
一気に緊張が解けた桜が脇腹を押さえてずるずると地に座り込む。ちょっと眉を顰めた龍護が包帯を手に手早く手当てを施す。
「桜、俺は・・・」
螢斗がきつく唇を噛み締める。守るといったのに傷つけてしまった。俺がいなくなった間に桜がどれだけ心を痛めたか。俺は桜を傷つける為に“空の珠”に頼んだのではない。それが桜にとって最善だと思ったからああしたのだ。だが結果的に桜を傷つけてしまった。俺は兄失格だ。なにを言われても覚悟は出来てる。
桜は螢斗の手を握り、昔と変わらない笑顔で微笑む。
それは、彼が護りたかった妹の笑顔だった。
「お帰り、螢兄。ずっと会いたかった」
「・・・俺もだ」
兄妹は七年ぶりに微笑み合った。
「渚・・・」
悠紀が立ち上がろうと懸命にもがく。渚は貫かれたまま微動だにしない。汐がクスクスと耳障りな声で笑っていたが、その顔に徐々にだが訝しげな表情が覗く。
突然刺された渚が黒く変色し、崩れた。氷が水になるようにそりゃもう突然。悠紀と汐は目を瞠る。いったい何が・・・。春は小さく「やっと来たか、あの馬鹿」と誰にも聞こえないように呟いている。
「間一髪だったね。“海の珠”の正統継承者なら無事だよ」
声のするほうを見ると渚がきょとんとした顔で立っていた。その横には髪は墨色で瞳が薄黒の瞳のいかにも平和主義者の具現化みたいな優男・・・いや、女の子が立っていた。雰囲気というかなんというか・・・顔立ちが男顔負けの顔だ。カッコいい。
「増援か」
「大路、先輩・・・」
悠紀が掠れた声で囁く。大路と呼ばれた少女は悠紀を見て一つ頷く。
「君もこっち来てたら?傷口に響くと思うよ」
声と同時に悠紀は彼女の後ろに伸びている影の上に移動していた。汐は何が起きたかさっぱりわからないといった顔で呆然としたが、こいつの仕業かと大路を睨みつける。
いったいどんな異能なんだ?この女。と思っているのが丸わかりの表情をしている。
彼女の名前は大路 戒。極度のめんどくさがり屋。だが、チョコのことになるとどこへだろうが駆けていく。つまり、チョコのことにならないと動かないし本気にならない。
「戒、来るのが遅いぞ!その時間にルーズなところとマイペースなところ直せ」
「無茶言わないでよ、春。ここに来る途中美味しいチョコのお菓子が置いてあるお店を見つけて、ついそこで買い物してたら遅くなった」
はい、あげる、と緩やかな放物線を描いて放られるチョコ。そのチョコ目掛けて春は無言で発砲。チョコは薄黒のムチのようなモノが掴み、弾が当たる前に戒の元に戻っていく。
「そのチョコ見たら買わずにいられないくせも直せっつってんだろーが!!馬鹿戒」
「危ないな。僕の大事なチョコに何するんだ」
「その僕って言うのもやめろ。一応女だろうが、お前はっ」
戒はチョコを食べて幸せそうに微笑む。春は額に青筋を浮かべてイライラした様子で迫ってきた翼に発砲。戒はそうだ、とチョコを食べる手を止めて汐達にさらりとこう言った。
「戦いたいのは山々なんだけど、怪我人が多いんで退かせてもらうよ」
「何を勝手な・・・ここからどう逃げるつもり?」
「ん?僕の異能でだけど」
彼女の足元でうねっていた影が動く。それはぶわっと広がり渚達を呑み込んでいく。他人事のようにそれを眺める春は拳銃をホルスターに戻し、小さく「もう仕舞いかよ」とつまらなさそうに呟く。影が消えると同時に渚達の姿も消えていた。
「あいつの異能、『影』か。めんどくさい異能だな」
翼が大刀を納めつつ言葉とは裏腹に楽しそうに彼らが居た場所を見ていた。
「小娘がッ・・・。よくも私に・・・。この死に損ないが!」
陽菜の左胸には千夏が最後の力を振り絞って投げた矢が突き刺さっていた。そこから氷が張り、陽菜を仕留めんと広がる。陽菜は矢を引き抜き、怒りに任せて真っ二つに折る。
「許さない。絶対に許さないッ。死ね!」
今まさに千夏に当たりそうだった鎖を上に跳ね上げ、更に勢いをつけて振り下ろす。そこに、黒い影が滑り込んできた。金蔵同士がぶつかる音が陽菜の耳朶を打つ。
見開かれた瞳に音を立てて広がる黒のブレザーと白いワイシャツ。
「喧しい女だな。数十メートル先からも聞こえたぞ」
鎖を無造作に弾き飛ばし、倒れている千夏を庇うように黒に赤が混じった色の少し短めの刀を持った手を横に払った少年は陽菜を見据え、冷たく言い放つ。三珠学園指定のブレザーは前が全開になっていて、ワイシャツが微風を受けてはためく。
千夏は頬を叩く微風に意識を引き戻され、痛みで朦朧としている頭を働かす。あれ?なんで私まだ生きてるんだ?確か上から酸の鎖が降ってきてたはずじゃ・・・。
最後の記憶を手繰り寄せながら重い瞼をこじ開ける。眼前には信じられない人物が立っていた。なんでここに、彼がいるんだ?彼は天空家本家のためにしか動かないはず。なのに何故・・・。
「南絃君・・・なんでここに」
千夏の目に映っているのは天空 南絃という我が高の「騎士(ないと」と呼ばれる少年だった。髪は薄黒、瞳は黒に赤が混じった色。目付きが悪く気の弱いものなら失神してしまいそうなほど冷たい氷のような瞳。首筋には一般人と異能の弱い者には見えないようにまじないを施した黒い十字架に鎖が巻きついた刺青がある。
南絃は質問には答えず淡々とした口調で独り言のように呟く。
「大路に付き合ってたら遅れた」
「大・・・路・・・・・・先輩も、来て・・・の?」
「真海の所へ向かった」
鎖を弾かれた陽菜はまず南絃を見て、彼の首にある刺青を目に留めくすっと嘲りの笑いを零す。このまじないも完璧ではない。ランク『S』以上の者には見えてしまうのだ。
「あぁ、“呪われた一族”の生き残りね。全部狩りつくしたつもりだったんだけど・・・狩りこぼしがいたのかぁ~」
瞬間。南絃の黒に赤が混じった色の双眸に冷たい雷光が走った。全身から刺すような殺気がほとばしり、彼が着ているブレザーが風もないのに浮き上がる。
千夏が助けを求めるように瞳を左右に動かすが、いつもはいる桜達の姿はない。彼を止められるのは天空家本家の人間だけだ。それ以外の人間には淡々とした口調で短く答えるだけ。
千夏達には幾分か感情のこもった声で話すが、見知らぬ人間に話しかけられたとき、身が凍るんじゃないかってくらい冷たい瞳で睨みつける。
三珠学園ではその冷たい態度が逆に女子にうけてるが。
南絃は射殺できそうな視線で陽菜を睨みつけていたが、不意に睨むのを止め胸元を握り締める。
千夏はあっと声を出す。
あそこには彼がどこにいても独りにならないようにと全員で撮った写真を入れたロケットがある。そして桜が下手くそな字で「Your family is always here.(あなたの家族はいつもここに)」と刻んだのだ。
何かを振り切るように頭を振った南弦は短い刀を仕舞い、躊躇なく身を翻す。彼の体からは先ほどまでの殺気がまるで感じられない。完璧に抑え込んでいる。
「行くぞ」
とんとん、と地面を蹴る。その合間に千夏の体を抱き上げ、傷口に響かないように配慮しながら荷物のように肩に担ぎ上げる。抗議の声を上げる千夏を無視して異能を発動させる。彼らの体はほんの一瞬で一夜の前に運ばれ、一夜と亜衣莉は同時に目を見開く。特に南絃の異能を知らない亜衣莉の驚きようといったらある意味見ものだった。
速過ぎ。音速並みだぞ!?
「千夏さんと・・・南絃くぅわ~」
言い終わるか終わらないかのうちに今度は美優の背後に一瞬で移動する。着いた途端美優の腕を完璧なタイミングで一夜が掴み、それを認めた瞬間南絃は異能を爆発させる。四人は凄まじい勢いで去っていく。一秒後物凄い突風が押し寄せてくきた。石や木片まじりの。
「疾っ・・・そして痛い」
「あいつの異能は『音』、か。今のは音速で一瞬のうちに移動した、という感じか。天敵だ」
那実が腕を押さえながら冷静に分析する。陽菜は興味が失せたようにどこへともなく歩いていく。
戒さんは書いてて面白いキャラです。チョコのためにしか動かない人なんてこの世に居るんですかね。
次回は全ての戦闘が終結したのでその後の話になると思います。ではまた次回に




