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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
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赤に染まる

過去を思い出し、顔が歪むのがわかった。彼のあんな姿は、もう二度と見たくない。


とにかく、今は敵に集中しないと。とは言ってもそろそろ限界だ。何度目かわからない槍を最小限の異能で受け流し、どうしようかと心の中で打開策を練っていた時。



ドサッ



何かが倒れる音が耳に届いた。渚は瞬時に凍りついた。今の音は・・・。


見ちゃダメだ。見るな!


頭の中で制止の警鐘(けいしょう)が激しく鳴り響く。渚はほんの一秒ほど迷い、ぎこちなく首を動かすことを選んだ。そして、音の原因が視界一杯を占領する。


地面に倒れている悠紀がいる。彼の右胸から真っ赤な鮮血(モノ)が流れていて、彼の制服をじわじわと侵食していく。倒れている地面に広がる、鮮やかな紅い液体。それが過去の記憶と重なる。



――――「・・・・・通事故です。少年が少女を庇(かば)って信号無視のトラックに・・・」「荷台に積まれてた鉄パイプが少年の右胸に突き刺さって・・・・・・」「少女の右足にも鉄パイプが刺さってっ・・・・・少年の右胸に刺さった鉄パイプががそのまま少女の右足に・・・」「早くッ・・・早く来てください。血が・・・血が、止まらないんですッ」


警察と救急車に連絡している大人。近くに誰かが膝をついて話しかけてきた気がするが、その声は耳に入らない。欲しいのは唯一つ。少女は自分を抱き締めてる少年の頬に触れる。血の気が失せ、冷たくなった頬。欲しいのはこの少年の声だけ・・・。自身の血と少年の胸から流れる血の海の中で、少女は悲痛(ひつう)な声で少年の名を叫ぶ。


「――――悠紀ッ」


その声に、いつもは答えてくれる声は、ない。



ざわりと風が動く。汐は言いしれぬ違和感を感じて渚を凝視(ぎょうし)する。なんだ、この感じ。そう。例えるなら、津波が来る前に潮が引くみたいな・・・。


渚の体から青玉色のオーラが漏(も)れ出す。その激しさに汐は息を呑む。先ほどまで弱々しかった渚の異能が増幅している。何故・・・・。


「“海の珠”が・・・」


“海の珠”が淡く発光している。そうか。海も水。渚と性質が同じ。だから渚の異能が増幅しているのか。


渚の頭上に多数の三叉槍が出来る。その槍はいっせいに汐目掛けて飛んできた。


「こんなに・・・」


避けきれるか!と言いかけたところで顔面目掛けて飛んできた三叉槍を掠(かす)らせながらも避ける。次から次へと降ってくる三叉槍を時には避け、時には受け止める。が、いかんせん数が多すぎて全てを完璧になんて防ぎきれない。汐の顔に初めて焦(あせ)りの表情が露(あらわ)になる。あっという間に全身のあちこちに切り傷が出来る。


『おい!しっかりしろ、渚。今のお前が感情のまま異能を使ったらすぐに異能量が枯渇(こかつ)しちまうぞ!』


焦(あせ)って顕現(けんげん)した川獺(カワウソ)が渚を揺する。それでも三叉槍は止まらない。四方八方から汐を襲い、彼女の体中に数多の傷を刻んでいく。そのうちの一本が汐の足元をすくい、彼女は体勢を崩す。そこへ狙い澄ましたように背後から三叉槍が迫る。


「しまっ・・」


背後から迫ってくる三叉槍に気付いたはいいが、防げない。正確には防ごうにも間に合わない。と、その槍が突然消えた。他の槍も次々に消えていく。呆気に取られ渚を見ると、片膝をついている。異能の暴走に彼女の体がついていけなかったのだ。


「私の勝ちですね、お姉様」


悔しげに唇を噛んだ渚が膝に手をついて立とうとするが、叶わず両膝をつく。汐は歩を進めながら冷酷(れいこく)な笑みを口元に刻み、話を続ける。


「安心して。ちゃんと痛めつけて、殺してあげる。今回は前みたいな貴之(じゃま)は入らないから」


渚の前に立ち、おもむろに槍を構える。藍色の瞳と青玉色の瞳が交差し、片や愉悦に満ちた色を、片や悔しさを滲ませた色を宿す。


マズイ。異能に回す生命力がもうない。それどころか体を動かすことすらできない。他の異能者と比べてただでさえ異能量が少ないのに感情任せに使ったのがマズかったらしい。喉元まで競りあがってきた言葉を悔しげに呑み込む。


ごめん、皆。“海の珠”、守りきれない。


『諦めるのはまだ早いよ』


笑みを含んだ声が、響く。


「・・・・・・ぇ・・・?」


『お前は私に選ばれたのだから』


まさか“海の珠”!?


滅多に聞けない渚の動揺した心の声を聴き、“海の珠”は小さく笑うと珠を握るように指示する。珠を握りつつ悠紀の方を見る。悠紀の右胸の傷からの出血が止まっている。傷口を氷で覆って翼と戦っている。よかった、生きてる。安心して前に向き直る。


『津波をイメージしろ』


目を閉じ言われたとおり津波を思い浮かべる。すると彼女の後方にある川から水音が聞こえてくる。目を開けると何かが日の光を遮(さえぎ)っている。目線をあげると川の水が津波のように押し寄せてきていた。悠紀と春は戦闘そっちのけで顔を引き攣(つ)らせる。これはもしかしなくても俺達も巻き込まれるパターンかな。


「渚!俺らはどうすればいい?」


今頃聞いても意味がない気がするが一応問う。渚は二人を視界の端に入れ、津波の音に負けないような大声を出す。


「悠紀!春さん!動かないで!カバーする」


その言葉と共に彼らの体を半透明の膜が覆う。半瞬後、川の水が河川敷を襲う。


「わぉ・・・。真海が敵じゃなくてよかったって今初めて思った」


春がふぅと息をついて爽やかに笑う。さっきまでスピードを遅らせていた弾が元の速さに戻り地面に穴を開ける。渚はよろめきつつ立ち上がり、にこやかに笑って軽く三叉槍を持ち上げる


「なんならあなたも津波で流して差し上げましょうか?春さん」


「・・・結構です」


「これで退いてくれると、いいんだけど・・・そんな簡単に・・・退いて・・・くれないだろう・・・な・・・」


語尾が弱々しく消えていく。悠紀はふらりとよろめくとその場に両膝と片手をつき上体を支え、辛そうに顔を歪(ゆが)ませる。傷が痛むのだろう。顔色も悪い。春は悠紀の傷を見て表情を曇らせる。


「美優がいたらすぐに治してもらえるんだが・・・。一応応急処置だけでもしとくか。横になれ」


拳銃を腰にある夕空色のホルスターに仕舞い、ポッケから傷薬と包帯を取り出し、テキパキ手当てしていく。渚は敵を流した方向を見据える。いつ敵が現れるかわからないし、気を引き締めないと。


彼らの近くには水溜りがいくつもあった。その中でもっとも渚達に近い水溜りから槍が出る。それは真っ直ぐ渚を貫(つらぬ)く。春は一瞬叫びそうになったが何を思ったのか怪訝(けげん)そうな表情になる。そしてどことなく作った感が否めない悲痛な声で叫ぶ。


「真海!」『渚!』「渚ぃ!」


水溜りから今度は翼と瑠璃が飛び出してくる。春はその二人に照準を合わせて撃つ。渚はごふっと血を吐く。汐は渚の耳元で囁く。


「こうやってあんたを殺せる日を夢見てたんですよ、お姉様」


歪に歪んだ口元から呪詛のような言葉が吐き出された。


「・・・し・・・お・・・・・・っ・・・」



――――「お姉さま」



本当に、本当に嬉しそうに自分を呼ぶ声が儚く砕け散った。もう二度と見ることの出来ない明るく、輝くような笑顔が脳裏を過ぎる。


それは、渚が大好きだった妹(しお)の笑顔だった。











ひゅん



背後から襲ってきたブーメランを力任せに弾き飛ばす。あらぬ方へ飛んでいったブーメランは壁に突き刺さる。


「だから無駄だって」


大地の声と共にブーメランがふわりと浮き上がる。そのまま回転し、真夜目掛けて再び飛んでくる。真夜は忌々(いまいま)しそうに舌打ちしてそれを受ける。


このやり取りをもう何回しただろう。考えるのもめんどくさくなってきた。相手の異能は『風』。その風でブーメランを自在に操っている。途中で軌道を変えるなんてお手の物。その度に弾き飛ばし壁に突き刺さり、また飛んでくる。いい加減イライラしてきた。桜ほど気は短くはないが長いほうでもない。一般的にみると短いほうに部類されるだろう。


「あんた・・・戦(や)る気ある訳?」


「もっちろん。ヤる気満々だよ。俺、真夜さんみたいな綺麗な女性(ひと)ならいつでも大歓迎だから」


語尾にハートマークがつきそうだ。真夜は露骨に嫌悪感を露にする。ここまで嫌そうな顔はそうそうできないだろう。


「・・・何の話をしてるわけ?」


「ん?それは「言わんでいい!」


口を開いた大地のセリフを即行で遮(さえぎ)るとはぁ、とため息をつく。青い瞳に疲弊(ひへい)の色が滲む。


「疲れてきた?そりゃそうだよね~。どこからブーメラン(これ)襲ってくるかわかんないもんね」


人をバカにしたような口調に反感を覚える真夜。こいつはいつもそうだ。実を言うと真夜はこの男が大っ嫌いだ。今まで会った中で一番。そんなこいつと当たる事になろうとは私の運も尽きたかな。


「戦い、一気に終わらせたいよね。というわけで幕を引こうか。僕の異能、『空』で」


不意に語調が変わった。今までの底抜けに明るい感じから、暗い深淵(しんえん)のような感じへと。瞬間、今まで真夜を支えてきた本能とでも呼ぶべきものが激しく警鐘を鳴らす。本能に促(うなが)されるまま己の異能、『青い炎』で自分を覆う。


刹那、時が止まった。


何が起きたのか理解できなかった。だが、体中に走るこの痛みがなにが起こったのかを教えてくれる。視認出来ぬ速さで無数の風の刃が襲ってきたのだ、と。


「っ・・・・・・」


だらりと下がった指先からポタッと血が滴る。青い炎の壁を築いてもこうだったのだ。青い炎の盾がなければもっと深い傷を負っていただろう。自分の本能と呼ぶべきものに感謝する。


「血に染まった真夜さんはさらにいいね。ゾクゾクするよ」


ペロッと唇を舐める大地。真夜は嫌悪感に不快感を上乗せした顔で大地を睨む。


「黙れ。山下(へんたい)」


短く言い捨てるといたる所に走った傷を眺める。よし。どれもそこまで深くはないし、動ける。青い太刀を構えるとそこに己の異能、『青い炎』を纏(まと)わせる。大地が目を細める。


「まだやるのかい?次は八つ裂きになっちゃうよ。まぁそれもいいか」


「上から物言うな。あいにくながらあんたにやられる予定はないんだ。永遠にな」


絶対の自信と共に断言すると猛然(もうぜん)と走り出す。大地は表情を変えずブーメランを構える。金属同士がぶつかり合う澄んだ音が響き渡る。鍔迫り合いを制したのは真夜だった。裂ぱくの気合が彼女の唇からほとばしる。大地はわずかに体勢を崩し、よろめく。


「隙、見~つけたっ」


言下(げんか)に大地のがら空きのわき腹に回し蹴りを放つ。それを受けられたと見るや否、今度は軸足を変え、再び蹴りを放つ。それも腕で受けたが、さらに体勢が崩れる。そこに真夜の太刀が襲い掛かる。


大地は刃先を掠らせながらなんとかかわし、明後日の方向へブーメランを投げる。


「またか」


真夜は顔をしかめて丸腰になった大地の足を払う。大地は上に跳ぶことでこれを避け、己の異能を使って空中に立つ。


「逃げんな!腰抜け」


「なっ。誰が腰抜けだ。これも立派な戦術だ。君こそもっとまともな攻撃をしたまえ。防御がなってないぞ、防御が」


「だっから上から物言うなっつってんだろうが!今度言ったら灰になるまで私の異能『青い炎』で燃やし尽くすぞ。この腰抜けの変態が」


「出来るものならやってみな。君みたいな幼稚な動きで俺を捉えられるんならな」


何故か口喧嘩になった二人。そこに恭哉の叫び声が聞こえてきた。


「桜っ!」












美優(みゆう)はぐっと“地の珠”を握り締めて那実(なみ)を見据える。彼女の矢は雷を纏(まと)っている。そのおかげかどうか知らないが貫通力が上がっているらしく、目の前に作った壁に亀裂(きれつ)が入り始めている。このままじゃ破られる。


「どうしよう」


自分の異能は攻撃には向かない。それ以前に攻撃専用の異能じゃないし、防御専用の異能でもない。治癒だけだ。敵を治しても意味ないし・・・他に使い道ないの!?


頭の中でぐるぐる考えていると、三毛猫が二本の尻尾を巧みに操りながら美優の肩に軽やかに飛び乗る。


『戦いたい?』


「戦いたいよ。私だけ守られてるなんて嫌だ。皆の力になりたい」


『覚悟は、あるの?』


「覚悟・・・」


『人を殺す覚悟よ。それがなければ戦っても勝てない。数秒でやられるわよ』


覚悟・・・。自分にあるだろうか。人の命を絶つ覚悟が。人の命を背負う覚悟が。


脳裏に兄と天空家全員の命を背負って必死に歩いている桜の姿が浮かんだ。彼女は彼らの命を背負って生きてきた。自分に同じことが出来るだろうか。


無意識に唇を噛み締める。自分はこんなに臆病(おくびょう)だったのか。


「誰も殺したくない。誰も傷ついて欲しくない」


本心からの願いだ。そんな事あるわけない。それでもいつもどんなときも願っている。そう言うと桜は決まって目を見開き、あの寂しそうな、哀しそうな瞳で、翳(かげ)りのある表情で小さくこう呟くのだ。



――――「そんな世界があればいいのに」と。



あの言葉には現実の重みが込められていた。実際にそんな世界がないことを思い知らされた桜だから、あればいいのにと呟いたのだろう。


桜は時々、本当に時々だが遠くを見るような瞳をする。その瞳には深い哀しみと、深淵(しんえん)のようなくらい色が詰まっていた。私達といても、彼女の心は独りぼっちだった。そのことに対して、私はなにもできなかった。


何かしたかった。いつも自分を護ってくれる、彼女に対して。


『それがあなたの心なのね。絶対に、この先何が起こっても揺るがないと誓える?』


築いた壁にさらなる亀裂(きれつ)が入る。もうすぐ破られると他人事のように思いながら美優は答える。


「この先誓えるかはわからない。でも、今は誓える」


未来(さき)の事はわからない。でも現在(いま)は迷いなく誓える。揺るがない、と。


猫はそう、と吐息(といき)のような声で呟き、尾を一振りする。そして薄い笑みを浮かべて虚空(こくう)を見つめる。


『だそうよ。どうするの?芝』


何もなかったはずの虚空から柴犬が現れた。緑の瞳が普通の柴犬じゃないとわかる唯一のものだ。他は普通の柴犬と寸分違わない。


『ならばお主に武器を与えるとしよう。その覚悟が揺るがぬのなら』


棒の先が淡く光り、翠玉色の光が集まっていく。その光が消えたとき、棒の先に鋭利な刃物がついていた。よく切れそうだ。


『お主がその棒で斬った者の筋肉や骨、好きなとこを斬れる。何も斬りたくない時は斬りたくないと思えばいい。例えば相手の足を斬ったのなら、そこの筋肉を斬るか、骨を斬るか、関節を斬るか、他のどこかを斬るか、何も斬らないかを選択する。ただし皮膚は斬れない。したがって血は出ないから安心しろ。お主が意思を持って心臓や頭、首を斬ったら確実に死ぬ。付け加えるがこの武器は人の内部しか斬れぬぞ』


「内部しか、斬れない」


『そう。お主は怪我を治すとき内側から治し始めるだろ?お主の異能の一つ目は『絶対治癒』。そしてこの異能は人の内部を壊せる『体内切断』。それがお主の二つ目の異能。お主が望まぬ限り、人は討てん』


ぐっと棒を握り締めて前を見据える。筋肉をちょびっと斬ったら戦いは終わるかな。とにかく、やってみよう。


意を決して壁から飛び出る。途端に大量の電気を帯びた矢が飛んでくる。それをかわし、時には防いで間合いを詰める。幼い頃桜達を一緒に受けてた訓練を思い出しながら。


『力まなくていい。余計な力を入れず、自分にとって楽な体勢で一撃を確実に叩き込め』


『大丈夫。あなたなら出来るわ』


併走(へいそう)している柴犬がアドバイスをして、その背中に乗っている三毛猫が美優を励ます。美優は棒をしっかり握り、その言葉に頷く。


那実は驚きの表情で矢を撃つ。“地の珠”の正統継承者は戦えないと聞いたぞっ。なのになんで向かってくるんだ?死にに来たのか?


「どっちでもいいか。遠距離だろうが近距離だろうが所詮治癒系異能者。こちらに分がある。来たなら来たで至近距離から狙えるしね」


背にある筒から矢を二本引き抜くと、番(つが)える。美優は転びそうになるのを必死に堪えながら那実を目指す。那実はボウガンに自分の異能を目一杯注ぎこみながら美優から目を離さない。さぁ、どう来る。


「相手の目を見る。力を抜いて自分にとって一番楽な姿勢で構える」


美優は呪文のように呟きつつ棒の軌道を修正する。翠玉(すいぎょく)色の瞳には迷いはない。


敵と戦うときは敵に集中する。一瞬でも気を抜いたら死ぬと思え。倒すと決めたら迷いなく行け。


そう、教わった。本当は物凄く怖い。人を斬るのも、戦いの場に自分がいることも、どこかで誰かの血が流れていることも。でも決めたんだ。自分に出来ることをするって。守ってもらうばかりじゃなくて、自分も皆の足を引っ張らないように出来ることをする。



――――「美優は戦わなくていいんだよ」



そう言って寂しそうに微笑んだ彼の顔が頭を過ぎる。自分と同じ菊池家に生まれた一夜に言われた言葉だ。美優は心の中で謝る。ごめんなさい、でも私は・・・。


「疾(はや)い・・・」


那実が息を呑む。ひゅん、と二本の矢が美優目掛けて黄緑色の光を纏った流星のごとく迫る。美優はぎりっと歯を食いしばると避ける。一本は完全に避けたが、もう一本は左肩に突き刺り、そのまま貫通せんと突き進む。美優は『絶対治癒』を全快にし、矢が刺さったまま傷口を治していく。今まで感じたことのない激痛に一瞬足が止まりかけたが、懸命に足を進める。


傷口はどんどん塞がり、矢が肩を貫通する頃には完全に治癒し終えていた。当然痛みも跡形もなく消える。


結果的にほとんど勢いを落とすことなく美優は那実の間合いに入り、彼女の手目掛けて棒を振り下ろす。


「筋肉を・・・」


少しだけ、斬ります、と小さな声で囁く。その声には隠し切れない悲しみが混じっていた。


ドサッと那実が倒れる。斬る瞬間麻酔も打った。痛みはないはず。一週間は右手を動かせないだろうが、必ず治るようにしといた。


美優は那実に頭を下げる。


「ごめんなさい。たとえどんな事をしても、守りたいものがあるんです」

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