↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
一章 兄妹
PR
25/108

凍った記憶

姉妹の仲がこじれた原因がわかります。ではどうぞ。

冷めてしまった心。あの日から、私の心は凍てついたまま


嫌われているのはわかっていた。妬まれていることも、恨まれていることも、憎まれていることも知っていた


それと同時に、もう直せないと悟っていた。気づいた時にはすでに、互いの間に横たわった溝は埋めようもないほど深かった


凍てついた関係。後戻りは出来ない。進むほか、道はない


前へ進むたびに、心は分厚い氷に覆われていくというのに









中学一年の夏。汐との大喧嘩?が起こる一週間前、私は正統継承者の集まりのため真海家本家にいた。本家はあまり好きではないので夏休みは寮で過ごそうと決めていたのに、早くも計画が崩れた。そう嘆いていた。そこへあの無駄に元気な少女はやってきた。


「渚(なぎ)。紹介したい子がいるの」


心を許せる数少ない人――――琉璃がそう言って連れてきたのは、よりによって天空家本家の者だった。紅玉色の瞳を大きく見開き、肩口まである薄黒の髪が風に遊ばれている。桜と名乗ったその少女は屈託(くったく)のない笑顔で手を差し出した。


「よろしくね」


その名前は知っていた。確か天空家本家が襲われた日、唯一生き残った二人の子供のうちの一人だ。一夜にして両親も親しい人達も亡くした子供。天空家と仲が悪かった真海家の者でさえ、同情を隠しきれなかった。それほど悲惨な事件の後、何故こうもへらへらと笑っていられるのだろう。それが理解できなかった。


その手を睨みつけ、そっぽを向く。なにより琉璃の隣に当然のようにいるのが気に食わなかった。


威嚇(いかく)のつもりでギロッと睨んでやると、驚いたように目を瞬き、次に困ったような顔で曖昧(あいまい)に微笑んだ。その顔には「私、何かしたっけ?」と不思議そうに書かれていた。


「真海さん。一緒に遊ぼうよ」


暇さえあれば私に声をかける桜。その傍らには必ずと言っていいほど黒目の兄と名乗る者と天空家の者二名、夕空家の者二名、菊池家本家の者と菊池家の者が一名ずついた。


自分は一人でいたいのに何故声をかけてくるのかが理解できなかった。自分には琉璃と悠紀、そしてたまに帰ってくる義兄(あに)さえいればいい。そう心の中で呟いては手近な場所に隠れる。


桜と桜の兄は仲がよかった。桜は兄の前でだけ妹の顔になり、兄はそんな妹を見てこれ以上ないほど優しく微笑んでいた。その笑みを見て羨ましいと素直に思った。


私と妹の間には、すでに取り繕(つくろ)えないほど深い亀裂(きれつ)が入っていたから、余計にそう思ったのかもしれない。


二年遅れて産まれてきた妹。あなたが守ってあげるのよ、と母に言われた時、迷わず頷いたのをおぼろげに覚えている。最初はとても仲がよかった。私は汐の面倒を見て、汐は私の後をついてまわる。その関係が壊れたのは汐が六つの時だ。


「お前は保険だ」


父親の冷たい宣告により、姉妹の絆に亀裂が入った。それ以来汐は渚を憎しみのこもった眼差しでしか見なくなった。


偶に、本当に偶に、桜は寂しそうな目をする。それは孤独を知ってしまった者の瞳。大切な何かを失ってしまった者特有の瞳だった。自分も時々ああいう瞳をしているだろうからすぐにわかった。彼女は自分と同類だと。彼女もきっと、失って初めてその大切さに気付き、それを悔いているのだと。


そう思うと最初に見たあの屈託のない笑みの裏が見えた。あれは作り笑いだ。心の内を見せないように精一杯虚勢を張って浮かべた笑みだ。


隙間から覗くと丁度桜達がいた。



――――やっぱり。



桜は今にも泣き出しそうな瞳をしていた。それでも泣かないのは、泣くと同時に心の堰(せき)が壊れてしまう事を本能的に知っているからだ。だから、泣けない。こうなったのは自分のせいなのだから、泣かない。泣いちゃいけないんだ。そう言っているのが聞こえてくるようだった。


それから数日後、正統継承者の集まりは終わった。桜とは少し話すだけの関係になった。悠紀も桜達に馴染んでいた。


「はぁ、疲れた~」


他の正統継承者やその付き添いの人達の見送りも終わり、ようやく休めると思い庭に置いてある椅子に座る。隣には悠紀がいる。その悠紀も疲れきっている。


「同じく。正統継承者って大変だな」


「だね。めんどくさい」


そう言うと椅子の上で伸びをする。関節がバキバキいっているのを耳で聞き、顔をしかめる。その時癇癪(かんしゃく)を起こした子供のような叫びが聞こえてきた。


「何でお姉様なんですか?お姉様より私のほうが優秀なのに、お姉様より私の方が強いのに、何故私が正統継承者に選ばれなかったんですか!?答えてください。お父様」


「何度も言ったはずだ。私ではない。“海の珠”が渚を選んだんだ。お前が優秀だろうがそうでなかろうが渚が選ばれたからにはお前に用はない。失せよ。目障りだ」


父とは、親とは思えないほど冷酷な宣言だった。子供の声の主、汐は引き攣(つ)れたような呼吸を繰り返している。声を出したいのだが、言いたいことがありすぎて出てこれないようだ。


「俺、行ってくる」


「お願い」


本当は渚が行きたいのだが、今渚が行けば汐にトドメをさすに等しい行為だ。短いやり取りをかわすと悠紀が偶然通りかかった風を装い汐と父親の方へ歩いていく。そして丁寧に一礼してから口を開く。


「お話中申し訳ありません。旦那様、汐お嬢様、少しだけ音量をお下げいただけますか。お屋敷に響きます」


丁寧な口調で注意をすると、旦那様と呼ばれた父は冷たく笑い「済まない」と詫びる。その声も冷たい。別に悠紀と汐だけにこうなのではなく、彼は誰にでもこういう喋り方なのだ。あだ名は「冷血人」。その名の通り敵はもちろん味方にも冷たいからだ。彼の名前は真海 冷。真海家当主にして、渚と汐の父親だ。


冷は冷た過ぎる眼差しで汐を見据え、低い声で命ずる。


「この話は今後一切口にするな。わかったな」


「・・・はい、お父様」


悔しげに唇を噛み締め俯く汐。悠紀はそれを横目で捉(とら)えたがなにも言わず、黙って頭を下げる。冷は身分に煩い。本家の者なら多少の口答えは許されるが、悠紀のような本家でもない者が口答えしようものなら即刻追い出されてしまう。


頭を下げたままくっと唇を噛み、脳裏に思い浮かんだのは一つの面影。


あいつのためにも、俺は――――


「悠紀」


「はい、旦那様」


右手を左胸に当て、恭(うやうや)しく一礼する悠紀。一連の動作には無駄がなく、見惚れてしまうほど完璧だった。冷はその完璧な動きに少しだけ表情を動かす。満足げに。


「お前の事は皆から聞いている。その調子で今後も励め」


「はい」


「お前には期待しているぞ。真海複合企業(コンツェルン)のためにその心身を捧げるのだ」


「はい」


悠紀は機械的に返事をする。冷はそんな悠紀を見てありとあらゆる表情が欠落(けつらく)した顔を向ける。


「言ってみろ。お前の生きる価値はなんだ」


冷た過ぎる目。人を人とも思わないようなそんな青玉色の瞳。普通の人なら思わず目を逸らしてしまうようなそんな目を向けられても悠紀は怯まず、真っ向から見返す。


「我が命に代えましても、渚お嬢様を守ることです。それ以外に私の存在価値はありません」


決められた言葉を感情を込めずに淡々と口にする悠紀。幼い頃から叩き込まれてきた言葉だ。今では聞かれれば反射的に答えが出るぐらい体に染み付いている。


そしてそれとは別に、悠紀は大切な誓いを胸に刻んでいる。必ず、渚を護り抜くと。もうあの時のような思いはさせないと、決めたんだ。誰のためでもない、俺自身のために。


脳裏を過ぎる面影がある。悠紀の顔がわずかに歪む。あの人達との約束のためにも、俺は・・・。


悠紀の表情が微かに動くのを見てわずかに目を細めた冷。しかしそれについては何も言わず、ただ自身を見つめ返す冬空を模した瞳を見ていた。


「わかっているのならいい」


薄く笑い、去っていく冷。その姿が見えなくなるまで頭を下げていた悠紀はほっと肩の力を抜く。いくら慣れてるからといって心臓に悪い。舌噛むかと思った。


「それでは失礼いたします。汐お嬢様」


項垂(うなだ)れている汐に一声かけて渚の許へ去っていく悠紀。汐は項垂れたまま微動だにしない。


渚が正統継承者に選ばれ、後から生まれた汐は冷にとって最初から用済みだった。今まで保険として生かされてきた。今後もそういう風に生かされるのだろう。


「殺せばいいんだ」


渚がいるから私は正統継承者に選ばれない。渚がいるから私は見てもらえない。渚さえいなければ私の事を見てくれる。そして悠紀も私の物になる。


「殺せば、いいんだ」


無防備に自分に背を向けている悠紀の姿が視界に映る。この人は渚の護衛兼世話役に命じられていた。この人に聞けば渚がどこにいるかわかる。


「悠紀君」


やけに静かな声に引き止められ、悠紀は肩越しに後ろを見る。狂気を孕(はら)んだ瞳が真っ直ぐ自分を射抜いていた。その視線に背筋があわ立つ。


「どうかしましたか?汐お嬢様」


内心の動揺をおくびにも出さず、丁寧な口調を心がけて問うと汐がすっと足を踏み出した。


「お姉様がどこにいるか教えてくれない?」


「渚お嬢様が、どうかなさいましたか?」


完全に向き直って相手を刺激しないように軽く首を傾ける。背中に回した手で渚に逃げるよう合図を送る。渚は目を瞬いて合図の通り足音を殺してその場から逃げる。


「えぇ。少しお話したい事があって」


「そうですか。ですが、私も渚お嬢様の居場所を知らないのです。申し訳ありません」


形だけ丁寧に頭を下げる。汐は一歩、また一歩と歩みを進めながらクスクス笑う。


「嘘はいけないよ?悠紀君。ここは身分がものを言う本家。あなたが仕えるべき主は本家。その本家の血を引く私に嘘をつくことがなにを意味するか、わからないあなたではないでしょう」


伸び上がるように首筋に触れられ、そのまま抱き締められる。思わず振り払いそうになったのを必死に自制する。一応こいつも本家の血筋。無礼を働いてはいけない。だが、一つ間違っている。汐の手を掴み、自分の首から離す。


「失礼ですが汐様。私が仕えるべき方は渚お嬢様のみ。したがって、あなたのご命令を聞くことはできません」


きっぱり言うと汐の瞳に暗い炎が灯った。それを認めた瞬間、下腹部に重い衝撃が走った。


「ッ・・・」


片膝をつくと汐の狂ったような笑声が鼓膜を震わす。


「どいつもこいつも渚渚渚って煩いんだよ」


蹴りを入れられ悠紀は横倒しになった。つま先に悠紀の血が付着する。薄く開いた視界に水の槍が映る。


つま先に、水の槍の穂先・・・を・・・。


汐は槍の穂先だけを水で作り出し、それをつま先につけて悠紀に蹴りを入れたのだ。悠紀の下腹部からじわじわと赤い染みが広がる。


「大丈夫。急所は外しといたから安心して」


どこをどう安心しろというのか。悠紀はそう言いたいのを堪えて傷口を凍らせる。ここでこいつを足止めしないと渚が危ない。


守るんだ。俺の大切な人を。今度こそ、失わないように。


「そんなことしていいって、誰が言った?」


汐が作り出した水の槍が悠紀の全身に降り注ぐ。血飛沫が上がり悠紀は唇を噛んで悲鳴を呻き声へと変える。それすらも出ないよう一層強く唇を噛み締める。


「ふふっ。私の言う事を聞かないからこうなったんだよ」


もはや動くことすら儘(まま)ならない悠紀にトドメの一撃を入ようと水の槍を振りかぶる。







「悠・・・紀・・・?」


聞き慣れた声が聞こえてきてそっと陰から様子を伺う。汐が悠紀に抱きついていた。悠紀は見るからに嫌そうに顔を歪ませ、必死に自制している。そして何かを言った悠紀に汐の水を纏(まと)った拳が叩き込まれた。


「なっ」


思わず飛び出しそうになって自分を押し留める。悠紀は逃げろと合図した。つまり汐が私を狙ってるって事だ。迂闊(うかつ)に飛び出すわけにはいかない。


そうしている間に片膝をついた悠紀に蹴りが入れられ、水の槍が雨霰と降り注ぐ。血飛沫があがり悠紀はぴくりとも動かなくなった。その悠紀にトドメの一撃を入れようとしている汐を見た瞬間、渚の中で何かが弾けた。


無我夢中で飛び出し、今まさに振り下ろされた汐の水の槍を寸前で弾く。


「あら。まさかあなたから現れてくれるなんてね、お姉様」


「姉なんて思ってないくせにその呼ばれ方は不愉快だ。即刻やめろ」


忌々(いまいま)しげに吐き捨てると悠紀の体に触れる。服と大地を染め上げていた血が動きを止める。一先ず血の流れは抑制した。あとは医者だ。


「何で、私を探してたの?」


「あなたを殺すために」


水の槍が唸(うな)りを上げて迫ってきた。それを最小限の力で斜めに弾き、悠紀の血止めに全力を注ぐ。


「いつまで耐え切れるかな」


幾度も襲ってくる水の軌道を先読みし、最小限の力で弾く。元から異能量が少ない渚は限られた力の中で長時間戦うために工夫を凝らしてきた。これもその中の一つだ。それでも十分過ぎるハンデだった。


「くっ・・・」


水の槍が掠(かす)るようになってきた。早くも限界が近づいてきたのだ。悠紀の血止めがなかったらもう少し持っただろうが、血止めをしなかったら悠紀は失血死してしまう。血止めをしながら攻撃を防ぐのは渚にとって負担が大きかったのだ。


「ほらほらどうしたの?こんなんじゃ・・・」


水の槍を弾くと力が霧散した。限界が来たのだ。渚の冷静な顔に焦りが浮かぶ。


「すぐに死んじゃうよ?」


太ももに水の槍が突き刺さり悲鳴を上げて地面に倒れこんだ。汐はそれをすぐに抜く事はぜず、苦痛を長引かせるようにゆっくり押し込む。その度に渚の顔が苦痛に歪み、苦しげな喘ぎ声が口から零れる。


「ホント弱いね。よくこれで正統継承者になれたもんだよ。でもそれも今日で終わり。あんたはここで、死ぬんだから」


新たに作り出された水の槍が渚の心臓目掛けて振り下ろされる。思わず目を瞑り、ぎゅっと拳を握り締める。



ヒュッ



笛の音のような短い音が耳朶(じだ)を打ち、優しい風が渚を包み込む。この風は知っている。これは・・・。


恐る恐る目を開けると黒っぽい茶髪が頬に当たっていた。そろそろと目を動かすと大好きな鳶色の瞳がある。


「お兄ちゃん・・・」


「間一髪」


ほっと息を吐き出し渚を抱き締めているのは丁度仕事から帰ってきた貴之(たかゆき)だ。脇には悠紀を抱えている。


「いつ帰ってきたの?」


「今だ。上空(うえ)からここ見たらお前が襲われてて慌てて降りてきた。大丈夫・・・ではないな」


渚の足に刺さったままの槍を見て険しい顔になる貴之。そのままにしたほうがいいと踏んだのか優しく渚の頭を撫でて「遅くなって済まない」と詫びる。その射抜くような鋭い眼差しは汐に向けられている。


「どういう事かな?これは」


冷然とした語気は、彼の内なる怒りを表していた。汐は謝罪をするでもなく薄く笑う。


「お帰りなさいませ、お兄様。長旅ご苦労様です」


恭しく頭を下げる汐。貴之はそっと悠紀を地面に横たえ、応急措置を施す。その合間に小さく「俺の妹を守ってくれてありがとう」と労いの言葉をかける。


「どうも。それよりもこれはどういうことかな、と俺は聞いたんだ。答えがまだ返ってきてないよ、汐」


「あぁ、これですか?正統継承者を殺そうと侵入した者がやったみたいですね」


白々しくそんな嘘を平然と口にする汐。渚が忌々しげに顔を歪ませてあらぬ方を向く。こいつはいつもこうだ。自分がしたことでもなんでも人のせいにする。こいつの十八番だ。


「そうか。悠紀もか?」


「私は知りませんよ。お姉様がやられそうになったとき偶然出てきたんですから」


どの口が言うんだ、と言いたくなるような大嘘を表情ひとつ変えずに言える汐はある意味凄い。


「ほかに言いたいことはあるか?」


「とくにありませんよ、お兄様」


貴之はふぅ、と息をつくといきなり核心を突く。


「どうして渚を殺そうと思った」


彼は抑揚がまったくなくなった語調で訊く。彼女の言いたいことは聞いてやった。次は彼の番だ。


「私は何もしてませんよ。全てはその侵入「俺が上空(うえ)から見たときお前が渚に槍を振りかざしているのが見えた」


言い訳を途中でぶった切り淡々と言葉を紡ぐ貴之。あまりにも淡々としていたので訝った渚は振り返りすぐに目をそらす。見なきゃよかった。


背後から恐ろしいほど低い声が降ってくる。


「これでもまだやってないと言い切れるか?汐」


これが激した語調だったら恐ろしいとは思わない。どこまでもひたすら淡々としているから物凄く恐ろしいのだ。


「お兄様は騙(だま)せませんね」


汐は否定も肯定もせずクスクス笑う。


「そうですよ。私がそいつを殺そうとしました。何か文句でも?」


あっけらかんとした態度で言い放つ汐。それに対し、貴之は怒るでも言い返すでもなく、ただじっと汐を見つめていた。


「俺は、お前を守ってやれなかったんだな・・・」


「え・・・」


小さな、本当に小さな独白が耳を掠めた。思わず義兄の顔を凝視すると、傷を負っているかのように苦しそうに表情を歪めていた。


義兄のこんな顔を、私は初めて見たかもしれない。


「すまない・・・」


自責と、後悔と、哀しみと、様々な感情がまざった謝罪が彼の唇から紡がれた。ぐぐっと固く握り締められた拳は力が入りすぎて白く変わっていた。


義兄のこんな声を、私は初めて聞いたかもしれない。


「はっ。なにそれ。今さら何言ってんの?」


声が震えている。藍色の目が明確な殺意を込めて貴之を射抜く。


「いつもいつも、私よりお姉様を庇っていた人が今さら何を言ってるわけ!?」


怒りの咆哮(ほうこう)が空気を震わす。ドン、と汐の全身から普段より濃い藍色のオーラが爆発し、地面を陥没させる。彼女の怒りに呼応するように彼女の具象化である海豹(あざらし)が顕現(けんげん)し、ギロリと凄まじい眼光で貴之と渚を睥睨(へいげい)する。


「お父様のお叱りを受けている時も、修行の時も、勉学の時も、どんな時だって、あなたは必ずお姉様を優先していた!!私には目もくれず、いつもお姉様だけを・・・ッ」


言葉に詰まり、忙しない呼吸を繰り返す汐の瞳には涙が滲んでいた。喘ぐように息を吸い、胸元を押さえた汐は頭を振って屋敷から飛び出していった。


「お兄ちゃん」


微動だにしなかった貴之の肩がピクリと反応を示した。ゆっくりとした動作で振り返った貴之は片膝をつき、渚の頬に片手を当て、口元に笑みの形を作った。泣き出すのを無理矢理堪えたような、笑みを。


「あいつがどう思おうと、俺は絶対にお前らの味方でいる。たとえ世界中を敵に回したとしても、たとえどんなに嫌われていようとも、ずっと。汐も渚も、俺にとってはかけがえのない存在なんだ」


そこで言葉を区切った貴之が渚を抱き寄せた。大好きな兄の香りが鼻孔(びこう)一杯に広がり、聞いているだけで安心できる心音が鼓膜を打つ。


「どんなことがあってもお前らを守ると、誓ったんだ」


彼の瞳が、私の大好きな鳶色の瞳が、揺れていた。


それはまるで、凪いだ水面に広がる波紋のようで、どうしてか胸が痛かった。

なんか汐さんが怖い・・・。当初予定していたイメージから少しずれてしまった。もうちょっとこう、どうにかなりませんかね。


悠紀の過去もほんのに少しだけ出てきました。次回は美優の過去に触れたいと思ってます!もしかしたら次々回になるかもしれませんが


では次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。