91
魔人たちの長兄ソル。彼がいるのはガイアたちのいた迷宮都市から、遥かに離れた場所。
空よりも遥かに遠い。
星の外、遥かに遠くにある場所。太陽だ。
灼熱の星の上に、ソルは胡座をかいて、静かに微笑んでいる。
太陽の表面温度は約五千五百度から六千度。
燃え盛る紅炎が周囲で荒れ狂い、全てを灰にする熱線が降り注ぐ。
言うまでもなく、人間が生きていられる場所ではない。
無論、魔人もそうだ。
だというのに、ソルはまるで春の暖かな日差しの下にでもいるかのように、柔らかく微笑んでいる。
太陽の表面に触れている衣服や肌が焼け焦げることもなく、額に汗ひと粒かいていない。
「ああ……ヴィーナスは負けてしまったか。しょうがないか」
同胞が殺されたというのに、ソルは悲しむ様子を全く見せていない。
悲しみの涙を流すことも、怒りの炎を上げることもない。ただ静かに、凪いだ瞳で微笑んでいる。
「所詮は青き星の子。地球から発生した魔人じゃ、あの程度の力しか出せないか。まあ、ガイアは特別だけれど」
すると、目の前の揺らぐ陽炎の中に、一人の女が姿を現す。
「よぉ」
「やぁ、テラステラ」
ガイアの師匠であり、星の賢者テラステラ。
彼女は気怠げに、ひらひらと片手を挙げる。
彼女もまた、灼熱の太陽の上を平然と歩いている。ただし、ソルと違って。
「立体映像かい」
「あったりめえだろ。こんなきしょいとこで平然としてられるのは、赤き星の子であるお前くらいだよ」
テラステラが呆れたようにため息を吐き、太陽の地表を指差す。
「お前、何を企んでんだ。青き星の魔人の振りなんかして。この星の魔人のくせによ」
「そんなことを聞くためにわざわざ立体映像をよこしたのかい。星の賢者様は随分と暇みたいだね」
「うっせー。早く答えろ」
ソルは口角を上げ、ニコッと笑う。
「他の魔人たちと同じさ。僕もまた、あの星に住む害虫たる人間たちを退治したい」
ソルは静かに目を閉じ、自身の胸にそっと手を置く。
それは心からの言葉であることを表明する、優雅な所作だった。
だが、テラステラは不愉快そうに顔をしかめる。
「ふんっ。気に入らないね。お前のそれは、半分正しく、半分嘘だろうが。一番重要なとこが抜け落ちてるだろ」
「おや、ばれちゃったかな」
ソルは微笑む。そう、笑っているのだ。
柔らかな笑みを一切崩さず、彼は言う。
「正確に言うなら、僕が望むのはあの星と、星に住むすべての生物を滅ぼすことだよ」
ヴィーナスを含めた魔人たちは皆、あの青い星から生まれ落ちた。
魔人たちは動機に多少の差はあれど、星に住まう害虫である人間たちを殺そうとしている。
それは偏に、あの青い星を本来の綺麗な状態に戻すためだ。
青い星の存続のために、彼らは戦い、人間を滅ぼそうとしている。
だが、ソル。彼だけは決定的に違う。
人間を滅ぼすのは、あくまで彼の目標地点の半分でしかない。
人を殺し、星さえも跡形もなく滅ぼす。それが、彼の真の望み。
「お前はあの星を滅ぼすために、他の魔人たちを都合よく利用してる。それでお前は心が痛まないのか」
「ええ、全く。使えるものは全部使うよ。あの青い星、そして星に住む人々全部を、壊す」
人類抹殺どころの騒ぎではなかった。
ソルの狂気を孕んだ壮大すぎる目的を聞いても、テラステラは何もしない。否、物理的にできないのだ。
彼女の本体は今、この赤い星から遠く離れた場所にいるのだから。
「お前をぶん殴るのは、ガイアに任せるよ」
「そうかい。ふふ、楽しみだ」
テラステラは不愉快そうに鼻を鳴らすと、陽炎のようにその場からフッと姿を消した。
一人残されたソルは、遥か遠くで青く輝く星を見つめながら、楽しげに唇を動かす。
「さぁて、次はどうやって、あの星を壊そうかな」
☆
俺は星の引力を借りて、電波塔に巨大隕石を落とすことに成功した。
塔を一瞬で木っ端微塵にした。だが、その代償は大きかった。
「これは」
俺の目の前に広がるのは、跡形もなく消し飛んだザドゥの街。
巨大な塔のあった場所には、深くえぐれた巨大なクレーターだけが残されている。
その周囲には、本当に何もない。
土埃が風に舞い、焦げた石の匂いが鼻を突く。
建物も、外壁も、道も。街の全てが完全に吹き飛んでしまったのだ。
「しょうがないよ、ガイア」
ノエルが静かに俺の傍へやってきて、そっと肩に手を置く。
「メルクリウスが衝撃を防いでなかったら、島の外にいる人たちもろとも消し飛んでいた。これが、私たちにできる最善策だったよ」
そう、だよな。
必死に頑張って、その結果がこれだ。
故郷を失った町の人たちは、さぞ落胆していることだろう。
「ガイアさーんっ」
背後から声が聞こえ、振り返る。
チワさんをはじめとした街の人たちが、連れ立ってこちらへと歩いてきていた。
俺は思わず、彼らからスッと目を逸らしてしまう。
あんな大口を叩いておいて、結局街の形を救うことはできなかったのだから。
「だいじょーぶだよ、ガイアっ。それに、めるちゃんもっ」
リィナが俺と、そしてさっきから俺の背中に隠れて震えているメルクリウスに、明るい笑顔を向ける。
「ほらっ。見てっ」
チワさんは小走りでこちらへと駆け寄ると、俺とメルクリウスの前に立ち、深く頭を下げた。
「我々を、巨悪から救ってくださり、本当にありがとうございました」
チワさんや、街の人たち。
全員が、俺たち魔人に向かって深々と頭を下げる。
衣擦れの音が響き、静寂が包む。
それは決して、形式的なものではないと肌で感じた。
顔を上げた皆は、笑っている。心から安堵し、感謝してくれているのだ。
「あ、あれ。なんなのだ、これは」
メルクリウスの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
それを、リィナが柔らかな指先で優しく拭ってあげる。
「きっと嬉し涙だよ。あたしも、人から感謝されると嬉しいもん」
「感謝されると。ははっ、そうだな。嬉しいのだっ」
今まで魔人であるメルクリウスの人生で、誰かから心底感謝された経験などなかったのだろう。
俺だって、そうだった。
パーティを理不尽に追放されるまでは、ずっと孤独だった。
人に感謝されるということは、誰かに必要とされるということだ。
それは、胸の奥がじんわりと温かくなるような、何物にも代えがたい喜びをもたらす。
俺も、みんなを助けられてよかったと、心の底から思えた。
「チワさん。すみませんでした。街を吹っ飛ばしてしまって」
「構いませんわ。言ったでしょう。街は所詮、人が住むための箱。皆がいて、初めて意味を成すのです。ここには皆がいます。街は、また再興できますから」
そういえば、そんな力強い言葉を口にしていたな、チワさん。
町が瓦礫の山と化し、これから途方もない苦労が待っているというのに、彼女の顔に悲壮感は微塵も漂っていない。
本気で大丈夫だと思っているのだ。皆で力を合わせればどうにかなると、強く信じている。
強い女性だ。
そんな気高くて強いこの人たちの、少しでも役に立ちたいと、純粋にそう思った。
「なぁ、二人とも」
俺はリィナとノエルに声をかける。
「街の復興を、手伝おうぜ」
リィナたちは、俺が言うまでもなかったのだろう。うんっ、と力強く頷いた。
「わたしも手伝うぞーっ」
メルクリウスが元気よく両手を挙げて主張する。
重力と音波を操る魔人が二人もいれば、瓦礫の撤去などあっという間に終わり、町はすぐに元通りになるだろう。
「ありがとうございます。さぁ、頑張りましょう、皆さんっ」
「「「おーっ」」」
俺やリィナたち、そして町の人たちが一つになって拳を空へ突き上げる。
もう、孤独に怯えていた頃の俺はいない。
今はここに、確かな居場所を築けている。
俺も、メルクリウスも、魔人だ。人間じゃない。
それでも、人間でなくても、こうして人間たちの中で共に頑張れば、居場所は作れるんだ。
師匠。ありがとう。
あなたのおかげで、俺はこうして温かい居場所を作れています。
これからも、俺は前を向いて頑張りますので、遠くの空から見守っていてください。
心の中で、今はどこにいるかわからない師匠に向かって、俺は静かにそう語りかけるのだった。
一区切りです。
一旦完結扱いにします。状況見て再会しますので、よろしければブックマークはそのままでお願いします。
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