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【Web版】追放された【重力使い】は万有引力を支配し、最強に至る  作者: 茨木野
二章

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 俺たちはザドゥへの潜入を果たした。無策で踏み込んでもやられるだけなので、まずは情報収集をすることにした。

 手分けして、街の中を見て回る。


 ザドゥは巨大な塔を中心として、その周囲に円形状の街が広がっている造りだった。

 かつては迷宮攻略を志す者たちで賑わっていたのだろうが、魔人に支配された今となっては、どこも閑古鳥が鳴く有様だ。


 俯き加減で街を歩く人々の目は、皆一様に虚ろだった。生気のない、まるで死人のような顔色をしている。よくこれで倒れないものだと危惧していた矢先、どさりと目の前で一人の男が倒れ伏した。


「お、おいあんたっ。大丈夫かっ」


 慌てて倒れた彼のもとへ駆け寄る。栄養状態が極端に悪いのか、身体は枯れ枝のように痩せ細り、両目は深く落ち窪んでいた。ひどい有様だ。これほどになるまで強制労働を強いているのか。


 男は俺が介抱する間もなく自力で立ち上がると、よろよろとした足取りで再び塔へと向かって歩き出した。なんて惨たらしい真似を、ヴィーナスのやつは。

 

 俺は静かに彼の後を追った。塔の入り口には、重装の鎧を着込んだ見張りが立っている。佇まいからして、あちらは支配する側の人間だとすぐに分かった。


 門番が倒れた男を中へ通すと同時に、別の人間が塔から出てきた。その者もまた虚ろな目をしており、ゆっくりと港の方角へ向かっていく。


「何やってるんだ……」


 俺も後を追って港へと向かう。そこは俺たちが上陸したのとは別の港だった。四方を海に囲まれた島であり、円形状に街が発展している以上、全方位に港が複数存在しても不思議ではない。


 停泊している船に乗り込む船員たちの目も、一様に虚ろだった。彼らは船から物資を運び出し、それをリレー形式で塔へと運んでいく。


 俺はこっそりと木箱の中身を覗き見た。建築資材だけでなく、食材や酒などの娯楽品まで含まれている。そこから導き出される事実は、操られている人々がまだ生きているということだ。


「最低限の衣食住と睡眠は確保させているのか……」


 たとえば、この世界には死霊術《ネクロマンシー》という外法が存在する。死体を操って使役する魔法だが、相手が死人であれば休養など必要ない。これほど大量の食料は不要なはずだ。


 となると、ヴィーナスは生きた人間を精神ごと支配していることになる。魔人の超自然的な力で、果たしてそんな芸当が可能なのだろうか。調べたことで見えてきた事実もあるが、依然として謎も多い。特に、ヴィーナスの真の能力と、その動機については。


「なにやってるのだーっ」

「メルクリウス……急に出てくるなよ」


 奇抜な衣装に身を包む魔人、メルクリウスが、ひどく退屈そうに宙に浮いていた。

 音波とはすなわち空気の振動だ。それを局所的に留めて空気の塊を作り出し、不可視の足場としているのだろう。


「お前こそ、こんなところで何をしているんだ」


「リィナお姉ちゃんが構ってくれないから、暇なのだ。だからお兄ちゃんに構ってほしいのだ。かまえーっ」


 音速で突撃してくるメルクリウスを、俺は首を傾けて軽く躱した。


「わっははっ。ひどいのだーっ」

「俺も情報収集の最中だから、構ってやれない」


「ちぇっ。つまらんのだ。じゃあ、いいもん。めるめる、お兄ちゃんにくっついて遊ぶから」


 メルクリウスが俺の背中にぴたりと張り付いてきた。両足を俺の腰に回し、勝手におんぶされるような体勢をとる。だが、別に振り払う気にはならなかった。


 彼女の身体が驚くほど軽いのもあるし、重力操作を使えば負荷をゼロにできる。だが、それ以上に、振り払わないのは、俺がこいつと同類だからだろうか。


 同類、か。

 思えば、俺は魔人という存在について、テラステラ師匠から教わった知識と、かつて戦った磁力の魔人マルスのことしか知らない。

 実際の魔人の内面や生態については、ほとんど無知なのだ。


「なあ、お前はどこから来たんだ」


「星から生まれ落ちたのだ」


 確かに、師匠も同じようなことを言っていた。魔人とは、この星そのものが生み出す存在なのだと。


「もうちょっと具体的に教えてくれないか」


「んー。めるめるの場合は、自我が芽生えた時には、めるめるとヴィーナスがいたのだ。ヴィーナスお姉ちゃんから、魔人というものについて教えてもらったのだ」


「……なるほど」


 生まれ落ちた段階で、すでにヴィーナスと共にいたわけか。だから姉妹という認識なのだろう。


「めるめるたちが生まれたのは、ここからもっともっと離れた場所だったのだ。そして、星の声に従って行動しているのだ」


「星の声……なんだそれは」


「ガイアお兄ちゃんには聞こえないのかっ」


 メルクリウスが静かに目を閉じる。


「こうしていると聞こえるのだ。頭の中に直接響く……星の啜り泣く声が」


 俺も彼女に倣って目を閉じてみる。だが、やはり俺の脳内に声など響いてはこなかった。

 そっと目を開けると、不思議そうな俺の顔を見て、メルクリウスが呟いた。


「めるめるが知ってる魔人の中で、星の声が聞こえないのはガイアお兄ちゃんくらいなのだ」


「ヴィーナスにも聞こえているのか」


「バリバリ聞こえているのだ。とんでもなくうるさいくらい聞こえてるらしいのだ。だから、星を助けるためにこんな塔を築いているのだ」


 魔人によって、星の声の受信感度のようなものが異なるらしい。その度合いが、魔人の個性に直結しているのかもしれない。

 俺のように何も聞こえない者は、自らの心に従って生きる。メルクリウスも、具体的な内容までは聞こえていないため、ある程度自由に振る舞えている。

 逆にヴィーナスは、誰よりもその声が鮮明に聞こえているからこそ、狂信的に星の意志に従って行動しているというわけか。


「星は、魔人たちに何をさせたいんだろうな」

「知らんのだ。きょーみないのだ」


「じゃあ、逆にお前は何に興味があるんだよ」

「強いやつっ」


 またそれか。


「なんで強いやつがいいんだ」

「だって、強いやつじゃないと、遊びにならないからなのだ」


 ボールから手を離せば地面に落ちる。そんな当たり前の摂理を説くように、彼女は無邪気に言い放った。そうか、そういうことか。


 俺たち魔人は、人間の規格を外れた化け物じみた力を持っている。その気になれば、容易く人間を肉塊に変え、命を奪ってしまう。

 俺だって、師匠につけてもらったこの枷があるからこそ、人間としての日常生活を送れているのだ。枷を外せば、あっという間に重力を振りまく災厄の化け物へと逆戻りしてしまう。


 脳裏をよぎるのは、かつて俺が力を暴走させて潰してしまった村の人々の顔。そして、正体を知るや否や怯えて逃げ出していった、元パーティメンバーたちの後ろ姿。

 メルクリウスは、本能的に理解しているのだ。魔人は、か弱い人間とは決して対等になれないという残酷な事実を。

 魔人に比肩するほどの強さを持っていなければ、触れ合うことすらできず、一緒に遊ぶことも叶わないのだと。


「……本当は、友達が欲しいんだな」

「うん。だって……さみしいのだ」


「お前の姉ちゃんや、他の魔人は構ってくれないのか」

「うん。みんなそれぞれ、星の声に従って行動してるから。お姉ちゃんは嫌いなのだ。頭いかれてるし、めるめるを都合よくこき使ってくるから」


 メルクリウスの心の根底にあるのは、深い孤独と寂しさなのだろう。脆弱な人間にも、星の意志に縛られた魔人にも相手にされてこなかった。だからこそ、何の偏見もなく接してくれたリィナにあれほど懐いているのだ。


「なぁ、気づいているか分からないが、リィナもただの人間だぞ」

「えぇっ。知らなかったのだっ。てっきりガイアお兄ちゃんと一緒に行動してるから、魔人かと思っていたのだ……」


 こいつ、そんな根本的な勘違いをしていたのか。


「どうしよう。もうリィナお姉ちゃんとは、さよならなのかな……」


 なんて寂しそうな目をするんだ。その絶望に染まった瞳は、見た覚えがある。かつて、ショーウィンドウのガラスや水たまりに映っていた、過去の俺自身の目だ。


 故郷の村を追われ、人々から忌み嫌われ、孤独に彷徨い歩いていた頃の俺。こいつは、かつての俺そのものだ。だからこそ。


「そんなことないさ」


 と、俺は背中のメルクリウスに向かって優しく声をかけた。


「リィナが、お前のことを嫌いだって、一度でも言ったか」

「ううん……」


「なら大丈夫だ。魔人と人間だって、友達に、対等な仲間になれるよ」


 かつてリィナやノエルたちが、暗闇にいた俺を孤独から救い出してくれた。だから、今度は俺が、この孤独な魔人を救う番だ。


「リィナやノエルは、俺が魔人だと知っても決して逃げなかった。それに、あいつらは俺たち魔人同士の常軌を逸した戦闘を目の当たりにしても、怯えて逃げ出したりしなかっただろう」


「っ。た、たしかに……っ」


 そう、リィナはメルクリウスの正体が魔人だと知ってなお、微塵も態度を変えなかった。メルクリウス自身が、それをその目で見たのだ。自分自身が経験した事実だからこそ、彼女にも理解できるはずだ。


「メルクリウス。大丈夫だ。少なくとも、俺やリィナたち星空の夜は、お前と対等な友達だよ」


 背中のメルクリウスが、少しだけ表情を明るくした気配が伝わってくる。でも、まだ心の奥底に不安が残っているのだろう。完全には納得しきれていないようだった。

 今の俺が言葉で伝えられることは、すべて伝えた。あとはもう、時間をかけて行動で示し、分かってもらうしかない。


「とりあえず、最低限の情報は集まった。リィナたちの待つ場所へ戻るぞ」

「うん……わかったのだ」


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