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「何を慌てているのだっ。ガイアお兄ちゃんはっ」


 メルクリウスが、着替え途中の俺の部屋に堂々と入ってきたのだ。

 だというのに、こいつは何一つ動揺していない。普通こういうときは、済まないと言って部屋を出て行くものだろうに。


「でていってくれっ。着替えてる途中なんだよっ」


「なんで着替え途中で出ないといけないのだーっ。めるめるとガイアの仲ではないかっ。遠慮することないのだーっ」


 メルクリウスが無邪気な笑顔を浮かべる。こいつ、恥じらいという概念を知らないのか。


 メルクリウスは満面の笑みで、突進をかましてきた。

 動揺する俺は避けられず、そのまま激突する。

 柔らかな感触と、甘い香りが鼻をくすぐった。


 彼女は魔人の力を使っていなかったのだろう。音波に乗った移動をされていたら、俺は今頃ミンチになっていたはずだ。


「おーっ。なんで今回は避けなかったのだっ」


「まあ避ける暇もなかったし。なにより、お前が壁にぶつかって痛いだろう」


 マルスと違って、こいつには俺への明確な殺意がなかった。

 また、周りにリィナたち人間がいたというのに、そちらへの無差別な攻撃はしなかった。


 メルクリウスはなんというか、マルスとは違った感じがしたのだ。だから、こいつが痛い思いをするのは嫌だった。俺もまた、彼女の同類だからな。


「おーっ。やさしいなーっ、ガイアお兄ちゃんはっ」


 メルクリウスは一瞬変な間があったものの、俺を正面からぎゅっと抱きしめてきた。

 半裸の俺と、向かい合うように抱きつくメルクリウス。肌の温もりが直に伝わってくる。こんな姿、リィナやノエルには絶対に見せられない。


「がいあーっ」


 ドーン、と乱暴な音を立てて扉が大きく開かれた。背後にはチワさんもいる。

 リィナとノエル。なんか怒っている。それにチワさんも、眉間に深いしわを寄せていた。


「ど、どうしたんだよ皆」


「ガイアっ。そいつは敵だよっ。離れてっ」


 魔人と言いたいのか、リィナのやつ。

 だから倒せと。


「待ってくれリィナ。こいつは確かに魔人だが、害意はない」


「わかってるよっ」


「わかってるのっ」


 じゃあなんで離れてとか言ったんだ。


「そいつは、乙女の敵っ」


 なんだそりゃ。乙女の敵って。


 リィナはずんずんと足音を荒立てて歩いてくると、メルクリウスをべりっと引き剥がした。


「なんだお前はっ」


 とメルクリウス。


「あ、あたしは。あ、あたしは。その、が、ガイアの。こここ、恋人っ」


「なっ」


 いきなり何を言い出すんだ、この子は。

 メルクリウスも目を丸くして驚いている。


「ガイアお兄ちゃんに、恋人、だって」


「そ、そーだよっ。だからっ」


「わーいっ」


 ドーンッ、とメルクリウスがリィナに勢いよく抱きついた。


「じゃあお姉ちゃんだっ。お兄ちゃんの恋人だからっ。名前はなんてゆーのだっ」


「え、り、リィナだけど」


「リィナおねえちゃーんっ」


 メルクリウスはリィナにすりすりと甘えるように頬ずりをする。

 リィナは最初戸惑っていた。無理もない。さっきまで俺と死闘を繰り広げていた魔人が、急に子犬のように甘えてきたんだから。


「リィナ。わかってるよね。ほだされちゃだめよ」


「お、お姉ちゃんかぁ。えへへ」


「リィナっ」


 ノエルの忠告が聞こえていないのか、リィナは目をキラキラと輝かせ、ぽわぽわとしただらしない表情になっている。


「ちっちゃい子に甘えられるの、いいよねぇ。ノエルは全然甘えてくれないし。しっかりしすぎてるからっ」


「それは、わたしに苦情言ってるのかしら」


 リィナはノエルを無視して、メルクリウスをぎゅーっと抱きしめ返す。

 そうしてもらえたのが嬉しいのか、メルクリウスもまた、尻尾をパタパタと振るような勢いで強くハグを返した。なんだこの空間は。


「はっ。い、いかんーっ。いい、メルクリウスちゃんっ」


 いつの間にか、リィナがメルクリウスのことをちゃん付けして呼んでいる。

 チョロいなリィナよ。


「ガイアはあたしのものなんだから、あんまりベタベタしちゃ、めっ」


 頬を限界まで膨らませて注意するリィナに対し、メルクリウスは不思議そうに小首を傾げた。


「はぁっ。お姉ちゃん何言ってるのだっ。お兄ちゃんは誰の所有物でもないのだっ」


「うっ。せ、正論っ」


「それに何焦ってるのだっ。皆で仲良くお兄ちゃんをシェアすればいいのだっ」


「うっ。た、たしかにーっ」


 ガックリと項垂れるリィナ。完全にメルクリウスのペースに乱されている。見事に言いくるめられていた。


「あなたたち」


 ノエル、そしてチワさんが、冷ややかな視線で俺たちに静かなる怒りを向けてくる。

 室内の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚えた。


「ちゃんとして」


「あ、はいっ」


 俺とリィナは膝から崩れ落ちるように正座をし、素直に頷くしかなかった。


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