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俺たちはヤヒコの街へとやってきた。海辺の街らしく、微かな潮の香りが鼻をくすぐる。
港町としてかなり有名な街だと聞いていたのだが。
「あれれっ。ねーえ、ガイア、なんか、人少なくないっ」
「言われてみれば」
大通りには人が数えるほどしかいない。店先で露店を出している人も居ない。
波の音だけが、不自然なほど静かな街に響き渡っている。
俺も実際にヤヒコに来たのは初めてだ。これがいつも通りという可能性もなくはない。
「あ、それとさ。チワちゃん。なんでヤヒコに直接こなかったんっ。こっちも近いんだよねっ」
リィナが亜麻色の髪を揺らし、首を傾げて尋ねた。
「……そうですわね。ただ……」
気づけば、チワさんは頭にすっぽりと頭巾を深く被っていた。
彼女のピンと尖った犬耳を隠しているのだろう。
リィナの質問に対し、言いにくそうに視線を泳がせている。
ノエルが小さく息を吐き、ペコリと頭を下げた。
「うちのリィナが、デリカシーなくてすみません」
「なぬっ、あたしなにか失礼なことをしたのっ。ごめんっ」
本当にリィナは良い子だ。自分が何かやらかしたと分かれば、理由を聞かず、反論もせずに素直に頭を下げる。
だからこそ、人外たる魔人である俺を真っ直ぐに受け入れてくれているのかもしれない。
「いえ。大丈夫ですわ。さっそく参りましょうか、ギルドへ」
チワさんは、ヤヒコに直接来なかった理由を語らなかった。リィナもそれ以上言及しない。
俺は師匠から聞いて知っているが、本人が話したがっていないことを俺から言うつもりはない。
ややあって。
ヤヒコの冒険者ギルドへとやってきた。
重厚な木扉を押し開ける。
「あれま、やっぱり人がすくないよっ」
だいたいのギルドは、手前が酒場になっている。
依頼を達成した連中や、これから冒険に出かける奴らが、賑やかに飲み食いして木の実や肉を頬張っているのが普通だ。
だが、現在酒場はがらんとしている。
仕事を受ける人たちがポツポツといて、受付にはギルド職員が手持ち無沙汰に待機している。
カウンターはすいていて、暇そうにしている職員の方が多かった。
何らかの異常事態が起きている。俺の勘がそう警鐘を鳴らしていた。
俺たちは静かなカウンターへと向かう。
「すみません、星空の夜ですが」
そう言って、俺たちはギルド証を提出した。
受付嬢はそれを受け取り、俺たちの素性を確認した後、営業用の笑顔で来訪の理由を尋ねてくる。
「実はSランカーのギンコさんと、共通の相談を受けてまして」
ギンコさんのギルド証を提出する。
ルーペ型の魔道具を受付嬢が瞳にあてがう。真贋を確かめるための魔道具だ。
偽物ではないと分かった彼女は、「こちらへ」と言って、俺たちを二階へと通した。
「何で二階なんだろねっ」
「内密な話をしたいんじゃあないかしら」
ほどなくして、俺たちが通されたのはギルドマスターの部屋だった。
ヤヒコのギルドマスターは、立派な髭を蓄えた初老の男性だった。
彼はふかふかのソファに座るように促してくる。
俺はこれまでの事情を説明した。
ザドゥから逃げてきたチワさんについて。
そして、彼女はザドゥを支配する貴族から、街の人たちを助けてほしいと願っていること。
「話はわかったが、しかし。その依頼を受けるわけにはいかないのだ」
「なっ。ど、どうしてですのっ。冒険者は自由組織なのではなかったのですかっ」
チワさんは、貴族の権力を畏れてギルドが人を出し渋っていると思っているらしい。
「それとも……わたくしが……」
「チワさん、一旦落ち着こう」
「ガイアさん……」
チワさんは自分が獣人だから、仕事を受けてもらえないのか。多分そう言いたかったのだろう。
ただ、俺はそれだけが理由ではないと思った。
どうにもそういう類いの話ではなく、純粋にヤヒコの街自体にトラブルが発生している匂いを感じ取ったのだ。
「一体、ヤヒコで何が起きているのですか。人も異様に少ないですし」
「まさにそこなのだ。神隠しを知っているか」
俺たちが揃って首を横に振る。
「実は、この町の人間が少しずつ、ある日突然消えていっているのだ」
「失踪事件ってことですか」
ああ、とギルドマスターが重々しく頷く。
「まず消えたのは冒険者だ。行き先はみなザドゥ。迷宮都市に金を稼ぎにいった者たちだ。そして、その家族、友人と、次々と失踪していった。噂では、ザドゥにいる【塔の神】とやらに囚われてしまったのではないかと」
塔の神による謎の失踪。だから、神隠しというわけか。
「ザドゥに行ってそのまま帰らないってことっ」
ノエルが問う。
「それがどうにも違くてな。ザドゥへ行って、帰ってきたものが後日失踪するといった表現が正しい」
貴族が無理矢理冒険者を捕らえるというわけではないらしい。
自分の意思で居なくなっているとなると、確かに不可解だ。
「神隠しの話題が広がってしまってな。誰もザドゥには行きたがらない。ザドゥから近いこの町にも訪れる人が減ってきたというのが実情だ。正直参っている」
ザドゥは迷宮都市だ。一攫千金を目指して訪れる者も多い。
そしてヤヒコはザドゥとの中継地点である。
ここで補給や休息を取る人間がいて、彼らを相手に商売を始める者が出てきた。
そうして町は発展していったという背景があるらしい。
逆に言うと、ザドゥが近づきにくくなった以上、ここを訪れる者も減ったというわけだ。
ヤヒコも存続の危機に瀕している。
「だからって、問題を放置してよいのですかっ」
「良いわけがない。だから困っているのだ」
ギルドマスターの表情は本当に暗い。
チワさんも相手が真剣に困っているのを察して、それ以上は何も言わなかった。
うつむいて、深く息を吐き出す。
ヤヒコギルドが協力的ではない以上、他の街のギルドからの応援も期待はできないだろう。
あまりここで悩んでいる時間はない。先に乗り込んだギンコさんたちが危ない。
「チワさん。俺たち星空の夜だけで、街へ向かいます」
「ほんとですかっ」
「はい。三人だけでは心許ないかもですが」
「いえ、助かりますわっ。わたくしも行きますっ」
彼女はここに残っていた方がいいと思ったが。
彼女もザドゥから逃げてきた身だ。この町の人たち同様に失踪者になる可能性もある。
もとより彼女は、残してきた家族が気になっている様子だ。
一緒にザドゥへ乗り込んだ方がいい。
「助かるよ」
ギルドマスターが深く頭を下げた。
「船や、冒険に必要なものはこちらで手配しよう。だが、人員は割けない。君たちだけで調査を依頼する」
「承知しました」
「すまんな」
「気にしないでください」
こうして、俺たちはザドゥへと向かうのだった。
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