56
俺たちはギンコさんたちと別れ、ヤヒコの街を目指した。
馬車の車輪が乾いた土を噛む音が、単調に響き続ける。
荷台の隅では、獣人のチワさんが膝を抱えて三角座りをしたまま、微動だにしていなかった。
馬の手綱を握るのはリィナだ。
俺とノエルは荷台に腰を下ろしている。
正面に座るチワさんは、ずっと不安げに瞳を揺らしていた。
垂れた獣耳が、彼女の沈んだ心を代弁しているようだ。
ザドゥに残してきているであろう家族や友人を案じているのと同時に、俺たちの力を測りかねているのだろう。
本当に俺たちにこの命運を任せて果たしていいものかと、疑心暗鬼になっているのだ。
当然の反応だ。
チワさんが俺たちの戦闘を見たのは一度きりであり、相手は砂蟲だけだった。
それを倒したからといって、現在ザドゥで行われている悲劇を回避できるだけの能力があるとは、到底思えないのだろう。
俺は言葉で大丈夫だとは言わない。
きっと口にしたところで、信じてはもらえないはずだ。
言葉でなら何とでも言える。
だが世の中には、言葉にはできても実際には実行不可能な事象が多い。
俺が重力を暴走させて滅ぼしかけた村を、完全に元通りにはできなかったように。
そういう取り返しのつかないものが、世の中には確実に存在するのだ。
言葉でぐだぐだ言うんじゃなくて、男なら背中で語りやがれ。
星の賢者であるテラステラ師匠が、そう言っていたのを思い出す。
言葉を尽くしたところで、他人の考えを容易に変えることはできない。
言葉ではなく行動で示すことでしか、相手の真の信頼を勝ち取ることはできないのだ。
「むっ。ガイアっ、敵だよっ。なんか、鳥っ」
リィナが亜麻色の髪を風に揺らしながら、ピンと指を差して声を張り上げた。
荷台から顔を覗かせ、俺とノエルは荒野の空を仰ぎ見る。
遥か遠くの蒼穹に、鳥形の巨大な魔物が飛んでいた。
「岩鷲ね。Bランクの魔物だわ」
ノエルが澄んだ声で、魔物の情報を教えてくれる。
なるほど、Bランクか。そこまで脅威となる相手ではない。
「でもでもっ、結構な数いるよっ。しかもなんか、V字で飛んできてるしっ」
岩鷲が群れを成して飛行している。
確かに遠くから見ると、見事なVの字を描いていた。
「岩鷲は雁行する習性を持っているのよ」
「がんこー。頑固なんだねっ。なるほどっ。岩だからねっ」
「リィナ、馬車止めて」
「あいあいっ」
ノエルは冷静にツッコミをスルーし、冷ややかな視線を前方に向けた。
今は冗談に付き合っている暇はないからだ。
岩鷲の群れは、凄まじい風切り音を立てながらこちらへ突っ込んでくる。
岩のごとき硬い身体で、あのスピードで突撃されたらたまったものではない。
飛来する途中で、道中に転がっている巨岩に岩鷲の一匹がぶつかった。
ドゴォン、と腹に響くような轟音が荒野に鳴り響く。
岩鷲の特攻によって、馬車ほどの大きさがあった巨岩が完全に粉砕されていた。
砂煙が舞い上がり、土の匂いが鼻を突く。
その圧倒的な破壊力を見たチワさんが、青ざめた顔で悲痛な声を上げた。
「な、なんとかしてくださいましっ。わ、わたくしは、わたくしはまだ死ねないのですっ」
「キースホンドが、両親が、まだザドゥにいて、わたくしの帰りを待ってるのですっ」
キースホンドというのは、おそらく友人か知人の名前なのだろう。
そうだ、彼女が今ここにいるということは、誰かが命懸けで逃がしてくれたということだ。
チワさんの帰りを、待ちわびている者がいるのだ。
俺は大丈夫だとは口にしない。
慰めの言葉を紡ぐ暇があるのなら、ただ行動で示すのみだ。
「リィナ、囮いけるな」
「もちっ」
リィナは一切怯むことなく、愛用の大剣を抜き放って俺を真っ直ぐに見つめた。
自分が危険な囮役を任されているというのに、不満を漏らすこともない。
実に素直で、信頼に足る剣士だ。
「よし、あいつらを罠に引っ張ってきてくれ」
「OKっ」
俺はリィナに減重を付与した。
リィナは爆発的な脚力で荒野を駆け出していく。
土煙をもうもうと巻き上げながら、まるで地竜のごとき速度で疾駆する。
彼女は軽やかに跳躍し、先頭の岩鷲に向かって刃を振るった。
「虎牙烈破斬っ」
大上段からの強烈な一撃、そして瞬時に下段から切り上げる神速の刃。
まるで荒ぶる虎の牙のように、鋭い二連の斬撃が岩鷲を襲う。
だが、それでも岩鷲の分厚い翼を完全に切断することはできなかった。
やはり外皮が相当に硬いようだ。
リィナは重力に従ってそのまま落下していく。
敵は自身を傷つけたリィナを捕捉し、標的を定めた。
鋭い鳴き声を上げながら旋回し、一斉に襲いかかってくる。
リィナは着地と同時に踵を返し、こちらへ向かって全速力で走ってきた。
傍らではノエルが精神を集中させ、魔力を練り上げている。
大技を放つための準備だ。
周囲の気温が急激に下がり、肌を刺すような冷気が漂い始める。
一方で俺は、地面にトラップを仕掛けていた。
巨大砂蟲を討伐した時と同じ手順だ。
リィナが軽やかなステップで俺たちを飛び越える。
「ガイアっ、ノエルっ、あとたのんだーっ」
「心得た。重力場っ」
俺は加重を応用したトラップを一気に展開させた。
岩鷲の群れは、獲物を追って真っ直ぐに重力場へと突っ込んでくる。
瞬間、奴らは見えざる巨大な手に押さえつけられたように、地面へと激しく叩きつけられた。
尋常ならざる重力の圧を浴び、岩鷲たちは地に伏して動けなくなる。
だが、それだけでは奴らは死なない。
俺がやったのは、あくまで地面に縛りつけるだけの補助だ。
「ノエルっ」
「氷河領域っ」
上級氷属性魔法、氷河領域。
地面を極低温に凍結させ、指定した範囲にいる敵を一気に氷の檻へ閉じ込める大魔法だ。
空気が凍りつくようなパキパキという音が響き渡る。
大量の岩鷲たちは為す術もなく、分厚い氷塊の中へと完全に封じ込められた。
「あとは」
「まっかせてーっ」
リィナが遥か上空へと跳躍し、大剣を構えながら落下してくる。
俺は彼女に付与していた重力を瞬時に操作した。
一度触れて付与した重力であれば、俺の意思一つで効果を反転させることが可能なのだ。
すなわち、加重。
「くらえっ。加重けーーーーーーーーーーーーーんっ」
落下の凄まじい衝撃に、リィナの剣圧と超重力が上乗せされる。
極低温の氷によって脆くなっていた岩の身体が、その一撃で容易く粉砕された。
パリィイイインッ。
美しい硝子細工が砕け散るような澄んだ音と共に、岩鷲の群れが粉々になって消えていく。
「す、すごい。あの大量の魔物を、一瞬で」
チワさんは俺たちの流れるような連携を見て、感嘆の息を漏らした。
「砂蟲のあれは、まぐれじゃなかったんですわね。あ、その、すみません」
失言だと思ったのか、チワさんが慌てて耳を伏せて頭を下げる。
だが、別に俺はなんとも思っていない。
俺たちの実力を知らなかったうえでの発言なのだから、疑って当然と言える。
「いえ。じゃ、先を急ぎましょう」
「は、はいっ」
チワさんの瞳に、先ほどまでの絶望とは違う、小さな希望の光が宿っていた。
【お知らせ】
※8/21(金)
好評につき、連載版、投稿しました!
『【連載版】婚約破棄された加護なし令嬢、前世の知識で絶品あったかご飯を作ります~無理矢理嫁がされた極寒の隣国で、皆から恐れられる【狂犬皇子】が、毎食おかわりを要求して離してくれません』
https://ncode.syosetu.com/n0948mq/
広告下↓のリンクから飛べます。




