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迷宮都市ザドゥ。ゲータ・ニィガ王国本土から少し離れた場所に浮かぶ孤島だ。
潮の香りが微かに混じる風の中、都市の中心部には天まで届くかと思われるほどの巨大な白亜の塔がそびえ立っている。
塔の中腹あたり。吹き抜ける風が心地よい見晴らしの特等席に、ゲーヒィンがいた。
「ぐぎぎ……っ。ぎゃははは……っ。いつもながら良い眺めだぁ……」
塔は円筒形をしているが、一部に壁のないフロアが存在する。見晴らし台のようになっているのだ。
そこから見下ろす景色は絶景だった。広大な迷宮都市を一望できる。蟻のように蠢く人間たちの姿を見下ろしながら、彼はグラスのワインをすする。
「ゲーヒィン様。新しいワインをお持ち致しました……」
極端に布面積の少ない、メイド服と呼んでいいのかも怪しい改造された服に身を包んだ女性が一人。
背が高く、ピンと尖った犬耳を持つ獣人だ。
「おお、キースホンドぉ……来たかぁ……」
キースホンドと呼ばれた獣人の女性が、静かな足音を立てて近づいてくる。
本当に局部しか隠していない。否、隠すことを許されていないのだ。
際どい水着に、頭にはヘッドドレス。娼婦のような格好を強制させられているのである。
彼女の白い手には銀のお盆が握られており、なみなみと注がれたワイングラスが乗っている。
ゲーヒィンの前まで歩み寄り、恭しくワイングラスを差し出した。
彼はそのグラスを手に取ると、薄く唇を歪める。
「ほぉれ……吾輩の血だぞぉ……喜んで浴びろぉ……」
びちゃびちゃと、赤黒い液体をキースホンドの頭上から躊躇いなくぶちまけた。
甘ったるい葡萄の匂いが周囲に充満する。彼女は一瞬だけ不快感に眉をしかめるも、すぐに表情を無にして耐え忍んだ。
ワインを浴びせた後、ゲーヒィンは彼女の濡れた肌を這うように舐め回し始める。
ねっとりと、まるでナメクジが地を這うような水音が、静かな空間に響く。
へそ、脇の下、豊かな胸元。愛する相手からの行為であれば受け入れられるかもしれないが、キースホンドの瞳には明らかな嫌悪の色が浮かんでいた。
だが、ゲーヒィンの濁った眼球と視線が絡むと、瞬時に表情を無へと戻す。戻さなければならないのだ。
「なぁんだぁ……。何か文句でもあるのかぁ、キースホンドぉ……」
「……いえ……」
「だよなぁっ。逆らえないよなぁっ。ひひひっ。そんなことしたら、お前の大事な大事な家族が、どうなるかわかってるもんなぁっ」
「…………っ」
ぎゅっと、キースホンドが悔しそうに強く歯噛みする。衣擦れの音がわずかに鳴る。
その屈辱に満ちた姿を見て、ゲーヒィンはさらに下品な笑みを深めた。
「ああ、いいぞぉ……キースホンド。お前のその悔しそうな顔……最高にそそるぜぇ……ぶひゃひゃひゃひゃっ」
ゲーヒィンは満足するまで彼女の身体を舐め回し、空になったワイングラスを乱暴に押し付けて片付けさせた。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。
「あぁん。なんだ……。お楽しみ中だぞぉ」
「し、失礼します……」
おずおずと一人の男が入ってきた。彼もまた獣人だった。
男の獣人は、怯えた様子でゲーヒィンの前へと進み出る。
「こ、こちらが報告書となります……」
今日の強制労働の進捗率が記された書類だ。
ゲーヒィンはそれを受け取り、ちらりと一瞥すると、途端に不機嫌に顔を歪めた。
「なんだこれはぁ……っ」
腹の底から響くような声で、静かに凄む。
「進みがぜんっぜん遅いではないかぁ……っ」
「も、申し訳ございません……っ」
「いいや、だめだね」
すぅと息を吸い込み、ゲーヒィンが大げさな身振りで天を仰ぐ。
「神っ。塔の神よぉっ。この者に天罰を与えたまえぇっ」
ゲーヒィンの狂気じみた声が、風に乗って響き渡る。
「ひぃっ、いやぁあああああああああああああああっ」
男の獣人は血の気を失い、悲鳴を上げながら脱兎のごとく走り出した。
だが、無慈悲な結末は一瞬で訪れた。
ボチュッ、と生々しい破裂音が鳴る。
男の頭部が、まるで熟れた果実のように突如として弾け飛んだのだ。
「…………っ」
キースホンドは真っ青な顔のまま、声も出せずに死体を見つめている。
男の頭が、物理的な干渉もなく内側から弾けたのだ。
血の匂いとむせ返るような鉄の臭気が、風に乗って漂ってくる。
頭部を失い、ピクピクと痙攣する死体を、ゲーヒィンが面白半分に蹴飛ばした。
「このっ。このっ。愚図がっ。のろまめっ」
まるでボールでも扱うかのように蹴り転がし、見晴らし台の縁から男の死体を容赦なく蹴り落とす。
遥か下層で、ぐしゃりと肉が潰れる鈍い音が響いた。
「おいゴミどもぉっ。よぉくきけぇえいっ」
ゲーヒィンが身を乗り出し、下に向かって声を張り上げる。
眼下で強制労働に従事している者たちが、一斉に恐る恐るこちらを見上げた。
「最近、作業効率が落ちてるぞぉっ。これ以上進みが遅くなるようなら、一日に十人っ。天罰を下してやるっ」
先ほどの男は、ただ見せしめにするためだけに無惨に殺されたのだ。
眼下で働く者たちの顔から、さぁっと血の気が引いていくのが遠目にもわかった。
「死にたくなければ、このゲーヒィン様が納得するくらいの働きを見せるのだっ。わかったな、畜生どもぉっ」
獣人たちは恐怖に身体を震わせながら、慌てて作業を再開する。
その惨状を見下ろし、ゲーヒィンは満足げに深く頷いた。
「おい、キースホンドぉ。吾輩を殺そうとか、馬鹿な真似は考えないことだぞぉ」
にちゃあ、とゲーヒィンが粘着質な笑みを浮かべる。
そして、傍らに立つキースホンドの豊かな胸を遠慮なく鷲掴みにした。
「わしには、塔の神が憑いているのだぁ。逆らえばさっきのクズのように、一瞬で死んでしまう。わかったなぁ」
「…………はい」
「ああ、良い子だぁ……良い子……。お前は良い尻と胸をしているからなぁ。生かしてやってるんだぞぉ……。感謝するんだなぁ、その体に産んでくれたカス犬にぃ」
「………………はい、ゲーヒィン様」
キースホンドのつぶらな瞳に、ひと筋の悔し涙が浮かぶ。
その屈辱にまみれた姿を見て、ゲーヒィンはまた深い悦びに浸るのだった。
(ぶぎゃはっはあ。神の力を持つ吾輩に、逆らう馬鹿は誰も居ないっ。圧倒的力っ。権力っ。世界は吾輩の思うがままっ。ぶーぎゃっはっはっはーっ)
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