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チワは、ザドゥという迷宮都市から逃げてきたそうだ。
現在、都市はゲーヒィンなる人物が支配しており、それを討伐してほしいというのが依頼の内容だった。
ギンコは即答を避け、返事を保留した。
少し相談すると告げて、彼女は俺の袖を引き、チワから少し離れた岩陰へと移動する。
「ガイア君。私たちはこの依頼を受けようと思う。だが、君たち星空の夜は受けないほうがいい」
「……相手が貴族だからですね」
「さすがガイア君。話が早い」
一緒についてきたリィナが、亜麻色の髪を揺らして不思議そうに小首を傾げる。
「え、え、なんでーっ。困ってるんでしょっ。なら助けなきゃっ。それが冒険者ってもんでしょっ」
確かに、弱きを助けるのが冒険者の本分だと俺も思う。
だが。
「……今回は貴族が絡んでいる」
「だからなんだよぉ、ノエルぅ」
ノエルが小さく息を吐き、静かにため息をついた。
「……確かに冒険者は、どこの組織にも、国にも属さない自由の徒よ。でも、相手が貴族となると、各方面に影響を及ぼすほどの権力を持っているわ」
貴族が直接こちらに手を出してこないにしても、商人の背後に貴族の息がかかっていることは多い。
彼らが一声かければ、俺たち冒険者に物資を売ってくれない、といった事態にもなりかねない。
「……ゲーヒィンは一度商売でやらかして、夜逃げした。だから大した権力は持ってないはず。でも、街を支配するほどの、何らかの力は所持している可能性が高いわ」
やたらとノエルはゲーヒィンについて詳しかった。
過去に、何か因縁めいた繋がりでもあるのだろうか。
「えっ、相手が強い力を持ってるから、手を出さないほうがいいってことっ。意味わかんないっ」
憤慨したリィナが、悔しそうに地団駄を踏む。
土煙が微かに舞い上がり、乾いた音が周囲に響いた。
「困っている人が、そこにいるっ。なら助けるっ。でしょっ」
本当にまっすぐな子だ。
リィナは裏の事情を何も知らない。だが、深く知りすぎることで、時に人は身動きが取れなくなってしまうこともある。
「俺も助けたいです」
「……わたしも」
俺たち星空の夜も、この件に関わる決意を固めた。
やはり、目の前で困っている人を見過ごすことはできない。それに、個人的に少し気にかかることもあった。
ゲーヒィンとやらは、急に人々を支配し始めたという。
彼に凄まじいカリスマ性があるから、という理屈づけはできるが、やはり不自然さを覚える。
もしかすると、魔人が絡んでいるのかもしれない。まだ推測の域を出ないが、確認する価値はある。
「わかった。では、こうしよう。我々黄昏の竜が先に行って、街の様子を探ってくる。君たちはチワさんと一緒に、ザドゥから程近いヤヒコという街へ向かい、そこの冒険者ギルドにこの件を報告してきてくれ」
なるほど。ギンコたちが先遣隊となるわけだ。
俺たちはギルドに協力要請を取り付け、いざという時のために備えるという手はずだ。
「なんでっ。ザドゥへいって、どーんっ、って悪いやつぶん殴ればよくなーいっ」
「それができれば理想的だが、相手は貴族な上に、戦力も未知数だ。万全の態勢を整えて事に当たるほうがいい」
「むぅ……そうだね。ギンコさんのいうとおりにするよっ」
リィナは少し頬を膨らませたが、素直に頷いた。
俺としての意見もリィナと同じだ。ノエルも、こくりと静かに同意を示す。
方針が固まり、ギンコは踵を返してチワの元へと戻る。
「承知した。我々はその依頼を引き受けよう」
「ありがとうございますっ。では、さっそく向かいましょう。ゲーヒィンを打倒するためにっ」
チワはリィナと思考回路が似ているのか、悪い奴を今すぐぶん殴りたいと思っているらしい。
勢いよく立ち上がり、垂れた耳をピンと立てて鼻息を荒くしている。
「待ってくれ。相手の戦力が未知数だからこそ、保険をかけておきたい。部隊を二つに分け、我々が様子を見てくる間に、君たちにはギルドへ報告し、態勢を整えてもらいたい。君はガイア君たちと一緒にヤヒコの街へ行ってほしい」
「いやですっ」
きっぱりと断られてしまった。
「今もゲーヒィンによって、街の人たちは苦しめられているのですよっ。今すぐっ。速攻でっ。あいつを倒すべきではっ」
大人しい印象を受けたが、意外と血の気が多い人らしい。
「だよねっ。ぶっ倒すべきだよねっ」
リィナがすかさず同調する。
シンパシーを感じたらしく、チワは深く頷いてリィナの両手を固く握りしめた。
「……バカなの、あなたたち。少しは冷静になったらどう」
ノエルが冷ややかな視線を向け、少しきつめの口調で言い放つ。
「無策で突っ込んで、全滅したらどうするの。どう責任をとってくれるの、あなたは」
「そ、それは……」
どうやら、そこまで先のことまでは考えていなかったようだ。
チワが言葉に詰まり、気まずそうに目を泳がせる。
「ノエル君の言う通りだ。チワ君、君はいったん冷静になったほうがいい。それに、ひどく疲れているだろう。まずはゆっくりと身体を休めるのが先決だ」
ザドゥからここまで自分の足で逃げてきたとなれば、かなりの長旅だったはずだ。
体力の消耗も半端ではないだろう。
極度の疲労と緊張で、気が立っているのかもしれない。
彼女を休ませる意味でも、まずは俺たちがチワをヤヒコの街へ連れて行くのが最善だ。
「……わかりました」
しぶしぶといった様子でチワが頷く。
こうして、俺たちは正式にザドゥ奪還の依頼を受けることになったのだった。
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