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引力を使い、逃げてきた獣人の女性を腕の中に受け止めた。
白髪に、少し垂れ気味の獣耳。
大きくてつぶらな瞳をした、十八歳くらいの女性だ。
ひどく怯えた様子だったが、怪我はないようだ。
土埃の匂いが混じる風の中、彼女は小さく息を吐いて口を開く。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございますわ……」
俺が助けたという事実に気づいたようだった。
きちんとお礼を言ってくる辺り、育ちは良いのだろう。
俺としては当然のことをしたまでだし、それに、まだ終わっていない。
「まだだ。まだ、完全に助かったわけじゃない」
ズシン、ズシンと、地鳴りが足元から伝わってくる。
巨大な砂蟲が依然としてこちらに近づいていた。
さっきは目をこらさないと見えない距離だったそいつが、土煙を巻き上げながらどんどんと迫ってきている。
「どうやら、逃げるわけにはいかないようだな」
「ですね」
ギンコたち黄昏の竜の面々は、額に汗をにじませながらも、武器を構えて敵を見据えている。
頼もしい仲間たちの横顔に、俺は静かに頷いた。
戦力は、まず黄昏の竜の五人。
剣使いギンコ、魔法使いマジコ、武闘家ブトー、弓使いキョリエン、そして聖女のセイト。
それに加えて俺たち星空の夜の、リィナとノエル、そして俺。合計八人だ。
改めて見上げるボス砂蟲は、かなりの大きさだった。
十メートル以上、いや、二、三十メートルはあるだろうか。
見上げるほどの巨体がもたらす圧迫感と、獣特有の生臭い息吹が風に乗って届く。
強さとは、重さと速さだ。
あれだけでかいのだから、突進の破壊力も相当なものだろう。
まともにぶつかれば、こちらの被害は免れない。だからこそ、小細工を弄するのだ。
俺は獣人の女性をそっと地面に下ろし、大地に両手をついた。
「俺がトラップを張って、敵の動きを止めます。あとは全員で敵を叩いてください」
「「了解っ」」
短い返事と共に、全員が素早く散開する。
獣人の女性は、リィナが手を取って安全な場所へと誘導していく。
「か、彼を一人残して良いのですか?」
「だいっじょーぶっ。ガイアはすっごく頼りになるからっ」
リィナが胸を張り、得意げな笑みを浮かべる。
仲間の信頼が、胸の奥にじんわりと温かく響いた。
一人最前線に残される心細さなど、微塵も感じない。
一方で、獣人の女性は納得がいかない様子で振り返る。
「な、なるほど……彼はとんでもなくレアな、職業を持っているということですわね。だから任せると」
この世界の人間は皆、天から職業という特別な力をもらう。
上位の職業ほど、強力な攻撃スキルを持っているのが常識だ。
彼女がそう解釈するのも無理はない。
「ううん、ガイアの職業は重力使い」
「彼は基本……攻撃にスキルを使わない」
リィナとノエルが、走りながらさらりと答える。
「は……?」
目を丸くして固まる彼女の手を引き、リィナがさらに後方へ下がる。
女性のほうは、まだ俺の力を疑っているらしい。当然の反応だ。
この世界には、重力という概念がそもそも存在しない。
俺は、この星に掛かる見えない力を操る異能持ちであることを、師匠から聞かされて知っているだけだ。
だからこそ、普通は彼女のような反応を抱いて当然なのだ。
「じゅ、重力ってなんですの……っ。そんな訳のわからない力を持ってる人を残すなんて、ど、どうかしてますわっ」
ともすれば非難に聞こえるセリフだった。
しかし仲間たちは微塵も動揺を見せず、怒ることもなく、ただ静かに配置につき、言われた通りに武器を構えている。
俺は魔力を練り上げ、周囲の地面へ目一杯に仕掛けた。
触れた対象の重力を操る能力。
これを地面に付与することで、強固な重力場を生成するのだ。
「GOROROROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ」
鼓膜を破らんばかりの咆哮が轟く。
地響きで足元が激しく揺れる。だが、俺は冷静に罠を発動させた。
「加重」
ズンッ、と砂蟲の巨体が、見えざる巨大な手で上から押さえつけられたかのように深く沈み込んだ。
地面がすり鉢状にひび割れ、土埃が舞い上がる。
俺は両手をついたまま、必死に重力場を維持し続ける。
「いまだっ」
離れた位置から、キョリエンやマジコ、ノエルによる遠距離攻撃が一斉に放たれた。
空を覆うほどの石や氷の槍が、次から次へと降り注ぐ。
俺の重力場に捉えられた魔法は、尋常ではない速さと質量を伴って砂蟲へ襲いかかった。
ズドドドドドッ、と連続した破壊音が荒野に響き渡る。
硬い外殻が次々と砕け散り、砂蟲の身体が瞬く間に穴だらけになっていく。
だが、まだ決定打にはならない。
砂蟲もただやられるだけでなく、身をよじって重力場から逃れようと必死にもがいている。
だが、そうはさせない。
俺は重力場の生成をいったん解除し、砂を蹴って敵の懐へと肉薄した。
土煙を抜け、砂蟲のザラついた外殻に直接手のひらを触れる。
「加重・全力全開っ」
触れた対象を重くする異能。
直接触れた状態ならば、かける重さに制限はない。
広範囲に展開するトラップよりも、ピンポイントで浴びせたほうが、はるかに強い重力を対象へ叩き込める。
メキメキと音を立て、砂蟲の巨体が自身の重さに耐えかねて完全に地面へと縫い付けられた。
「いくぞっ」
「おっしゃっ」
バッ、と頭上を見上げると、ギンコとリィナが遥か上空に跳躍していた。
風の魔法で滞空しているのだろう。
リィナの重力剣と、ギンコの二刀。二人の刃が、太陽を背にして鋭く煌めく。
「「廻天斬……っ」」
身体を独楽のように回転させながら、落下エネルギーを利用して対象を切り刻む大技だ。
剣士の持つ攻撃力、落下時の重力、そして砂蟲自身にかかる超重力。
すべての力が一点に収束し、二人の刃が砂蟲の硬い頭部をバターのように易々と切断した。
ドズンッ、と重い音を立てて巨大な頭が地に落ちる。
緑色の体液をまき散らしながら、砂蟲は断末魔すら上げられずに完全に沈黙した。
「ふぅ……お疲れ、みんな」
着地したギンコとリィナが、俺へ向かって同時に振り返る。
リィナは嬉しそうに目を輝かせ、無邪気な笑みを浮かべながら両手でピースサインを作って見せてきた。
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