第四百九十二話「締め切り迫る」
朝の話し合いで文化祭の出し物を決めようとしたけど結局決まらなかった。第一候補は男装執事喫茶ということになったけど、過去の文化祭で喫茶店が何度も失敗しているために喫茶店を開くには学園の会議を経る必要があるかららしい。
そのため俺達は喫茶店が却下された場合に備えて第二候補を話し合おうと思ったんだけど……、結局第二候補は決まらず……、話し合いでは喫茶店についての詳細ばかりが話し合われた。
普通に喫茶店の意見を出しても恐らく学園の会議で却下されるだろう。だから教職員達を納得させられるだけのプレゼンを考えなければならない。まぁ俺達がその会議でプレゼンするわけではないんだけど、成功するビジョンを示さないことには問答無用で却下されるだろう。
そこで第二候補もあれこれ考えなければならなかったんだけど、男装執事喫茶より良い意見は出ず、第二候補はまとまらなかったから喫茶店の成功ビジョンを示すためにどんどん詳細が詰められた。でもあれだけの案なら普通に喫茶店が成功しそうな気はする。皆の執念は恐ろしいものだった。何が彼ら、彼女らをそこまで男装執事喫茶に駆り立てるのか……。
まず喫茶店というのだからお茶とお茶請けは最低でも藤花学園に通う生徒達が満足出来るものでなければならない。スーパーで売っているティーバッグの安物というわけにはいかない。だから最初に予算をつぎ込むのはそこだ。茶葉とお茶請けはそれなりの物を使う。
コーヒーとか、茶葉の種類やお茶請けの種類は絞る。色々と買い揃えるのはコスト的に難しい。選ばれた数種類のものだけを出すことでコストと労力をカットする。
そしてお茶を出すためにはお湯を沸かさなければならない。そのために火を使わなければならないと思っていたけど芹ちゃんのお陰で固定観念から目が覚めた。電気ポットはどうかと思うけどIHクッキングヒーターとかもあるだろう。何もガスコンロでなければならないということはない。これならガスや水道のある教室じゃなくても三組の教室でも出来る。
洗い物に関しては窓から外にいる者に渡して、職員用の給湯室に運んではどうかということになった。使用済みの食器などをどうやって処理するのかが問題だったけどこれならかなり良いんじゃないかと思える。
水道のある場所は限られている。どうやってそこへ持って行って洗うかが問題だったけど、廊下を食器を持って移動していては危ない。当日は文化祭に来ている人でごった返す可能性が高い。そこで喫茶店の洗い物を運んでいてはぶつかって落として割れるなんて事故が目に浮かぶようだ。その点一年三組の教室は一階だから外側の窓から外に待機している面子に洗い物を渡すことが出来る。
外を通って運ぶことによって混雑している廊下を避けることが出来るし、職員用給湯室と直通で洗い物のやり取りが出来る。これが出来るのは一階の教室だけだな……。来年も同じことをしようと思っても教室が二階以上になる来年や再来年は不可能だ。
まぁそれはともかくこれで洗い物の件も水やガスの問題も解決出来る。教室の一角をパーテーションかカーテンか何かで間仕切り、そこで調理してお客様にお出しする。さらに下げた食器はそこの窓から外の係りに渡せばばっちりだ。
内装や食器類に関しては予算を抑えるために手作りで済ませる。これは予算の圧縮と同時にクラスの皆が自分達も色々なことに参加出来るようにという配慮もある。どうせ八百万程度の予算では藤花学園の生徒達を満足させられるような内装や食器は揃えられない。それならば最初から安物を買って来て、俺達の手で作り上げる。
無地の食器に手書きしたり、デコレーションしたりする。テーブルクロスも安物でもいいから無地の物なんかを買って来て、そこに皆で絵を描いたり、染めたり、柄や飾りつけをつけて工夫する。そうすることで内装や食器は唯一無二のものとなり、参加するクラスメイト達の思い出にもなるというわけだ。
そして残った予算をウェイター、ウェイトレスの衣装にかける!この男装執事喫茶のウリは手作りの内装と男装執事となったご令嬢達による給仕を受けられることにある。
ただ問題なのはこの男装執事達の衣装だ。まず執事服を用意しようと思ったら一着八十万から百万くらいはかかってしまう。クラス予算全てをつぎ込んでも八着から十着くらいしか用意出来ない。しかも今から採寸して発注するとなると文化祭までに間に合うかわからない。
それにいくら『男装執事喫茶』だとしても、じゃあ男子は何もしないのか?ということになってしまう。じゃあ女装メイドも入れてはどうかという話になったんだけど……、さらに衣装代がかさんでしまうということで一度却下になった。
小説やアニメやゲームでも男装執事・女装メイド喫茶というのは耳にしたことがあるような気がする。考え自体は悪くなかったと思うけど、いざ実際に女装メイド達に給仕されたいか?と問われれば『う~ん……』としか答えられない。
しかも衣装代が仮に八十万だったとしたら、一人当たり二十万の限度額を超えてしまうのではないか?という議論もあった。衣装はクラス予算扱いということで一人当たり二十万の限度に当たらない、という意見もあれば、いやいや、個人が着るのだから一人当たり二十万限度に抵触する、という意見もあった。
そこで芹ちゃんが執事服も一着二十万以下で、文化祭までに間に合うように手に入れる方法を提案してくれた。それは俺達や各家の家人達の衣装やユニフォームを頼んでいるような店とは違う店に頼むというものだった。どうやらもっと安い金額でそれなりのものを用意してくれる店があるらしい。
芹ちゃんがそういうお店を知っていて渡りをつけてくれるというので執事・メイド衣装に関しては予算も期日もどうにかなる目処は立った。予算も抑えられることになったので女装メイドもお笑い枠として数人だけ用意する。
そういった諸々のことが決まっていった頃には、当初は喫茶店に否定的だった担任の先生も賛成というか、許可が出るだろうと言ってくれるようになっていた。
ただ一つだけ注意されたのが食中毒などについてだ。まさか藤花学園の文化祭で食中毒など出すわけにはいかない。だからお茶請けは生ものは却下。買ってくるお茶請けは全てパッケージ化されたものに限るということになった。
手作りのお茶請けも検討中だけど、その条件に当てはまるようにクッキーのような焼き菓子に限定されそうだ。それについてはまだ詳細は決まっていない。
そんなこんなで結局第一候補の男装執事喫茶の詳細ばかり詰められて、肝心の第二候補は何も決まらなかった。まだ締め切りまで日もあるし、教職員会議で喫茶店が却下されてから考えても良いんだけど……。それでも早く決めて動き出す方が良い。
文化祭までもう一月ちょっとしかない。早く決めて、早く準備に取り掛からなければ時間はどんどん過ぎてしまう。どれほど素晴らしい案を考えたとしても、準備が間に合わず出来ませんでしたでは意味がない。
「とりあえず学園側の会議待ちですねぇ……」
「あ~……、早く決まって欲しいですね!」
「しっ!……喫茶店は文化祭では禁じ手になっているのよ。他のクラスに聞かれてしまうわ。出来るだけ情報は秘匿しておくことに決まったでしょう?」
「は~い……」
皆まだ興奮状態で文化祭の出し物について話し合っている。担任はうちの案なら許可されるだろうとは言っていたけどそれも予断を許さない状況だ。名目上出し物として喫茶店を禁止にはしていないけど、過去の失敗例の多さなどから喫茶店をする場合には会議での許可が必要になっている。
どこのクラスも喫茶店はどうかという意見くらいは出ただろうけど、実際に学園側の会議で許可が下りるほどの案を練り上げられるクラスはないだろう。そう……、この一年三組を除いてはな!
だからこそ他のクラスに真似されないように正式に決まるまでは大々的に公表しないように緘口令が敷かれている。皆もついつい浮かれて口にしてしまいそうになるけど、お互いに注意しつつ秘密にしようとしているようだ。
……まぁあんなやり取りをしている方が余計に怪しいと思うけどね。
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体育祭も終わって、文化祭の出し物を決める話し合いが持たれ、学園内は一気に体育祭から文化祭へと空気を変えていた。そんな中今日も俺はサロンへ行こうと放課後に一人で廊下を歩いていると、向こうからへの字口にしかめっ面の王子様が向かってきていた。
向こうが近づいてくるから俺が右に避けると向こうも同じ方に寄り、それならばと思って俺が逆に避けると向こうも同じ方に寄ってくる。これはよくあるお互いに同じ方に避けようとしてお見合いになるアレではなく……、向かいのしかめっ面がわざと俺の進路を塞ぐように迫ってきているからこうなっている。
「九条咲耶!」
「御機嫌よう押小路様。それではさようなら」
「待て!」
俺の前に立ち塞がった柾に挨拶だけして横を通り過ぎようとしたのに、わざわざまた俺の前に回って塞がれてしまった。
「何か御用でしょうか?」
出来るだけ笑顔を貼り付けて何とか取り繕う。頬がヒクヒクしそうだけど我慢だ。何とか余所行き用の顔でやり過ごす。
「生徒会役員の立候補届の締め切りは明日までだ。今すぐこれにサインしろ」
まぁそのことだろうなぁと思ってたよ。ここの所柾が俺に用があるとしたらその話以外にはあり得ないからな。毎回毎回その話をされていたら嫌でもわかるよ。
「何度もお断りしたはずですが、私は生徒会役員選挙には立候補しません」
何とかヒクつく笑顔を抑えてきっぱり断った。誰がここで白紙の小切手を切るような真似をするというのか。
「九条咲耶……、生徒会に入ってくれ」
「……え?」
しかめっ面をやめた柾はそう言って俺に頭を下げた。今までは俺の話も聞かずにただサインしろと言うばかりだったのに、今日の柾は何やらいつもと様子が違う。まぁだからって生徒会になんて入らないけどね。
「頭を上げてください。そのようなことをされても私は生徒会選挙には立候補しません」
「頼む」
うぅ……。まったく顔を上げることもなく柾は再びそう言った。こいつは本当に人の話を聞かない奴だ。伊吹とは違う意味で厄介だな……。
まぁ!俺が負けることはないんですけどね!
何しろ立候補届に俺がサインしない限りは俺が生徒会役員選挙に立候補することはない。柾がいくら頼もうが、頭を下げようが、泣こうが喚こうが、とにかく俺がサインさえしなければ済む話だ。時間の浪費はこちらの望む所であり、時間切れまでこうしてサインせずに時間を潰せば俺の勝ちとなる。絶対に負けることのない勝負だ。
「押小路様……、私は生徒会には入りません」
「だったら……、どうすれば入ってくれるんだ?」
いや……、だから入らないって言ってんじゃん?ちょっと聞いて?ねぇ?俺の言葉わかる?
「はぁ……。どうすればも何も入らないと言っているではありませんか」
「頼む!立候補してくれ!」
本当に話にならないな……。いや……、何か様子がおかしくないか?もしかして何かあったんじゃ?
「何か……、あったのですか?」
「…………立候補者が足りない」
「…………は?」
ボソッと呟いた柾の言葉が一瞬理解出来ずに固まった。暫くしてからようやくその言葉の意味がわかった。
「えっ……?生徒会の役員の数を満たしていないのですか?」
「ああ……。現在の立候補者は俺だけだ」
「…………は?」
「俺だけだ」
……え?待って……。待って待って。もう明日で立候補締め切りなのに現時点で立候補してるの柾だけなの?それってヤバくない?まぁヤバいからこうして俺に頼んでるんだろうけど……。
「中等科生徒会は確か……、生徒会長、生徒会副会長がそれぞれ一名。書記、会計、庶務がそれぞれ一年、二年に一名ずつ。合計八名でしたよね?」
「そうだ」
俺の記憶は正しかったらしい。会長、副会長は一人。書記、会計、庶務は学年毎に一人ずつとなっている。三年は引退しているから立候補出来ない。学校などによっては広報なんて役職もあったりするところもあるらしいけど、藤花学園中等科生徒会にはない。
「生徒会はそれなりに人気で立候補者もそれなりに多いとお聞きしましたが?どうして今年はこのようなことに?」
あまり詳しくは知らないけど生徒会選挙はそれなりに立候補者が多いと聞いていた。それなのに今年は柾しか立候補していないなんて異常すぎる。もしかして担任が毎朝立候補届の話をしていたのも、それが仕事だからじゃなくて本当に立候補者が足りなくて困っていたから?
「例年なら信任投票にならず対立候補が複数出るくらいには人気もあるらしい。しかし今年はこの有様だ」
「…………それはまさか」
「……『九条咲耶が生徒会に入るらしい』。そんな噂が広まった結果、当初立候補を予定していた生徒達が皆立候補を取り下げてしまった。だから頼む!生徒会に入ってくれ!」
「ええぇぇ……」
何か知らない間にえらいことになっていたようだ……。




