第四百九十一話「文化祭の出し物が決まっ……?」
文化祭の予算は一人当たり二十万、一クラスで八百万が上限らしい。これじゃ碌な出し物が出来ない。
藤花学園中等科のクラス当たりの人数は四十人を少し下回る。だからざっと四十人で八百万というのはそこから出てるんだろう。ただ一人当たりの上限は二十万で、クラス当たりは八百万までしか出せない。
例えばクラスが三十八人だったら七百六十万までなのかと言えばそうじゃない。残りの四十万はクラス予算としての使途ならば使えるという意味だ。
普通の学校だったら七十六人がいて二クラスに分けるなら三十八人ずつに分けるだろう。あるいは七十五人だった場合は三十八人と三十七人に分けると思う。でも藤花学園はそうとは限らない。片方が四十人でもう片方が三十六人となる場合もある。
四組は外部生なので四十人ギリギリまで入学させる可能性が高い。入学が決まってから何らかの事情で入学を取りやめて欠員でも出ない限りはほぼ四十人となるだろう。それに比べて内部生のクラスは生徒の派閥や家格にも影響される。それらを勘案すれば必ずしも全クラスがほぼ均等な人数に割り振られるとは限らない。
だから予算は一人当たりの上限が二十万まで。クラス当たりの上限が八百万まで。クラスの人数が四十人未満で八百万まで足りない分はクラス予算として計上出来る内容ならば使用可能というわけだ。
「そもそも文化祭って何をすれば良いんでしょうか?」
「よくある例で言えば喫茶店とかでしょうか?」
皐月ちゃんの疑問に『う~ん……』と考えてから答える。小説や漫画やアニメでは喫茶店というのは定番じゃないだろうか。まぁ俺は現実で喫茶店をしている文化祭を見たことはないがね……。
「それこそ喫茶店では予算が足りませんよ」
「「「ですねぇ……」」」
薊ちゃんの悲鳴にも似た声に皆もしみじみと頷く。
「食器を揃えるだけでも八百万くらいすぐに使ってしまいますよね」
「それにテーブルや椅子も用意するとなると……」
「程度を落としても数千万というところでしょうか」
「「「う~ん……」」」
そこからさらにお茶やお茶請けを用意したり、湯沸しや燃料費なども考えなければならない。衣装代も必要だし、何やかんやと考えたらやっぱり最低でも数千万というところだろう。八百万では現実的に喫茶店の準備費用にもならない。
「喫茶店は無理そうですね……。他には何かないのでしょうか?」
「そうですねぇ……。あとポピュラーなものと言えばお化け屋敷とかでしょうか?」
こちらもフィクションの文化祭ではよく聞くものだ。前世でもこういう出し物を決める時に喫茶店をしようだのお化け屋敷をしようだのという意見を言う者は割りといた。でもそんなものを現実の学校で出来るはずもなくあっさり却下されている。俺が言っているのはあくまで漫画やアニメで良く見たものを言っているだけだ。
「お化け屋敷ですか……。そういった業者のことについて明るくないのですがどの程度の費用がかかるのでしょうか?」
「「「う~ん?」」」
皆で首を傾げる。お化け屋敷の企画なんてしたことがある子がいるはずがない。となれば当然そういった業者に頼んだ場合の費用がどの程度かかるのか。そしてそれらの準備や設置にどれくらい時間がかかるのかもわからない。
お化け屋敷といってもパッケージ化されているわけじゃないだろうし、実際に設置する部屋の広さや間取りによって様々に変化するだろう。そこから実現可能な仕掛けや内装を準備するとしたらどれくらいの時間と費用がかかるのか想像もつかない。
「というか、咲耶ちゃんはその知識を一体どこから?」
「…………え?」
「「「…………」」」
あっ……。しっ、しまった!そうだよ。中等科に上がったばかりの俺がそんなことに詳しいなんておかしいだろう。もちろん俺が言っているのは実体験じゃない。漫画やアニメのようなフィクションの中に出てきたポピュラーな出し物について言っただけだ。
……でも俺達はお嬢様だぞ?そのお嬢様が漫画やアニメを観てるわけがないだろう?
そう……。そうだよ……。俺は今生になってから小説も、漫画も、アニメも観ていない。そんな暇もないし手に入れる手段もない。仮に俺がそんなものを読んだり観たりしようとしたら両親に呼び出されて大目玉を食らうことだろう。そんな俺が何故そんなものを知っているのか?これはやばい……。やらかしてしまった……。
「そりゃ咲耶様だってテレビくらい観るわよ。私だってアニメとかで観たことあるんだから」
「あっ……、薊ちゃん……」
ナーーーイス!さっすが薊ちゃん!薊ちゃんがそう言ったことで他の子達は首を傾げながらも一応納得してくれたらしい。あまり納得出来ないというか、腑に落ちないという顔はしているけど、実際薊ちゃんがそういうものを観ていると言われたら『そうか』と言うしかない。
「それより一年三組の出し物をどうするか考えましょうよ。ね?咲耶様!」
「えっ……、えぇ……、そうですね……」
「そうだねー」
「それでは考えましょうか」
ふぅ……。とりあえず何とかなった……。今回は薊ちゃんのお陰で助かったけどもっと気をつけないとな……。どんな些細なことから変な矛盾が出てくるかもわからない。常に細心の注意を……、というのは難しいとしても出来るだけ気をつけておく必要はある。
「何も無理に予算を大きく使う出し物である必要はないのではないでしょうか?」
「じゃー何するー?」
椿ちゃんの言葉に譲葉ちゃんが首を傾げる。そう言われて簡単に出てくるのなら困ってないけどね……。
「この配布されたプリントにはこれまでの出し物の例が書かれています。例えば研究発表などはどうでしょうか?」
「「「あ~……」」」
皆の反応でおわかりだろう。研究発表は一番つまらない。何かについて研究して壁新聞のような大きな紙に手書きして教室に張り出しておくだけだ。お手軽といえばお手軽かもしれないけど何とも味気ない。
「他の出し物の例で言えば劇とかもあるようですよ!」
「「「う~ん……」」」
蓮華ちゃんの言葉にも皆反応は鈍かった。劇といっても一ヶ月やそこらで用意出来るレベルのものといえば小学生の学芸会レベルのものが精々だろう。そんな劇の役を自ら進んでやりたいという者は限りなく少ないと思われる。そうなるとクラスの中でも家格が下の子達に無理やりやらせてお茶を濁すような展開になるだろう。それはあまり良くない。
その後も皆で色々と意見を出し合ったけど中々これだというものはなく議論は平行線を辿った。
「バンドなんてどうですか?ね?咲耶様!アニメならバンド演奏なんてよくある展開ですよね!」
「バンド演奏はどちらかと言うと有志の方によるものや部活動の発表によるものではないでしょうか?クラスでするには少々難しいのでは?」
「そうですか……」
薊ちゃんがシュンとしてしまった。でもバンド演奏だと軽音部とか有志が数人のグループでやるイメージが強い。クラスの出し物でバンドは難しいだろう。ほとんどのクラスメイトは何もしないことになってしまう。それはどうかと思うだろう。
「他のクラスの皆さんの意見もあまり変わりありませんね」
「そうですね……」
俺達はグループで集まって話しているけど話し合いをしているのは俺達だけじゃない。他のクラスメイト達も集まって話したり、前に立つ委員長に意見を言ったりしている。出た意見は黒板に一応書き込まれているけどどれも似たようなものか難しそうな意見ばかりだった。
「やはりこのままでは無難に研究発表か劇になりそうですね」
現実的かつそれほど手がかからない出し物となるとその辺りに落ち着きそうな感じだ。もっと積極的に余計な意見を言う陽キャみたいなクラスメイトはここにはいない。皆良家の子女だから大人しい子が多いんだろう。
「あの……、少し良いでしょうか?」
「芹ちゃん?」
おずおずと芹ちゃんが手を上げた。何事かと思ってクラス中の視線が集まる。一瞬それに怯みそうになった芹ちゃんだけどキュッと口を結んで立ち上がった。
「喫茶店は何もお金をかけるばかりが喫茶店ではないと思います。内装や食器を諦めれば喫茶店そのものは実現可能ではないでしょうか?」
喫茶店はすでに黒板に書かれている。でも実現不可能な案として似た意見が出ないように却下側に書かれているだけだ。それを芹ちゃんが蒸し返したことでクラスメイト中からドヨドヨとどよめきが起こった。
「出すお茶やお茶請けに関しては下手なものは出せないと思います。ですのでそちらには力を入れて、食器や内装は手作り感のある物にしてはいかがでしょうか?」
「なるほど……」
「それなら……」
クラスメイトだけじゃなくてグループの皆も真剣に考え始める。色々と課題はあるけどどの程度実現可能かが問題だ。喫茶店は失敗例として先生も説明してくれた。かつて同じように喫茶店をしようとしたクラスがいくつもあった。でもその悉くが失敗しているらしい。
まず第一の問題が俺達が直面しているのと同じ予算の問題……。たった八百万ぽっちでは全額つぎ込んでも内装や食器を揃えることも出来ない。さらにお茶やお茶請けを用意するとなると予算不足で満足なものが出来なかったらしい。
それから火の取り扱いだ。お茶を出すのならお湯を沸かさなければならない。熱湯が危険だから使えないとまでは言われない。でも火を点けるのは危険だ。そもそもガスや火や水の用意がある部屋は限られている。換気の問題もあるし下手に生徒達にガスや火を使わせるのは難しい。
「仮にそれで出来たとして……、果たしてそれでお客様を満足させられるでしょうか?」
そして最後の問題がこれだ。仮にそれらをクリア出来たとしても、素人の学生が程度の低い喫茶店をしているからといって誰が来てくれるというのか。
藤花学園に通っている生徒達の大半は良家の子女だ。当然口も肥えている。多少のお茶やお茶請けを出しても鼻で笑われるだろう。そういった客を満足させられる物を用意するだけでも一苦労となる。家で時間と予算をかけてお茶会をするのも難しいのに、そんな低予算で素人の子供達だけでそういった者達を満足させるのは非常に難しいと言わざるを得ない。
「はい……。ですので特色を絞りましょう」
「「「特色……?」」」
「そうです。良い食器、良い内装、良いお茶、良いお茶請け……。それらを全て揃えるのが難しいのならばそれらを捨てて他の部分で勝負するのです!」
「「「ほ~?」」」
何か今日の芹ちゃんは凄い。演説の鬼のようになっている。芹ちゃんの言葉を聞いてクラス中がその話に引き込まれていた。
「まずお出しするお茶とお茶請けは良い物を用意しましょう。皆様のお口に入るのですからここは妥協出来ません」
「「「うんうん」」」
そうだな。お茶やお茶請けの程度が低ければそもそも飲んでももらえないし誰も来ないだろう。幸い茶葉とかなら八百万と言わずもっと安い金額である程度の量は買える。
「内装は手作りで安くあげると共にウリの一つにするのです」
「「「なるほど……」」」
中途半端なメーカーの中途半端なテーブルや椅子やクロスを使っても評判が落ちるだけだろう。それならいっそクラスの手作りであることを売りにすれば安物で仕上げても完全にマイナスとは言い切れない。そういう特色だと言い張れる。
「そして残った予算で手作りのお茶請けを作り、さらに衣装につぎ込みましょう!そう!咲耶ちゃんが男装執事で接客してくれる男装執事喫茶として!」
「「「「「おおおおお~~~~~っ!」」」」」
「えっ!?」
いや、ちょっと待て。何かおかしくなかったか?途中までは良いことを言ってるなと思ったけど最後おかしかったよね?
「そっかー!咲耶ちゃんの手作りお菓子を食べながら、男装執事の咲耶ちゃんに接客してもらえるなら皆来るねー!」
「そうですね!私も是非客として入りたいです!」
「これなら勝つる!」
「いや……、あの……、皆さん落ち着いて……」
何か話の流れがやばい。このままだと俺は男装執事として接客させられるのではないか?俺は前世でも接客業のアルバイトを一時間で辞めたことがある身だぞ?絶対に無理だって!
「あっ!そうです!ガス!ガスはどうするのですか?それに水も……」
「ガスは必要ありません。電気でお湯を沸かして入れれば良いんです。水はミネラルウォーターか何かを用意すれば事足ります」
「「「…………なるほど」」」
芹ちゃん賢い……。
俺達は固定観念に囚われていた。お茶もお茶請けもいつも飲み食いしている品以上でなければならないと思っていた。目や口の肥えた客を満足させられる内装や品質が求められると思っていた。お湯は火で沸かして入れると思っていた。だけどそうじゃない。それらは全て思い込み、固定観念だった。
もちろん火で沸かしたお湯と電気で沸かしたお湯ではお茶の味が変わってしまうかもしれない。でも俺達が目指すのはお茶やお茶請けや内装の品質での勝負じゃない。手作りで工夫した内装。手作りお菓子のお茶請け。そして服はビシッと男装執事服……。
俺が男装執事で接客するのは厳しいけど、俺だって客として考えたら薊ちゃんや皐月ちゃん達が男装執事で接客してくれるなら何度でも行く!家が破産するまで通うかもしれない。
芹ちゃん……、完璧だよ……。負けたよ……。これはもう賛同するしかない。
「やりましょう!」
「ええ!やりましょう!喫茶店!」
「男装執事喫茶!」
「あっ……。喫茶店は過去に何度も失敗しているので学園の会議に諮る必要がありますので、却下された場合に備えて第二候補なども考えておいてくださいね」
「「「「「…………」」」」」
クラスが一丸となって男装喫茶に前向きになった瞬間……、担任が無慈悲にもそう説明したのだった。




