第四百九十話「次なるイベントは……」
「御機嫌よう、皆さん」
「おはようございます!咲耶様!」
「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「咲耶ちゃんおはよー!」
体育祭の翌日、俺はいつも通りに学園に来るしかないけど他の皆はもう来ていた。もちろん譲葉ちゃんも……。
「あーっ!咲耶ちゃんまたしつれーなこと考えてるなー?」
「いいえ?まったく?」
「「「あははっ!」」」
いつものお約束をしてから席に着く。皆こうしてイベントがあった日の翌登校日は早くから来てイベントの話で盛り上がる。金曜や土曜にイベントがあったら月曜日になってしまうけどこれは俺達のグループのいつものお約束……、なんだけど……。
「おはよう、咲耶っち」
「……ん、咲にゃんおはよ」
「九条様、おはようございます」
「ええ、御機嫌よう、鬼灯さん、鈴蘭さん、花梨さん」
いつもは朝来ない鬼灯達が何故か三組に来ていた。別に集まってはいけない決まりがあるわけじゃないけど、忙しい朝から他のクラスに集まってると他の生徒達の邪魔になったりするし、四組の生徒が三組に来ていると何かと言われそうとか、色々な事情もあって日ごろは来ていない。それなのに今朝はいる。何か大変なことでもあったんだろうか?
「え~……、今朝はどうされたのでしょうか?何か大切なお話でも……?」
「ああ!咲耶っち凄かったじゃないか!あんなに足が速いなんて知らなかったよ!」
「はぁ……?」
俺が話題を振ると待ってましたとばかりに鬼灯が食いついて来た。実は……、というほどのことでもなく、四組のリレーの代表に鬼灯が入っていた。ただし鬼灯は第一走者であり第三走者だった俺と同時には走っていない。女子、男子、女子、男子という並びは決まってるけど走順は自由だからな。
体育祭の時は『お互い全力で頑張ろう』みたいな話だけで別れたわけだけど、昨日の体育祭の俺の走りを見て驚いたらしい。それで今朝はその話をしにやってきた……?
「咲耶っち絶対男子より速いよね?錦織君より速いんじゃない?」
「あ~……、え~……」
何と答えたものか返答に困る。はっきり言えば俺はそこらの男子にも負けないだろう。錦織が陸上部でどの程度の実力なのか知らないけど、ぶっちゃけ錦織相手だったら多少のハンデをつけたって負けることはない。
ちなみに昨日の一組の第四走者は伊吹だったけど、錦織がさらに差を拡げた通り今では伊吹と錦織はライバルにすらならない。初等科の時からストイックに陸上に打ち込んでいる錦織と、家でそれなりに努力はしているのかもしれないけど、他にもあれこれやってて一つのことに打ち込んでいない伊吹とではその差は歴然だ。
たまたま早熟だったのか、初等科の初期の頃は伊吹の方が錦織を圧倒していたのに、少なくとも陸上に関してはいつの頃からか逆転され、その差は開く一方となっている。最初に錦織に負けた頃こそは伊吹もムキになっていたけど、今ではもう錦織に負けるのは当たり前と思っているのかムキになることもなくなった。
ゲームの『俺様王子』近衛伊吹といえば何でも出来て、全て一番の天才だった。でもこちらの伊吹は色々出来るけどどれも中途半端、というような印象を受ける。ゲームの『俺様王子』はその孤高にして絶対の王者であったことから何事にも本気で打ち込めず、ただ絶賛してくるだけの周囲にも辟易して冷めていたはずだけど……。
こちらの伊吹はどれも中途半端な上に、自分より上の者が出てきたら燃えるどころかあっさり諦めてしまっているように思える。『俺様王子』は自分より勉強が出来る主人公に興味を持ったり、自分に食らいついて来るライバル達に次第に心を許していくはずなんだけどなぁ……。これは何かまったくの別物になってるよなぁ……。
「それでさ!咲耶っちも陸上部に入ろうよ!」
「…………は?」
「よし!それじゃ早速入部届けを書こう!はい!」
「…………は?」
鬼灯が紙切れを俺の前に置いた。用意の良いことに入部届けを用意していたようだ。というか俺は入るなんて言ってない。
「いえ……、あの……、私は……」
「いいからいいから!後は私がやっとくから!咲耶っちはサインだけして!」
いやいやいや!それ一番駄目なやつだろ!?
「……ん。咲にゃんが困ってる。咲にゃんは私と一緒に漫画研究会に入る。さっ、咲にゃん、サインして」
「いえ……、あの……」
鈴蘭が庇ってくれたのかと思ったらこちらはこちらで漫画研究会なるものの入部届けを出してきた。会なのに入部なの?入会じゃないの?とか思うけどそれはおいておこう。それよりもまず……。
「我が学園に漫画研究会などありましたか?」
「……ん。公認の部はない。これからわたしと咲にゃんで同好会を作る」
「あぁ……」
どうやらそういうことらしい。俺を引き込んで同好会を作ろうというようだ。まぁちょっと漫画研究会とか心を惹かれるものはあるけど……、生憎俺は部活や研究会に入っている余裕はない。何しろ毎日が忙しいからな。
「申し訳ありませんが私はどちらにも入ることは出来ません」
もし時間や自由があるのなら部活動に青春を懸けるという学生生活もよかったかもしれない。でも部活動に入るつもりなら入学当初に入っている。俺は……、いや、グループの皆も含めて部活動なんてしている暇はない。残念だけどこれはお断りせざるを得ない。
「別に練習とかに参加しなくってもいいんだよ~!咲耶っち~!大会!ね?大会だけ出て!」
おい……。それ一番あかん奴やん……。練習には参加せず試合にだけ出るとか一番やっちゃ駄目なやつだよ。
「……ん。漫研もとりあえず名前を書いてくれたらいい。活動は特にないから」
おい……。そんな部に、いや、同好会に入ってどうするんだよ……。というか何の目的でどんな活動をする同好会なんだよ。漫研なんだから本を読んだり、自作で描いたりするんじゃないのか?でなけりゃ何のための同好会なのかもわからんわ。
「九条様モテモテですね」
「花梨は……、自分は関係ないと思って……」
「関係ないことはありませんよ。私もお二人に何度も誘われていますし……」
「あぁ……」
何か花梨の苦労がわかった気がする。特に鈴蘭の方は同好会や部として正式に認めてもらうために何人必要だとか説いている。とりあえずの頭数合わせでもいいから部員数が欲しいようだ。
鬼灯と鈴蘭の勧誘は朝のホームルームが始まるまで続いたのだった。
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体育祭は終わったけどそれで一段落ではない。今日からまた新たなイベントに向けて動き出す。
「え~、それではまず連絡事項を一つ。来週から生徒会選挙活動期間となります。立候補希望者は今週中に立候補届を提出してください」
担任が連絡事項を伝える。とりあえずこの説明は今週中ずっと毎朝されているから何度も聞いている内容だ。
生徒会役員に立候補したい者は今週中に届けを出して、来週いっぱいある選挙活動期間に演説などを行い、来週末の投票を経て生徒会役員に選ばれる。とはいえ本気で立候補を考えている者はもうとっくに届けは出しているし、事前説明会にも参加している……、はずだ。
担任は一応決まりとして事務的に今週中はずっと言ってるだけで、実際にはもう立候補者は出揃っていると誰もが考えている。そして立候補者は自分の希望する役職に対立候補がいればもう行動を開始している。立候補が一人しかいなければ信任投票だけどこれは実質通ることが確定している。
「え~、それでは次に来月の文化祭の出し物について決めます。朝の一時間目はこのまま文化祭関連に使いますのでじっくり話し合ってください」
ついにきたか……。文化祭!
文化祭は来月十一月の中頃に開かれる。生徒会の新役員達は文化祭が終わってから交代だ。生徒会のことはどうでもいいけど文化祭についてはしっかり考えなくてはならない。
俺は前世の学生時代に文化祭をしたことがある。でもそれは……、言葉を選ばなければしょぼいものだった。小学生の発表会かと言うような劇をしたり、ちょっとした出し物をしたり、研究発表と称して手書きの壁新聞のような記事を張ったり……。
現実の文化祭なんてそんなものだと言えばそうかもしれないけど、はっきり言ってしょぼい、遊びのような文化祭しかしたことがない。
いくら俺だってゲームや漫画やアニメのようなぶっ飛んだ文化祭が現実にあるなんて夢は見ていない。でも……、それにしたって前世の文化祭は実にチャチなものだった。それでも頑張って準備なんかをした子達には良い思い出だったのかもしれない。でも俺はそういった準備とかも適当というか、手抜きというか、あまり積極的に参加するタイプではなかった。
そんな俺が!もう一度青春を!いや、前よりももっと素晴らしい青春を送れるかもしれない!その文化祭に燃えないわけがない!
ただ疑問なのはこの藤花学園中等科の文化祭というのがどの程度のものなのかということだ。
前世にあったような現実的でつまらない文化祭なのか?ゲームやアニメのような現実とは思えないような凄い文化祭なのか?どこまでのことが出来て、どこまでしても良いのか?それによって色々と大きく変わってしまう。
「先生、一つよろしいでしょうか?」
「――ッ!?はっ、はい。どうされましたか?九条様……、さん」
まさか質問されるとは思っていなかったのか、先生が一瞬ビクッとしていた。でも先生らしい表面的な笑みを浮かべてうまく取り繕った。さすがは先生だな。
「私達一年生は文化祭というものは初めてです。その文化祭はどの程度のことまで自由に行って良いのでしょうか?規模は?予算は?使用可能なスペースは?それらが何も説明されておりませんが……」
「ヒッ!もっ、申し訳ありません!今からプリントをお配りいたします!こちらをご覧ください!」
そう言って先生はせかせかとプリントを配り始めた。こんな資料があるのなら先に配ってくれれば俺も余計なことを言う必要はなかったのに……。って、あっ!だから先生は謝ったのか。まぁ別に謝って欲しかったわけでもないしそんなことを言いたかったわけじゃないんだけど……。
「それでは説明させていただきます!」
配られたプリントを見ながら先生の説明を聞く。そこには色々なルールが書かれていた。
まず文化祭の出し物については内容を決定して届出しなければならない日が決まっている。それを過ぎた場合は使用場所の交渉に参加出来ないらしい。
例えば体育館で何か出し物をしようと考えた場合に、その日までに届出がなければ使用時間や使用タイミングを決める会議で取り合ってもらえないというわけだ。十時から体育館で劇をしたいと言っても使用に関する会議で扱ってもらえず、運良く空いている時間があれば使えるかもね、という扱いになってしまう。だから最初の届出までにきちんと提出しておく方が良い。
もちろんその時に細かい内容まで全部決めておく必要はない。『一年三組は体育館で劇をしたい』という程度の届出があれば良いわけだ。劇の内容とかセットとかそういった話はまた後ですればいい。まずは時間や場所の確保のために、どこで何を何分くらいしたいのかを会議までに出さなければならない。
そして場所は学園内ならほぼ全てが使用可能となっている。他の出し物や出店が確保している場所でなければ一応大半の場所は選べる。
ちなみにこの出店とやら……、一昨年からプロの業者に頼んで屋台や出店が並んでいるらしい。うん……、初等科の七夕祭のパク……、参考にしたんだろうな。別にその程度のアイデアに何か権利があるわけでもない。良い所はどんどん真似していけばいいので問題はない。
予算については学園から決められた予算が各クラスに割り振られるらしい。勝手に自分達で予算を出すことは許されていない。
場所取りも、予算も、クラスに所属している生徒の力関係で決まってしまわないように、使用場所や使用時間を話し合って決めるのは生徒会だし、予算も決められた範囲内でしなければならないことにしているようだ。
予算上限も俺達の制服一着分くらいしかないし、どうやらゲームやアニメのような現実離れした文化祭は開けないらしい。これだったら現実的な文化祭が限度だろう。
「え~……、説明については以上です。それらを踏まえてまずはクラスでどのような出し物をするのか決めましょう」
先生の話は終わったので皆がワイワイと自由に話し始めた。でも皆困惑している。俺もその気持ちは良くわかる……。
「咲耶様……、一人当たりたった二十万ぽっちで何をすれば良いのでしょうか?」
「「「う~ん……」」」
自由に話して良いということで俺の周りに集まってきたグループの子達は皆、あまりの予算の少なさに何をすれば良いのかわからないという顔をしていた。




