第四百八十九話「一年体育祭・午後」
午前の競技を終えて皆で昼食となった。食堂へ行く子もいれば教室でお弁当の子もいる。食事風景はいつもとそう変わらない。変わることと言えば皆が体操服でウロウロしているということだけだ。
「むふふっ!」
「咲耶ちゃん?」
「あっ……、んんっ!何でもありませんよ?」
「はぁ?」
体操服姿でいつまでもウロウロしている皆を見てニヤニヤしていた俺に芹ちゃんが気付いたらしい。とりあえず何でもないと取り繕っておく。
陸上のユニフォームのようなレーシングブルマどころか普通のブルマもなくなって、今頃の体操服といったらハーフパンツばかりになっている。ハーフパンツ姿なんて見ても何も楽しくないとか思っていた。そう、前世では……。いや、前世の学生時代には。
でも大人になってからわかる……。ピチピチのJC、JK達のハーフパンツ姿の尊さに……。
学生時代は何とも思っていなかったことが、当たり前だと思っていたことが、大人になったらいかに貴重であったのか思い知る。しかしその時にはもう遅い。二度とは戻らない楽園を失ったということにようやく気付いても手遅れだ。そう……。普通ならね。
だが俺は違う!今のこの尊く眩しい世界が今だけの楽園だと知っている!だからこそ堪能しなくては!脳裏に!網膜に焼き付けるのだ!
「あの……、咲耶ちゃんの様子が……」
「あぁ、いつものやつでしょう?そのうち戻ってきますよ」
「それよりごはーん!」
皆でゾロゾロと食堂に向かっていると向こうに杏の姿が見えた。そう言えば忘れていた。俺は杏に言いたいことがあったんだ。
「杏さん」
「……えっ?あっ!咲耶たん!どうしたっすか?私に何か用っすか?」
食堂に向かおうとしていたらしい杏に声を掛けるといつもの笑顔で寄ってきた。こんな顔をされたら厳しいことを言うのが憚られる……。いや!騙されるな!いつもこの顔にやられてるんじゃないか!時にはビシッと言うのも大事だぞ!ここでなぁなぁで済ませてはいけない!
「あの、杏さん……、私の時だけああいったマイクパフォーマンスをされるのはやめていただけませんか?」
「え?どうしてっすか?」
「いや……、その……、どうしてというか……」
あるぇ?ビシッ!と言ってやるつもりだったのに何か風向きがおかしい。普通あんな風に紹介されたり、実況されたら怒るよね?怒るよな?それをやめて欲しいというのは普通なんじゃないのか?あれ?俺がおかしいのか?
「咲耶たん関連の実況は凄いファンがついてるんすよ!今更やめるなんて無理っす!」
「あぁ……、はい……」
…………あれ?何かこれって公認になってしまったみたいな空気では?いや、いやいや、違うよ?俺は認めてないよ?でもそう言われたらムキになって反対するのもアレかなぁって思っただけなんだよ。
「それよりも咲耶ちゃん、早く食事に行きましょう?アプリコッ……、杏も一緒に同席しなさいな」
「はいっす!それじゃ同席させていただくっす!」
何か知らない間に杏も同席することになったらしい。別にそれは良いんだけど、あの俺だけ変な紹介になったり実況されるのを改めてもらおうと思ってたのに、結局公認みたいな形になってしまって俺だけ損しているのでは?
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昼食を終えてポツポツと皆がグラウンドに集まり始める。保護者が観に来ていて一緒に食事をした子も多いようだ。普通なら平日に催される体育祭なんて保護者は観に来れない人が多いはずだろうけど、藤花学園の保護者にとってはこれも大事な仕事だ。
貴族社会にとっては顔を繋いでおくことは何よりも重要であり、こういう保護者達が集まるイベントを利用して顔を売っておくのは貴族の務めとも言える。だから藤花学園は平日の体育祭でも運動会でも観戦に来る保護者が多い。
ただ残念ながら初等科の運動会と違って中等科以上の体育祭は保護者やPTA、教職員参加の競技がほとんどない。運動会のようなワイワイとしたイベントというよりは、生徒達の日ごろの成果をお披露目する場という感じだろうか。
「さぁ!それではいきましょうか!」
「はーい」
皆が張り切っている。というのも午後の最初は全学年女子によるダンスだ。全員が出るから皆準備に余念がない。茅さんは高等科だから参加出来ず一人観ているだけなのが寂しいらしい。
「咲耶ちゃん……、お姉さんも一緒に踊りたかったわ……。これが終わったら二人で踊りましょう?」
「え~……、二人で踊るのはちょっと……」
いくら何でもダンスが終わった裏で二人でまた踊りだしたりしたらさすがに痛い奴すぎる。茅さんはシクシクと泣き真似をしているけどさすがにそれは断った。
『次は女子によるフォークダンスです』
男子の放送部なのか何なのか、特にやる気も感じられない放送で午後の幕が上がった。一年から三年まで十二クラスあるから、それぞれが男役、女役に分かれて六つの輪が出来る。その輪のグループでフォークダンスが始まった。
だけどずっとその相手のクラスと踊り続けるわけではなく、曲によって全員が輪になって回ったり、またペアで踊る曲になったら輪が分かれる。この際に元の相手とは違うクラスとのペアになる。全学年の全クラスとペアを組めるほどに曲数はないから何クラスかと当たったらおしまいだ。
「咲耶たん!」
「杏さん、よろしくお願いしますね」
「任せるっす!」
途中のクラスの交代で杏のクラスとも一緒になった。まぁフォークダンスなんて少し踊ったら次々ペアが交代していくような曲が多い。杏ともワンフレーズ踊っただけでお終いだったけど……、一緒に踊ることが出来てよかった。
杏とはまた来年から離れ離れになる。こういう機会は限られた回数しかないから、せめて一緒に同じ科に通える今年は杏ともたくさん思い出が作れたらいいな。
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女子のダンス、男子の組体操が終わってまた競技が始まった。午後はあまり時間もないし次の出番はすぐだった。
「さぁ咲耶ちゃん、出番ですよ」
「行きましょう!」
「まぁまぁ、皆さんほどほどにね……」
何故かやたら気合が入っているキャタピラ競争のメンバーと一緒に入場門に向かう。まさかとは思うけど本番でまであんなことはしないよね?
キャタピラはただの筒状のダンボールだから横から覗けば中が丸見えだ。あの時は周囲にもあまり人はいなかったし、角度も丁度良くあまり人に見えない、人がいない方を向いていた。でも全員から注目されている体育祭の真っ最中にあんなことをしてしまったら言い訳のしようもないだろう。
「咲耶ちゃん、頑張りましょうね」
「はい……」
ここまできたら覚悟を決めるしかない。俺は皐月ちゃんとペア、そして茜ちゃんと蓮華ちゃんがペアとなっている。スタート地点とゴール地点に分かれる。こちらのスタート地点が向こうからスタートしたチームのゴールとなる。前後を往復する形で競技が進行していくわけだ。
茜ちゃんと蓮華ちゃんは向こうのグループというか、俺達の次のレースに出る。だからスタート地点は分かれてしまう。さすがに皐月ちゃんも体育祭の本番では変なことはしてこないと思うし、とりあえず精一杯頑張ろう。
『さぁやってまいりました!今回も九条咲耶様の登場だーーーっ!一体今度はどんなぶっちぎりを見せてくれるのか!楽しみな一戦が今……』
『位置について……、よーい……』
パーンッ!といつも通りにスターターピストルが鳴り響く。俺と皐月ちゃんは息を合わせてキャタピラを押し始めた。よし……。さすがに本番では皐月ちゃんも妙なことはしないようだしこのまま……。
『おっとぉ~~~っ!キャタピラの横から見える九条様のお姿が!四つん這いでハイハイされている九条様の中等科一年らしからぬ巨乳がプルンプルンと揺れております~~~~~っ!これはたまら~~~ん!』
「ぶっ!?」
あっ、杏っ!?何を言って……?はっ!?
「いっ、いやっ!?」
杏のあまりの実況にキャタピラの中から横を見てみれば……、好色の目で俺達を見ている男子の視線が突き刺さっているような気がしてならない。実際にはそんなことはないのかもしれない。でも杏にああ言われて、俺達がハイハイしているのを横から見ている男子の視線が……、それはもういやらしい、性的な目で俺達を見ているような気がしてしまう。
「咲耶ちゃん!頑張って!もうすぐゴールですよ!」
「――ッ!」
そうだ……。俺だけ恥ずかしいとか気持ち悪いと思っている場合じゃない。これは皐月ちゃんと一緒にしている競技だ。だったら俺が足を引っ張るわけにはいかない。
「行きますよ!皐月ちゃん!」
「ええ!イきましょう!咲耶ちゃん!」
「ファイトー!」
「いっくー!」
…………うん。まぁいいか。皐月ちゃんがそれでいいなら何も言うことはない。
『九条様、西園寺様ペアが一位でゴール!あぁ!もうこれで揺れる九条様のハイハイおっぱいが見れないかと思うと残念でなりません……、が~~~、これが現実です!男子諸君は今日のこの眼福を忘れないように!』
「くぅっ!杏ぅぅぅ~~~っ!」
ようやくゴールしてこの辱めから逃れられたというのに杏が止めを刺しやがった。杏のせいで周囲の男子皆が俺の胸を見ているような気がしてしまう。今までこんな風に意識してなかったのに、杏のせいで変な自意識過剰になっちゃったじゃないか!後で覚えてろよ!
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キャタピラ競争は茜ちゃん、蓮華ちゃんコンビは三位と中途半端に終わり微妙なまま全レースを終えた。まぁ俺達は勝負の勝ち負けよりも楽しむことを第一としている。だから皆が楽しめていれば結果は二の次だ。
『最終競技、男女混合リレーに出場の選手は入場門にお集まりください』
ついに最後の競技が近づいてきた。まだ前の競技がされているけどあと二つくらい競技が終われば今年の体育祭はお終いだ。
「咲耶様!頑張ってくださいね!」
「中等科の体育祭は別にリレーで勝敗が決まるわけでもないようなので」
「いつものように咲耶様頼みではないので楽しんできてください」
「ありがとう皆さん。それでは行ってくるわね」
初等科の運動会は出来るだけ最後まで勝敗が決しないように最後のリレーでほぼ決まるも同然のシステムだった。でも中等科ではそんなことはない。リレーだけ得点が飛び抜けていてリレーに勝てば優勝!なんて配点じゃない。
とはいえこのままだと三組の優勝はリレーで勝ったら優勝という感じになりそうだ。まだ前の競技が行われているから確定じゃないけど、これまでの点差的にはそれくらいだろう。
『いよいよ最後の競技となりました!男女混合リレー!現在一位は二組、そしてリレーで勝てば自力で逆転優勝可能なのは二位の三組です。三位は四組、四位は一組と続いておりますが、四組は二組が最下位で四組が一位の場合のみ逆転、一組はどう頑張ってももう優勝はありません!』
杏……、何かその言い方は滅茶苦茶棘がないか?一組に親でも殺されたのかと言いたくなるくらい辛辣な気がする。
『三組は我らが咲耶たんがいるので優勝間違いなしです!というか咲耶たんがいてリレーで負けたら他のリレー代表全員校舎裏直行だぁぁぁ~~~~~っ!』
「杏……」
すんません……。マジ……、ほんとマジもう勘弁してください……。杏は俺にも恨みがあるのか?
『それでは運命の最終競技、男女混合リレー……』
『位置について……、よーい……』
パーンとついに最後の号砲が鳴り響いた。
『ついに始まりました!泣いても笑っても最後の一戦!まずは各クラスほぼ横並びで……、今第二走者の一年男子にほぼ同時にバトンが渡りました!そして次に待っているのはリレーの申し子!リレーの天才!これまで幾度となく運動会でクラスを優勝へと導いてきた九条咲耶様に……、今……、バトンが……、渡されました!』
もう杏の実況には耳を貸さない。あれを聞いていたら恥ずかしくて力が抜けてしまう。本当にこの一戦で勝敗が決まるので俺も最低限の仕事はしておこう。本気で走ってぶっちぎりすぎたらアレだから、不自然にならない程度に差を拡げて……。
『速い!速い!速~~~い!九条リレ子様が圧倒的な差をつけて今第四走者にバトンを渡しました!』
おい……、リレ子様って何だ……。れいこ様的なものか?玲子なのか麗子なのか知らないけど……。
レースは俺のバトンを受けた錦織がさらに差を開いて独走。これだけのリードがあれば余裕だろうと思っていたけど、二年、三年と八人も残っていれば思ったよりも差を詰められてしまった。それでも一年の貯金があったお陰で逃げ切った三組がリレーで一位、体育祭も優勝となった。
あと杏の実況だけど俺が終わってから明らかに実況のテンションが下がって、最後の方はもうどうでもいいやみたいな感じに聞こえた。でもあれはあれでウケているらしい。不真面目とかやる気がないのかと思われるかもしれないけど、あれはあれで杏なりの盛り上げ方なのかもしれない。
「お疲れ様でした、咲耶様!」
「優勝おめでとー!」
「結局咲耶ちゃんのお陰で優勝でしたね」
「いえ……、そんなことは……。皆さんが頑張った結果ですよ」
まぁリレーに関しては俺と錦織であれだけ稼いだリードが最後ではギリギリくらいになっていた。普通ならもっとぶっちぎりでなければおかしいはずだけど……。だからって俺の成果だとは思わない。やっぱり皆が頑張ったからこその優勝だ。
「ふふっ。皆さんお疲れ様でした」
俺がそっとそう言うと皆も笑ってくれた。今年の体育祭は良い思い出が一杯出来たなぁ……。また来年も、再来年も、こんな風に皆と楽しく過ごせていたらいいな。




