第四百八十八話「一年体育祭・午前」
今日はついに体育祭の日だ。初等科の運動会とは色々と違うから若干緊張してしまう。緊張といっても別に競技がどうとか、保護者達に見られてどうこうというわけじゃない。初等科で慣れた手順と違ったり、知らない競技をしなければならないから緊張している。
今回俺達が選んだ競技はあまりに危険すぎた。練習していて思い知ったけどあれは駄目だ。危険すぎる。
風船運びは皆と抱き合うことになる。しかももし途中で風船が割れたりしたら、風船という仕切りがなくなって直接抱き合ってしまう。そんなことになったらまた練習の時のようにキスしそうになってしまうだろう。人が大勢見ている前でそんなことをしてしまったら相手の子のご令嬢人生が終わってしまう。それだけはするわけにはいかない。
それからキャタピラ競争……。あれは駄目だ。あの中にいると狭い密室に二人っきりみたいな錯覚を起こしてしまう。確かに多少見えにくいとはいえ、本当はキャタピラの横から見れば丸見えだ。だけどあの中にいるとそれを忘れてついつい相手の子とにゃんにゃんしそうになってしまう。
確かに俺はグループの子達とキャッキャウフフしたいとは思っていた。それは俺の偽らざる本心だ。でも今年の体育祭の競技はそれを軽く超えてしまっている。水着でビーチバレーをしたり、砂浜で追っかけっこをするくらいのキャッキャウフフならいいけど、この前の練習レベルのことを人前でしてしまうわけにはいかない。
「咲耶ちゃん!今日は頑張ってね!お姉さん応援してるわね!」
「あっ……、茅さん……。御機嫌よう。茅さんに応援していただけるのなら頑張りますね」
俺が少し考え事をしていると茅さんが当たり前のようにやってきた。水曜日の平日だから本当なら高等科も授業がある。だけど茅さんにはそんなものはお構いなしだ。
まぁ……、茅さんが観に来てくれているのなら少しは気が引き締まるというものだろう。それなら練習の時のようなことはない……、はずだ。
「咲耶様!そろそろグラウンドへ向かいましょう!あっ……、正親町三条様、おはようございます」
「咲耶ちゃん、行きましょ……。あら、御機嫌よう正親町三条様」
「ふん!精々咲耶ちゃんの足を引っ張らないように頑張りなさいな」
そろそろグラウンドへ向かおうと薊ちゃんや皐月ちゃん達が集まってきていた。皆は茅さんを見つけるとあまり遠慮のない感じで挨拶している。茅さんもきつい言葉を言っているようだけど、これは茅さんと皆が仲良しだからこそ出来ることだ。
実際には別にお互いに嫌ってるとか文句を言い合っているわけじゃない。これは皆と茅さんなりの、遠慮なく言い合える仲だといういつものじゃれあいだ。
「え~……、それでは並びに行きますね。茅さん、また後で」
「ええ。咲耶ちゃん、また後でね!」
中等科の体育祭は初等科の運動会とは違う。教室に全員集合して整列して向かうとかそういうことはなく、各自が勝手に体操服に着替えてグラウンドに並んで始まる。運動会だったら整列して……、入場行進をして……、と色々あるけどそういったものはない。
運動会はPTAや教職員参加の競技があるけど体育祭には大人参加の競技はないか、あっても僅かになっている。運動会は保護者に観せるから参加しやすい土日などの休みの日が選ばれやすいけど、体育祭は普通の授業がある平日が選ばれやすい。まぁ色々と両者の違いはあるけど、こうしてある程度自由に動ける体育祭はありがたい。
グラウンドに整列して待っていると時間になって開会式が始まった。挨拶とか宣誓はあるけど入退場の行進がないだけでも随分楽というかラフに感じる。ようやく開会式も終わってバラけて席へと戻った。
「おかえりなさい、咲耶ちゃん!」
「え~……、戻りました」
ニコニコの茅さんに何と言えばいいのかわからないのでそう答えておく。プログラム通りに競技が始まるけど俺達の出番は暫くないので観戦ばかりだ。俺達はお気楽にしゃべっているだけでいいけど、放送席には杏が座っていた。
そういえばよくよく考えたら何で杏が放送をしているんだろう?杏は新聞部とか写真部とかそういうのじゃないんだろうか?
昔からいつも運動会の放送などを杏がしていたからそういうものだと思っていたけど、杏は別に放送部じゃなくて写真部か新聞部だろう。元々杏はマスコミ志望みたいな所があったから、放送部、新聞部、写真部、全てに関係があるってことなのかな?
「あっ!咲耶様!次は風船運びですよ!行きましょう!」
「まぁ……。もう出番ですか……」
とうとう俺達に関わる一つ目の競技『風船運び』が呼ばれているので並びに行く。俺のペアは薊ちゃんだ。芹ちゃんは俺が触れるだけで照れてしまうみたいだし、譲葉ちゃんと椿ちゃんは足が遅すぎる。出来るだけ勝てるところでポイントを稼ぎたいということで薊ちゃんと組むことになった。
「次は私達ですね!」
「ええ、頑張りましょうね、薊ちゃん」
「~~~~~っ!はい!必ず勝ちましょうね!咲耶様!」
何か薊ちゃんの気合が滅茶苦茶入っている。やる気がないよりは良いだろうけど、空回りしても良くない。今回はうまく噛み合ってくれればいいけど……。
『さぁ!やってまいりました!藤花学園体育祭!今年は一年生に大注目の選手、九条咲耶様がおられます!初等科で八面六臂の大活躍を見せてくれた九条咲耶様は、今年は一体何を魅せてくれるんだぁぁぁぁぁっ!』
杏ぅぅぅっ!お前は俺のことが嫌いなのか?わざとか?わざとだな?そうやって俺をイジって、俺に恥ずかしい思いをさせて、わざと俺を追い詰めているんだな?
『位置について……、よーい……』
パーンッ!とスターターピストルが鳴り響く。杏のふざけたマイクパフォーマンスが入っているけど競技は進むものだ。色々と言いたいことはあるけどとりあえず走り出す。
「はぁ……、はぁ……。咲耶様!カラーコーンです!今こそ練習の成果、トーゴータンを見せる時ですよ!」
「あっ……、はい……」
いや……、何それ?練習の時そんなのなかったよね?トーゴータンって東郷ターンのことか?しかも東郷ターンはカラーコーンを回る動きには関係ないよね?
「うおおっ!やーっ!」
『おーーーっと!ここで九条様、徳大寺様ペアが華麗にカラーコーンを回ったーーーっ!もともとトップだった一年三組はそのまま圧倒的差をつけて……、今……、ゴールイン!』
「薊ちゃん……。杏も……」
何か薊ちゃんは変なスイッチが入っていたらしい。ご令嬢が『うおおっ!』というのはどうかと思ったけど、とりあえず俺達のペアは一位でゴール出来た。
「やりましたね!咲耶様!」
「そっ、そうですね……」
「お疲れ様でした咲耶ちゃん」
「やったねー!」
「次は私達も頑張りましょう!」
一位で戻った俺達をグループの子達が迎えてくれた。初等科の時はエントリーしている選手が次々に連続でバトンを繋げていくようなタイプの競技が多かった。でも中等科では一レースごとに区切るようなものが多いらしい。とはいえ次がすぐに始まる。いつまでもこうしているわけにはいかない。
「それでは譲葉ちゃんと椿ちゃん、頑張ってね」
「はい!咲耶ちゃんに続きます!」
「おー!」
次のペアである譲葉ちゃんと椿ちゃんが出て行ったけど……、最下位だった……。まぁそうだろうね……。譲葉ちゃんは動きと掛け声が独特すぎて普通の子は中々合わせられない。そして椿ちゃんは体力がなさ過ぎる。さらに足も遅い。
もちろん遅いっていってもご令嬢としては普通なのかもしれないけど、俺から言わせればとても遅いと言わざるを得ない。そんな二人のペアが速かったらびっくりだ。
「あははー!駄目だったよー!」
「ハァ……、ハァ……、す、すみません……」
「お疲れ様でした、譲葉ちゃん、椿ちゃん」
「気落ちしなくても次があるわよ!」
練習の時から予想出来ていたことなので驚きはない。それと杏のマイクパフォーマンスがなく普通になっていた。俺の時だけあんな辱めを与えてくるのは初等科の時と同じらしい。
「つっ、次は私ですね……。頑張ります!」
「いってらっしゃい、芹ちゃん」
「芹がんばれー!」
「ハァ……、ハァ……、わっ、私達の分まで……、お願いします」
最後に芹ちゃんがレースに向かう。芹ちゃんの相方は俺達のグループとは関係のない子だ。人数の都合上グループ以外の子と組むことになってしまった。でも……。
「やったわね芹!」
「すごーい!」
「いえ……、たまたまですよ」
芹ちゃんのペアも一位で戻ってきた。芹ちゃんはだいたいほとんどのことは平均以上に出来る。ペアの子も普通だったので順当に行けば十分勝てるレベルだった。一年三組の風船運びの結果は俺と薊ちゃん、芹ちゃんのペアが一位、譲葉ちゃん・椿ちゃんのペアが最下位という両極端で幕を閉じたのだった。
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「咲耶ちゃん達の風船運び凄かったわね!」
「ありがとうございます」
席に戻って茅さんや風船運びに出ていなかったグループの子達と話しているとあっという間に時間が過ぎていた。そしてとうとう午前最後の競技が始まった。
『さ~、始まりました~。午前最後の競技は~……、男子の花形競技~……、騎馬戦で~す……』
杏……。やる気なさすぎだろっ!?俺達、いや、俺の時のマイクパフォーマンスは過剰なくらい俺を辱めてくる癖に、今のは完全にやる気の欠片もありませんっていう感じのノリだった。声にも張りがないし台詞もテキトー感が漂う。
それはともかくこれから始まるのは午前最後にして最大の競技、全学年男子参加の騎馬戦だ。
初等科では危険だからということで騎馬戦はなかったけど、中等科からはあるらしい。それに一応は男子競技の花形の一つとも言われている。棒倒し、騎馬戦、組体操辺りは花形競技だろう。まぁ前世は俺も男子だったからわかるけど、花形競技と言われてても別に楽しいものでも何でもなかったけどな……。
組体操は大変だし、騎馬戦は大変だし、棒倒しはしたことがないから知らない……。とにかく組体操も騎馬戦も下になると最悪だ。上は良いのかもしれないけど生憎と前世の俺の体格では組体操も騎馬戦も上になることはなかった。
『よーい……』
パーンッ!と音が響いて各馬が一斉に動き始めた。自分達がしている時は面倒臭いだけだと思っていたけど、自分は参加せず見ているだけだと確かに少し面白いのかもしれない。
「あっ!」
「あぁっ!」
「そっちは……、あ~ぁ……」
皆割りと真剣に見ている。応援しているというか気になる騎馬の動きを見ていると面白いらしい。敵の裏に回りこもうとしたら自分がさらにその後ろに回りこまれてやられたり、思わぬ動きをして敵を翻弄したり、逆に翻弄されたり、確かに見ている分にはそれなりに楽しめる。
『そろそろ騎馬の数も減ってきましたが~、果たしてどのクラスが勝つのか~……』
ぜんっっっぜん興味なさそうな杏の声が非常に気になる。あんな個人や特定チームを贔屓するような放送を許していていいのか?普通だったら怒られるかマイクを取り上げられるような気がするけど……。
「……へぇ」
「咲耶様の気になる騎馬が残っているんですか?」
「ええ……、まぁ……。気になるというか知り合いというか顔見知りですね」
一組の伊吹、二組の槐と柾、三組の錦織。男子で俺とそれなりに顔見知りの騎馬は全て残っていた。騎馬の数も減ってきてお互いに相手を認識したようだ。次第にその四騎が集まり始める。
「決着つけてやるぜ!押小路!」
「やれやれ……。君は野蛮だな、近衛君」
「二組が有利すぎる。二組を狙おう」
「錦織君は伊吹の味方かい。それじゃ僕が相手をするよ」
伊吹と柾が対峙し、錦織の進路を槐が塞ぐ。確かにこのままじゃ二組は二騎で行動出来て有利になる。伊吹と柾がやりあっている間に二組の戦力を優先的に減らすのは当然だろう。
「錦織ー!やられたらただじゃおかないわよ!」
「やっちゃえー!」
「咲耶ちゃんに近寄る男は全員転べ!」
「「「…………」」」
黒い蓮華ちゃんの言葉に皆が押し黙った。さすがに転べはどうなんだろう……。いくら俺でもそこまで思ったことはないぞ?
「あっ!動きますよ!」
「「「――!」」」
微妙な空気を破るように叫んだ皐月ちゃんの声で皆の視線が騎馬に移った。
「うおおっ!」
「ふんっ!」
伊吹と柾の騎馬が交錯する。そして……。
「ここだ!」
「甘いよ錦織君」
錦織と槐の騎馬も交錯した。それぞれの手には……、お互いに相手の鉢巻があった。そう……、全員が相手の鉢巻を握っている……。
『おっと~……、一年生の騎馬全滅で~す。鉢巻を取られた人はさっさと外に出てくださ~い』
「「「あ~あ……」」」
「彼らには防御という概念はないようですね……」
四騎の騎馬は全員防御なんて考えてなかった。相手の鉢巻を取ることばかりに集中して、結局全員お互いに相打ちで全滅した。普通なら鉢巻を取られた騎馬に後で鉢巻を取られても無効だ。でもあいつらはほぼ全員同時だったからお互い相打ちが有効になった。
まだ他の学年達が騎馬戦を繰り広げている中で、一年の騎馬はこれで全滅したのだった。




