第四百八十七話「しつこい勧誘」
「くっ、九条さん……、相変わらず凄いね……」
「あら?何のことですか?」
もう運動会も間近に迫ってきた頃、最後の競技別の練習にてリレーメンバーと一緒にバトンパスの練習を行っている。走る順番は各学年とも女子、男子、女子、男子と決まっているらしい。だから俺は第三走者で錦織が第四走者となっている。
俺達は今、本番よりも短いスパンで並んで順番にバトンパスの練習を繰り返していた。走る距離も短いし本気で走ってるのなんて数えるほどしかなかったけど、それでも錦織はもう息が上がっているようだ。陸上部の癖に情けない。
「走るのも速いしスタミナが尋常じゃないよね……。俺なんてもう息が上がってるのに……」
「「…………」」
「え~……、あ~……、はぁはぁ……、ふぅ……。もう走れません……」
他の二人の代表と一緒に変なモノを見るような目で見られていたからとりあえず疲れている振りをしておいた。軽く流しているだけだし、百地流の修行に比べたら体育で一時間走ってても遊びみたいなものだ。むしろ錦織が何故この程度で疲れているのか聞きたい。
とはいえ俺は大人だから?そんな『俺はまだまだ余裕っすよ!』みたいなアピールはしない。あくまで普通に、ノーマルに暮らしたい。だから皆と同じように疲れたような顔をしておけばばっちりだ。
「この場を和ませようとしてくれてるんだと思うけど、時々九条さんがどこまで本気でどこまで冗談でやってるのかわからなくなるよ」
「あぁ……、これは九条様なりのお気遣いだったんですね……」
「私達はまだ九条様と接するようになって日が浅いのでわかりませんでした」
「あ~……、え~……、おほほっ」
何か何のことかわからないけどわかってない顔をすると不審に思われそうなので適当に笑って誤魔化しておく。別に俺は冗談を言ったつもりはないし気遣いもしていないのに……。
「ふぅ……。それじゃ今度は本番と同じ距離を走ってバトンパスを合わせよう」
「「はい」」
やっぱり錦織がリーダーなんだよなぁ……。今日が練習出来る最後だし、もう少し練習に付き合ってやるとしますか。
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もう学園中が体育祭一色に染まっている。来週の十月四日水曜日が体育祭の日だ。何故そんな中途半端な曜日なのかと言えば、体育祭が終わった翌週からは生徒会選挙があるからだ。体育祭が終わると同時に文化祭の準備が始まり、さらに翌週からは生徒会選挙が始まる。だから金曜とか土曜に体育祭では遅すぎる。今年は曜日と日の都合で四日水曜日となった。
俺としては九月三十日土曜日に開催してはどうかとも思うけど……、まぁ日程や都合を考えるのは俺じゃない。学園がそうと決めたのならそれに従うまでだ。
体育祭ではそれぞれの競技に加えて、男子は組体操と騎馬戦、女子はダンスがある。全学年合同だから人数も多い。ただ……、女子のダンスってフォークダンスなんだよなぁ……。何で女子ばっかりでフォークダンス?とか思うんだけど……、まぁ俺得だからいいか!
とはいえクラスの皆とは踊れない。実はこの全学年女子合同ダンスはクラスとクラスで男役と女役に分かれる。例えば一年一組が女役で相手の男役が三年二組、二年二組が女役で相手の男役が三年三組、みたいな組み合わせだ。だから俺達一年三組が例えば男役なら男役ばかり、女役なら女役ばかりすることになる。これではクラスの皆とは踊れない。
まぁグループの皆とはパーティーがあるといつも踊っているし、今更無理にフォークダンスを踊りたいとは……、まぁ……、出来るならしたいけど出来ないのならそれはそれで仕方ない。
ぐふふっ!それよりも……、まだ見ぬ上級生のお姉様方と踊れるかと思うと……、ぐふふっ!
「九条咲耶、話がある」
「…………私にはありません」
俺が少しルンルン気分で廊下を歩いていると向こうからしかめっ面の王子様がやってきた。これはもう冷徹を通り越してしかめっ面だ。ゲームの時はクールと思われていたのかもしれないけど、現実にこんな奴がいたら鬱陶しいだけだな。
「もうそろそろ生徒会選挙の準備を進めなければならない。あと事前に候補者に説明会などもある。今のうちにこの立候補届に記入して提出しろ」
「ですから私は出ませんと何度もお断りしているでしょう?」
こいつは……、人の言うことを聞け!お前は難聴系主人公か!
「おい、お前達、何をしている?」
うがぁっ!さらに面倒臭い奴がきた!何でこんな場面で伊吹にまで出くわすんだ!ゲームなら『俺様王子』近衛伊吹と『冷徹王子』押小路柾が衝突するシーンは女性プレイヤーに人気の場面らしいけど、俺はこんな場面に挟まれてもまったくうれしくない!
「近衛君には関係ない話だ。向こうへ行ってくれ」
「あ?咲耶が困ってるだろう!お前、(俺の)咲耶に何してんだって聞いてんだよ!」
俺と柾の間に割り込んできた伊吹が俺の肩に手を回そうとしながら柾の胸倉を掴んでいた。でも俺はスルッとかわしたので柾の方を睨んでいる伊吹の手はわさわさと空中を彷徨っていた。
いっ……、いかん……。あの伊吹の間抜けな動作で笑ってしまいそうだ……。何か微妙にシリアスな空気なのに笑うのもどうかと思って必死に耐える。
「ふん……。その情けない手は何だ?彼女に避けられているぞ?」
「……チッ。見てみろ!お前が咲耶に絡むからこんなに怯えて震えてるじゃねぇか!」
いや……、違うんだよ……。俺もどちらかと言えば柾と同意見で、お前のわさわさ空中を泳いでいた手に笑いそうになって必死に堪えてるだけなんだ。だからこれ以上俺を笑わそうとしないでくれ!ぶははっ!
「まっ……、まぁまぁお二人とも……。押小路様、何度も申し上げている通り私は生徒会選挙に立候補はいたしません。あまりしつこく勧誘される人は嫌われますよ?」
「何っ!?こいつ……、咲耶を生徒会に立候補させようとしてたのか?……ははっ!馬鹿なのか?咲耶はなぁ!俺様と一緒に五北会に入ってるんだよ!生徒会なんぞ立候補するはずがないだろう!わははっ!」
俺が何故柾に絡まれていたのか知った伊吹はそう言って笑い出した。でもお前が笑うことじゃないだろう?それに別にお前と一緒に五北会に入ってるわけじゃないぞ。伝統と家格の問題で嫌でも五北会に参加させられてるだけだ。
そういえば……、昔は五北会と関わるのも嫌で誰とも親しくせず隅でじっとして、そのうち抜けてやろうとか思ってたなぁ……。何だか懐かしい。今はもう無理に五北会を抜けようとは思っていないけど、そう言えば最初の頃はそんなことを考えていたっけ。
「生徒会への立候補は外部生だけでなく内部生でも、そして五北会メンバーでも立候補出来る。前例がないからといってしてはいけないということはない。その初の例を目指している九条さんを君は笑うのかな?」
おい!待て!勝手に俺が目指していることにするな!お前が無理やりさせようとしているだけだろう!話を摩り替えるな!それから何故柾は俺にはあんな話し方をするのに、伊吹にはちょっと丁寧に話しているんだ?
まさかとは思うけど……、柾は伊吹のことを恐れている?
柾は俺にあれだけ言いたい放題に言うし、勝手なことばかり言ってくる。こちらの話もちゃんと聞いてくれないし、口調も雑で乱暴だ。それに比べて柾が伊吹と話している時は若干丁寧に話している。少なくとも俺と二人っきりの時の口調とは明らかに違う。それは即ち柾は伊吹には遠慮しているんじゃないのか?
あっ……、それって逆から言えば俺には遠慮がないというか、舐めてるということか?
「ばっ、馬鹿を言うな!咲耶が生徒会になんて立候補するはずがない!な?そうだよな?咲耶?」
そういって伊吹が捨てられた子犬のような目でこちらを振り返ってきた。こいつは本当に締まらない『俺様王子』だな……。俺様王子なら俺様王子らしくビシッ!としろよ……。
「押小路様……、嘘を吐くのはよくありませんよ。私は何度も生徒会への立候補はお断りしているはずです。それなのにしつこく誘われているのは押小路様でしょう?」
「わははっ!何だ!お前振られてたのか!心配して損したぜ!」
だから伊吹君さぁ……、君は小学生か?せめてもうちょっとそれらしく振る舞ったらどうなのかね?それが近衛財閥の御曹司の言う言葉か?
「ふぅ……。近衛君がいると落ち着いて話も出来ないな。九条さん、立候補届の届出期間はまだある。また日を改めて話そう」
「何度来られても同じです。私は生徒会選挙に立候補はいたしません」
「やーい!やーい!」
「「…………」」
柾は最後に俺を真っ直ぐに見てから立ち去った。伊吹は馬鹿っぽいけど、俺一人だったらいくら言っても中々向こうへ行かない柾が、伊吹がいるだけで簡単に諦めてくれた。これはもしかして現状の力関係では柾よりも伊吹の方が圧倒的に上ということだろうか?
まぁそれは考えるまでもなく、堂上家最上位の近衛家と、地下家最上位クラスの押小路家では家格からしてレベルが違う。さらに内部生で五北会メンバーの伊吹と、今は別に生徒会にも所属していない新一年生の外部生である柾では学園内での立ち位置も権力も違うだろう。
何か柾は伊吹を苦手にしているみたいだし、もしかして柾を追い払うには伊吹と一緒にいる方がいいのか?
伊吹は伊吹で色々と面倒臭いけど、初等科の最後に注意した時から微妙に距離を感じるし、伊吹は俺とあまり一緒に居たくないと思っているはずだ。これをうまく利用して伊吹を柾への盾に出来ないだろうか?せめて俺が柾と石榴の真実の愛に気付かせてやるまで……、何とか時間を稼ぐ必要がある。
「おう……、咲耶……。折角だからこのままサロンまで行くか?」
「……はい。そうですね」
一瞬考えて伊吹の後ろに付き従ってサロンまで歩くことにした。一応さっきは助けてもらったわけだし、あまり伊吹と接触したくないとはいえまったく接触しないというのも立場上難しい。それならお互いに距離を保ってほどほどに最低限の付き合いをしておけばいいだろう。
ここで断ってもどうせサロンで顔を合わせることになるのに、無理に断っても角が立つし何か余計に気まずい空気になってしまう。それならここでちょっと伊吹から離れて後ろを歩いておけばお互いの距離感も明確になって良いはずだ。
「咲耶、そんな後ろを歩いていないで横へ……」
「いいえ、近衛様。これはお互いの立場を示すために必要なものです。ですのでどうかお気になさらずこのまま歩きましょう」
そう……。俺とお前は隣に並んで歩くお友達じゃない。向かう先が同じだから止むを得ず一緒に歩いているだけで、ちょっと後ろを離れて歩くくらいの距離感が俺とお前との関係だ。それを周囲で目撃している生徒達にもよく理解しておいてもらおう。
「咲耶……、それは……、つまり……。そうか!そうだよな!ああ!わかった!それじゃ俺様についてこい!」
「はい」
わかってくれたらしい。これが俺とお前の適切な距離感だ。それを踏まえた上で伊吹と犬猿の仲である柾へのシールドとして利用させてもらうとしよう。
「あっ!見て!あれ!」
「九条様と近衛様よ」
「ご一緒に歩いておられるなんてお二人はやっぱり……」
「や~ん!お二方とも絵になりすぎ~!」
ふむ……。どうやらさすがに俺と伊吹が一緒に歩いていると目立つらしい。でもどうせ断れないのならいっそこの距離感が目立つ方がいいだろう。同じ場所に向かって歩いてるというのに横に並んで話すこともなく、黙って距離を置いて後ろを歩いているだけ。これが俺と伊吹の距離感だと知れ渡るがいい!
「主人の三歩後ろを歩いて影も踏まないなんてやっぱり九条様は淑女の鑑よねぇ……」
「あんなに静々と近衛様の後ろに従われているのは近衛様を立てておられるってことよね」
「あれだけ自然と主人を立てられるなんてさすがは最上位の貴族令嬢って感じねぇ」
よしよし。結構注目を集めているな。これできっと俺と伊吹はあまり仲がよろしくないようだと広まるに違いない。ただあまり広まりすぎても柾への牽制が効かなくなるのでその辺りはほどほどに収まると助かるなぁ。
「それでは近衛様、私は向こうに座りますので」
「おう!それじゃあな!」
俺と伊吹が揃ってサロンに入るとサロンメンバー達が驚いていた。そりゃ俺と伊吹が一緒に来るなんて滅多にない。初等科から合わせても数えるほどだろう。でも俺は素早く手を打ち、伊吹に別れを告げていつもの奥の隅の目立たない席に向かう。
伊吹とさっさと別れたことで、たまたま一緒に来ただけで大して意味はないと皆も理解してくれたことだろう。ここで下手に動揺したりせず、あくまで自然といつも通りに振る舞っておけば、本当に偶然一緒に来ただけだと思われるはずだ。
「咲耶様……、どうして近衛様と……」
「咲耶ちゃん?ご説明いただけますよね?」
もう先に座っていたらしい薊ちゃんと皐月ちゃんがそんなことを言ってくる。でもこれも二人によるナイスアシストだろう。ここで俺が偶然顔を合わせたから一緒に来ただけだと言えば、周囲で聞き耳を立てている他のサロンメンバー達も『なぁんだ、そうだったのか』と思ってくれるはずだ。
「ええ、実はそこで偶然お会いしたので……」
俺は二人のアシストに乗っかって何でもないことのように説明しておく。これで俺と伊吹は何でもなく、しかも柾への盾を手に入れるという一石二鳥が転がり込んでくるはずだ。




