第四百八十六話「キャタピラ競争の練習風景」
先日の風船運びの練習では少し俺はやってしまった。皆と『普通の少女』としてキャッキャウフフするのは良い。それくらいなら仲の良いグループとして許される。でも超えてはいけない一線というものが存在する。俺はそれを忘れてしまっていた。
あの時俺は欲望に流されて、薊ちゃんに抱き付いて、背中やお尻を撫で回して、胸と胸を触れさせて、その唇を奪いたいという衝動に駆られていた。そんなことをして許されるはずがない。
薊ちゃんにはこれから薊ちゃんの人生がある。特に良家の子女ともなれば評判は重要だ。それが学園の体育の授業中に他の女子生徒と淫行に及んでいたなんて噂が立てば大変なことになってしまう。それが誤解であろうが、言いがかりであろうが、そういう噂が広まり評判が立った時点で負けだ。それが俺達の生きる世界だ。
それなのにまさか俺自身が欲望に流されて、人の目もある場所でそんなことをしそうになっただなんて、申し訳ないやら何やらで合わせる顔もない。もちろん先日はそんなことをせずに済んだけど、心の中でそう思って皆を穢してしまっただけでも申し訳ない。
皆……、どうかこの心が欲望に穢れていて皆をそんな目で見てしまう汚い俺を許しておくれ……。
「それでは咲耶ちゃん、今日はよろしくお願いしますね」
「ようやく咲耶ちゃんと練習出来ますね!」
「そうですね……」
今日の体育では俺はキャタピラ競争の練習に参加している。風船運びのメンバー達は俺抜きで誰と誰の相性が良いか、誰と組むべきかを今日は検証するらしい。今日はこちらのキャタピラ競争に集中しよう。
「さぁ!こうしていても始まりません!早速いってみましょう!」
「はい」
何か妙に張り切っている皐月ちゃんの言葉を受けて皆が二手に分かれる。キャタピラは直進しか出来ない。うまくやれば曲がれるかもしれないけどそれは大変すぎる。だからレースでは二人でキャタピラの中に入って直線を進むだけとなっている。
それだけじゃ簡単なんじゃないかと思うけど果たしてどうなんだろう……。
ちなみにこのキャタピラ、キャタピラーという呼び名はとある企業の登録商標であり、日本語では無限軌道や履帯と呼ぶ。そんなキャタピラを模したダンボールの筒の中に二人が入って、ダンボールを中から押して転がしながら進むのがキャタピラ競争だ。
「それではまずは私と咲耶ちゃんでやってみましょう」
「そうですね」
実際にやってみないことにはどんな感じかわからない。まずは皐月ちゃんと二人で並んでダンボールの輪の中に入った。
「いきますよ」
「はい」
「よいしょ!よいしょ!よいしょ!」
「ん?」
「あれ?」
「んぐ?」
「くぅっ!」
とりあえず二人でダンボールを押しながら進もうとしてみるけど中々息が合わない。二人で入って一つのダンボールの輪を転がしているから、片方が遅れると前に進めなくなってつっかえる。これは思ったよりも難しい。
「ふぅ……。何とかゴール出来ましたね」
「これは思ったよりも奥が深いかもしれませんね……」
皐月ちゃんは汗を拭うような仕草をしていた。ここまでかなり時間がかかった。もっとスルスル進めるかと思ったけど、二人のタイミングが合わないと中々うまく進めないようだ。あまり強引に力を入れて押すとダンボールが壊れてしまうかもしれないし、相方を無理やり転がしてまで押しても仕方がない。これは練習が必要だな。
「それでは次は私とですね!」
「え~……、私はそのままということでしょうか?」
今度は茜ちゃんが皐月ちゃんに代わって俺とペアで戻るらしい。もしかして風船運びの時のようにずっと俺は固定なんだろうか?
「前の練習の時は咲耶ちゃんは風船運びの方に行かれてこちらは練習されなかったでしょう?私達は以前の授業で練習しているので今日は咲耶ちゃんとの組み合わせの練習に集中します」
「なるほど?」
確かにそう言われたらそうなのかもしれない。こっちの皆は前回こっちのメンバーだけで練習しているんだ。俺だけ練習していないから皆と息が合わないわけで、今日は俺と合わせる練習をするというのは理屈に合っている。
「それでは茜ちゃん、行きましょうか」
「あっ……、はぃ……」
あるぇ?さっきは茜ちゃんの方が乗り気だったのに、俺が声をかけると今度は茜ちゃんが顔を背けて消極的になったような気がするぞ?もしかして俺って茜ちゃんに嫌われてる?
いや……、いやいや……、それはない!……と、思いたい!違うよね?違うよね?
「それでは掛け声を出しましょうか。イッチニ!イッチニ!」
「イチ……、ニ……、イチ……、ニ……」
茜ちゃーーーん!声がちいさーい!何でぇ?そんなに俺と一緒にダンボールに入るのは嫌かい?ねぇ?いくら俺でもちょっとショックだよ?
「はい!終わり!次は私ですよ!咲耶ちゃん!」
「あっ、はい」
「……」
いつの間にかスタート地点に戻っていたらしい。待っていた蓮華ちゃんと茜ちゃんが交代する。でも茜ちゃんはついに俺の方を見てくれることもなく、そのままそそくさと反対側から外に出てしまった……。もしかして本当に嫌われてる?
「さぁ!咲耶ちゃん!イきましょう!」
「あっ、はい……」
いつもはあまり元気な声を出さない蓮華ちゃんが今日は随分張り切ってるな。運動会とか体育祭があると張り切るタイプだったっけ?今までは別にそんなこともなかったような気がするけど、もしかしたら最近運動とかに目覚めたのかもしれない。
「はひぃ……、はひぃ……」
「蓮華ちゃん……、頑張って……」
頭を低くして四つん這いでハイハイするのは結構疲れる。最初のうちは良いけど体力も筋力もない蓮華ちゃんにはゴールまででも遠かったらしい。
「うぅ……、さっ……、咲耶ちゃん!ううん!咲耶様!あぁ!咲耶様ぁ!」
「えっ?ちょっ!?蓮華ちゃんっ!?」
急に蓮華ちゃんがこちらに倒れてきた。もしかして腕や足の限界だったのかもしれない。急に横から圧し掛かられた俺は蓮華ちゃんと一緒にダンボールの中でコロンと転がった。俺が仰向けに地面に寝転がる姿勢になると、その上に蓮華ちゃんがうつ伏せに圧し掛かっていた。
「ハァ……、ハァ……、咲耶様ぁ!んっ!んんっ!」
「れっ、蓮華ちゃん?大丈ぶ……、ひゃぁっ!」
俺の上に乗っているような形になった蓮華ちゃんがもそもそと動く。すると俺の股の間に入っている蓮華ちゃんの太腿が俺の……をスリスリと刺激した。自分でもびっくりするような変な声が出てしまって赤面する。
「咲耶様!ごめんね!咲耶様!ごめんねぇ!もう……、もう!」
「あっ!あっ!蓮華ちゃん!うっ、動いちゃ……、んんっ!」
俺の上に圧し掛かる格好になっている蓮華ちゃんが動くと二人の胸がむにゅむにゅと形を変えて甘い刺激を送ってくる。お互いに足が絡み合い、股の間に入り込んでいる。それが動くたびに擦れて我知らずビクビクと体が反応してしまう。
「ハァ!ハァ!さっ、咲耶様……、わっ、私……、もうっ!んんっ!」
「んぁっ!」
「ハァ……、ハァ……」
「ふぅ……、ふぅ……」
二人でクタリと重なり合いながら動けなくなっていた。何かふわふわした気分で気だるい。そっと蓮華ちゃんの背中に手を回して……。
「二人とも……、こんな場所で何をしているんですか?」
「「ひゃぁっ!?」」
ダンボールの横からこちらを覗いていた皐月ちゃんと目が合った。何か物凄く怖い顔をしている。別に何も悪いことはしていないはずなのに真っ直ぐ顔を見れない。
「えっと……、あの……」
「咲耶ちゃんは良いです。どうせ流されたんでしょう……。蓮華さん?少しOHANASHIしましょうか?」
「ヒィィッ!」
ぬっ!とダンボールの中に手を入れてきた皐月ちゃんに掴まれて蓮華ちゃんが引きずり出されてしまった。あれ?もしかして皐月ちゃんって物凄く腕力が強いのでは?
そんな現実逃避をしている間に蓮華ちゃんと皐月ちゃんの間で何か話し合いが終わったらしい。
「さぁ、咲耶ちゃん……。それでは次は私とですよ?」
「はっ……、はぃ……」
再びダンボールを覗いた皐月ちゃんの笑顔は恐ろしいものだった。とにかく俺は逆らわないように必死でカクカクと首を縦に振ることしか出来ない。
蓮華ちゃんとのキャタピラが途中だったので一度ダンボールから出てスタート地点まで進む。そこで皐月ちゃんと交代して再びダンボールの中に入った。
「それではいきましょうか、咲耶ちゃん」
「はい……」
逆らえない。逆らったら食われる。そんな笑顔を貼り付けている皐月ちゃんに逆らおうなどと思うはずもなく、再び皐月ちゃんと一緒にダンボールを押し始めた。
「イッチニ、イッチニ」
「イッチニ、イッチニ」
今度は二人の息がかなり合っている。さすが皐月ちゃんだ。最初の一回目はあまり合わなかったけど、一度やればこうして息を合わせられる。これなら……。
「咲耶ちゃん危ない!」
「え?」
何が危ないのかもわからないうちに横から皐月ちゃんにタックルされた俺は再びダンボールの中で転がった。そのまま俺の上に跨った皐月ちゃんがマウントポジションを取る。
やばい!殺られる!?
「うふふっ!もう逃がしませんよ、咲耶ちゃん……。さぁ……、今度は私と……」
「んあっ!?」
つつつーっとマウントポジションの皐月ちゃんが俺の体に指を滑らせる。くすぐったくて背中が跳ねるけどマウントポジションを取られているからガクガクと動くだけで跳ねることは出来なかった。
「咲耶ちゃん……」
「――ッ!」
上半身を倒した皐月ちゃんが耳元で囁く。それだけでゾクゾクと背中に電気が走ったような感覚がしてしまう。
「さっ……、皐月ちゃん……」
「さぁ咲耶ちゃん……、堕ちてください……。今まで磨いてきた私のテクニックで……」
「あっ!あっ!あぁっ!」
皐月ちゃんの手が、指が、俺の体をなぞるように踊る。それだけでガクガクと腰や背中が跳ねそうになるけど、やっぱり上に乗られているから跳ねることは出来ない。
「皐月ちゃん!」
「――ッ!?ぐぇっ!ちょっ!咲耶ちゃ……、きつ……、きつい……。背骨……、折れ……、る……」
「皐月ちゃん!」
「――ッ!――ッ!」
俺はギュッと皐月ちゃんを抱き締めていた。マウントポジションを取られ身動き出来ない俺には皐月ちゃんを抱き締めることしか出来なかった。ダンボールの中だから上半身を完全に起こすことは出来なかった皐月ちゃんは目の前だったからだ。
「ちょっ!ちょっ!咲耶ちゃんストップ!」
「皐月ちゃんが!皐月ちゃんが白目剥いてるよ!」
「皐月ちゃ……、え?」
「…………」
両横から茜ちゃんと蓮華ちゃんに止められた。上に乗っていた皐月ちゃんの方を見てみれば……、本当に白目を剥いていた……。
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思わぬハプニングはあったけどキャタピラ競争の練習は順調だ。ちょっと股の辺りがむずむずするけど練習はまだ続いている。
「それじゃ次は茜ちゃんと行きましょう」
「はぃ……」
何か今日の茜ちゃんは借りてきた猫のように大人しい。いつもは薊ちゃんと同じような元気で気の強いタイプのはずなのに……。
「イッチニ!イッチニ!」
「イチ……、ニ……、イチ……、ニ……、あっ……」
声の小さい茜ちゃんとダンボールを押しているとふと二人の手が重なって置かれてしまった。茜ちゃんが小さな声を漏らしたからそちらを見てみれば……。
「あっ……、あの……」
「茜ちゃん?」
「~~~~~っ!」
重ねて置いてしまった手を見詰めて固まっていた茜ちゃんを呼ぶと、顔を真っ赤にして向こうへ背けてしまった。何これ?え?何か茜ちゃん可愛くない?茜ちゃんってこんな子だったっけ?
「茜ちゃん……」
「え?あの……?咲耶ちゃん?ひゃぁっ!」
向こうを向いていた茜ちゃんの背中に手を回して抱き寄せる。すると慌てた茜ちゃんがコテンと転んだ。俺もその後ろにぴったりくっつく。茜ちゃんを後ろから抱き締めて二人で横向きに寝転がっている体勢だ。俺の胸は茜ちゃんの背中にくっついている。そして俺の手は茜ちゃんのお腹や胸に回されている。
「あっ、あわわわっ!さっ、咲耶ちゃん!?」
「茜ちゃん」
「ひぅっ!」
後ろから抱き締める格好の俺がふっと耳元で茜ちゃんを呼ぶ。するとそれだけで茜ちゃんは首を竦めていた。もしかすると息がかかってくすぐったいのかもしれない。そのままもっとギュッと抱き寄せる。
「さっ、咲耶ちゃんの胸が背中に……」
「ん~?背中に?」
「――ッ!」
「んふふっ」
さっきからビクビクと反応している茜ちゃんが可愛い。女の子がこんな反応をしちゃいかんなぁ?それじゃまるで誘ってるみたいに思われちゃうぞ?俺みたいな悪い狼さんに食べられちゃうぞ?うへへ!
「あー!咲耶ちゃん!何をしてるんですか!」
「はい!もう交代ですよ!」
「「あっ……」」
またダンボールの両側から蓮華ちゃんと皐月ちゃんが覗き込んでいた。これは駄目だわ……。キャタピラ競争恐るべし……。この中にいるとついついおかしくなってしまう。今日はまた忘れてしまっていたけど今度は明鏡止水を忘れないようにしないとな……。




