第四百八十五話「風船運びの練習風景」
さぁやってまいりました!待望の体育祭の練習でございます!
競技決めから始まり、柾のあのむかつく発言まで色々とあったけど、ようやく今日皆と体育祭の各競技の練習が出来る!初等科の時は競技が決まると比較的すぐに各競技ごとの練習に移っていたけど、どうやら中等科はあまり競技による練習はないらしい。全体練習とかはあるけど種目別の練習は少ない感じだ。
まぁ体育祭の日まであまりないし、行進だの組体操だの危険が伴ったり練習しなければならない内容は山ほどある。その中から優先順位を決めて限られた時間を割り振っていけば種目別練習が少なくなるのは必然とも言えるだろう。
そんな限られた練習ではあるけど、今日はようやく種目別の練習が行える!皆と組んず解れつ!あんなことやこんなことを!むふふっ!
「さぁ咲耶様!まずは私と風船運びの練習をしましょう!」
「そうですね。他の方とは交代で順番に試してみるということで、まずは限られた時間で出来るだけたくさん練習出来るようにどんどん走ってみましょう」
ぐふふっ!俺の餌食にされるとも知らないで薊ちゃんが無邪気に風船を持って駆け寄ってきた。こんなピュアな薊ちゃんを穢してしまうのは何か申し訳ないような、後ろ暗いような気持ちもするけど、だからってやめることは出来ない。俺のこの熱い想いはもう止められない!いざゆかん!桃源郷へ!
「それじゃいきますよ!咲耶様!」
「ええ!」
薊ちゃんと向かい合ってお互いの背に手を回す。そして風船をセットする時だけは手で風船を触っても良いので二人の間に風船を置く。
「ちょっ!薊ちゃん!そんなに強く抱き合っては風船が割れてしまいますよ!」
「さっ、咲耶様の背中が……、胸が……、ハァハァ!咲耶お姉様ぁ~~~っ!」
「ちょっ!ちょっ!ほっ、本当に割れてしまいますってば!」
お互いに相手の背中に手を回して胸の間に風船を挟む。落とさないようにお互いにある程度力を入れて密着しようとするのはわかるけど、薊ちゃんはまるで力いっぱい俺に抱きつこうとしているようで風船が割れそうで怖い。
あまりに遠慮しすぎては風船を落としてしまうのはわかるけど、薊ちゃんほど力を入れていたら割れてしまいかねない。こんな胸元で風船が割れるとか怖い!むしろよく薊ちゃんはこんな状況でここまでグイグイこれるもんだと驚きの方が凄い。
「ふぅ……」
「あぁ……、もう終わってしまいました……」
先に置いてあったカラーコーンを回って戻ってくると薊ちゃんはしょんぼりしていた。あまりに薊ちゃんがグイグイ力を入れるから怖くて必死だった。薊ちゃんの背中には手を回せてたんだけどもっと色々堪能するつもりだったのが堪能出来なかった。次こそはもっと色々と楽しみたい。
「それじゃ咲耶ちゃーん!次は私とねー!」
「……え?」
ニコニコと譲葉ちゃんが風船を持ってやってきた。ん?俺は今走ったから交代だよね?
「咲耶ちゃんはこのままずっーと走りっぱなしだよー!私達は順番に交代していくから咲耶ちゃんは皆と走ってねー!」
「……は?」
え?ちょっと待って?それって授業中ずっと一時間走ってろってこと?え?
「ほらほらー!いっくよー!」
「ちょっ!ちょっ!」
譲葉ちゃんが背中に手を回してきたので俺も慌てて手を回す。二人の胸の間に風船が挟まれてから走り出した。
「ほい!おいっちにー!おいっちにー!あははーっ!」
「ゆっ、譲葉ちゃん……」
譲葉ちゃんは何というかとてもマイペースだ。走り方も変だし掛け声と合ってない。カックンカックン走るから息が全然合わないし、掛け声に合わせようとすると余計に合わなくなってしまう。ここは掛け声に気を取られずダンスのように譲葉ちゃんの足運びに合わせる。
「おー!すごーい!咲耶ちゃんと息ぴったりだねー!」
「はは……」
いや……、息ぴったりではないよね?俺が合わせてるから何とかなってるんだよね?そこは間違えないで欲しいな……。まぁそんなこと言えないんだけど……。
「次は私ですよ。咲耶ちゃん」
「あ~……、お手柔らかに……」
次は椿ちゃんか。椿ちゃんなら前の二人のようにはならないと思うけど……。
「うぅ……」
「ほら、椿ちゃん。もう少し寄って」
椿ちゃんは風船から顔を背けて恐る恐る俺と抱き合っていた。風船が割れたらと思うと怖いらしい。しかも走っているというか歩いているくらいのペースしか出ていない。
「ああぁぁ!さっ、咲耶ちゃん!力を入れすぎでは?風船が割れてしまいます!」
「いくら何でもこれくらいでは割れませんよ。ほら、風船が落ちてしまうのでもう少し……」
「ひやぁぁっ!」
あまりに恐々とソフトタッチに風船を挟んでいるから落ちそうになっている。少し背中に回している手に力を入れて抱き寄せようとしたら椿ちゃんが悲鳴を発して俺まで驚いた。
「はぁ……、ふぅ……」
「椿ちゃん……、大丈夫ですか?」
ちょっとそこのカラーコーンまでゆっくり歩いているようなペースで行って帰ってきただけで息が上がっている。風船が割れるのではという恐怖心と、走った疲れで椿ちゃんはもういっぱいいっぱいのようだ。
「えっと……、よろしくお願いします」
「はい。それでは行きましょうか」
最後の相手は芹ちゃんだ。芹ちゃんは良くも悪くも普通と言うと失礼かもしれないけど、比較的常識的かつ何でも平均以上には出来る子だ。芹ちゃんとのペアが一番安定しているんじゃないかと思……、え?あれ……?
「あっ、あの?芹ちゃん?」
「ひあぁっ!」
背中に手を回して抱き寄せると芹ちゃんがビクンビクンと変な痙攣を繰り返した。あれ?
「大丈夫ですか?」
「あっ、ああっ……、そっ、その……、すっ、少しくすぐったかっただけです……」
最後の方は消え入りそうなくらいの小さな声で芹ちゃんがそう答えた。なるほど?俺の触り方がソフトタッチすぎてくすぐったかったのかな?それならもっとしっかり触れた方が良いだろう。下手にソフトタッチにすると余計にくすぐったい。そういう時はもういっそはっきり触った方がくすぐったくない。
「ひにゃぁぁぁっ!」
「え?え?芹ちゃん?」
もっとしっかり触ろうと思って背中に手を回すとまたしてもビクンビクンとしてからクタリと崩れ落ちてしまった。慌てて脇に手を入れて倒れないように支える。
「ふにゃぁ……」
「駄目……、そうですね……」
「はい!それじゃ次はまた私ですよね!咲耶様!」
完全に力が入らないようになってしまった芹ちゃんを端に寄せてどうしようかと思っていると、最初に走った薊ちゃんがまた手を上げて立候補してきた。ペアの相性とかを確かめるために他の面子とも走った方が良いんじゃないかと思うけど、薊ちゃんも他の皆もそんなつもりはないらしい。
まぁ?俺だって?皆と抱き合ってキャッキャウフフで青春出来るんだから望むところだ。キャッキャウフフのためなら一時間でも二時間でも走り続けられる!
「いいでしょう!それではいきましょう!薊ちゃん!」
「さっすが咲耶様!それではイきましょう!」
また薊ちゃんとお互いに背中に手を回して、間に風船を挟んで走り出す。一回目の時は薊ちゃんの強引さにこちらの腰が引けていたけど、さすがにこれだけ走ってみればこちらも慣れたものだ。
「はぁ……、はぁ……」
風船を挟んでいるとはいえすぐ近くに薊ちゃんの顔がある。息を弾ませて元気に走っている薊ちゃん。薊ちゃんってこんなに睫毛が長かったんだ。それに唇もプルプルだぁ……。あの唇に触れたらどんな感触がするんだろう。背中に回した手から伝わってくる薊ちゃんの体温。それに柔らかい女性らしい感触が返ってくる。
あぁ、薊ちゃん!可愛い!その唇に触れたい!もっと触れ合いたい!薊ちゃんの胸と俺の胸で……。
パァンッ!
「ひゃっ!」
「わきゃっ!」
もうすぐカラーコーンを回ろうとしていた俺達の間で突然大きな音が鳴り響いた。驚いて俺も薊ちゃんも固まってしまう。どうやら力を入れすぎたようで風船が割れてしまったようだ。そのショックで今までは風船を挟んでいた俺と薊ちゃんが直接抱き合ってしまっている。
体操服を通して薊ちゃんの胸の膨らみが感じられる。走っていたからか少しドキドキしているな。俺も違う理由でドキドキしている。薊ちゃんの顔が近い。体温がはっきり感じられる。いや、体温だけじゃなくて唇から漏れる吐息まで……。
「咲耶お姉様……」
「薊ちゃん……」
お互いに背中に回していた腕にますます力が入る。今では完全にお互いの胸で相手の胸を潰して、体操服と下着があるというのにぐにゅぐにゅと形を変えている。これは……、やばい……。薊ちゃん可愛すぎるよ……。
少し前まではただの可愛い女の子だった。初等科の『女の子』だったはずだ。でも今は次第に『女性』を感じさせるようになってきている。もちろんまだまだ幼い。青い果実、いや、それよりももっと前の段階かもしれない。だけど……、それでも時々感じるこの『女性』の部分は色っぽくて……。
「はい!換えの風船だよー!」
「ひゃい!」
「もう!譲葉!折角良い所だったのに!」
俺達の顔の間に譲葉ちゃんが無理やり風船をねじ込んできた。風船が割れることもあり得る。その場合は換えの風船を挟んでそこからやり直しだ。あるいは落とした場合も拾って、落とした地点からやり直さなければならない。
あぶね~……。もしかしたらもうちょっとで薊ちゃんに口付けしてしまうところだったかもしれない。あのプルプルの唇に吸い寄せられるところだった。よくよく考えたらこんな人目のある場所でいきなり薊ちゃんの唇を奪うなんてことをしてしまったら冗談では済まなくなってしまう。
俺の方にどういう評判がつこうともどうってことはないけど、徳大寺家のご令嬢である薊ちゃんの評判まで落としてしまったら謝って許されることではないだろう。
「もうちょっとで咲耶お姉様の唇をゲット出来たのに……。譲葉の奴めぇ……」
薊ちゃんが何かぶつぶつ言っている。俺が薊ちゃんにキスしようとしていたことに気付かれたのかな?女同士なのに気持ち悪いと思われたかな?そう思うと不安で薊ちゃんの顔をまともに見れない。そんなことをしている間にスタート地点に戻ってきた俺達はまた交代して走り出す。
「それじゃ次はまた私ねー!」
「はい……」
何かさっきので一気に血の気が引いてしまった。譲葉ちゃんが止めてくれてなかったら俺は大変なことをしてしまっていたかもしれない。女の子と触れ合ってキャッキャウフフだ!なんて舞い上がっていたけどやりすぎは駄目だ。俺はもっと精神力を磨かなければならない……。
欲望に流されて……、皆を傷つけてしまってどうする……。
皆と仲良くしたいと思うのは良い。皆とちょっとだけ触れ合えてうれしいと思うのも良いだろう。でも皆の将来を潰してしまったり、望んでいないようなことをするのは駄目だ。それすら忘れて皆を傷つけてまで自分の欲望を満たそうだなんて……、俺は最低だ……。
「え?あれー?咲耶ちゃーん?……はっ!?うにゃぁ~~~っ!」
欲望に流されない。それを俺はもう身につけていたはずだ。どうして今までこんな大切なこと忘れていたというのか。心を鎮め、自然と一体となり、全てを受け入れ受け止める。これぞ百地流明鏡止水!
「あっ!あっ!あぁっ!だっ、だめぇ~っ!」
「譲葉ちゃん、大丈夫ですか?」
「ハァ……、ハァ……、んぁっ!」
走っている途中で限界になってしまったらしい譲葉ちゃんがクタリと力なく崩れ落ちる。そっと受け止めてスタート位置まで戻った。
「それでは次は椿ちゃんと……」
「あっ……、あぁ……、ああぁぁぁ~~~~~っ!」
順番待ちをしていた椿ちゃんと抱き合うと、椿ちゃんもビクンビクンと背骨が折れてしまうのではないかと思うほど仰け反ってから体を硬直させていた。
「椿ちゃんも無理そうですね……。芹ちゃんは……」
「ひっ!だっ、だめです!今またされたらああぁぁ~~~っ!んんん~~~~~っ!」
先ほどから休んでいた芹ちゃんを抱き起こそうとしたら、今度はピンと足を伸ばしてギュッと俺にしがみついたあとふっと力が抜けていた。もう全身に力が入らないようでぐにゃんぐにゃんになっている。
「それではもう薊ちゃんしか残っていませんね」
「あっ!いや!えっと……、楽しみなような怖いような……、でもやっぱり咲耶お姉様とデキるならシます!」
「良い覚悟です、薊ちゃん。それでは……」
皆もう体力の限界なのかクタクタになっているけど薊ちゃんは力強く頷いてくれた。限界まで頑張ろうという薊ちゃんの心意気を買って俺もグッと腰に手を回して薊ちゃんを抱き寄せる。
「…………へ?はっ?あっ、あぁ……、ああぁぁぁぁぁっ!」
抱き寄せた瞬間はキョトンとした顔をしていた薊ちゃんだったけど、次第にその顔を紅潮させたかと思うとピンと手足を突っ張って硬直してからふにゃりと崩れ落ちた。倒れないように受け止めてからそっと皆と同じ所に寝かせる。
「どうやら今日はこれまでのようですね」
「ハァ……、ハァ……」
「咲耶ちゃん……」
「凄すぎだよぉー……」
皆お嬢様育ちだから日ごろの運動が足りないらしい。もう皆体力の限界のようなので今日の風船運びはここまでだ。




