第四百八十四話「勧誘?」
二学期は何かと忙しい。九月も中ほどに差し掛かり中等科中が体育祭一色になりつつある。まだ残暑の厳しい日差しを受けながら廊下を歩いていると向こうからしかめっ面の生徒が歩いてきた。口をへの字に曲げて眉間にシワを寄せてしかめっ面をしている。な~んかこいつは、いや、こいつもゲームの時と印象が違うんだよなぁ。
「九条咲耶!」
「……御機嫌よう、押小路様」
無視してすれ違おうと思っていたのに、わざわざ俺の進路を塞ぐように目の前に仁王立ちした柾に声をかけられた。こうも目の前を塞がれて声をかけられたら無視するわけにもいかない。仕方がないので余所行き用の取り繕った笑顔を貼り付けて応える。
「話がある!少し来てもらおうか」
「はぁ……」
打診ではなく問答無用らしい。別に用件も言わずに有無を言わせずこうも命令してくる相手の言うことなど聞いてやる謂れはないけど、だからってここで無視したり断っても今後また付き纏われるだけだろう。仕方がないので柾の後について歩く。どこへ向かうのかと思ったけどそこは……。
「……生徒会室?」
「入れ」
「はぁ」
連れて来られたのは生徒会室だった。正直ゲーム『恋に咲く花』では生徒会と五北会といえば犬猿の仲、不倶戴天の敵という感じの相手だ。
ぶっちゃけて言えば五北会と生徒会では実力差は雲泥の差、月とすっぽん、天と地、表現の仕方は数あれど、一つ言えることは本来敵にもならないほどの圧倒的実力差が存在する。
五北会は藤花学園の中でもトップの家ばかりを集めた謂わば超金持ち集団であり、その影響力、資金力はこの国の経済すら動かしかねないほどのものだ。それに比べて生徒会は学園の予算執行といっても教職員が決めたものを形の上で承認する程度でしかない。
生徒の意見陳情を代表して行ったり、学園からの連絡事項を各委員やクラブなどの必要な相手先に伝えることが仕事であり、あとはボランティアとか何かの雑用をするだけの組織が生徒会だ。実際に自分達で予算を集めて執行する権限を有する五北会と、ボランティア活動や連絡事項の伝達をするだけの組織が対等なはずがない。
ただゲームとしては五北会対生徒会という対立軸を作ることで面白くしようとしたり、伊吹対柾というヒーロー同士の戦いや、時に協力し合う熱い展開がしやすくなるという考えがあったのだろうと思われる。
それから内部生にとってはその現実はわかっていても、外部生にとっては『内部生は入れない生徒会』というのは拠り所ともなっているんだろう。実際には別に内部生が生徒会に入れないという決まりはないし、そもそも初等科は内部生しかいないから初等科生徒会は内部生が就任している。
それが何故か中等科以上になると生徒会は外部生が就任するものという暗黙の了解があり、外部生のために内部生と戦ったり矢面に立ってくれる生徒会という風に思われている。
一学期を過ごしてみて、実際に五北会と生徒会が何か揉めたとか、意見の衝突があったというのは聞いたことがない。そもそも生徒会の連中は五北会のサロンに近づいてこないし、教室でも接触していない。そんな生徒会が一体俺に何の用があるというのか。呼び出される覚えはないけど来てしまった以上は今更逃げる選択肢もない。
「失礼します」
「「「――ッ!?」」」
「ヒッ!」
「くっ、九条様が何故っ!?」
「…………」
うん……。生徒会室に入った瞬間生徒会役員と思しき生徒達に見られて滅茶苦茶引かれた。おい……、柾……、俺は呼ばれたから来たんじゃないのか?どうしてこれほど生徒会役員達に驚かれているんだ?
「会長、来ました」
「あ~……、うん……。押小路君、ちょっと……」
俺の後から入室した柾が生徒会長、速水石榴の前まで歩いていくと、石榴は立ち上がって柾の肩に腕を回すと二人で部屋の隅に移動してヒソヒソやり始めた。何を言っているのかは聞こえないけどこの二人本当に仲が良いな。
ゲームの時の元生徒会長、速水石榴は所謂モブだ。ゲーム本編が始まる高等科の入学式で在校生代表として生徒会長、速水石榴が挨拶をするという場面はある。でも挨拶の内容もよくある定型文だしかなりカットされている。当時の生徒会長が挨拶をしているのを聞きながらこれからの学園生活に思いを馳せる主人公……、みたいなよくあるオープニングの一幕に出てくるだけだ。
それ以来これといって活躍もないし、たまに何らかのイベントで名前や一言で出てくることもある程度でシナリオには一切関わらない。その高等科入学時点での生徒会長、速水石榴は今中等科でも生徒会長をしているし、恐らく高等科になっても生徒会長になるんだろう。
柾はまだ生徒会に入ってないんだから今の生徒会役員達との接点なんてほとんどないはずだ。それなのに柾と石榴は随分親しいように感じる。よくよく考えたらあの二人はいつも一緒じゃないだろうか?
そうだよ……。入学以来何か石榴を見かける時ってほとんど柾とセットのような気がするぞ。
柾は四組の問題の時に色々と関わったから柾だけで関わったことは何度もある。でも俺が速水石榴と関わった時には必ず柾とセットだった。しかもこの前の近衛家のパーティーの時、柾と石榴は二人で一緒に仲良くパーティーに来ていた。
さすがに挨拶の時は別々にならざるを得ないけど、それ以外の時は二人で食事をしていたし、ダンスもせずに二人でずっとべったりだった。
まっ……、まさかっ!?もしかして……、この二人は……、禁断の関係なのでは!?
そうだ……。そうだよ……。俺のこの手の勘は良く当たる。伊吹と槐がそっちの者であることを見抜いた時もこんな感じだった。そして完璧に当たっていた。ということは俺の勘は的中率百パーセントであり、その的中率百パーセントの俺が柾と石榴の関係がそっちだと思ったということは当たっているということだ!
素晴らしい!完璧なる証明!
そうかぁ……。な~んか怪しいと思ってたんだよねぇ……。この二人学年も違うし、柾はまだ生徒会役員でもないのにいつも一緒にいるし、そうなんじゃないのかなぁと思ってたんだよ。
それで俺を呼び出したのは何なんだ?俺に二人がそっちの者であると伝えたかったのか?別に俺は二人の趣味をとやかく言うつもりなはいから、いちいち報告してくれなくても俺に関わらないところでなら好きにしてくれたらいいんだけど?
「あ~……、え~……、まっ、まずは急に呼び出してごめんね、九条様……、さん」
「はっ!?あぁ、いえ……。それでご用件は何でしょうか?」
俺が世界の真理を解き明かしているといつの間にか石榴と柾が戻ってきていた。一番奥の生徒会長の席の前に立っていると、机の向こう側で二人並んで立って話しかけてきた。あんなに仲良さそうに二人で並んで立ってるなんてやっぱりこいつらは……。
「うん。そのことなんだけどね……。体育祭が終わった後に生徒会選挙があることは知ってるかな?」
「あぁ……、そうでしたわね……。それが何か?」
石榴に言われて顎に手を当てて思い出す。そう言えば大まかな行事予定が載っているお知らせでそんなことが書いてあった。具体的な日程は書いてなかったからわからないけど……。
「二学期は行事が多くて忙しくてね。九月末から十月頭にかけて体育祭、次に十一月中頃に文化祭があるから日程がタイトなんだけど、その間に各クラブで秋の試合があったり、三年生の引退があったり、色々と行事や予定が詰まってるんだよ」
「はぁ?」
何を言いたいのかわからない。体育祭が終わったらすぐ文化祭の準備に入るのは聞いている。ただ文化祭といってもどの程度のことをするのかはわからないから、一年生である俺達にはまだ実感がない。それに二学期にクラブの三年生達の引退試合とかがあるのはどこでも一緒だろう。
「それで生徒会も二学期の間に選挙と交代があるんだけど、選挙日程は十月初旬で体育祭が終わってから文化祭の前までに行われるんだよ。実際に引継ぎや交代があるのは文化祭が終わってからなんだけど、選挙は先に行われるんだ」
「なるほど?」
選挙が行われて即交代じゃなくて、十月中に選挙が行われるけど十一月の文化祭までは今の生徒会が担当して、それが終わってから引継ぎや交代が行われるってわけだな。まぁ十月に選挙して即交代じゃ十一月の文化祭には対応出来ないだろうし妥当という所だろうか。
それなら選挙日程を変えろよって話でもあるけど、文化祭が終わってから選挙活動となると本来は引退して進学に集中したい三年生達が集中出来ないからってことかな。
「だから生徒会に立候補する子達はそろそろ準備に入る頃なんだけどね」
「はぁ?」
何かこいつの言い回しが長ったらしいというか要領を得ないというか。言いたいことがあるのなら要点だけを纏めてさっさと言ってもらいたい。今までの話は必要だったんだろうか?
「え~……、その~……、つまり~……」
「速水生徒会長、言いたいことがあるのなら要点だけを簡潔に述べていただけますか?私も暇ではないのですけれど?」
「「「――ッ!?」」」
中々はっきり言わない石榴に業を煮やした俺はちょっと強い口調でそう言った。でもこうなるのも当然だろう。今は放課後であり、本来なら俺は今頃中等科五北会のサロンでお茶を飲みながら薊ちゃんや皐月ちゃん達とお話をしているはずだった。それがこんな場所に呼び出されて、長々どうでもいい話を聞かされた上に中々用件を言わないのではこう言われても仕方がないだろう。
「ヒィッ!」
「なんまんだぶ!なんまんだぶ!」
何か他の机に座ってる生徒会役員達が机の下に潜り込んだり、両手を合わせて拝んだりし始めた。ほらぁ……、石榴がさっさと言わないから皆迷惑してるみたいじゃん?
「あっ……、うっ……」
でも石榴もまるで腰が抜けたみたいにストンと椅子に座って陸に上げられた魚のように口をパクパクさせるだけだった。さっさと用件を言えよぉ……。こっちだって暇じゃないんだよぉ……。
「九条咲耶!お前は次の生徒会選挙に立候補して生徒会に入れ!」
「…………はぁ?」
石榴が釣り上げられた魚をしていると隣に立っていた柾が業を煮やしたのか強い口調でそんなことを言ってきた。でも意味がわからない。五北会に入っている俺が生徒会になんて入れるわけがない。というか何故俺が生徒会選挙に立候補しなければならないのか意味がわからないというべきか。
「何故私が生徒会選挙に?」
「お前は危険だ!だからお前は生徒会に入れ!俺が隣で監視してやる!」
はぁぁっ!?柾、こいつ何言ってんだ?何で俺がお前に監視されなきゃならないんだよ!ふざけるな!そもそも生徒会みたいな遊びに時間を費やしている暇はないんだよ!
「そのように言われて誰が引き受けるというのですか?お断りするに決まっているでしょう!」
「そうか……。それはつまり俺に監視されては都合の悪いことがあるということだな?お前は自分で自分の悪事を認めたということだ!九条咲耶!」
こっ、こいつぅ……!何ってむかつく奴なんだ!こんな奴は久しぶりだ!
「私にはやましいことなど何一つありません。ですので貴方に監視されなければならない理由もありませんわ!」
「ほう?だったら何故嫌がる?都合が悪くなるからだろう?」
「確かに都合は悪いですわよ!ですがそれは悪事を働くからでも監視されるからでもありませんわ!私には私の都合というものがあります!そのようなことに割く時間などないから都合が悪いと言ってるのです!」
「そんなこととは何だ!これまでの生徒会活動を行ってきた先人全てを馬鹿にする発言だぞ!取り消せ!撤回しろ!」
きーーーっ!こいつのどこが『冷徹王子』なんだよ!もーーーっ!むーかーつーくーっ!
「そのような意味で言っておりません!私には私の都合があり、生徒会活動をしている時間はないと言っているのです。生徒会活動をしたい方がされれば良いでしょう!」
「俺は諦めないぞ!必ず生徒会役員になってもらうからな!」
「絶対にお断りですわ!」
「ぐぬぬっ!」
「ふんっ!」
踵を返した俺は生徒会室から出て行った。あー!もー!むかつく!こんなにむかつくのは久しぶりだ!
確かにゲームの時だって柾と咲耶お嬢様の関係は最悪レベルだったけど、何でここまで目の敵にされなきゃならないんだよ!思い出しただけでも腹が立つ!
「あっ!咲耶様ー!って、あれ?どうされたんですか?何かプリプリされてます?」
「薊ちゃん……、もう!もう!聞いてください!」
五北会サロンの前に行くと薊ちゃんが何故かサロンの前に立っていた。さっきあったことでまだ腸が煮えくり返っている俺は、サロンに入って薊ちゃんと皐月ちゃんに愚痴を聞いてもらって少しすっきりしたのだった。




