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第四百八十三話「体育祭に向けて」


 週が明けて本格的に二学期が始まった。特にこれまでと変わったことはないと言えばその通りだけど、やっぱり初等科の頃や一学期とは何かが違うような気もする。二学期は学校行事が多いから皆の結束が深まる時期でもあるだろう。


「何だか最近錦織君は元気がありませんね」


「「「…………」」」


「そりゃぁ……、咲耶様にあれだけ言われれば……」


「「ねぇ……」」


 ん?俺が何だか最近元気のない錦織の話題を振ると皆ヤレヤレという感じで首を振っていた。俺が錦織に何かしたっけ?そんな覚えはないんだけどな?


「体育祭の出場競技決めで咲耶ちゃんにあれだけ言われたでしょう?」


「それに去年も同じようなことをして同じように怒られたのに、今年もまたやっちゃったからねー」


「あぁ……」


 ようやく何のことかわかった。先週の、始業式の日に体育祭の出場競技決めで、例年通り錦織が勝手に俺を短距離走とリレーにエントリーさせようとしたから止めた件のことか。


 俺が言ったことは至極真っ当だし、あれは錦織が悪いだろう。でもだからって今でもずっと俺が怒っているかと言えばそんなことはない。リレーにはエントリーさせられたけどそれはもうある程度仕方がないと思っていたし、あの時にちょっと強めに注意しただけで今ではそんなこと気にも留めてないんだけどな。


「はぁ……。仕方がありませんね……」


 席を立った俺は錦織の席へと近づいて行った。それなりに明るくてムードメーカーというか、割と男子も女子も分け隔てなくリーダーシップのある錦織が暗いとクラスの空気が悪くなる。別に怒っていないし今後気をつけてくれたらいいと言おうと思って席の前に立った。


「錦織君」


「ん~……?……うわっ!くっ、九条さんっ!?」


 机に顔を突っ伏していた錦織は俺に声をかけられるとノソノソと顔を上げた。そして俺の顔を見るなりずっこけそうなくらい驚いて仰け反っていた。この反応はどういう意味だろうか?この前散々に言った俺を恐れてるということかな?それとも俺に悪いことをしたと思って後ろ暗い気持ちがあるからこうなのか?


「錦織君が最近元気がないのが先週の私の発言のせいだと聞いたので直接お話をしにきました」


「えっ!?あっ、あぁ……、えっと……」


 しどろもどろになって視線を彷徨わせる錦織に構わず俺は言葉を続ける。このまま錦織の反応を待っていても中々話が進まないだろう。だから錦織の心配を取り除いてやればいい。それだけで解決する問題だ。


「あの時は咄嗟だったので少し声を荒げてしまいましたが、決して錦織君に対して怒っていたわけではないのですよ。ですからもちろん今も別に錦織君に対して怒ってなどいません。ただ私が自分で出たい競技があるのに、それを部外者に勝手に決められるのが嫌だっただけなのです。この気持ちはわかっていただけますよね?」


「……うん。そうだね……。ごめん……」


 ふむ……。別に責めるつもりはなかったのに錦織はまた責められたと思ったのかシュンとして俯いた。それだけ錦織も自分勝手な振る舞いをしてしまっているという自覚はあったのだろう。でもそれを止められない。去年も指摘したはずなのに今年もまた暴走しそうになったというのはそういうことだろう。


「錦織君が運動会や体育祭を張り切っていて、クラスのために一番良い配置にしたいという気持ちもわかります。ですが参加者が全員それぞれ楽しめるように、それぞれの希望が最大限尊重されるべきでしょう?今後はあのようなことをしないと言ってくだされば、私も別に怒っているわけでもありませんのでそれでお互いに水に流しましょう。ね?」


「…………」


 すぐに頷くかと思った錦織は少し真剣な表情で机に視線を落としていた。というか何故すぐに頷かない?もしかして来年も同じクラスだったらまた勝手に俺の出場競技を決めようとか思っているのか?だから頷かない?


「俺さ……、九条さんにああ言われてからずっと考えてたんだ……。前にも言われたのにどうしてまた今年もあんなことしちゃったんだろうって……」


「……」


 錦織の言葉に耳を傾ける。本人もわかっていてやってしまった。その理由を自分なりに考えて、ずっと悩んでいたのかもしれない。俺も……、少しだけ錦織の気持ちはわかる。運動会や体育祭で本気で勝ちたいと思っていたら、全競技でベストメンバーを選んでとにかく勝ちに行きたいだろう。


 クラスでそれなりにリーダーシップを発揮している錦織だからこそ、チームの勝利を目指したいし、そのためのベストメンバーを選びたいというのもわからなくはない。実際走る種目で俺に勝てる同級生はいないんだから、俺をそういう場所に配置することを考えるのは当然だ。俺の気持ちさえ無視すれば……。


 でも俺はチームやクラスの勝敗よりも、皆が自分の出たい競技に出て、楽しんだ方が良いと思っている。負けるよりは勝ちたいけど、やっぱり嫌々やらせて勝つよりも、例え負けても皆が楽しめる体育祭に……。


「わかったんだ……。俺さ……、九条さんとリレーや短距離走の練習をしてるのが楽しかったんだよ。だから……、毎年毎年また九条さんとリレーのバトンパスの練習をしたり、短距離走で横で一緒に走ったり、そういうことがしたかったんだって……」


「それは……」


 …………何と答えたらいいんだ?それはつまり俺をペースメーカーとして一緒に走ることで自分の練習に活かしたり、バトンパスの練習相手として丁度良かったということか?


 本当に錦織は走ることが大好きなんだなぁ……。俺にあれだけ言われてもまた同じように言ってしまうくらいに、俺を利用してでも自分の陸上の練習に活かしたいくらい陸上が好きなんだな。


「それだけ一つのことを一途に想えることは素敵なことだと思います。ですが人に迷惑をかけるようなことは駄目です。ね?」


「九条さん……」


 顔を上げた錦織が何かキラキラした目で頬を赤くさせて俺を見上げていた。


 うん……。そんな目で見てもお前と一緒に走ってペースメーカーをしたりはしないぞ?お前がそれだけ陸上に打ち込んでいるのは凄いことだと思うけど、俺は別に陸上に興味ないし一緒に練習してやるつもりもない。だから俺が言ったのは『お前が陸上に打ち込むのは勝手だけど俺まで巻き込んで迷惑をかけるなよ』という意味だ。そこは勘違いしないでもらいたい。


「今年もリレーはチームメイトですから……、リレーの練習はよろしくお願いしますね」


「あっ、ああっ!がっ、頑張ろうね!九条さん!」


 ガタッ!と立ち上がった錦織は鼻息も荒くフンフンと気合十分だった。とりあえず立ち直ったようなので自分の席に戻る。俺のせいで落ち込んでいるとか聞かされたからとりあえず励ましてやったけど、これで来年万が一また錦織と同じクラスになっても、次こそは出場競技を強制的に決めてくるなんてことはしないでくれよ。


「咲耶様ってもしかして錦織のことを……?」


「それはないでしょう……」


「でも今のやり取りはまるで……」


「あれは咲耶ちゃんの無自覚プレイガールでしょうね……」


「「「あ~……」」」


「錦織ご愁傷様……」


 席に戻ると皆がヒソヒソ何か話していたけど、とりあえずクラスには平穏が戻ったようだしよかったよかった。




  ~~~~~~~




 食堂で鬼灯達と顔を合わせても今の話題のトレンドはやっぱり体育祭のことだった。


「へぇ!咲耶っちリレーに出るの?もしかして私と当たるかもね?」


「やはり鬼灯ちゃんもリレーに出られるのですか」


 そう言えば鬼灯や錦織が陸上部で何の種目の練習をしているのかよく知らない。陸上部だからって何でも練習しているわけじゃないだろう。最低限の運動は一通りやってるだろうけど専門的にやっている種目もあるはずだ。長距離と短距離というだけでも使う筋肉や必要な要素というのがまったく違うだろうしね。


「それで鈴蘭ちゃんと花梨ちゃんは何に出られるのですか?」


「……ん。わたしは観戦」


「「「…………」」」


 うん。観戦という競技はないな。


「違うだろ!そんなに体育祭に出たくないのか?」


「……ん。出たくない違う。出ない」


「「「…………」」」


 鈴蘭は筋金入りだな……。勉強は出来るみたいだけど五教科以外は結構ボロボロみたいだし、鈴蘭は頭脳労働派であって肉体労働派ではないらしい。


「えっと……、鈴蘭さんは私と一緒に二人三脚なんです」


「へぇ……」


 何かもう皆あまり興味ないという感じだな。鈴蘭にあまりにやる気がなさ過ぎてちょっとそういう話題を続ける空気ではなくなってしまったようだ。


「ああ!お姉さんも咲耶ちゃんの活躍する姿を見たいわぁ!」


「茅さん……」


 な~んか白々しく聞こえるような気がするんだよなぁ……。もしかして茅さんって俺達が初等科の時にも運動会に勝手に混ざってたんじゃないのかな?もちろん混ざるといっても競技に出るって意味じゃないけど、どこかから勝手に観たりしてなかった?


 杏が実況で勝手に割り込んだりしてたし、あれも茅さんが杏にやらせてたんじゃないのかなぁ?でなきゃいくら卒業生でも杏が勝手にマイクジャックをして放送なんて出来るわけないよな。


「それでは当日は茅さんも一緒に中等科体育祭を楽しみますか?」


「ええ!そうね!約束したわよ!絶対だからね?もう今更嘘とか聞かないからね?あぁ~~!咲耶ちゃんの方からそんなことを言ってくれるなんてお姉さん感激よぉ~~~っ!」


「むぎゅぅ……」


 感激したらしい茅さんが俺を抱き締めてくる。ちょっと制服のボタンとかが硬くて痛いけど、やっぱりこうして年上お姉さんの豊かな胸に抱かれるというのはとても良い。まぁ……、茅さんの胸の膨らみもそろそろ頭打ちなんだろうか?最近はあまり成長しているような気がしない。


「茅さん……、高等科の授業はどうされるのですか?」


「そんなもの学園に言えば出席扱いにしてくれるわ!」


 あ~……、やっぱりな……。今までも学園に掛け合って、いや、脅して、勝手に授業を休んでも出席扱いにさせていたんだろう。初等科の七夕祭で一時間目は出られるからってちゃんと授業に出ていたのは偉いと思ったけど、その代わりにこうして時々勝手に授業を個人的理由で抜けても出席扱いにさせていたに違いない。


 いや、むしろ七夕祭の日だってもしかして出席扱いにさせたのでは?


 何か茅さんの話を聞いているとそんな風にしか思えなくなってくる。中等科の体育祭は平日だし皆普通に授業があるはずだ。この辺りは初等科の運動会との違いかもしれない。まぁうちは初等科の運動会も割りと平日でもやってたけど……。


「そう言えば私達の方から茅さんの学園での催しなどに顔を出したことはありませんでしたね……」


「「「あぁ……」」」


 皆も今更気付いたという感じで頷いていた。七夕祭とか運動会とか、今まで俺達の方で何か行事があると茅さんが関わってくれていた。でも俺達の方から茅さんが体育祭や文化祭をしているからと観に行ったことすらない。これは少し不義理だっただろうか……。


「別に良いのよ。どうせ観に来てもらっても私は別に何かに関わっているわけでもないから。それならその時間を別の有意義なことに使った方が良いわ」


「あはは……」


 う~ん……。それでいいのか?つまり茅さんは自分の青春を全て投げ出して俺達に付き合ってくれているということじゃないだろうか?


 確かに運動会、体育祭、文化祭などつまらないことかもしれない。生徒がすることなんて限られていて、結局は学校や学園が決めた毎年恒例のことを繰り返しているだけかもしれない。だけどその準備の過程でクラスの皆と交流して、打ち解けて、時に意見の衝突もありながらやっていくからこそ青春なんじゃないだろうか?


 茅さんはそういった『本来自分に使うべき時間』を俺達のために使ってくれている。いつも良きお姉さんとして俺達を導き手伝ってくれている。今までは何も考えずにそれに甘えていたけど、それは茅さんにとって良いことなんだろうか?


「茅さんにも……、もっと自分を大切にして、自分の青春を謳歌してもらいたいです」


「――ッ!さっ、咲耶ちゃん!そんなにお姉さんのことを気にかけてくれているのね!」


「むぎゅぅ……」


 一度緩んでいた抱擁がまたギュッときつくなった。茅さんのこういう喜びの表現もちょっと過激なスキンシップじゃないだろうか。嫁入り前のお嬢様がいつまでもこういうのも良くない気がする。


 茅さんも今年で高等科を卒業して来年からは大学生だ。今までは年上の頼れるお姉さんとして甘えてきたけど……、本当にこのままでいいんだろうか?俺は茅さんの人生を縛って台無しにしてしまっていないだろうか?


 俺はどうやったらこの茅さんの献身に応えられるんだろう?



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 安定の錦織と咲耶のやり取りww そして空気な近衛君… [一言] 中学に入ってからは近衛君や鷹司君との絡みが少なくなりましたね 二条君とは学年が違うからしょうがないですが
[一言] これが胸圧展開と言うやつか(違)
[一言] 錦織、可哀想に
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