第四百八十二話「二学期始まる」
今年の夏休みは色々なことがあった。あっという間に過ぎ去った濃い思い出の詰まった夏休みになったけど、それももう終わりだ。
「いってらっしゃいませ、咲耶様」
「いってらっしゃいませ、咲耶お嬢様」
「いってまいります」
椛と柚に見送られてロータリーで車を降りると、久しぶりの中等科の生徒達が『御機嫌よう』『おはようございます』と声をかけてくれた。俺も皆に『御機嫌よう』と応えながら教室へと向かう。
今日は九月一日で二学期の始まりだけど、今年の九月一日は金曜日だから今日が終わったらまたすぐ土日で休みになってしまう。それなら九月四日からスタートでも良いんじゃないかと思ってしまうけど、学校というのは日程が決まっているからその通りにするしかない。
「御機嫌よう、皆さん」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
こういう時はいつも早く来るメンバー達に迎えられて席に着いた。今日はちゃんと全員揃っているようだ。
「あー!今失礼なこと考えてたでしょー?」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
譲葉ちゃんの指摘におほほっと誤魔化す。譲葉ちゃんとしてもこれはもう鉄板ネタというか、お約束なんだろう。皆で暫く話をしていると時間になったので講堂へと移動して始業式の言葉を聞いた。
「初等科だとこのあとは毎年恒例のアレがありましたけど……」
「中等科でもあると思いますよ」
皆で教室に戻りながら初等科では毎年恒例のアレを思い出す。そう……。始業式の後といえばいつも運動会の出場競技決めがあった。中等科も二学期に体育祭が行われる。運動会と体育祭って何が違うんだよって話もあるかもしれないけど、まぁその辺りの細かい定義については今はどうでもいい。それよりも初等科と同じようにこの後のホームルームで競技決めがあるのかどうかが重要だ。
「それに中等科からは文化祭もあるんですよね?」
「「「……」」」
芹ちゃんの言葉に皆が顔を見合わせた。中等科の二学期は体育祭と文化祭が重なって行事だらけだ。準備の日程などを考えたら大丈夫なんだろうかと心配になってしまう。
「文化祭って何するんだろーねー?」
「何となくのイメージしかありませんね……」
「やってみればわかるわよ!」
「「「それはまぁ……」」」
確かに薊ちゃんの言う通りなんだけどそれを言ったら身も蓋もない。とはいえこの後で色々と連絡とか説明もあるだろうから、まずはそれを聞いてからだな。
……あっ!でも体育祭の競技決めについては事前に相談しておきたかったな……。
初等科の時は勝手に俺の出場競技を決められたりして、皆とキャッキャウフフしたかった俺の夢は何度も破られた覚えがある。うまくいって皆と団体競技などに出られた時は事前に対策していた時で、今回みたいに何も考えていなかった時はいつも失敗していた。今更だけど今回も同じ轍を踏んでしまったのではないだろうか?
今更そんなことを考えても仕方がないわけで、あれよあれよという間に教室について席に座っていた。担任の先生が前に立ってあれこれ必要なことを進めていく。
提出物を集めたり、連絡事項を伝達したり、決めなければならないことを決めたり……。
「え~……、それでは体育祭の出場競技を決めたいと思います。配ったプリントに今年度の体育祭の競技が書かれているので、それを見てそれぞれ出場競技を選んでください」
やっぱりあった!体育祭の競技決め!この流れだと……。
「はい!先生!九条さんは短距離走とリレーに……」
「待ってください!」
「「「「「――ッ!?」」」」」
黙れ錦織!今年こそはやらせんぞ!
俺が錦織の言葉に割って入って大きな声を出すとクラス中の視線が俺に突き刺さった。でもそんなこと知ったことか。ここでクラスに注目されるのが~とか言ってたらいつも通りになってしまう。それだけは断固阻止だ!
「毎年毎年、毎年毎年……、どうして錦織君が私の出場競技を勝手に決めるのでしょうか?もういい加減にしてください。私は自分で自分が出場する競技を選ぶ権利もないのですか?何の権利があって錦織君が私の出場競技を決めているのでしょうか?」
「えっ……、いや……、その……、俺は……」
さっきまで自信満々に手を上げていた錦織はしどろもどろになった。でも今年は絶対に譲らない。もういい加減にして欲しい。俺が自分で出たい競技を選んで何が悪い!今年は引き下がるつもりは一切ないぞ!
「九条さんは一番足が速いし……、クラスの作戦として一番良い方法だと思って……」
まだ言うか、こいつは!
「つまり……、その『クラスにとって一番良い作戦』とやらのために、私の意思は一切尊重されず、勝手に出場競技を決められ、クラスのために走らされるのが当然ということでしょうか?」
「そんなつもりは……」
うわぁ……。何か錦織が泣きそうな顔になってきた……。
錦織には鬼灯達のことでお願いも聞いてもらったし、別に人前で泣かせてやろうとか、追い詰めてやろうというつもりはない。だけどいつもいつも、いつもいつもいつも、俺の出場競技を勝手に決めるのはやめてもらいたい。これだけは絶対に譲れないんだ!俺のキャッキャウフフのために!
「錦織君……、私は何も責めるつもりもありませんし、クラスのことをどうでも良いと思っているわけではありませんよ。ですが他人に勝手に決められるのはおかしいでしょう?私が勝手に錦織君の結婚相手を決めたからといって錦織君は黙って従いますか?」
「……そりゃ派閥の長とかに薦められたら他人が勝手に決めても従うしかないんじゃないかな?」
あぁ……、そうですね……。そういう例えを出した俺が悪かったですよ……。確かに俺達の界隈じゃ赤の他人が勝手に人の結婚相手を決めたりもするよね。それは悪うござんした。
近衛家が錦織家とどこかの縁談を勝手に決めても、門流の下っ端である錦織家は近衛家の言うことに従ってその相手と結婚するしかない。そりゃそうだ。世間の常識とは外れてるけど、俺達貴族社会じゃそれが罷り通る。
でもそうじゃない。今は俺がそういう例えをしたからおかしくなってしまったけど、そうじゃないんだよ。体育祭の出場競技くらい俺に自分で決めさせろ!こういうことはあまり言いたくないけど、そもそも錦織家と九条家は派閥も違うし、家格も錦織家の方が下だ。錦織家に強制される謂れはない。
「例えが悪かったのは謝りましょう。結婚の例えについては撤回します。ですが錦織君が私の出場競技を勝手に決めるのはおかしいと思います。違いますか?」
「違いません……」
シュンとした錦織が俯いてしまった。何かこれって俺が悪いみたいじゃないか?でも俺は何も間違ったことは言ってないぞ。
「はいはい。そこまでにしましょう。それではこういうのはどうですか?リレーは代表選抜なので出場競技と言っても他の競技と重複エントリーが可能です。九条さんには希望の競技を一つと、代表でリレーに出てもらうということで」
担任がそう言ったので俺もそこが落としどころかとリレーについては引き受けた。そもそも担任がそう言うまでもなくリレーは重複エントリー可だから皆他の競技にも出ている。どうせこうなるだろうとは思っていたけど、錦織の言うことを黙って聞いていたら俺は恐らく短距離走とリレーのエントリーで終わることになっただろう。それだけは断固阻止しなければならなかった。
「それじゃせんせ~、咲耶様がリレーに出るのは決まりとして他の競技については少し話し合う時間を貰いますね」
「はい。それでは少し時間を取りましょう」
薊ちゃんがそう言うとクラス皆が話し合う時間が取られた。クラスで話し合うといっても全員で議論するわけじゃない。何人かで集まって『何に出る?』とか友達同士で話しているだけだ。あと薊ちゃんは担任の先生に尋ねるんじゃなくて断言していたな……。話し合いの時間を貰うと……。
担任の先生はうまくクラスをコントロールしているように見えるけど、薊ちゃんと担任の力関係は明確だったんじゃないだろうか。話し合う時間をくださいじゃなくて貰うだったもんなぁ……。まぁいいけど……。
「それで咲耶様!どの競技に出られますか?」
「う~ん……。皆さんでというのは難しいですね……」
俺達のグループは人数が多すぎる。一種目に女子ばかりで八人も出る種目というのが難しい。
「全員一緒にというのは無理ですね」
「いつも通り咲耶ちゃんには二種目出てもらうということにしましょう」
「あの……、初等科ではともかく、中等科で勝手にそれはどうなのでしょうか……」
確かに初等科の運動会の時は出場枠に対して生徒の数の方が少なかったから、一部の生徒は複数競技に参加出来ていた。でも中等科の体育祭はまた色々と事情が違うだろう。
「せんせ~!咲耶様はリレーの他に二種目出場してくださるようなのでこちらで二枠いただきますね」
「わかりました。どちらにしろ何人かは複数種目に出てもらわなければならないので、そのうちの一枠は九条さんにお願いしましょう」
またしても薊ちゃんの一言で決まってしまった。錦織に勝手に俺のことを決めるなって言ったけど、薊ちゃんには勝手に決められている。錦織と違って俺が望んでいないことを無理やり決めようとしているわけじゃないからいいんだけど、何か薊ちゃんが頼もしいような、周囲の目が気になるような……。
「これで憂いはありませんね。それではグループは二手に分かれて、咲耶ちゃんには両方に出てもらいましょう」
「どれにしよっかー?」
何かもう決まりのような感じで皆で種目を選び始めた。俺も仕方がないとプリントに目を落としてどんな競技があるのか見ていく。
「この風船運びというのは?」
「あっ!これいいですね!」
「二人一組になってお互いに抱き合って、間に風船を挟んで走るみたいです」
おおっ!どうやら手を使わず、二人で抱き合った間に風船を入れて運んで走るようだ。これは何というか……、良い!考えたやつは天才か!
「ですがこれでは二人でしか楽しめませんね……」
「待って。本番でペアになれるのは確かに一人だけど、練習の時は色々なペアで試せばいいじゃない!これ良いわよ!ね?どうですか?咲耶様!」
「……そうですね。それは良い考えだと思います」
薊ちゃん天才か!練習の時に交代でペアを変えていけばエントリーしたグループの子全員と抱き合える!最高かよ!
「それじゃ一つは風船運びにしましょう!もう一つは?」
「「「う~ん……」」」
風船運びが決まったのは良いけどもう一つが困りものだ。色々と定番のものはあるんだけど……。
「キャタピラ競争……。これにしましょう……」
「皐月ちゃん?」
何か皐月ちゃんの顔がニヤリと悪い笑顔になっている気がする。気のせい……、ではないはずだ。
キャタピラ競争とはダンボールを輪っか状にして、中に二人入って無限軌道のように押して進むらしい。何かこれこそ初等科に向いてそうな子供っぽい競技のような気がするけど、どうやら中等科でこのキャタピラ競争があるようだ。
「それじゃ誰がどれに出るか決めましょう!私は風船運びで咲耶様と組みます!」
「私はキャタピラ競争で」
それぞれ言いだしっぺの薊ちゃんと皐月ちゃんは分かれた。そのあと皆が両方に分かれていく。最終的に決まったのは風船運びが、薊ちゃん、椿ちゃん、譲葉ちゃん、芹ちゃんと俺。キャタピラ競争が皐月ちゃん、茜ちゃん、蓮華ちゃんと俺ということになった。
風船運びは練習の時は交代でやれば良いけど、本番では誰かとペアにならなければならない。俺達のグループが五人だからあとの一人は誰か他からエントリーした子とペアということになる。
「私達が先に出場競技を決めてしまってよかったのでしょうか?」
「いいんですよ!」
う~ん……、いいんだろうか?
結局最初に俺達のグループがエントリーを済ませ、残った枠に他のクラスメイト達が立候補していく形で全てのエントリーが決まった。他の子達は出たい種目の人数が溢れたらじゃんけんとかくじ引きで決めていたのに、俺達だけは最初に他の候補者も聞かずに決めてしまった。何かクラスメイト達に悪い気がするけど薊ちゃんは平気だと言う。
俺は何故か今年も三種目に出ることになり、クラス対抗リレーは初等科より学年数が少ないので各学年男女二名ずつということになっている。男子の代表の一人はもちろん錦織だ。
二学期はすぐに文化祭もあるし、体育祭も初等科の運動会より早く開かれる。今回の出場競技決めで俺達のグループは随分優遇を受けたような気がして申し訳ない気持ちになる。俺達が優遇されてエントリーが決まったのは間違いない。だからせめて結果で応えられるように頑張ろう。




