第四百七十九話「夏休みはたくさん遊ぼう」
夏休みはめまぐるしく動き続ける。家族旅行から帰ってきたかと思ったらすぐに近衛家のパーティーに出なければならなかった。むしろ近衛家のパーティーがあるから家族旅行も日程が詰められていたと言うのが正しいけど……。
パーティーではグループの皆や下級生達と会えたのは良かった。でも同級生はともかく下級生達は一部呼ばれていない子もいたから残念だったと言えばその点だろうか。近衛家のパーティーなんだから招待客を選ぶのが近衛家だというのは仕方がない。俺が誰を呼んでくれとか言うのはお門違いだ。だけどやっぱり全員揃わないというのは何ともモヤモヤしてしまう。
伊吹は生徒会長や柾と何だか喧嘩腰に話してばかりだし、近衛夫妻と別行動で挨拶の半分を受けなければならなかったり、伊吹や槐達許婚候補とダンスさせられたりととにかく大変だった。
そんなパーティーが終わって間もなく、鬼灯達から連絡があって勉強会がしたいとお誘いを受けた。本来ならば上位の家のご令嬢なんてほとんど予定は空いていないだろう。変更しようにもそう簡単に変更出来ないような用事ばかりのはずだ。でも俺は違う。
俺の夏休みの予定の大半は百地流の修行と蕾萌会の夏期講習、それから定期的に開かれているコンサートの練習くらいだ。コンサートの練習は曜日が固定で予定の空いているメンバーが自発的に集まって参加している。これは曜日や日時が決まっているから空けにくいけど、百地流の修行や蕾萌会の夏期講習は予定を変えるのもそう難しくない。
ということですぐに予定を空けて鬼灯達に伝えると向こうもオッケーということで勉強会をすることになった。勉強会といっているけど基本的には夏休みの宿題を解きながら復習をするような感じっぽい。
こちらも皆と勉強会をしているし、どうやらその情報をグループチャットで聞いた鬼灯達も勉強会をしたいと思うようになったようだ。鬼灯達の方は皆それなり以上の成績を取っているから、こちらの三人ほど必死に勉強しなくとも良いだろうけど、こうして皆が勉強に目覚めてくれたのは何だかうれしい。
それに何よりも……、普通の学生の青春といえば、一緒に長期休暇の宿題をしたり、見せ合いっこしたり、そういうものじゃないだろうか?俺もちょっとだけ前世でそういうことをした覚えがある。
もちろん宿題を手抜きするために誰かのものを見せてもらうというものではなかった。ただ友達で集まってカリカリと宿題を解きながら、わからない箇所があったら教えあったりという感じの勉強会だ。鬼灯達もそれと同じことをしようと言っているのだと思う。
「はぁっ!お友達と一緒に夏休みの宿題をするだなんて……、これこそ学生の醍醐味!青春ですわね!」
グループの皆との勉強会は何だか普通に学園や塾の授業のようになってしまっている。あれは何だか少し違う。それに皆で宿題を一緒にしようと思っても、グループの皆はそれぞれ自力で宿題をやってしまっているから誘えない。
確かにグループの皆との勉強会もいいんだけど、皆はやっぱり良いところのご令嬢だからか俺が思っていたような普通の年頃の女の子同士の遊びや接し方と何か違う。その点鬼灯達はもっと普通っぽいというか、庶民的というか、俺が前世から憧れていた普通の女の子同士の遊びのようなものが出来る。
明日の勉強会が楽しみすぎて中々寝付けないまま、俺は暫くベッドの上でゴロゴロしていたのだった。
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鬼灯達との勉強会当日、この日も朝から毎日のルーティーンをこなした後でソワソワと皆の到着を待っていた。百地流の朝練には行ってきたし、午後からの予定は全て空けている。いや……、夜には皆帰るだろうと思って夜の修行は入っているけど……。
ともかく皆を待っていると迎えに行っていた車が戻ってきた。降りてきた鬼灯達を迎え入れてサロンで勉強会をしようと思ったら部屋に通して欲しいと言われて衝撃を受けた。
そうだ……。そうだよ……。やっぱり友達と遊ぶっていったら部屋でだよな?どうして俺はそんな大事なことを忘れていたんだ?記憶を取り戻した頃の俺ならこんな大事なことを忘れていなかったはずだ。それなのに今の俺ときたら……。長年のお嬢様生活のせいで常識を忘れてしまっているらしい。
皆を私室に通して勉強会が始まる。やっぱり全体的に成績が良いだけあって教えるのも簡単だ。薊ちゃん達三人相手だともっと噛み砕いて説明しなければならない所を、細かい部分を省いてわかっている前提で進めてもちゃんとついてきてくれている。
「失礼いたします。咲耶様、奥様がお呼びでございます」
「あら……、そう……。ごめんなさいね皆さん。少し席を外しますね。皆さんは少し休憩しておいてください」
こんなタイミングで母の呼び出しだなんて……、と思ったけど皆にそう言うとどこかほっとしたような表情を浮かべていた。そこでようやく俺はかなりの時間が経過していたことに気付いた。俺のペースで進めているとグループの皆もクタクタになっていることが多い。どうやら今日も休憩を忘れて無理をさせていたようだ。
皆も疲れているようだから、少しゆっくりしておいて欲しいと伝えて俺は部屋を出たのだった。
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母の話はすぐに終わったけど、今までぶっ続けで勉強会をしていたから皆に休んでもらおうと少しゆっくりする。本当なら俺も部屋に戻って一緒におしゃべりでもして休憩したいけど、それだとまだ皆はゆっくり出来ないかもしれない。少しだけ時間を潰してから余裕を持って部屋に戻ってみれば……。
「皆さん、お待たせいたし……、あ……」
「「……あ」」
鬼灯は俺のベッドでゴロゴロしていたらしい。鈴蘭は俺の持ち物チェックなのか箪笥をひっくり返している。ちょっと下着も散らばっているけど……。花梨は席に座ったまま、他の二人はそうして寛いでいた。
「鬼灯さん……、鈴蘭さん……」
「え~……、その~……、これは~……」
「……ん。…………ん」
俺が二人に声をかけると気まずそうに視線を泳がせている。でもいいよ。わかってるから……。全てわかっているから……。
「ええ。ええ……。良いのですよ……。ええ。良いのです。そうですよね?お友達の家に行ったら……、そういうことをするのも普通のことですよね?」
「いや……、あの……」
「……ん。その……」
俺がそう言うと二人とも少しモジモジしていた。そう……。俺は知っている……。お友達同士ならば、お友達の部屋に行ってベッドの上でゴロゴロしたりするのは定番だ!これは……、俺と鬼灯がそれだけ親しい『普通』の!お友達だからこそこうしているということをわかっているぞ!
そして親しい女の子同士は相手の持ち物チェックをしたりするものだ。相手の鞄とか小物をチェックしたり、お揃いの物を買ったり、そういうことをするのが女の子達の友達付き合いなんだろう?知っているさ!
グループの皆はお嬢様育ちの子ばかりだから、こういう『普通』の友達付き合いはあまりしない。悪く言うと少し余所余所しいというか何というか……。お互いに不用意に相手のスペースに入り込まないという暗黙の了解がある。
でも!鬼灯や鈴蘭や花梨は違う!彼女達は、こう言うと悪い意味に勘違いされるかもしれないけど、庶民だ!世間からみれば育ちの良いお嬢さん達だろうけど、俺の周りに居るような子達から比べれば一般庶民と変わらない!その彼女達は一般庶民の『普通』の友達付き合いを普通にしている!
そう!きっと!これこそが!俺が求めていた『普通』の女の子同士によるキャッキャウフフな青春に違いない!
「それで……、花梨は席に座ったままなのですか?」
「え?あの……」
だけど……、一人だけ遠慮して座ったままな子がいる。折角私室に通したというのに、お友達のベッドでゴロゴロも、持ち物チェックも参加していない。
「もっ、申し訳ありません!九条様!私がお二人を止められなかったばかりに……」
「花梨は私と遊びたくないのですか?」
「「「…………え?」」」
花梨は内部生の地下家だから遠慮しているのか?内部生なら五北家と地下家の差は嫌というほど思い知っているはずだもんな……。だから花梨は遠慮して『普通』の女の子同士の遊びをしてくれないのだろうか?
「私は花梨とも遊びたいですよ?それとも吉田家と九条家などということを気にされているのですか?」
「あっ、あにょ……?」
花梨……、こんなに硬くなって……、やっぱり九条家と吉田家という家格を気にしているのか?でももうそんなことを気にする必要はない!俺と花梨が望んでいるのなら!そこにどんな家格の差があったって関係ない!俺達は……、『普通』の……、お友達だ!
「やはり……、普通の女の子同士の遊びといえば……、こうしてキャッキャウフフすることですよね?ね?そういうことなのでしょう?これが……、これが普通の女の子同士の遊び!素晴らしいです!」
「え?きゃぁっ!?」
花梨を抱き寄せて一緒にスマートフォンで撮影する。俺は知っている。SNSなどで『普通』の女の子達はこうして抱き合って、顔を寄せ合って、撮影してアップしたりしている!俺も……、俺達もついにそれが出来る!『普通』の女の子同士のように!
「私も……、私にもついにこういう普通の女の子同士の遊びが……。ふふっ、うふふっ!さぁ!花梨!私と写真を撮りましょう!」
「あっ!ちょっ!九条様!だっ、駄目です!そこはぁっ!あぁ~~~っ!」
花梨と頬をぴったりくっつけて撮影する。今度は抱き合うように胸を寄せ合って……。あるいはまるでキスをするように花梨の顔に唇を寄せる。
あっ……、花梨……、何かフワッと良い匂いがする……。これが女の子の匂いか……。
もう……、もう……、辛抱堪らん!抱き締めたい!なでなでしたい!ペロペロしたい!クンクンしたい!可愛い!小っちゃい!女の子ってどうしてこんなに柔らかいんだ?
先日のパーティーで踊った男共はゴツゴツしていて硬かった。それに比べてこの花梨のぷにぷにと柔らかい感触が堪らない。ずっとこうしていたい。もういっそ同じベッドで抱き締めたまま眠りたい。手触りが癖になるクッションみたいな中毒性がある。
「さぁ花梨!撮りますわよ!」
「くっ、九条様……」
花梨が何やらウルウルした目でこちらを見ている。でもこんなものでまだまだ許すはずがない。
「花梨!九条様ではありません!咲耶と……、咲耶と呼びなさい!」
「そっ、そのような呼び方は出来ません……」
「いいえ、許しません!咲耶と呼ばないのならばもっと……、花梨にもっと凄いことをしてしまいますよ?良いのですね?」
「うっ……、うぅ……」
そう言うと花梨は顔を真っ赤にして唸っていた。ここで急かすと失敗するので、少しだけ猶予を与えて待ってあげる。そうすることで花梨が自分の中で踏ん切りをつけて一歩踏み出してくれるはずだ。
「さっ……、咲耶……、さま……」
う~ん……。様はいらないんだけど……。まぁ今日はここら辺が限界か。
「良いですわよ花梨!さぁ!はいチーズ!」
「さっ、咲耶さまぁ……」
顔を真っ赤にしてキュッと小さく服を摘んでいる花梨が可愛い。俺は暫く鬼灯と鈴蘭の存在も忘れて花梨とツーショット写真を撮りまくっていたのだった。
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昨日はとても素晴らしい一日だった。急遽予定を空けてまで遊んだ甲斐があった。俺はようやく、念願の『普通』の女の子の友達同士による遊びを堪能した!
お嬢様同士のお上品なウフフオホホも良いけど、やっぱり『普通』の女の子同士によるキャッキャウフフも味わいたい。今まではそんな夢が叶うことはないのかと諦めていたというのに、まさか本来なら主人公側に立つはずの鬼灯や鈴蘭と普通のお友達になってあんなことが出来るなんて思ってもみなかった。
今年も山合宿に連れていかれて辛い思いもしたし、近衛家のパーティーで面倒も押し付けられたけど、あれがあっただけでも今年の夏休みはとても素晴らしいものだったと言える。昨日のことを思い出しながらそんなことを考えているとスマートフォンが鳴り響いた。発信者の名前を確認してから電話に出る。
「もしも……」
『あっ!咲耶様!夏休みにお会い出来ないのは寂しいのでお訪ねしてもよろしいでしょうか?』
テンション高いなぁ……。まだ俺何も言ってないのに食い気味だし……。
「えぇ、それでは予定を……」
『あっ!良いですか?ありがとうございます!もう門の前まで来てますから!』
「…………え?」
『咲耶様からお許しをいただいたわ!通しなさいよ!』
電話の向こうで電話の相手……、萩原紫苑が誰かに向かって怒鳴っているのが聞こえてきていた。恐らく門でアポもない者を勝手に通せないとか言われていたんだろう。そして門衛達が連絡してくる前に紫苑が直接俺に電話をかけてきたと……。
遊ぼうと言うのはいいけどさ……。普通萩原家ほどの良い所のご令嬢がアポも取らずにいきなり家の前までくるか?




