第四百七十七話「初めてのお呼ばれ」
「なぁ……、私達って蚊帳の外じゃない?」
「「…………」」
夏休みもお盆を過ぎて残りの日数の方が少なくなってきた頃、藤寮の一室に集まっていた少女達はダラダラと過ごしていた。そんな中でふと漏らした鬼灯の言葉に鈴蘭と花梨は顔を見合わせる。
「それはどういう意味でしょうか?」
「……ん」
何に対してどう蚊帳の外なのか。それがわからないことには鬼灯の言葉に答えようもない。そう思って詳しい説明を求めたが鬼灯はハァッと深い溜息を吐いた。
「どうもこうもないでしょ?何かさぁ……、咲耶っち達は皆で集まって色々してるらしいじゃん?詳しいことは教えてくれないけど何かの練習とか?あと勉強会もしてるって言ってたし、この前は近衛家のパーティーに皆揃って行ったって言ってたよ」
「それは……」
「……ん」
鬼灯の言葉に花梨と鈴蘭は再び顔を見合わせてから頷いた。その話は知っている。咲耶グループの面々は夏休みになっても色々と会っているらしい。会うといっても単純に遊んでいるわけではないようだが、それでも長い夏休みの間に友達と集まっているのは事実だ。
「私達はさぁ……、その何かの練習の何かも教えてもらえないし、勉強会にも呼ばれない。パーティーだって招待されてない。なんかさぁ……、私達って何なんだろうね?」
「「…………」」
鬼灯の言っていることもわかる。何かの秘密の練習というのならそれはそれでいい。だが勉強会というのをしているのならそちらにくらいは呼んでくれてもいいのではないか?自分達は外部生や四組だから止むを得ないかもしれないがパーティーの一つにも呼ばれていない。誰かパーティーに呼んでくれてもいいのではないか?
「わっ、私達もこうして集まって勉強会じゃないですけど……、宿題をしているじゃないですか」
花梨が必死にそう言ってフォローする。鬼灯は夏休みの間も陸上部の練習があり、定期的に学園に行っている。そんな中でもこうして鈴蘭や花梨と集まって一緒に夏休みの宿題をしているのだ。
一般生徒と違って、外部生とはいえ貴族で成績が多少悪くとも問題ない鬼灯と鈴蘭だが、それでも二人だってわざわざ成績を落とそうとは思わない。宿題だってちゃんとしている。花梨も内部生だからとサボったりせずちゃんと真面目に宿題も勉強もしている。
「咲耶っちがさぁ……、私達のことも一緒に呼んでくれたらさ……」
「……ん」
「……」
鬼灯の言葉で何だか寂しい気持ちになった。最初の『蚊帳の外』とはまさにこのことだろう。例えば一緒に宿題をしようとか、一学期の復習の勉強会をしようとか、一言くらい誘ってくれてもいいのではないか?向こうのグループでそうやって集まっているというのに、自分達は声もかけてもらえない。それは何だかとても寂しい。
「もしかして咲耶っちって私達のこと……」
「ちっ、違いますよ!そんなことは絶対にありません!九条様は……、九条様はあれほどの労力も厭わず私達のために奔走してくださいました!」
「「…………」」
花梨の言葉に鬼灯も鈴蘭も押し黙るしかない。それはわかっている。自分達のために無償であれほど動いてくれたのだ。友達と思われていないとか、どうでも良いと思われているとは思っていない。ただ少し寂しくて、少し拗ねるくらいは良いじゃないか。それくらいは思ってしまう。
「あ~あ……、何で私の部屋にはこんなチンチクリンとノーマルの子しか来ないんだ?藤花学園の中等科に入って寮生活になれば、もっと女の子を連れ込んでウハウハだと思ってたのになぁ……」
少しいじけだした鬼灯に花梨は苦笑いしか出来ない。
「……ん。だったら鬼灯のことを『姫王子』と呼んでくれる子を連れ込めばいい。その間にわたしは咲にゃんと親しくなる。わたしは誰でもいいわけじゃない」
「ちょっ!それどういう意味!私だって誰でもいいわけじゃないぞ!咲耶っちと二人っきりの方がいい!」
鬼灯と鈴蘭がいつも通りギャーギャーと騒ぎ始めた。藤寮は空調が効いているが、それでも二人が騒ぎ始めると室温が上がったような気がして暑苦しくなる。
「…………あっ」
「「……ん?」」
そんな二人のやり取りを見ていた花梨が何かに気付いたような顔をして手を打った。二人も争いを止めて花梨の方を見る。
「そう言えば九条様って奥ゆかしい方なので……、あまり無理に何かを誘われたりはしない方でした。こちらからお誘いしないと中々あちらからお誘いくださることはないかもしれません」
「「…………」」
花梨の言葉を聞いて鬼灯と鈴蘭は顔を見合わせた。そして飛び跳ねる。
「それだ!」
「……ん!待ってても仕方ない。こちらからいく」
そうしてすぐにスマートフォンを取り出した鬼灯と鈴蘭は、花梨が何か言う暇もなく咲耶に連絡を取ったのだった。
~~~~~~~
咲耶に連絡してから数日……。忙しい上流階級のお嬢様である咲耶の予定などそう簡単には取れないかと思っていたが、思ったよりもあっさり、そして近い日にすぐに約束が取れた。藤寮で鬼灯、鈴蘭、花梨の三人で待っていると九条家から迎えの車がやってきた。
「どうぞ。お足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」
三人で一緒に車に乗り込む。だがそのあまりの快適さに驚きを隠せない。
「……ん?これが車の中?」
「リムジンってこんな車だったっけ?」
「あはは……」
すでに何度か九条家の車に乗ったことがある花梨は知っていたが、初めてこの車に乗った鬼灯と鈴蘭の反応は当然だろう。九条家の車は特別に改造された車だ。とことんまで乗り心地などを追求された最上級の車に初めて乗れば誰でも驚く。
「あっ、九条家が見えてきましたよ」
「「…………」」
花梨に言われて窓の外を見てみれば……、そこに聳えているのは大豪邸だった。
「……え?これ?」
「……ん。人の住むところと違う」
表の門から美しい庭園の間を通り抜けて豪邸の前へとやってきた。歴史的な古さや価値から言えば鬼灯達の故郷である古都の方が古く価値のあるものが多いかもしれない。だがこの九条邸はただ古いとか、文化的価値があるというだけではない。洋風に例えるならば宮殿だ。
下町のレンガ造りのアパートの方が古くて歴史的価値があるかもしれない。だが例え多少新しくとも巨大で立派な宮殿の方が遥かに価値がある。鬼灯達の受ける衝撃と感覚はまさにそんな感じだった。
「鬼灯ちゃん、鈴蘭ちゃん、花梨ちゃん、ようこそおいでくださいました」
「ふわぁ……」
「……ん」
「御機嫌よう九条様」
家人、メイド達を並べて出迎えてくれた咲耶の姿にクラクラしてしまう。あまりに絵になりすぎている。左右に大勢の執事やメイドを従え、気品溢れる所作で優雅に出迎えてくれる。それはまるで高名な画家が描いた宗教画のような神々しさだった。
「暑いでしょう?さぁ、こちらへ」
夏の日差しを避けるために屋敷の中へと案内された。中も豪華でありながら嫌味な成金趣味ということもなくとても落ち着いている。だが調度品はどれも最上級のものばかりであり、ほんの些細な物一つとっても鬼灯や鈴蘭の家が買えてしまうのではないかと思えるような品ばかりだった。
「咲耶っちってやっぱりお嬢様だったんだ……」
「……ん。思ってたよりずっと凄い」
鬼灯と鈴蘭はヒソヒソとそんな話をする。九条家のご令嬢ということはわかっているつもりだった。学園などでもその所作などから圧倒的なお嬢様であることは理解しているつもりだった。だがわかっていなかった。そんなレベルではなかったのだ。この方こそがまさにお嬢様の中のお嬢様と呼ぶに相応しい人物だ。それを改めて理解させられた。
故郷の地方貴族達もそれなりに凄い。押小路家などはあと少しで堂上家入り出来る地位にまで昇っていた。財力や影響力でいえば下手な堂上家よりも上だという自負もあっただろう。だが本物の上流階級はレベルが違う。地方で粋がっていた貴族達などこれを見せられたら自分達がいかに小物であったのか思い知って赤面することだろう。
「お勉強会をしたいということでしたので、サロンでお茶をしながらお勉強会にしましょうか」
ニッコリ笑ってそう言う咲耶の笑顔が眩しい。制服とは違い上品な服に身を包んでいる咲耶を前にするとついつい『咲耶様』とか『咲耶お姉様』と無意識に呼んでしまいそうになる。だがここで負けるわけにはいかないのだ。
「そっ、それじゃ駄目だよ。やっぱり友達同士なら咲耶っちの部屋で勉強しようよ」
「……ん。私達も寮の部屋を見せた。今度は咲にゃんの番」
「…………」
そう言われて咲耶はキョトンとした顔をしてパチパチと目をしばたかせた。しかしすぐに表情をパァッ!と明るくして鬼灯達の手を取った。
「そうですね!やはりお友達をお招きしたらお部屋にお通しするものですよね!それでは私の部屋へ行きましょう!」
何がうれしいのか、しきりに『それが普通』とか『これこそが青春』とかブツブツと言っている。だが咲耶がどういうつもりかはどうでも良い。鬼灯と鈴蘭はしめしめと思いながら悪い笑顔を浮かべていた。これから咲耶の部屋に入れる。私室に入れば……。
もしかしたらうっかり日ごろ咲耶が使っているベッドに倒れ込んでしまうかもしれない。着替えの私服や下着を見つけてしまうかもしれない。咲耶の部屋の香りを堪能し、日ごろ咲耶が使っている物に触れ、休憩中に遊びで一緒に寝転がるかもしれない。
そう……、そういう事故やアクシデントが起こってもおかしくないはずだ。あくまで事故として!アクシデントとして!
「うへへ。咲耶お姉様と一緒にベッドに……」
「……ん。事故で咲にゃんの下着を見つけてしまうかもしれない」
二人が悪い顔になっていることに気付いているが花梨も二人に突っ込んでいられる余裕はない。花梨も私室に通されるのは初めてだ。九条咲耶様の私室に通される。それがどういうことなのか。自分のような者がそのような場所に通されて良いものか。
そうは思うが、だからといって辞退しようという気にはなれない。それどころか是非自分も咲耶様の私室に入りたいと思っている。いくらいけないことだと思っていても、この気持ちはもう止められない。
「それでは皆さんどうぞ」
「「「おお~~~……」」」
「ここが……」
「……咲にゃんの部屋」
「凄い……」
通された部屋は洋風な部屋だった。九条家のお姫様の部屋と聞くと和室を想像していたが、この屋敷も含めて九条家は和洋折衷をうまく取り入れている。
屋敷全体も和風ではあるが、うまく洋風も取り入れ使いやすさを重視しているのがわかる。見た目だけ重視して住む人間や使う人間のことを考えていない家を建てる者もいるが、九条家は見た目や歴史を重んじるだけではなく、その中に良い物は良いとして、取り入れるべきは取り入れるべきものとして活用している。
「天蓋付きのベッドで寝てる人って本当に居たんだ……」
「……ん。まさにお姫様の部屋……」
「九条様はいつもこのお部屋で……」
三人は『ほー』『へー』『おー』と無遠慮に部屋を見ていく。咲耶は苦笑しながらもそれを強い言葉で止めたりはしない。
「あまり見ないでくださいね。恥ずかしいので」
「何も恥ずかしいことはないよ!」
「……ん。うちの家全体よりこの部屋一部屋の方が凄い」
「まるで物語に出てくるお姫様のお部屋そのもののようです」
三人は暫く咲耶の部屋を見て回った。もちろん箪笥を開けて下着を漁ったりはしない。あくまで表面的な部分を観察するに留める。後で下着を漁ったり、ベッドに入り込んだりしようとは企んでいるが、最初からいきなりそんなことをするほど鬼灯達も馬鹿ではない。徐々に、咲耶の警戒心を解いていき、最後に一気に襲い掛かる。その手順を飛ばしていきなり暴走する奴は三下だ。
「それではそろそろお勉強会を始めましょうか」
「「「……あ、はい」」」
もっと色々と調べたいとは思うが、今日は建前上お勉強会ということで集まっている。このままお勉強会をせずに遊んでいるわけにもいかないので三人は席に着いて勉強を始めた。
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「咲耶っち真面目すぎる!」
「……ん!予定と違う!」
「まぁこれはこれでちゃんとためになっていますし……」
三人にとっては勉強会というのは建前で、実際には咲耶と遊びたいからそう言っただけだった。他のグループの子達と何かの練習や勉強会と称して顔を合わせていると聞いたので、だったら自分達も勉強会だと言えば会ってもらえると思ったからだ。
確かに会ってもらえた。そこまでは良い。だが……、咲耶が真面目すぎた。
今日勉強会が始まってから、まるで咲耶が先生になったかのように授業を行っている。三人はそれを聞かされて勉強させられる生徒だ。
咲耶の授業はわかりやすい。学園の授業や塾の先生や講師よりも遥かにわかりやすく、丁寧に教えてくれている。元々成績の良い鈴蘭や、そこそこの花梨、並程度は取れている鬼灯なら咲耶の授業も程よくとてもためになる。だがそうじゃない。そうじゃないと叫びたい。本当に勉強をするために来たのではないのだ。
どうにかして野望を、いや、欲望を満たしたい。常にそのチャンスを狙っているが中々そのチャンスが来ないまま時間だけが過ぎていく。果たして鬼灯と鈴蘭と花梨はその欲望を満たすことが出来るのか。気持ちばかり焦る中で勉強会は進んでいた。




