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第四百七十四話「日本の夏 百地流の夏」


 とりあえず帰ってから合宿の準備か……。


「それでいつから行かれるのでしょうか?」


「今からに決まっておろう?」


「…………は?」


 いや……、ちょっと待って欲しい。俺はまだ終業式が終わって帰る途中だぞ?通知表も持ったままで両親にも見せていないし、今は道場で修行だと思って着替えたけど帰りの着替えは制服のままだ。山合宿に行くような持ち物も着替えも持ち合わせていない。


「いや……、あの……、私はまだ通知表を両親にお見せしてもいないのですが……。着替えも荷物もありませんし……」


「山篭りのために必要な物は全てご用意してあります。通知表やお知らせなどは私が奥様と旦那様にお渡しいたします」


 も~み~じぃ~……、裏切ったなぁ!


 駄目だ……。これはもう完全に今から合宿に行く流れになっている。恐らく両親にももう許可は取ってあるんだろう。今更俺がとやかく言っても外堀も内堀も全て埋められているに違いない。


「それではゆくぞ」


「…………はい」


 こうして俺は終業式が終わったその足で師匠と一緒に山合宿に行くことになったのだった。




  ~~~~~~~




 師匠と一緒に山へとやってきた。この山は何度も来たことがある馴染みの山だ。山に馴染みとか色々とおかしいような気がするけどもう気にしない。気にしていたら負けだ。


「え~……、それで今回の合宿の目的というか目標は何でしょうか?」


「うむ。まず咲耶にはこれを会得してもらう!」


「こっ、これはっ!?…………卵?」


 師匠が取り出したのは何の変哲もなさそうな普通の卵だった。特にこれといって何かあるようには思えない。普通にスーパーなどでも売っている鶏卵だと思う。


「これを一体どうするのでしょうか?」


「卵をブロックの上に置き、卵を割ることなくブロックを割るのじゃ!」


「ええぇぇっ!?」


 そんなことが出来るのか?出来るわけないよな?いくら師匠でもそれはないでしょ?


「やってみよ」


「えっ!?いっ、いきなりですか?」


 師匠が無造作にブロックの上に卵を置いた。俺はその前に立たされる。師匠の方を見てもさっさとやれとばかりに顎をしゃくられるだけで何のアドバイス一つもない。いきなりやれと言われても何をどうすればいいのかすらわからない。わからないからとりあえず言われた通りに殴る。


「仕方がありません……。すぅ……、はぁ……。やぁっ!」


 バキッ!という音と共にブロックが真っ二つに割れる。ついでに拳には黄色い液体がべっちょりだった。見事に卵は粉々に割れ、ブロックと一緒に地面にぶちまけられている。……うん。こんなもん出来るか!


「師匠!こんなこと出来るはずがありません!」


「出来んと思うから出来んのだ!ああ、それから、その卵は咲耶の今日の晩飯じゃ。失敗する毎に飯が減ると思え」


「えええぇぇっ!?」


 この師匠横暴すぎませんか?そもそも俺は今日終業式が終わってそのまま来たからお昼ご飯すら食べてないんですけど?それなのに夜のおかずがこの卵で、しかも失敗したからなし?それはいくら何でも許容出来ない。育ち盛りの俺にそんな常軌を逸した食事制限をするなんて虐待だ!


「それでは師匠。是非師匠がお手本をお見せください。もちろん失敗したら師匠の食事から卵が減るのですよね?」


「うっ……、む……。まっ、まぁよかろう……。そこで見ておれ」


 一瞬怯んだ表情をした師匠だったけど、あっさり引き受けて新しいブロックを置き、その上に卵を乗せた。精神集中して呼吸を整えて……。


「るォォォォ!」


「おおっ!?」


 呼吸を整えた師匠がブロックの上に置かれた卵に向かって拳を振り下ろす。メメタァ!という擬音が飛び出しブロックが割れる。ドグチァッ!と卵の中身がぶちまけられた。


「…………」


「…………」


 師匠は拳を振り下ろした姿勢のまま止まっていた。きっと残心なんだろう……。


「…………」


「…………」


 俺と師匠の間に微妙な空気が流れている。これは一体どうすればいいんだ?もしかして師匠なら出来るのかと思ったけど、どうやらそもそも師匠でも出来ないことだったらしい。それなら何故俺にやらせようと思ったのか小一時間くらい問い詰めたい。


「やはり卵では無理があったか……。食べ物で遊んではいかんぞ。この訓練はこれでお終いじゃ」


「あっ、はい……」


 サラッとそう言う師匠に何も言えなくて黙って頷くことしか出来なかった。このやり取りは師匠なりの冗談だったのかな?




  ~~~~~~~




 昨日は終業式が終わってから山まで移動してきたからそれだけで結構良い時間になっていた。あとあの卵の遊びがあったから修行している時間はほとんどなく、野営するための時間で一日が潰れた。今日からようやく本格的な修行が始まる。


「朝の滝行は終わったな?それでは本格的な修行を始める」


「はいっ!」


 七月といっても朝の山の中はかなりひんやりしている。山の水も冷たくて夏でも滝行は辛い。凍えそうなほど寒いのを我慢して朝の滝行を終えると早速修行が始まった。


「このように瓦を重ね、上から殴る。上の瓦を割らずに下の瓦が割れれば合格じゃ」


「師匠……?」


 それ昨日やって失敗したやつじゃないですかね?昨日出来なかったのに出来るわけないじゃないですかやだぁ。


「ふむ……。どうやら出来るわけないと思っておるようじゃな……。では見ておくがよい!はぁっ!」


 師匠が上から拳を落とした。どうせ瓦が二枚とも割れて終わりだろう。そう思っていたのに……。


「…………えっ!?」


 師匠の拳が当たっても上の瓦は割れず、でもパキッ!という何かが割れた音は聞こえた。拳をどけて上の瓦をどけると下の瓦だけ割れていた。え……?マジで?


「卵は少々難しかったが瓦二枚なら咲耶でも出来よう。この技は百地流に伝わる『鎧抜き』と呼ばれる技じゃ。山篭り中の目標は二つ。『鎧抜き』を体得すること。そしてもう一つは猪に勝つこと。よいな?」


「…………えぇっ!?猪に勝つとか無理でしょう!?」


 このクレイジーニンジャは何を言っているんだ?人間が素手で猪に勝てるわけがないだろうが!猪は豚さんのようなものだと思って侮ったら駄目なんだぞ!猪は危険な猛獣だということを理解していない現代人が多すぎる!


「それでは始めるぞ!」


「ひぇっ!」


 問答無用とばかりに物凄い威圧を発した師匠に何も言えなくなり、俺はその二つの目標を達成することを目指して山合宿に励むことになったのだった。




  ~~~~~~~




「あ~~~……」


「う~~~……」


「お~~~……」


 山道を歩いていると勝手に声が漏れてしまう。辛い……。山合宿が始まって早五日……。もう帰りたい……。何の装備もなしに山で野営するだけで日々体力と精神力がガリガリと削られていく。まともに食べる物もなく自給自足し、体力の限界まで修行に打ち込む。


 それなのに夜も野ざらしだからゆっくり休めず、少し物音がするだけでも気が張って目が覚める。師匠が傍にいるから安心安全などということはなく、野犬や猪が近くに来ていても師匠は俺の面倒までみてくれない。


 毎日体力の限界まで修行をしているというのに、夜もゆっくり休めないからどんどん体力が下がっていく。それなのに修行が楽になることはなく、精神がささくれだち参ってくる。常にイライラしていて落ち着かない。


「今日の確認じゃ。鎧抜きを見せてみよ」


「……はい」


 師匠に言われてのそのそと瓦の準備をする。ここの所毎日一回この瓦割をさせられている。当然俺が殴ったら二枚とも瓦がぱっくり割れて終わりだ。下だけ割るなんて出来るわけがない。そもそも師匠が下だけ割ったのも最初の一回だけだった。もしかしてあれも何かトリックがあって本当はそんな技ないんじゃないのか?


「はぁっ!」


「…………」


 瓦を殴るとぱっくりと二枚とも割れた。下だけ割るなんて出来るわけがない。


「ふむ……。今日から二日間一人で森で生き抜け。わしは離れる。食料もない。自分の力だけでどうにかせよ」


「え……?あっ!」


 俺が何か言うよりも早く師匠は森へと消えていった。ちょっと待て!食料もなし。師匠もなしで俺一人でこの森で生きていけっていうのか?そんな……、そんなこと……。




  ~~~~~~~




「あ~~~……」


 もうあまり声も出ない。腹が空きすぎてお腹と背中がくっつきそうというのはこういうものかとぼんやり考える。夜もほとんど眠れないし、食事も満足に摂れていない。そのせいか思考もまとまらずぼんやりしていることが多くなった。これは本格的にやばいかもしれない。俺はここで死ぬのか?


 山合宿に来てから今日で七日目だ。師匠がいなくなってから二日目となる。もう限界だ……。思考も定まらないし、体力も限界に達している。修行にも身が入っていないし、これなら道場で修業している方がよほど身になっていると思う。


「まぁ……、もういいか……」


 ぐちぐち考えることすら面倒になって思考を放棄する。最初のうちは精神がささくれだったり、イライラしたりしていた。でも今はもうそんな感情すらない。まるで自分がここにいないかのように周囲に溶け込み、ただあるがままに、流れるままにそこに立っている。


「日課を……」


 ゆらゆらといつも通りに瓦を二枚重ねて置く。一日一回はこの鎧抜きの練習を行う。他にも修行項目はあるけど、とりあえず毎日一回はこれをやれと言われている。どうせ今日も二枚とも割れるだろうけど、やれと言われているならやるしかない。


「すぅ~~~……、はぁ~~~……、ふんっ!」


 上から拳を叩き込む。とはいえ全力で振り抜いたら二枚とも割れてしまう。インパクトの瞬間に衝撃を『ずらす』ように上の瓦に拳を当てた。すると……。


「……え?」


 確かにパキッ!と硬い物が割れたような音が聞こえたというのに上の瓦はまったく割れていなかった。そっと上の瓦をどけると下の瓦が真っ二つに割れて落ちる。


「せっ……、成功した?」


「うむ。よくやった」


「うわきゃっ!?しっ、師匠!?いつからそこに……」


 急に師匠に声をかけられて驚いて飛び上がった。こんな森の中で二日も一人ぼっちで放置されて、久しぶりに人の声を聞いたら驚くなという方が無理な話だ。


「山篭りの間に見事鎧抜きを体得したようじゃな」


「あっ……、はいっ!」


 師匠がフッと笑ってくれた。こうやって師匠が素直に褒めてくれるから……、ついつい無理をしてでももっと頑張ろうと思ってしまう。師匠は本当にずるい。


「わしも出来るようになったぞ」


「……はい?」


 俺が見ている前で、師匠はまたブロックの上に卵を置いた。え?まさか……。


「ほぉぉぉっ!チェェイ!」


「――ッ!」


 師匠がブロックの上の卵を殴るとブロックは真っ二つに割れた。でも卵は割れることなく、割れたブロックと一緒に落下し始める。落ちたら割れてしまうから落下の途中で師匠が卵をキャッチして確認してみれば、やっぱり綺麗なまま割れていなかった。


「どうじゃ?やれば出来るじゃろう?」


「はは……」


 このクレイジーニンジャ、人間じゃねぇ!人間にこんなこと出来るはずがない!何か俺にもやれって目が言ってるような気がするけど出来るわけがない!


「まぁ今回は鎧抜きが出来るようになっただけで良いじゃろう。この技は本来鎧を着込んだ相手に、鎧の上からダメージを与えるための技じゃ。しっかり覚えておくと良い」


「はい」


 出来たといっても一回たまたま出来ただけだ。偶然ということもあるだろうし、今一回出来てもすぐに出来なくなってしまう可能性もある。今のうちにすぐに反復練習あるのみだろう。


「あとは猪に勝つだけじゃな」


「…………は?」




  ~~~~~~~




「むりーーーーーっ!」


 プギーッ!と怒りの声を上げている猪に追いかけられる。森の中を必死に走って逃げているけど猪と俺じゃ脚力が違いすぎる。逃げ切れるかどうかは運次第だ。


「無理と思うから無理なのじゃ!逃げずに戦え!」


「素手で猪に勝つ女子中学生とか人間じゃないでしょーーーう!」


 結局今回の山合宿でも猪に勝つことは出来ず、師匠がわざと怒らせた猪に何度も追いかけられつつ、命からがら逃げ延びた。


 終業式が終わったかと思ったらそのまま連れていかれた山合宿は、一週間以上の日程をようやく終えて、俺は久しぶりに家に帰ることが出来たのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] この技はまさか・・・通背拳! 師匠なら東林寺でヨーセン道士に修行を受けてたりしそうである。
[一言] 鎧抜きを応用したら卵を割らずに一撃で黄身だけ破裂させれたりしそう
[一言] 大丈夫、「NINJA」の極意は「車毎三体に分身する」事だからWWW ···後、飯喰って映画視て寝れば良くね?(コンクリート抉ったり、拳で巨大な岩塊を粉砕したり、爆発の衝撃を発勁で掻き消した…
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