第四百七十三話「不正疑惑」
「おう!咲耶!」
「やぁ九条さん、おはよう」
「これは……、御機嫌よう、近衛様、鷹司様」
皆で張り出された順位を見ていると伊吹と槐がやってきた。俺はあまり成績順位に興味はなかったけど、皆は見に来るくらいには興味があるのかな?
俺だって咲耶お嬢様として最低限取らなければならない成績というのはあると思っている。エスカレーター式に進級、卒業出来るからいいじゃないかとは思わない。でも少し前まで初等科で成績もあまり気にしていなかったせいかそんなに重要と思えないというか、気にしていなかったというか……。
でも同級生の皆はやっぱり何だかんだで成績も気になるものなんだろう。一度社会人になって、テストの結果がどうこうなんて大して役に立たないと身に染みている俺は皆と少々感性が違うのかもしれない。
「ふっふ~ん。俺様の成績でも見に来たのか?上の方を探せばすぐにあると思うぞ!お?あったあった!四位か!まぁまぁだな!」
何か伊吹が一人でこちらに聞こえよがしに言っている。でも俺は伊吹の成績には興味がないし正直どうでもいい。そもそも皐月ちゃんの方が上だし……。
「僕は五位だね。それにしても九条さんと西園寺さんはすごいね」
「あ?何を言って……、はぁっ!?千点!?」
いつもの胡散臭い上辺だけの笑顔で槐がそう言うと伊吹はようやく自分の上の面子と点数を確認したらしい。二位の子は親しくない子だけど、一位が俺で三位が皐月ちゃんだからな。四位伊吹、五位槐と続いているけど、自分の四位をこれみよがしに自慢していた伊吹は恥ずかしすぎるだろう。
「こっ、こんなのおかしいだろう!何かしてなければこんな点数が取れるはずが、あっ……」
「「「…………」」」
伊吹の言葉と、周囲に居た生徒達の視線が俺に突き刺さる。伊吹が大々的に俺の不正を疑ったために他の生徒達もヒソヒソと言い始めた。そりゃ近衛家の御曹司が『九条咲耶はカンニングをしていたぞ』と大々的に言い触らせばこうなるだろう。
カンニングというのは何もヒントになるような資料を持っていくことだけじゃない。事前にテスト問題を知って、その答えを丸暗記していってもカンニングだ。そして普通に考えたらそれくらいしないと中間、期末でオール満点なんて取れるとは思えない。伊吹はそう言っている。
俺も伊吹の言いたいことはわからなくはない。俺だって前世といい、今生といい、二回も学生生活をしていればそうそう満点ばかり取れるはずがないことを理解している。でも俺はもちろん不正なんてしていない。ほぼ満点が取れるくらいに勉強を頑張った結果だ。
「近衛様……、そう言われるのでしたら、もちろんそれ相応の根拠や証拠はおありなのですよね?まさか根拠も証拠もなく、感情だけで私が不正を働いていたと言われているのですか?」
「うっ……、いや、その、それは……」
俺がジロリと睨むと伊吹は視線が泳いでいた。俺は不正なんてしていないんだからその証拠なんてあるはずもない。伊吹が証拠を掴んでいてそんなことを言ったなどということはあり得ない。だから伊吹がこの場で勘違いだったと一言訂正すれば済む話だ。それなのに……。
「――ッ!」
「あっ!ちょっ!伊吹!」
伊吹はギリリと歯軋りしてから走って去っていった。槐がその後を追って向こうへと消える。それにしても……。
「最悪なことになりましたね……」
「どうしていつもこんなに面倒事ばかり起こせるのか……」
「それは咲耶ちゃんを貶めるためにわざとやっているからでしょう」
「だよねー」
「そうとしか思えないことばかりしでかしてくれますね……」
伊吹達が立ち去った後皆はそう言ってから俺を慰めてくれた。でももう手遅れだ。これだけの人の目があるところで近衛伊吹が九条咲耶の不正を糾弾した。そういう形で噂はあっという間に広まる。
元々悪役令嬢として評判の悪い俺が、近衛家の御曹司に公衆の面前であんなことを言われて糾弾されたとあっては、もう誰も俺の言うことなんて信じてくれないだろう。本当に伊吹は俺に対して嫌がらせばかりしてくる……。
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どうせ学園中でヒソヒソ言われて、今後ずっと不正を疑われる。そう思っていた。思っていたけど……。
「九条様!私達はあんな噂なんて信じてませんから!」
「むしろあんな噂を信じている人なんて誰もいませんよ!」
「近衛様って本当にひどい人ですよね!」
「皆さん……、ありがとう」
お昼に皆で食堂に来るとそんな声を皆がかけてくれた。どうやら朝の一件は中等科で結構な噂になっているみたいだけど、少なくとも俺にこう言ってくれる子が結構いるということはわかった。その気持ちだけでも俺は随分救われた気になった。
「まぁ……、咲耶ちゃんと同じクラスになったことがある人は皆咲耶ちゃんがカンニングするまでもなく高得点だと知ってますしね」
「授業でも全部すぐ答えちゃうんだからわかってるよね」
「四組でもちょっと噂になってたよ。でも……、四組はちょっと雰囲気が違うかな……」
「……ん。四組は陰湿」
鬼灯の言葉に鈴蘭も頷いていた。
「どういうことでしょうか?」
「四組は貴族以外の一般外部生もいるからさ……。成績が重要なんだよ。それなのに上位陣のほとんどが内部生でしょ?もともと不満というか、不正じゃないかって言ってる人もちらほら居たんだよ。それが今朝の噂で一気にやっぱり!って話になったみたい」
「「「あ~……」」」
皆も鬼灯の話を聞いて納得とばかりに頷いていた。外部生の中でも貴族の子女は家柄とかで選ばれる子も多い。外部生でも押小路家の子なら成績が悪くても入学出来るだろう。それに比べて一般生徒達は成績が命だ。難関の受験を潜り抜けて入学しても、在学中はずっと成績をキープしていなければならない。
エスカレーターでほぼ安泰な内部生と違って、外部生は留年や退学が十分にあり得る。だから外部生にとっては成績は重要だ。それなのにその成績も上位者が内部生で占められていたら不正だ、カンニングだと騒ぐ人がいてもおかしくはない。
「もちろん四組って言っても皆が皆じゃないよ。成績を重視している一部の子だけだから。咲耶っちもそんなに気にしない方がいいよ」
「……ん!皆咲にゃんのこと信じてる」
「ありがとうございます」
二人にそう言ってもらえるだけでもうれしい。ゲームの咲耶お嬢様は成績が壊滅的だからこういうイベントはなかったけど、下手に満点を取りすぎるのもよくないみたいだな……。まさかこんな落とし穴があるとは思わなかった。でも今更点数を落としたらそれこそ不正をやめたからだとか言われそうだし、もうこのまま満点街道を突っ走るしかないか。
「四組の内部生も九条様が不正をしたなんて思っている子はいませんよ」
「ありがとう花梨ちゃん」
「それにしても鬼灯や花梨がこんなに点数が良いなんて聞いてないわよ!この裏切り者!」
暗い話題になりがちだと思ったのか、薊ちゃんが話題を変えようとそんなことを言ってくれた。皆からドッと笑いが起こる。
「薊ちゃんは全教科ギリギリだったもんねー!」
「譲葉だって大して変わらないじゃない!」
「えー?違うよー?私はちゃんと赤点を免れてるよー」
「どちらも五十歩百歩です。次のテストでは咲耶ちゃんのグループとして恥ずかしくない点数をちゃんと取れるように頑張ってもらいますからね」
「えー!」
「さっ、皐月……」
「「「あははっ!」」」
三人の掛け合いが面白くて皆で笑い合う。あぁ、こういうのはいいなぁ……。暗い話題になるよりも、こうして皆で馬鹿話をして笑い合える方がずっといい。
ちなみに今日はテストの点数と順位が全員に配られているので、表の成績上位者以外の全員の順位もわかる。本来は人に見せるものではないだろうけど、俺達のグループの皆は見せ合いっこをしていた。
五位までは前述通り。そして十位以下二十位以上の知り合いが芹ちゃん、鈴蘭、柾の順となっている。さらにその下で結構高順位なのが椿ちゃんと花梨だ。この二人ももしかしたら頑張れば二十位以内も狙えるかもしれない。そして良くも悪くもない普通の成績なのが鬼灯、蓮華ちゃん、あと男で錦織柳がその下に入っている。
かなり点数は悪いけど赤点というほどではない位置にいるのが譲葉ちゃんと、紫苑もこの位置にいる。その下が……、科目によって得意不得意の違いがあるからどっちの方が上か下かわかりにくいほぼ同率なのが薊ちゃんと茜ちゃんだ。
正直今回は俺達とテスト勉強をして、予想問題がかなり当たってのこの点数……。二人ともほとんど赤点ギリギリばかりだった。もし今回テスト勉強をしていなかったらどうなっていたかと思うとめまいがしてくる。
「夏休みは勉強のチャンスです。薊ちゃん、茜ちゃん、譲葉ちゃんはみっちり勉強をさせますのでそのつもりで」
「「「えーっ!?」」」
「私までー!?」
譲葉ちゃんは驚いた表情をしている。でも当然だろう。何度も言っている通り、今回は直前にテスト対策をして、ヤマを張った予想問題がかなり当たっていた。それでもこの点数だ。これはその場しのぎのテスト対策だけしていても駄目だということがはっきりした。
テスト対策の予想問題だけでどうにかなるのは、基本的には授業をきちんと理解出来ている場合だけだろう。そもそも授業が理解出来ていないのに、予想問題だけ解いていても意味がない。あくまで授業内容が理解出来た上で、さらにテスト向けにテスト対策や予想問題をやってこそ意味がある。元々の授業内容がわかっていなければ予想問題をやらせても意味がない。
「私もお邪魔していいですか?」
「あっ!私も!」
「咲耶ちゃん……、夏休みに一緒に復習しましょう?」
成績上位組の子達もそんなことを言ってきた。どうやら皆勉強の楽しさに目覚めたらしい。俺も前世では勉強なんて受験のためだけにしていたし苦痛でしかないと思っていた。だけど今生になってから案外勉強も嫌いじゃない。
前世でもっとちゃんと勉強しておけばよかったとか思ったし、ただ詰め込んでいた勉強をもっと噛み砕いて学んでいるうちに楽しくなってきていた。だから皆も勉強が楽しいと思ってくれれば成績なんてすぐに伸びると思う。知らなかったことを知るというのは楽しい。出来なかったことが出来るようになるというのは楽しい。
「皆さんも勉強の楽しさに目覚められたのですね!是非夏休みの間に一緒にお勉強しましょう!」
「ええ!是非!」
「咲耶ちゃんとじっくりお勉強しましょう!」
「咲耶ちゃんに教えていただきたいわ。ええ、色々と……、ね」
皆がニコニコとそう言ってくれる。皆勉強の楽しさに目覚めてくれたんだ。これなら咲耶お嬢様グループの皆の成績が悪いなんて言われることもなくなりそうだな。よかったよかった。
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もう最後の週ともなれば授業にも身が入っておらず、皆もう夏休みのような気分でダラダラと過ごしていた。期末試験が終わったらやっぱりこうなってしまうものなのか……。でも今やってる部分も無関係なわけじゃなくて、勉強というのは連続しているから今後の授業やテストにも関わってくるんだけど、やっぱり普通の学生だとこうなってしまうのも止むを得ないか。
そんな気の抜けた授業が何日か続いて、ついに中等科一年生の一学期が終わってしまった。終業式の後に通知表を受け取って一学期が終わった。中等科になって外部生が入ったことや、色々な事件があった。濃い一学期だったけど振り返ってみれば案外あっという間に終わってしまったような気もする。
「咲耶様!帰りましょう!」
「ええ、そうね。帰りましょう」
今日は五北会にも寄らない。通知表は五段階評価でオール五だった。ペーパーテストもほぼ満点。提出物もきちんと出して授業態度も良好だったと自負している。これで五評価じゃなかったら抗議に行く所だ。成績も両親に見せられる成績を修めることが出来たし、今日は上機嫌で帰れるな!
「えええぇぇぇ~~~~~っ!?」
「何を驚くことがある?今までも何度も行ったであろう?」
今日は終業式で早く帰れたし、成績も満足のいくものでルンルン気分で帰ってきたというのに、帰りに寄った百地流の道場で俺は絶叫していた。
「でっ、ですが……」
「ですがもテスラもない。山篭りじゃ!」
「…………」
今年の夏休みも……、師匠と一緒に山へ合宿に行くことになりました……。




