第四百六十七話「茅さんの言葉が……」
今日は七月七日!そう!七夕祭の日だ!
今日は学園を休むとすでに伝えているので朝慌てて起きる必要もない!……はずだったんだけど、俺はいつも通りの早朝に起きている。理由は言わずもがな、百地流の朝練があったからだ。しかも師匠も俺が今日学園を休んで七夕祭に行くことを知っていた。だからいつもより遅くまで修行をさせられる羽目になった。
「はぁ……。朝から疲れました……」
「お疲れ様でした、咲耶様」
結局一般入場が解禁される十時に間に合えば良いだろうという師匠のお言葉で、結構ギリギリまで修行する羽目になり、まるで学園に通っている時と同じように車で椛に身なりを整えてもらう。もちろんギリギリとはいっても学園の時と同じように十分な時間はある。いくら師匠でも遅れるかもしれないギリギリにはしない。
でも折角今日はお祭りで、ちょっとくらいはおめかしもしようかと思っていたのに……、修行でズタボロになったまま七夕祭に向かうことになるとは、トホホ……。
「お車でお送り出来るのはここまでです。それでは咲耶様、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ、咲耶お嬢様」
「ええ、いってまいります」
正門やロータリーから離れた場所で車を降りた俺は、椛や柚に見送られて歩き始めた。椛が後部座席で頑張って準備してくれたから一応見られる程度には整えてくれただろう。姿見がないから全身確認出来たわけじゃないけど、いつもの椛の仕事から考えたらちゃんとやってくれている……、はずだ。だけど妙に人の視線が多い。何故か皆俺を見ている気がする。
どこか変かな?スカートが捲れてる?
ちょっとだけ自分のスカートを持って横や後ろも確認してみる。でも特に何もないと思う。やっぱり見られていると思ったのは気のせいか?
一般入場客を正門から入れてはパンクしてしまう。不審人物が紛れ込む可能性もあるから入場客はしっかり管理されているし、学園付近で車の乗り降りをしたら近隣の迷惑になってしまう。だから車でやってきた家族連れは専用の駐車場に車を停めて歩いてくるか、指定された場所で人を降ろして車を回すかしなければならない。
入退場や駐車場、車の乗り降りについては俺達が決めた前年までと同じに落ち着いたようだ。最初の頃は俺達に反発して去年までのやり方を一切踏襲しないと息巻いていたようだけど、俺にお説教されてから受け入れるべきは受け入れ、踏襲すべきところは踏襲するということが出来ている。
「あっ!咲耶様!おはようございます!」
「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「咲耶ちゃんおはようございます」
「御機嫌よう皆さん。皆さん今日は早いですね。まだ来ていないのは……」
俺が到着するともうほとんど皆来ていた。まだ来ていないのは……、いつも通り譲葉ちゃん!ではなく、珍しいことに蓮華ちゃんだった。
「咲耶ちゃーん?今の私への視線は何かなー?」
「え?いえ、別に?おほほっ!」
譲葉ちゃんを見ていたのがバレたらしい。チラッと少し見ただけだったんだけど……。本人も日ごろの行いに自覚があるから少し見られただけでもそういう視線だと思ってしまうのでは?とも思ったけど言わないでおこう。
「おっ、おはよ……、ございます……、はぁ……、はぁ……」
「御機嫌よう蓮華ちゃん」
そんな話をしていると蓮華ちゃんが必死で走ってやってきた。車を降りてからここまでそんなに距離はないはずだけど随分息が上がっている。
「蓮華が遅いなんて珍しいわね。譲葉ですら今日はもう来てたのに」
「薊ちゃーん?どういう意味かなー?」
譲葉ちゃんは相変わらず笑っているけどちょっとムッとしてるのかな?と思ったけどどうやらそうでもないらしい。本当に譲葉ちゃんは底抜けに明るい。まぁ譲葉ちゃんの明るさに何度も救われてきたし、出来れば譲葉ちゃんにはずっとそのままでいて欲しいと思ってしまう。
「こんな時間だから寝坊ということもないでしょうし……」
「私でももう来てるもんねー?って、だから私はいつも朝寝坊してるわけじゃないよー!」
おお?ノリツッコミか?皆だって別に譲葉ちゃんが朝寝坊だと思ってるわけじゃないぞ。何しろ譲葉ちゃんが遅いのは朝だけじゃない。日中であろうと夜であろうと、常に約束の時間ギリギリを狙ってくる。だから譲葉ちゃんが朝寝坊だと思ってるわけじゃない。譲葉ちゃんは常にそういう子だと知っている。
「わっ、私も……、はぁ……、寝坊したわけじゃないんですよ……、ふぅ……」
「じゃあどうしたのよ?」
「「「…………」」」
皆も気になって蓮華ちゃんが遅くなった理由に耳を傾ける。そして蓮華ちゃんが語った理由は……。
「制服を着て中等科に行きそうになったんです……。それで途中で気付いて……、戻って着替えてきました」
「「「…………ぷっ」」」
「あはっ!」
「「「あははっ!」」」
皆がお腹を抱えて笑う。いやまぁ……、そりゃちょっとはおかしいけど、あまり笑ったら蓮華ちゃんがショックを受けるんじゃないかな?
「もう!笑い事じゃないんですよ!」
「あははっ!そうね!私もやりそうだわ!あははっ!」
「ぷふっ……、くくっ……、笑ったら失礼ですよ薊……、ぶふっ!」
いや……、皐月ちゃんも全然耐えられていないよね?むしろその方が失礼じゃない?
「あははー!蓮華ちゃんはおっちょこちょいだなー!」
「あの……、家の方は止められなかったのでしょうか?」
芹ちゃんがおずおずとそう聞いている。それを受けて皆が顔を見合わせた。
「主人が制服を着て学園に行こうとしてたら、遅れてでも今から学園に向かうのかと思っちゃうかもね?」
「前日までに今日の予定は伝えていたでしょうけど……、時間が遅くともいつも通りの行動をしようとしていたらそのまま主人の言う通りにしてしまうかもしれません」
「変だと思った人はいるかもしれませんが、誰も言ってくれませんでした……」
「まっ!『メイドあるある』ね!」
ふむ……。確かに皆が言う通りメイドあるあるかもしれない。俺と椛の関係なら、椛なら絶対に俺に『今日は私服を着て初等科の七夕祭に行くのではなかったか?』と確認してくるだろう。でも柚だったら俺が制服を着ようとしていたらそのまま準備してしまうに違いない。
主人とメイドとの関係性とか家柄も関係あるだろうし、日ごろのメイドとの付き合い方ややり取り次第で十分に起こり得る悲劇だ。メイドだっておかしいな?と思っても、間違いを指摘したり、確認出来たりする主人でなければ主人がその場で言った通りにするだろう。
「間に合ったからよかったではありませんか。それに蓮華ちゃんの思わぬ可愛い一面が知れてうれしいですよ」
譲葉ちゃんは日ごろから天真爛漫でちょっと抜けてる所もあるけど、普段は物静かで、でも実は裏では結構相手を呪い殺そうとしたり怖い一面も持っている蓮華ちゃんが、まさかまさかこんな失敗をしてしまうような子だったなんて。本人には悪いけど何だか可愛くてギュッとしたくなってしまう。
「わわっ!さっ、咲耶ちゃんっ!?」
「あー!蓮華ちゃんだけずるーい!私も抱っこしてー!」
「そうです咲耶様!蓮華だけずるいです!」
つい無意識のうちに蓮華ちゃんを本当に抱き締めてしまっていた。すると他の皆も我も我もと集まってきてまた団子状態になった。何故か俺達はいつもこうなってしまう。
「ほらほら!往来でそんなことをしていては危険ですよ」
「「「はーい」」」
皐月ちゃんに怒られたから皆渋々離れて入場待ちの列に並ぶ。でも……、あれ?何だか妙に少ない?
「あの……、入場待ちの人が去年までより少なくありませんか?」
「それはそうですよ!今年は咲耶様と愉快な仲間達の演奏がありませんし、それならわざわざ朝一番から来る入場客も減りますよ」
「だよねー!」
「そうですね。朝の出し物が平凡ですし、そのご家族や朝一番から全てを回りたい方でもない限りは来られないでしょうね」
「はぁ?」
皆どんだけ自信過剰なんだろう?俺達の演奏目当てにそんなに人が来るわけないだろう?最初の年なんて観客もかなりまばらだったし、去年は演目の大取りだったのに朝も例年通り混雑していた。別に俺達の演奏目当てで殺到していたわけじゃないだろう。
ただ今年の朝の出し物は押しが弱いのか、あまり注目を集めていないのはそうなのかもしれない。実際に並んでいる人の数も少ないし、皆が言う通り家族とか、朝からがっつり回ったり、全ての出し物を見たい人くらいしか来ていないのだろう。
入場待ちの人が少なくて、今日の七夕祭が失敗だと現執行部や今年の運営委員達ががっかりしてなければいいけど……。
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俺達が列に並んだのは入場開始前に近い時間だったし、今年は朝の入場待ちも少なかったお陰で入場開始後比較的早く入ることが出来た。一般入場が始まったからまずは秋桐達と合流しよう。
「咲耶お姉ちゃーん!」
「秋桐ちゃん、走っては危ないですよ」
相変わらずせわしない秋桐が、俺を見つけるとてててーっ!と走ってきて抱き付いてきた。でも昔のようにスカートにボフッ!と埋もれるわけではなく、段々と高い位置まで届くようになっている。こうしてみると秋桐達も成長しているんだなと実感する。
「九条さまー!」
「咲耶様ー!」
「皆さん御機嫌よう」
蒲公英、桔梗、空木も秋桐と揃ってやってきた。さすがに皆四年生にもなれば段々幼女から女の子になってきたなぁと思う。もちろん可愛さは変わらないけど、寂しいようなうれしいような、何とも言えない気持ちだ。もしかして自分の子供を持つとこんな気持ちになるんだろうか?でも自分の子供の成長だったらうれしい方ばっかりかな?
「何だか私服で慣れ親しんだ初等科を歩くのは変な気分ですね」
「あーっ!わかるー!」
「ですねぇ」
皆も同じことを思っていたか。かく言う俺もそう思っていた。いつも制服で通っていた学校に私服で入るというだけでも何だか変な気分だ。さらに初等科にはついこの前まで六年も通っていて、卒業して間もなしにまたこうして来ているというのも変な気分を助長している。
「それで李ちゃんや射干ちゃん達は?」
「皆は出し物のお手伝いとかしてるよ」
「そうでしたか」
竜胆は実行委員だから色々と仕事がある。俺達も去年まで実行委員をしていたからその大変さはわかるつもりだ。竜胆が合流出来るのは実行委員の仕事が交代になってからだろう。でも李と射干達もいないから不思議に思っていたけど、どうやら李や射干達は何かの出し物の手伝いをしているらしい。
「あとで合流するから大丈夫です!」
そう言った蒲公英の頭をポンポンと撫でてあげる。蒲公英は満面の笑みを浮かべて気持ち良さそうに目を細めていた。やっぱりこういう所は大きくなってきても可愛いなぁ……。近衛母が言っていたように幼い頃から自分好みに育てる光源氏計画そのものは間違いではないとよくわかる。後輩ちゃん達は皆可愛い!
「それじゃ咲耶お姉ちゃん、お祭り回ろ?」
「う?」
秋桐が俺の腕をとって抱き付いてくる。くぅっ!可愛い!性的な目で見ているわけじゃない。でもやっぱり可愛い!皆連れて帰りたい!
「咲耶ちゃん、四年生達にデレデレすぎませんか?」
「咲耶様!幼児プレイがお好みならば私も頑張ってしますよ!」
「いや……、その……」
皐月ちゃんにじっとりした目で見られ、薊ちゃんは何か間違った方向へ頑張ろうとしている。でも別に俺は幼女趣味でもないし、赤ちゃんプレイや幼児プレイがしたいわけでもない。秋桐達を性的な目でも見てないからね?確かに最近は女の子らしくなってきたけど!きたけど!
「あっ!そう言えば秋桐ちゃんは緋桐さんや小紫さんは待たなくて良いのですか?いつもなら一緒だったでしょう?」
「むっ。露骨に話を逸らしましたね」
「あはは……」
いや……、逸らしたつもりはないんだけどね?ないよ?
でも実際に今年はまだ緋桐や小紫と合流していない。毎年来ていたから今年も来ると思うんだけど。ちなみに俺達の親や兄弟が来ることはない。何故ならば俺達は初等科じゃないからだ。弟妹が初等科に通っている子でもいれば、その保護者の方は来られるだろうけど、生憎俺達のグループで七夕祭に参加しにくる親はいない。
去年までなら俺達の親も見に来ていたけど、今年は俺達は初等科在校生じゃないからな……。そう思うと色々と変わったんだなと実感してくる。
「お母さんもお婆ちゃんももう来てるよ!一緒に探しながら見て回ろうよ!」
「そうですか……。それではそうしましょうか」
そう言えば俺達も去年までは、祭りの間にウロウロしてたら会えるだろうと待ち合わせもせず、連絡も取らずに歩き回っていたこともあった。会えたら会えたでいいかくらいだとそれでいいのかもしれない。そうやって探しながら歩くのも楽しみの一つなんだろう。
「待ってぇ!咲耶ちゃ~ん!」
「茅さん?」
一緒に外で並んでいなかった茅さんが制服姿で中等科の方からやってきた。
「茅さん……、もしかして高等科から来られたのですか?」
「それはそうでしょう?一時間目は出られるもの。今日は私も一緒に回らせてもらうわね」
「「「「「――ッ!?」」」」」
至極真っ当なことを言って合流してきた茅さんに、俺達は物凄い衝撃を受けた。そう言えば俺達だって一時間目くらいは出られた。しかも校舎はすぐ隣だ。歩いて来れる。これは……、もしかして茅さんが一番真面目なのでは?




