第四百六十六話「ゲスト」
「咲耶ちゃん……、まだあの時のことを怒っているんですか?」
「…………」
「機嫌直してよー」
「…………」
「咲耶様……」
「…………」
皆に何を言われてもツーンと顔を背けたまま答えない。インナー見せ合いっこ未遂事件から一週間近く経過しているけど俺はあれ以来皆に対して怒ったままだ。
インナー見せ合いっこ自体は良い。俺だって皆のインナーを見たい。中等科になった皆の成長具合と、今穿いているインナーがどんなものか確かめたいのは俺も同じだ。でもあの時の出来事は許せない。俺はあの時捲られたスカートの中身を生徒会長と柾にまで見られてしまった。
もちろんあれは思わぬ事故だっただろう。皆だってわざと俺のスカートの中身をあの二人に見せようと思ったわけじゃない。それはわかってる。でもわざとじゃなかろうと、本意じゃなかろうと、俺のスカートの中を男二人に見られたということに変わりはない。それを思い出すと今でも夜も眠れないほどにモヤモヤする。
「咲耶!たるんでおる!」
「はいっ!?」
師匠に怒られて姿勢を正す。あれから日数が経ち、今日は週末で集まれるメンバーが集まって演奏の練習を行っている。日ごろから楽器を触ったり、反復練習をしている子がどれだけいるだろうか。俺達は毎日のように忙しいから用もなく楽器を触っている子は少ないと思われる。
実際久しぶりにこうして集まって演奏してみれば、皆前のコンサートの時よりかなり腕が落ちている。間違いも多いし、楽譜も忘れているところがあるようだ。俺は百地流の修行でちょくちょく練習させられているからそんなに忘れてないけど、人によってはすっかり忘れてるレベルの子もいる。
インナー見せ合いっこ未遂事件から今週はずっと皆とあまり話しもせず過ごしてきたけど、さすがに演奏の練習時に師匠の前で皆に対して怒っているアピールするのも難しい。
「はぁ……。皆さん……、もうあんなことはやめてくださいね?」
「あぁ、よかった……」
「ずっと咲耶ちゃんがお話してくれなかったらどうしようかと思ってました」
「許してくれてありがとー!」
「咲耶様ごめんなさい!」
今回のお灸は効きすぎたのか皆も目に涙を浮かべている。でも考えてみて欲しい。いくらスパッツを穿いていたとはいえ、スカートを捲られてスパッツ丸出しの状態を男二人に見られたらどう思うだろうか?見た奴を抹殺しないと気が収まらないような気持ちになるだろう?少しは俺の気持ちもわかるはずだ。
「とりあえずあの二人には記憶を失っていただきましょうか……」
「咲耶ちゃん怖い怖い!」
「目がやばいよー!」
確実な方法としては抹殺するのが一番だと思うけど、一応それよりは穏便な方法として記憶を消そうかと思ったけど皆に怖がられてしまった。でも皆だって自分のインナーを見られたらその男を抹殺するか記憶を消すよね?当然だろう?
「関係が修復されたのはよかったのぅ。これで演奏にも集中できるじゃろう?いい加減集中せんと……」
「はいっ!」
般若のような形相になった師匠に頭をギリギリと握られる。滅茶苦茶痛い。師匠は一体どんな握力をしているんだ……。
俺と皆の関係がギクシャクしていることには気付いてくれていたようで、それが直るまでは待ってくれていたようだけど、これ以上演奏の練習を真面目にしてなかったら本当に怒りかねない。とにかくわだかまりが解けた俺達はここから集中して演奏に打ち込んだのだった。
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朝から演奏の練習をしていた俺達は夕方にようやく今日の練習を終えた。ただ全員が全員、朝から今まで居たわけじゃない。朝に来れない子が昼から来たり、朝来てた子が昼で帰ったり、全員が一同に会するというのは難しいから、それぞれ空いている時間に来て、時間になったら帰っていくような感じだった。
もちろん俺は朝から夕方まで居たよ?だって実は俺忙しい忙しいって言いながら案外暇だもんね?俺も知ってたよ。本当は俺そんなに忙しくないって……。
普通の俺達くらいの年齢のお嬢様達は本当に忙しい。お稽古に、社交界に、お見合いとかしてる子もいる。相手のあることがほとんどだから自分だけの都合で予定変更も難しいような予定がぎっしりだ。それに比べて俺はどうか?
俺の予定ってほとんど百地流と、中等科になってから頻度の下がった蕾萌会がほとんどだ。それ以外の用事らしい用事がない……。
百地流の修行はほぼ毎日だし、時間もかなり取っている。俺の生活の中でかなりの部分を占めているのは間違いない。でも師匠に連絡すればいくらでも予定変更が利く内容と言える。しかも今のように師匠も一緒に来ているのなら、俺だけ道場で一人修行というわけにもいかない。
俺のこれまでの人生の大半は習い事、その次に藤花学園の学生生活、最後に五北会サロン、あとはたまーにあるパーティーに出るくらいしかしてないんじゃないだろうか?これが本当にお嬢様の生活か?何かおかしい気がする。
「咲耶お姉様……、遠い目をされてどうされたのですか?」
「え?あぁ……、何でもないのよ。それよりどうしたの?竜胆ちゃん」
俺がこれまでの人生を振り返っていると竜胆が俺の傍に来ていた。ここは前から演奏の練習に使っている近衛財閥が保有しているスタジオの一つだ。俺達は一応近衛プロダクションに所属しているから、練習はここですることになっている。
「咲耶お姉様のお陰で今年の藤花学園七夕祭は去年にも引けを取らない出来になると思います!期待しておいてくださいね!」
「……え?」
「え?」
何か竜胆の言葉がおかしかったから首を傾げる。それを見て竜胆も首を傾げる。
俺が初等科の会議に参加したことについてはわかる。でも期待するというのが意味がわからない。それではまるで俺が七夕祭に参加するみたいじゃないか。
「もちろん咲耶お姉様達も七夕祭にご参加いただけるんですよね?」
「今年の七夕は平日ですよ?私達も授業の真っ最中ですよ」
今年の七夕は金曜日だ。初等科の生徒にとっては翌日が休みで最高の曜日だろうけど、俺達は平日だから普通に中等科の授業を受けている。
「正親町三条様と杏はいつも参加してたじゃないですか!」
「それはまぁ……」
確かにあの二人は毎年七夕祭に参加していた。むしろ参加していたというか、初等科を卒業しているのにイベントの主催までしていた。でもあの二人がおかしいんであって、普通の生徒なら皆授業を受けている。
「茅お姉ちゃんも来てくれるんですかぁ?楽しみですぅ!」
「私が行くかどうかは咲耶ちゃん次第よ。咲耶ちゃんがいないのなら行く意味はないわ」
練習を終えて少し休憩がてらお茶している。久しぶりに一緒になれたからか睡蓮はずっと茅さんにくっついていたけど、当の茅さんは特に気にした様子もなく相手にもしていなかった。まぁ傍にくっついているのに追い払われないだけでも凄いことだけどね。
何だかんだ言って茅さんも睡蓮のことを憎からず思っているからこそ、ああやって傍にいることを許しているんだと思う。というか嫌いな奴が近くに来たらはっきり言って追い払うのが茅さんという人物だ。だから睡蓮のことを結構気に入っているのはその通りだと思うけど、口では相変わらず冷たい態度だ。
「咲耶お姉様!来てくださいますよね?」
「咲耶お姉ちゃん、私達も咲耶お姉ちゃん達みたいに出し物するの。見に来て?」
「ぅ……」
秋桐まで会話に参加してきて可愛らしくコテンと首を傾げた。ずるい!可愛い女の子にこんな風にこんなことを言われたら知らん顔なんて出来るはずもない!
「行きましょうよ咲耶様!」
「いこー!いこー!」
「秋桐達が何をするのか興味があります」
う~ん……。そうだなぁ……。蓮華ちゃんが言う通り俺も秋桐達がする出し物というのは気になる。でも普通に授業のある平日に、俺達が皆抜けるとか許されるんだろうか?俺達って三組の女子のかなりの人数を占めているし、俺達がズル休みで全員抜けたら学級閉鎖レベルになるんじゃないだろうか?
学級閉鎖に決まった基準はなく法で規定されていない。責任者が話し合って決めるらしい。ただ20%以上ならとかある程度の指針や目安のようなものはあるようだ。俺達が全員休んだら四分の一くらいになりそうだよな……。
まぁ学級閉鎖は感染症などの感染対策、防止のためのものだ。休んだ人数の問題じゃなくて何故休んだかも重要だろう。感染症じゃなくて七夕祭に行くためだと説明しておけば無用な混乱は避けられる……、か?
「それでは……、中等科の校長に相談してみましょう。それで授業を休んで七夕祭に参加しても良いと言われたら行くということでどうですか?」
「「「う~ん……」」」
皆が唸り始めた。まぁ答えはもう決まってるだろうけどね。
「仕方がありませんね……」
「ではそれで……」
「そこが落としどころだねー」
「もし断るようなら中等科校長の首を挿げ替えてやります!」
「まぁまぁ竜胆ちゃん……。校長先生としては止める方が普通でしょう?」
竜胆が物騒なことを言うから止める。むしろ普通止められるだろう。いくら同じ藤花学園内のイベントとはいえ、初等科で祭りがあるからと他の科の生徒が勝手に休んでいては示しがつかない。むしろこれを認めたら収拾がつかなくなるんじゃないだろうか?それを思えば校長に言っても止められるんだろうな……。
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「わかりました。それでは七夕祭の日は九条さ……ん、達はお休みということで処理しておきます」
「……え?」
月曜日の放課後、さっそく中等科の校長と話をしてみた。いくら何でも駄目だと言われるだろうと思っていたのに一言であっさり許可されてしまって、俺の方が驚いて理解が追いつかない。
「あの……、このようなことを認めては他の生徒の皆さんも、他の科のイベントや催しがあるたびに休むと言い出されて収拾がつかなくなるのでは?」
休ませろと言いに来たのは俺達の方なのに、何故か休んでも良いと言われたのに食い下がる。まったくもっておかしな状況だけど言わずにはいられない。
「実際すでに似たようなことは度々起こっているんですよ。兄弟姉妹の運動会だからそちらに出るために休むとか、文化祭に来ている初等科の生徒というのもよく見ます。何も九条さん達だけではなく、ずっと昔から何かの行事の時にはそういう生徒も多数出ます」
「…………」
そう言われればそうだな……。実際茅さんだって自分の学校をサボって七夕祭に参加していたわけだし、あまり気にしていなかったけど、そう言えば保護者に混ざって明らかに初等科じゃない子供達も来ていた。あれは中等科や高等科に通う兄や姉だったということだろう。
「当学園は規定の出席日数を満たし、試験で十分な成績を修めていれば進級出来ます。その出席や欠席をどう使うかは生徒次第です」
「なるほど……」
あまり勉強の出来ない生徒達でも進級出来るザルのような制度だけど、きちんと出席していたら最低限の成績はつけてくれるし、逆に休みが多くとも試験などで優秀ならある程度のお目溢しがある。
もともと貴族社会に暮らす子供が通う学校だ。社交界や親の都合で長期間学園を休んだり、平日でも遠出して不在になるなんてことはザラにある。そんな学園だからこそこういった私用でも休みたければ休めばいいというわけだ。
「それでは……、お言葉に甘えて七月七日はグループ揃って休ませていただきましょうか」
「はいっ!」
「……あれ?でもそれって欠席が多くなればその分良い成績をとらないといけないってことですよね?」
「「「…………」」」
うん?それを聞いて何かグループの一部の子が死んだ顔になっていた。薊ちゃんとか譲葉ちゃんとか茜ちゃんとか……。もしかして……、成績がやばいのか?
「まっ、まぁ……、コンサートの練習の合間にでも勉強しましょう」
成績や出席日数が足りず誰か一人でも進級出来ないなんてことになったら悲しすぎる。俺達は皆揃って大学まで卒業するんだ!
「咲耶様が勉強を見てくださる!?これで勝つる!」
薊ちゃんはあっさりそう言ったけど他のメンバーはまだ顔色が優れない。勉強が苦手なのかな……。そう言えばどうせ退学もなくエスカレーター式だからと思って皆の成績もあまり気にしていなかった。でも俺達ももう中等科だし、そろそろ成績もある程度気にした方が良いのかもしれない。
「それでは校長先生、これで失礼いたしますね」
「はい」
中等科の校長に見送られて校長室を出る。早速竜胆や秋桐達が参加しているグループチャットで七夕祭に参加出来ることを伝える。今日校長に聞きに行くとは言ってなかったけど、チャットでメッセージを送ったらすぐに向こうからの反応があった。
竜胆や秋桐だけじゃなくて、李や射干や睡蓮も相当気にしていたらしい。皆でよかったよかったとメッセージが飛び交っていた。七夕までもうそれほど時間もない。今までは自分達が主催する側だったけど、今度はゲストとして見に行く側として参加だ。何だか凄い楽しみが出来たな。




