第四百五十一話「中等科校長」
午後の授業の間の一時、高等科と大学の間にある職員棟の一室、理事長室に理事長と、初等科、中等科、高等科の各校長が集まっていた。
「いやぁっ!さすがは鷹司様がお持ちくださったお茶請けですね!」
「うまい!」
理事長室に集まった各校長達は、理事長が鷹司家から頂いたお土産のお裾分けを貰っていた。上品な味わいに綺麗な見た目で食べてしまうのがもったいないほどの一品だ。
「学長は残念でしたね」
「まったく……。仕方がないので学長の分は私がいただきましょう」
「いやいや!私は学長と親しいんだ。私が学長の分もいただこう」
この場には藤花大学の学長の姿はない。理事長が呼ばなかったわけではなく、今日は学長の都合が悪くこの場に来れなかった。その結果学長の分が余っており、それを巡って各校長が熾烈な争いを繰り広げる。
「気苦労の多い役職だが……、こうしておいしい物がいただけるのは役得ですなぁ」
国公立の学校の教職員であればこういうものは受け取ってはいけないかもしれない。だがここは私立の藤花学園であり、さらにこれはお土産ではなく、『相手が来た時に出してくれたお茶請けの残り』という形になっている。
今回の場合で言えば『所用で理事長を訪ねた鷹司夫人が持参したお茶請け』を出して理事長と鷹司夫人が会談し、その時に残った『残り物を鷹司夫人が置いていかれた』という体になっている。その『残ったお茶請け』を他の校長達と一緒に処分しているだけなのだ。
「さすがこの学園に通われている家の方々が薦められる『お茶請け』はレベルが高い」
各校長が満足気に『お茶請け』を頂いていると理事長の電話が鳴り始めた。そして電話に表示されている相手の名前を見た瞬間、理事長が凍りついた。
「…………」
「理事長?電話に出られなくてよろしいので?」
「――ッ!あっ、ああ……、もしもし……」
一瞬にして顔色が悪くなった理事長が電話を握り締めたまま、中々出ないので初等科校長がそう問いかける。それでようやく我に返った理事長が恐る恐るという感じで電話に出る。
「はい……、はい……。中等科校長にはこちらから連絡しておきます……。はい……。失礼いたします……」
理事長の態度と顔色と口調からただならぬものを感じ取った各校長はすでに腰が引けていた。
「それで……、お相手とご用件は?」
何やら自分の名前も出ていた中等科校長は理事長に問いかけてみた。他の校長二人もゴクリと唾を飲み込む。
「徳大寺様からご連絡だ……。本日放課後に中等科校長室で私と中等科校長に待っているようにと……。九条様がお見えになる……」
「「「――ッ!?」」」
「わっ、私はそろそろ初等科に戻りますね!」
「そういえば私も仕事がありました!それでは!」
その名前を聞いた瞬間、初等科校長と高等科校長は急いで席を立ち、さっさと理事長室を出て行った。自分の分はちゃっかり食べたが、狙っていた学長の分のお茶請けはすっぱり諦めている。
「うぅ~~~っ!いたたたっ!」
「りっ、理事長!大丈夫ですか?」
お腹を押さえて背中を丸める理事長に中等科校長が駆け寄る。席を立った二人の校長と違い自分達は逃げられない。初等科校長はもう解放され、中等科、高等科は三年ずつの辛抱で済む。だが果たして理事長の胃は九条様が学園を卒業されるまで、あと十年ももつのだろうか?
この様子では理事長の胃の方が先にやられるのではないか?
中等科校長はそう思ったが、それよりも先ずは自分の心配だと気付いた。九条様からの呼び出しとは一体何事なのか……。それを思うと自分も胃が痛くなってくる思いだった。
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午後の仕事が何も手につかないまま放課後になり、中等科校長と理事長は中等科校長室で九条様を待っていた。理事長はキリキリと胃が痛く、今すぐにでもトイレに駆け込みたい気分だった。だがもう時間であり、いつ九条様が来られるかもわからない。
そんな状況でトイレに逃げて、もし入れ違いにでもなったらどんなことになるか……。それを想像するだけでますます胃が痛くなってきていた。
暫く待ってると扉がノックされ、『女帝』九条咲耶様と、その取り巻きのご令嬢達が入室してきた。立ち上がって最上位の礼で迎える校長と理事長の前に九条様が座る。
「本日はご相談があって参りました」
九条咲耶様のお言葉に二人の喉がゴクリと鳴る。一体今度はどんな無理難題を言われるのか。わざわざ九条様がご自身で参られるということは相当なことかもしれない。今までも食堂の建て替えだの、ホールの建設だのと大変な話ばかり持ってこられた。
初等科に関しては祭りまで開かれることになったほどだ。中等科校長にはわからないだろうが、その調整にどれほど苦労したことか……。日程や授業時間の都合もある中で、いくら私立とはいえそのような行事をねじ込むなどそう簡単な話ではない。
今日はまたどんなことを言われるのかと思うと聞く前から頭と胃が痛い。
「食堂の予約席の利用状況についてなのですが……」
そう言われて理事長はさらに胃が痛くなる思いだった。一体何が不満だというのか。もっと予約席を寄越せというのだろうか。それとも自分達の周囲に他の者を座らせるなとでも言うのだろうか。理事長は一瞬で様々なことを予想しつつ九条様の言葉に耳を傾ける。
「どうやら外部生達には最初の説明会ではうまく説明が伝わらず、さらに『外部生』ということで抽選や寄付から弾かれていると思われているようなのです。そこで入学後の初日などに外部生に実際に予約席を体験してもらうなどの方法でもっと積極的な利用を促したいと……」
(ぐああぁぁっ!)
話を聞きながら、理事長はますます痛くなる胃に絶叫を上げそうになっていた。表情では精一杯にこやかな顔をしているつもりだが、ぐっしょりと脂汗が滲み、顔が引き攣りそうになる。
(外部生にもっと内部生や五北会の力を見せびらかしたいということかっ!)
理事長はこの提案を、『九条家が造らせた学食と、開発した新システムをもっと外部生に知らしめ、五北会や九条家の実力を思い知らせたい』という提案だと受け取った。
「毎月外部生を優遇する日……、というのは席数的にも、内部生の心情的にも難しいとは思いますが、各学期毎に一度くらいならば外部生優先の日などを設けることも出来ないかと……。ただあまりに『内部生』、『外部生』と分けてしまうと、その立場が固定化されかねませんので、もう少しマイルドに……」
(うぐぅっ!!!)
九条様の提案は進んでいるが理事長は胃痛との戦いに必死だった。とにかく九条家や五北会の力を外部生に見せびらかし、思い知らせ、身の程を弁えさせたい。そういうことなのだろうと解釈する。
「なるほど……。それではこちらで検討いたしましょう。予約席を体験させるというのなら、説明会の後に食事会などを開いて、その日のうちに体験させるというのは……」
「ですがそれではやはり『その日だけの特別』と思われてしまうかもしれません。説明会の後に食事会を催すのも良いかもしれませんが、普通の授業が始まった後でもきちんと利用出来るのだと伝えたいのです。それから今日は中等科についてお話しましたが、高等科も外部生が入りますので、そちらの対応も合わせてお願いしたいのですが……」
「なるほど……」
理事長はこうも胃が痛いというのに、中等科校長は平然と九条様と話し、具体的に検討を始めていた。もちろんここで即決定というわけにはいかないが、要望を出されている九条様のお考えや、したいこと、どうしたいのかを聞いておかなければ、九条様のお考えや希望とは違う形になってしまっては意味がない。
「それではご検討のほど、よろしくお願いいたします」
「はい。教職員も交えて検討いたします」
思ったよりも長くかかった九条様との話し合いもようやく終わり、校長室を出て行かれた九条様とその取り巻き達を見送る。解放された理事長は一気に力が抜けて再びソファに深く腰掛けた。
「ふぅ……。九条様にも困ったものだ……。そこまでして九条家の威光を知らしめたいのか……」
理事長にとってはあれはつまり、九条家が外部生達に予約席の食事を振舞うことで、その実力差、財力の差を見せつけ、九条家の威光を高めたいという提案だと受け取っていた。しかし……。
「はぁ……?理事長は先ほどのお話をきちんと聞かれていたのでしょうか?」
「…………どういう意味かね?」
中等科校長の物言いにカチンときた理事長が視線を鋭くする。しかし中等科校長はひるむことなく答えた。
「九条様の先ほどの提案は実に現実的かつ、外部生達を学園に馴染ませ楽しんでもらおうというものです。理事長は少し九条様のことを色眼鏡で見ておられるのでは?」
中等科校長も、今日話すまでは理事長と同じだった。前回顔を合わせて話したことも含めて、中等科校長も他の校長達や理事長と同じように考えていた。だが今日の提案を受けてその印象はまったく逆へと変わった。
九条様がこれまで提案されてきたことも、実行されてきたことも、全ては『藤花学園の全ての生徒達のためによかれ』ではなかったか?
食堂の建て替え、新システムの導入、跡地の再利用、放送・音響設備の刷新、各種祭りやイベントの提案。どれも学生達に快適な学園生活を送ってもらうため、学園を楽しんでもらうための提案ばかりではないか。それなのに自分達は濁った目で九条様の横暴やわがままだと思い込んでいたのではないのか。
「……君はまだ九条様との付き合いがほとんどないからそう思うんだよ。まぁ……、いずれわかる時が来る。そして……、そこまで言うのだから今回の提案は君が全て立案、実行してくれるのだね?」
理事長は少しの不機嫌と、何もわかっていない中等科校長への哀れみを込めてそう言った。
「中等科に関しては私の責任で改革しましょう。ですが……、九条様もおっしゃられていた通り外部生が入るのは中等科だけではありません。そちらは高等科校長と理事長でお願いしますね。私はあくまで中等科の校長ですので」
「…………いいだろう」
何となく険悪な雰囲気のまま、理事長と中等科校長は別れた。この後、中等科校長はすぐに『中等科食堂における外部生の予約席利用促進に関するガイドライン』を策定したのだった。
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咲耶お嬢様が中等科に上がられて早一ヶ月近くが経とうとしていた。しかし思ったほど咲耶お嬢様の生活に変わりがないと柚は感じていた。
「椛師匠!中等科に上がられてもっと咲耶お嬢様の生活が変化されると思っていたのですが、思ったよりも前までと変わりませんね!」
柚の言葉に椛はジロリと視線を鋭くして睨んだ。
「貴女は馬鹿ですか?まったく、完全に、圧倒的に変わったでしょう!」
「へ?……え?」
椛の言葉に柚は首を傾げる。まったくわからない。初等科卒業前から咲耶お嬢様付きになったが、今まで特に何か変わった様子もない。
ずっと長らく椛師匠が咲耶お嬢様専属だったというのに、中等科に上がる前に急に自分まで咲耶お嬢様付きに大抜擢された。きっと中等科から変わる様々なことに対応するためだと身構えていたというのに、いざ中等科に上がってみても何も変わった様子もなく、前まで通りの日常が繰り返されているだけだった。
それで少し拍子抜けしたと思っていたが、師匠である椛に物凄く怒られてしまった。だが柚には何も変わったようには思えず、椛師匠の言われていることもさっぱりわからない。
「いいですか?まず咲耶様の胸とお尻が大きくなり、女性らしい成長が進んでいます!」
「はぁ……?」
いや、そういうことを聞きたいのではないのだが……。と思いながらも聞くしかない。
「咲耶様は最近ますます無意識に女性らしくなられています。それは体型だけの話ではありません。それでいながら今まで通りの無防備な姿もお見せくださるのです!」
「えっと……?」
中等科になって生活が変わると思ったら思ったほど変わらないという話をしていたのだが、椛は一人どんどん違う方向へと暴走していく。
「はぁ……。わからないようですね……。いいでしょう。今夜、咲耶様のお部屋で待機する役目を変わってあげましょう。貴女の身長だと……、ここですね。咲耶様がベッドに入られたらここに立ってよーく見ておきなさい。それで全てがわかります」
椛にそう言われて、立ち位置まで指示される。その時は意味がわからず柚はただ言われた通りにすることにしたのだった。
そしてその日の夜、咲耶お嬢様がお戻りになり、自室で寛いでおられる時、柚はその立ち位置の意味を理解した。
(ふっ、ふおおぉぉぉ~~~~~っ!こっ、これはぁっ!?)
咲耶お嬢様は日ごろはビシッとしておられるが、自分の部屋で寛いでおられる時は少々だらしない。それは前から知っていたが、今日椛師匠が教えてくれた立ち位置は完璧だった。柚の身長と距離から計算され尽くした角度から見えるのは……。
(咲耶お嬢様のパッ、パンッ……、が丸見えに!)
ベッドの上でゴロゴロされている咲耶お嬢様。最近は大人っぽいネグリジェで過ごされている。それなのに前まで通りに無防備にベッドの上でゴロゴロされているのだ。さらに足を開いたり、転がって寝巻が捲くれても気にもされていない。
すると最近ますます膨らんでこられた胸が潰れ、動き、丸くなってきたお尻がプルンと揺れる。椛師匠が指示した位置からベッドの方を見ると丁度ネグリジェの下の下着が見えてしまう。まさにベストスポット!柚の身長を考え一目でこの立ち位置を割り出した椛師匠はまさに咲耶お嬢様の覗きスポットマエストロだ。
その日柚は椛師匠に感謝しつつ、網膜と脳にその光景を焼き付けようと、成長された咲耶お嬢様の肢体をガン見しまくったのだった。




