第四百五十二話「中等科最初のパーティー」
新学年が始まってからすぐに色々なことがあって濃い日々だった。それでもようやく中等科入学から一ヶ月ほどが経ち、今日は九条家のパーティーの日だ。
本当なら新しく友達になった鬼灯、鈴蘭、花梨や、四組の騒動で色々と無理を頼んだ紫苑などもパーティーに呼んだ方がよかったのかもしれない。でもあの四人と親しくなったのはごく最近であり、急に予定になかったパーティーに呼ぶ方が失礼だろうということで今回は見送ることになった。
うちのパーティーが普通のパーティーとそう変わらないのなら、例え一週間前に急遽呼んでもそれほど問題はなかったかもしれない。でも九条家のパーティーは俺の提案によって少々独特のものになっている。さらに春休み前には招待状を送り、マナー講習なども行っているので、開催の一週間前にいきなり呼ぶというのも酷というものだろう。
他の家のパーティーのように普通のパーティーで、一ヶ月前くらいに招待状を送るのなら、それが二週間前や一週間前になってしまっても大した問題にはならないだろう。ただそんな急に招待状を送れば、相手の都合がつかずに断られる可能性が上がったり、相手が出席するために予定を無理に変えるという手間を増やしてしまう恐れがあるという程度の話だ。
でもうちのパーティーは二ヶ月以上も前から招待状を送る上に、春休みにはマナー講習もあり、他の家では行われていない仮面舞踏会という独特のパーティーというのがネックになる。急に呼び出すのも失礼だし、パーティーの性質上急に呼ぶのも難しいと四人には伝えてある。黙って招待しないままならそれはそれで気を悪くするだろうしね。
花梨はマナー講習に出てからの方が良いから今年急に呼ばれなくて助かったと言っていた。鬼灯はマナーとかあまり気にしない豪快な性格なので本人は平気なようだったけど、マナーというのは自分のためだけではなく、相手に不快な思いをさせないためのものでもあるからやっぱりマナー講習に出て予習しておいてもらいたい。
鈴蘭は何を考えているかいまいちわかり辛いけど、別にパーティーそのものにはさほど興味はないのか、今年呼ぶのは難しいと伝えても特にいつもと変わった様子はなかった。それよりも一番問題だったのは紫苑だ。
紫苑に今年のパーティーに呼ぶのは難しいと伝えた時、顔を真っ赤にして頬を膨らませて、ちょっと目をウルウルさせて無言のままに立ち去ってしまった。俺は萩原家に一週間ほどでパーティーの準備をして開けと言ったのに、自分は一週間前だからとこちらのパーティーに呼ばれなければ怒るのも当然だろう。
その気持ちはわかる。わかるけど……、やっぱり急に呼んで無理をさせるのも悪いと思う。だから今年呼ぶのは難しいと伝えたんだけど……、悪いことをしてしまったかな……。後で何とかフォローしておいた方が良いのかもしれない。
ちなみに紫苑は伊吹と同じ一組、柾は槐と同じ二組だ。紫苑はもともと内部生だし、柾は外部生ながら地下家の中でも最上位クラスの家だから四組以外のクラスに編成されて、内部生と外部生の交流に努める役となっている。
友達になった女子四人ですら呼んでいないのだから、当然ながら俺の天敵になりかねない柾などパーティーに呼んでいるはずもない。それどころか柾が五北会サロンに乗り込んできてからまともに話したこともない状態だ。
「咲耶~っ!準備出来たかい?」
「あっ、はい!今参ります」
もうすぐ客を迎える時間だ。兄が呼びに来たので慌てて部屋を出る。兄はギリギリまでパーティーの準備や打ち合わせがあるので出迎えは俺の仕事だ。毎年のことなのでもう慣れたけど、やっぱりパーティーなんて面倒なだけだなと思いつつ表に出たのだった。
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「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「皐月ちゃん、御機嫌よう」
相変わらず早めに行動する皐月ちゃんがすぐにやってきた。こうして顔を出して挨拶しているんだから、後で仮面をつけても着ていたドレスなどで誰が誰だか実質的には皆わかっている。所詮仮面舞踏会などといっても『なんちゃって』であって、本当に素性を隠しているわけじゃない。
「素敵なドレスですね」
「ありがとう。皐月ちゃんも素敵ですよ」
「ありがとうございます」
俺がそう応えると皐月ちゃんも満更でもない顔でそう言ってくれた。普通ならただの社交辞令と思う所だけど、俺と皐月ちゃんの間柄や、皐月ちゃんのこの表情からはそういった社交辞令的なものだとは思えない。素直に素敵だと思ったし、それを受けて皐月ちゃんも喜んでくれていると思う。
簡単な挨拶を終えて皐月ちゃんと別れると次々に招待客がやってきた。挨拶を受けるだけといっても面倒で時間がかかる。
「まぁ!咲耶ちゃん!中等科になってますます綺麗になったわねぇ!」
「ご無沙汰しております。ありがとうございます」
暫く出迎えをしているとグランデに通っていた時によくしてくれていた樽マダム達が来てくれた。俺がグランデを辞めてからも随分経つというのに、当時良くしてくれていた樽マダム達は今でも俺に良くしてくれている。こういうことを体験するとやっぱり人との付き合いというのは大事なんだなと実感する。
「まだ正式に婚約もしていないみたいだし、うちの息子なんてどうかしら?」
「あっ!ちょっと!ずるいわよ!ねぇ咲耶ちゃん、うちの甥っ子なんだけどどうかしら?」
「年下だけどうちの孫はどうかしら?」
「いえ……、あの……、お気持ちはありがたいのですが……」
確かに前までもこういうことは時々言われていたけど今回は今までの圧とはレベルが違う。どうやら中等科にもなってまだ売れ残っている五北家の娘というのは、こういう場ではこういう攻勢を受けるもののようだ。
「そ~う?残念ねぇ……。咲耶ちゃんならいつでも大歓迎だからその気になったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
ふぅ……。樽マダム達はかなり上位の家のマダム達なんだけど、何だかあの人達だけは失礼ながら『世間話好きのそこらのおばちゃん』というイメージに近い。まぁそこがまた俺にとってはとっつきやすいというか、話しやすい理由でもあるんだけど……。
「咲耶お姉ちゃん!」
「まぁ!秋桐ちゃん、御機嫌よう」
そんなことを考えながら出迎えを続けていると秋桐達がやってきた。本当に久しぶりのような気がする。もちろんマナー講習以来会っていない……、ということもなく、たまには会ったり、連絡を取ったりはしているけど、それでも同じ初等科に通い、毎日食堂で顔を合わせていた時に比べればほとんど会っていないとすら言える。
「咲耶お姉ちゃんに会えなくてさみしい……」
「秋桐ちゃん……」
てててーっと走ってきた秋桐が俺のドレスにボフッ!と抱きついたかと思うと、急に声のトーンを落としてそんなことを言い出した。俺だって三年生達……、いや、もう今は四年生か。秋桐達と会えないのは寂しいけど、学年が上がって校舎が別になってしまうのはどうしようもない。三学年以上離れている者同士にとっては仕方のないことだ。
「ほら、秋桐、咲耶ちゃんが困っているでしょう?ごめんなさいね咲耶ちゃん」
「いいえ、緋桐さんも、友康さんも、小紫さんも、保幸さんも、ようこそおいでくださいました」
相手を呼ぶ順番にも意味はあるんだけど、この流れでは先に声をかけてきた緋桐さんから呼ぶしかなかった。そうなると自然と他の呼び順もそれに合わせて変えざるを得ない。本来なら家長である友康から呼ぶべきだけどこういう所は失礼にならない程度に臨機応変にやるしかない。
秋桐の後にも四年生達が来てくれたり、同級生グループの子達が来てくれた。色々と挨拶をしながら待っているとかなり遅い時間に水木がやってきた。
「やぁ咲耶ちゃん」
「御機嫌よう広幡様」
水木はいつもそんなに遅くないはずだけど今日は結構遅い時間だ。もうそろそろ俺も下がって準備に入るくらいの時間だというのに、こんな時間に来るのは珍しい。
「遅くなってごめんね。俺を待ってくれていたのかな?」
「はぁ……?いえ、特にそのようなことはありませんが……」
こいつは何を言っているんだ?爽やかイケメンの笑顔であまりアホなことは言わない方が良いぞ。確かに顔は女性にモテそうな爽やかイケメンだけど、こいつは女誑しで痴情のもつれから刺されたこともあるという経歴の持ち主だ。もちろん俺はその刺された場面は知らないけど、兄もそう言ってたから本当なんだろう。
「あははっ!咲耶ちゃんは相変わらず面白いね!」
俺、何か面白いこと言ったっけ?こいつの感性はわからん……。
「俺は……、咲耶ちゃんとなら本当に結婚してもいいと思ってるんだけどね」
「あの……」
水木が俺の顔にかかった髪をそっと掬う。はっきり言って気持ち悪い。今すぐぶん殴りたい。でもこれからパーティーだというのに広幡家の嫡男で一応俺に対して許婚候補宣言をしている相手を公衆の面前で殴るわけにもいかないだろう。きっと今の俺の顔は相当引き攣っているに違いない。
「おい水木……、何してる?」
「お兄様」
「ちっ……。いいところで……」
俺の後ろからニュッと腕が出てきたかと思うと水木の腕を掴んでいた。振り返るとそこにいたのは兄だった。どうやらそろそろ入るように呼びにきてくれたらしい。
(お前はただの当て馬になるために許婚候補宣言をしたんだろ?妹に手を出すな)
(いやぁ?俺だって一応候補宣言してるんだし?ちょっとくらいそれらしくしないと当て馬としても効果がないだろう?)
何やら兄と水木がコソコソと話をしている。あまり興味ないというか関わりたくないけど、黙ってこの場から離れるわけにもいかず俺は二人がコソコソ話しているのを少し離れて待っていることしか出来ない。そう思っていたけどそこへ遅くにやってきた招待客が来たようだ。しかも二人同時に……。
「おーい!こんばんわー!咲耶ちゃーん!」
「御機嫌よう、譲葉ちゃん」
譲葉ちゃん……、いつも皆に『おーい』はやめなさいって言われてるでしょ……。俺としてはそういう譲葉ちゃんは可愛いと思うし付き合いやすいけど、河鰭家のご令嬢としては駄目だと思うんだよ……。俺も人のことは言えないけどね?
「ご機嫌よぅ、九条様ぁ」
「御機嫌よう、睡蓮ちゃん」
そして譲葉ちゃんとほぼ同時に睡蓮もやってきた。何か久しぶりに見た睡蓮は前まで以上に眠そうなというか、覇気がないというか、おっとりまったりしているように見えた。初等科の時はサロンで毎日会っていたから慣れていたんだろうけど、暫く会わないうちにまたこの様子が新鮮に映るようになったからだろうか。
「お二人ともギリギリですね」
「あははー!でもちゃんと間に合ったよー」
「招待客が何時に来たかいちいち言うのは失礼ではないですかぁ?」
譲葉ちゃんはケラケラと笑っていたけど睡蓮は相変わらず少しムッとした表情でそう言い返してきた。まぁ確かに普通の相手ならいちいち遅かったからと何か言うこともない。相手にも事情はあるんだから招待客が到着するのが遅かったからと、わざわざ追及するのは失礼だろう。
ただ俺と譲葉ちゃんや睡蓮の間柄ならば、ちょっとした話題としてそれくらい言うのは問題ない。ないけど睡蓮が嫌だとか失礼だと思うのなら俺が悪かったのだろう。
「ごめんなさい、睡蓮ちゃん。別に非難しているわけではないのよ」
「……許してあげますぅ」
プイッと横を向いた睡蓮からお許しをいただけた。ちょっとした話題のつもりで言っただけだけど、睡蓮がそのことを言われて嫌なのだったらこれ以上言わないようにしよう。
「ようこそいらっしゃい。それじゃ咲耶、もう中に入って準備しておいで」
水木と二人でイチャイチャしていた兄がいつの間にか現実世界に戻ってきていた。そもそもゲームでは咲耶お嬢様の兄、九条良実という登場人物はいなかったけど、もしゲームに登場していたら腐った女子達が良実×水木のカップリングで盛り上がっていたことだろう。
「そうします。行きましょう、譲葉ちゃん、睡蓮ちゃん。広幡様も、また後ほど」
「ほーい!」
「はぃ~」
「ああ、また後でね、咲耶ちゃん」
俺は一度下がって準備があるから会場まで一緒というわけじゃないけど、それでも最後にやってきた譲葉ちゃんと睡蓮を連れて建物の中へと入った。すぐに二人と別れて俺は化粧直しなどの準備に取り掛かる。
初等科を卒業してから少し会える機会が減っていた子達とも久しぶりにじっくりお話が出来そうだし、今日のパーティーは思っていたよりも楽しめそうだ。




