第四百三十四話「呼び出し」
入学式を終えて、普通の学園が始まって一日目の朝から『完璧女帝』九条咲耶様に目をつけられた大小コンビの二人は青褪めて……、はいなかった。
「おはよう」
「…………ん」
もう九条咲耶様に顔を覚えられているのはどうしようもない。まさか突然九条咲耶様が記憶喪失にでもなって、自分達に目をつけていたことを忘れてくれるわけもないのだ。だったら今更気にしても仕方ないとばかりに鬼灯と鈴蘭はいつも通りに振舞っていた。良くも悪くもこの二人はそういう所はルーズで図太いのだ。
これこそが咲耶の言うゲーム『恋に咲く花』での二人の強みであり、中等科時代からゲームの九条咲耶お嬢様と対立しつつも、平然と高等科になるまで学園に通い続ける二人の精神力の強さを現している。また高等科になってからは親友となる主人公のために、大貴族達を相手にしても一歩も引かずにお節介を焼く原動力ともなっている。
「「「「「…………」」」」」
大小コンビが四組の教室に入っても、他の外部生達は白けた顔で一瞬二人を見てから、挨拶を返すこともなくおしゃべりを再開し始めた。その雰囲気から理由を察した鬼灯と鈴蘭はお互いに顔を見合わせてから肩を竦める。
「こりゃぁ、朝の騒動がもう教室にまで広まってるみたいだね」
「……ん。わたし達が悪者扱い」
「だなぁ……」
そう言って再び肩を竦めてから教室に入った。今朝ロータリーというか、玄関口というか、辺りで他の外部生と大小コンビは少々揉めた。鬼灯と鈴蘭は無知な外部生達が馬鹿なことを言っていたから宥めただけだが、言われた方の外部生達はそれに腹を立て、先に教室に戻り、この大小コンビを四組の中でハブろうと言い触らしていたのだ。
まだ昨日入学式を終えたばかりの四組ではあるが、すでにクラス内は大まかに三つの派閥に分かれていた。
一つは内部生ながら四組に編成された者達。彼ら彼女らは初等科の頃から藤花学園に通っていたのでお互いに顔見知りばかりだ。どの程度仲が良かったかは別にしても、六年も同じ学校に通っていればほぼ全員顔や名前くらいは知っていて当然だろう。その内部生組は元々の顔見知りというのもあってすでにグループとして固まっている。
二つ目は外部生貴族の集まり。こちらもほとんどはこの国の貴族の故郷である古都からやってきた者が大半だ。もちろん他の地方にも在住している地方貴族はいるがそう多くはない。中等科からわざわざ藤花学園にやってくるような貴族家の大半は二つある古都のうちのどちらかの出身者がほとんどだった。だからこちらも顔見知りが比較的多い。
鬼灯と鈴蘭が同じ小学校出身で幼少の頃からの親友であるように、地方貴族達は地方貴族達なりに社交界で交流している。だから鬼灯と鈴蘭の二人もこの『外部生貴族』達の大半は知っている相手だった。小学校が同じだった者もいるし、学校は別でも社交界で顔を合わせたことがある者も多い。
そして三つ目の集まりは一般家庭育ちの外部生達だ。四組の中ではこのグループが一番人数が多く、またこのグループは完全に鬼灯と鈴蘭を目の敵にしている。今朝の騒動で二人を囲んでいたのもこのグループの者達であり、教室に戻ってからこのグループ内で今朝の話を広め、二人を無視するようにという話がすでに通っている。
本当ならば外部生貴族ももっといるのだが、すでに言われている通り内部生と外部生を馴染ませるために、外部生貴族の一部は他のクラスに編成されている。
人数比がきっちりそうというわけではないが、言うなれば本来の勢力においては外部生貴族と外部生一般家庭は1:1の人数比程度となっている。だが外部生貴族が他のクラスに分けられて、その分内部生貴族が混ざっているために人数比は外部生貴族:内部生貴族:外部生一般家庭で1:1:2のようになってしまっている。これがまた良くない。
学園全体で見た場合の実際の人数や力関係では外部生一般家庭の者が圧倒的に少数かつ実力も伴わないのだが、こと四組内においては一見一番勢力が大きいように感じてしまう。このことが四組の外部生一般家庭育ちの生徒達を勢いづかせることになる。
外部生、内部生問わず、貴族家の子女達は他人の争いには極力関わらない。それにあまりはしたない行いは藤花学園の生徒らしからぬという考えと戒めがあるために大人しい。結果勘違いした四組外部生一般家庭の生徒達が調子に乗って幅を利かせてしまう。他の貴族家達は我関せずなので一般家庭生徒達対大小コンビという構図が出来上がっていた。
「まさか他の外部生貴族の子達まで私達を無視とはね」
「……ん。我関せず。貴族家なんてそんなもの」
外部生一般家庭の生徒達からは無視、どころか陰口を言われ、内部生、外部生貴族の生徒達はどちらにも組せず我関せずを貫いている。結果、一日目にして鬼灯と鈴蘭は四組においてですら孤立無援の二人ぼっちとなっていた。もちろん四組以外との接触など四組の問題をどうにかする以上に難しい。事実上二人は早速学園中からハブられている状況だった。
「まっ、いっか!今更言っても仕方ないし!」
「……ん。どうせ他の人なんてあてにならない」
しかしこの二人は図太かった。しかも鈴蘭の言葉はチクチクと他の貴族の子女達に聞こえよがしに刺さっている。鬼灯はすぐに思った通りに言葉を口にするために、本人が意図せず相手に毒を吐いてしまうことも多々あるが、鈴蘭ははっきりと相手に向かって毒を吐く。
「それより部活どうする?少ししたらクラブ見学解禁だったよね?私は陸上部に入ろうと思ってるんだけど」
「…………ん。帰宅部」
「あ~……。まぁ鈴蘭はそうか」
積極的か消極的かはともかく、クラス中からハブられているも同然でありながらも、鬼灯と鈴蘭は部活動についてなどこれからの学園生活に向けて話し始めたのだった。
~~~~~~~
午前中の授業が終わり、鬼灯が楽しみにしていたお昼休みの時間となった。鈴蘭と二人で名高い藤花学園の食堂へと急ぐ。
「ほら!鈴蘭!早くしないと売り切れちゃうぞ!」
「……ん~ん。売り切れない……。だから急ぐ必要はない」
鬼灯はアニメなどのイメージから、学食というのは物凄く混雑して、パンやメニューは奪い合いだと思っていた。早く行かないと目当ての物が売り切れてしまう。メニューやパンを妥協すれば何かは買えるだろうが、きっと人気のメニューはすぐに売り切れてしまうに違いないと思い込んでいた。
「……え?もしかして……、これが食堂?」
「……ん。学園案内でもここが食堂になってる」
「これが学校の食堂?」
もう一度……、鬼灯は建物を見上げた。とてもそこらの学校にあるただの学食とは思えない。河村家がパーティーのために借り受ける会場よりも遥かに立派だ。いや、そんなものと比べてはこちらに失礼だろうと鬼灯ですら思うほどに格が違う。
「もしかしてあの並んでるのが?」
「……ん。食堂利用者。最後尾に並ぶ」
かなりの長蛇の列が出来ている。これを待つのは一体どれほど時間がかかるのか。お昼休みの間に全て捌けるとは思えないほどの混雑に見える。上級生達も含めて食堂は大人気だ。
「もしかして全校生徒が集まってるのか?」
「……ん~。かもしれなぃ」
堂上家以上の家は食堂などまず利用しないが、今日初めて食堂を利用する鬼灯と鈴蘭がそんなことを知るはずもない。あまりの人の多さに驚きながらも止むを得ず長蛇の列の最後尾に並んでいた。そして思わぬ事態に驚く。
「え?あれ?もう私達の番?早くない?」
「……ん。凄い勢いで捌けてる」
確かに長蛇の列ではあったが、並んでみれば進むのがとても早い。料理が出るまでの早さ、席の多さ、従業員の多さのお陰で長蛇の列もあっという間だった。そして随分後ろの方だと思った二人の番になっても何一つ売り切れていない。どれでも選べる。そして料金は全て無料。もう意味がわからない。
「無料ってことは……、味はお察しなのかな?まぁいいや!いただきまーす!」
「……ん。いただきます」
「うま~~~いっ!」
「……ん。おいしぃ」
初日だから何がおすすめか、何がおいしいかわからない。とりあえず最初は頼みたい物を頼んでみたが、一口頬張ってみればその味に驚いた。これほどの人数に無料で提供し、あれほどの早さで捌けるほど大量生産されている。それならば味はお察しかと思っていたがとんでもない。
「これ普通にうちのご馳走より遥かに上なんだけど……」
「……ん。うちもそう」
二人ともテーブルマナーも疎かになりつつガツガツと食事に夢中になる。そしてそれは大小コンビだけではなかった
「マジやばーい!」
「ちょーおいしー!」
「まじまんじ!」
他の外部生達も食堂の料理に舌鼓を打つ。中途半端な高級店よりも遥かにおいしい料理の数々だ。外部生達では食べたこともないようなレベルの料理ばかりである。
「向こうはケーキバイキングもあるよ!」
「マジッ!?」
「パネェッ!」
これらが全て無料。ケーキの食べ放題も並べられているケーキは高級店から仕入れている物ばかりだ。この時ばかりは鬼灯と鈴蘭も、他の外部生達も心は一つだった。しかし……。
「そうですね。あとは味がもう少し良ければ良いのですけど……」
「「あははっ……」」
まるで自分達のことを馬鹿にしているかのような言葉……。これだけおいしい料理でありながら、その料理をおいしくないといい、そしてそれを『うまい』『うまい』と食べている自分達を馬鹿にするようにそう言う一団がいた。
切れ長の鋭い目つきに口元を扇子で隠し、多くの華やかなご令嬢を従える女帝……。一瞬鬼灯と鈴蘭もその物言いに頭にきたが、相手を見て一瞬で冷静になった。飛んでくる火の粉くらいは払うつもりだが、わざわざ自分から燃え盛る業火に飛び込むつもりもない。あの相手に絡んでは駄目だ。そう思って自重する。
「何あれ?感じ悪ー」
「私達のこと馬鹿にしてるんじゃない?」
「処す?処す?」
「「「ぎゃははっ!」」」
『完璧女帝』達の言葉を聞いて、四組の外部生達が聞こえよがしにそんなことを言う。
「うわぁ……。やめろよなあの馬鹿達……」
「……ん。聞こえたらこっちまで巻き込まれかねなぃ」
現実を知らないというのは凄いものだ。もし『完璧女帝』とその派閥に睨まれたならば、この学園どころかこの国で生きていくことすら出来なくなる。一族郎党全て抹殺されてもおかしくはない。そう思っていると、一瞬『完璧女帝』と目が合った気がした。
「もしかして……、見られてた?」
「……ん。見てた」
「まさか……、私達が言わせてたと思われた?」
「…………ん。かもしれなぃ」
「うわぁっ!それって最悪じゃん!終わった!河村家が終わっちゃったよ!ごめんねお父さん!お母さん!」
半分は冗談だが、もしかして自分達が言ったか、自分達のグループに言わせていたと思われたのではないかという不安がよぎった。本当はたまたま席が近かっただけのまったく別グループ、どころか二人は向こうのグループにハブられているくらいの関係だが、万が一にも間違えられていたらどうしようと思いながら食事を続けたのだった。
~~~~~~~
翌日の放課後……。何故か呼び出された鬼灯と鈴蘭の前には、豪華な椅子に座っている『完璧女帝』の姿があった。放課後に教室にやってきたご令嬢達の一団に連れられて、やってきたのがこの女帝、九条咲耶様の御前だったのだ。
「……どうしてこうなった?」
「……ん。昨日の食堂のせぃ?」
「あ~……」
思い返してみれば、初日にロータリー付近で会った時から顔と名前を覚えられていた。しかもその日の食堂では馬鹿達が聞こえよがしにあんなことを言い、そのすぐ隣には自分達が座っていた。顔を覚えられていた自分達が、四組の外部生達とつるんであんなことを言っていたと勘違いされた可能性は高いのかもしれない。
二日目は何事もなく進み、放課後に帰ろうと思ったら突然お嬢様の団体が四組に乗り込んできた。外部生達は誰が誰だかわかっていなかったが、四組に編成された内部生達はその一団がやってきたことで大パニックを起こしていた。それに鬼灯と鈴蘭もその面子が九条咲耶様にいつも付き従っているご令嬢達だということ自体は把握していた。
『河村鬼灯と加田鈴蘭っていうのは誰?』
派手で勝気なご令嬢が開口一番にそう言った。教室中の視線が二人に突き刺さる。さっさと名乗り出て向こうへ行けという圧力が半端ではない。
『私が河村鬼灯だけど……、貴女達は?』
『……ん。加田鈴蘭』
『私は徳大寺薊よ』
『西園寺皐月です』
『『――ッ!?』』
前に立つ二人の名前を聞いて鬼灯と鈴蘭は目を見開いた。徳大寺と西園寺と言えば七清家の一角だ。地下家で派閥も違う自分達にとってはまさに雲の上の存在とも言える。
『私は河鰭譲葉だよー!』
『武者小路蓮華です』
『北小路椿です』
『東坊城茜』
『『!?!?』』
次々飛び出す名前に理解が追いつかない。本来なら自分達が話す機会もないような人物達ばかりだ。それが揃ってやってきて一体何の用だというのか。頭が真っ白になり何も考えられない。
『咲耶様が貴女達をお呼びよ。ついてきなさい』
『『…………え?』』
鬼灯と鈴蘭はまた呆けたままお互いに顔を見合わせた。『完璧女帝』九条咲耶様からの呼び出し。そして今までのこと……。どう考えても碌な事ではないだろう。それだけはわかる。しかし断る術もない二人は、完璧女帝の最側近、二人の女王と四天王に連れられて、九条咲耶様の待つ部屋へとやってきた。そして今、二人は完璧女帝の前に立たされていた。
一体何を言われるのか。自分達はどうされてしまうのか。緊張のあまり顔が真っ白になっていた。
「咲耶様!件の二人を連れてきました!」
「…………ありがとう。薊ちゃん」
「いいえ!咲耶様のご命令とあらばどんなことでもこなしてみせます!」
二人のやり取りを見て、鬼灯と鈴蘭は両者の立場の圧倒的違いをまざまざと見せ付けられた。地下家である二人からすれば、九条も徳大寺も遥か格上の雲の上の存在だ。どちらも圧倒的に上すぎるために鬼灯と鈴蘭にとっては両者の実力差というのがどの程度なのかわからなかった。しかし今はっきりわかった。
徳大寺ですら九条にはまったく敵わない。そこには明確な差があり、両者の立場ははっきりしている。七清家ですら九条家には、五北家には絶対服従なのだ。その関係性を今目の前で見せ付けられている。それだけでも恐ろしい。七清家の徳大寺ですらあれだけ謙っているのだから、地下家など九条家から見れば塵芥にも等しい存在なのだろう。
「さて……、河村鬼灯さん、加田鈴蘭さん……、学園生活はいかがかしら?」
九条咲耶様は、スッと目を細めて、冷酷な笑みを扇子で隠しながらそう問うてきた。その言葉の意味する所がわからずしばし考える。そして答えに行き着いた。
初日から、最初から顔と名前を覚えられていた。そしていきなり接触され声をかけられた。そうかと思うと教室に行ってみれば、内部生貴族、外部生貴族、そして外部生一般家庭の生徒達にまでハブられイジメが始まった。食堂でもあんなことを言われていたにも関わらず、その場ではすぐに何も言わずこちらを見ていただけ。そして今日の放課後に突然の呼び出しとこの問いかけだ。
それらの事実が示している答えは一つ……。
「そう……。あの四組中からの、ううん。学園中から除け者にされてるのは……、貴女の指示なんだ……」
「……ん」
入学式が終わって、翌日、初日からいきなり鬼灯と鈴蘭へのこの仕打ちが始まった。まるで誰かに統率されているかのように唐突に、しかし完璧に……。これは裏で誰かが糸を引いているとしか思えない。でなければ新学期が始まってすぐにここまで連携して徹底的に全員がこんなことをするはずがない。
そしてまるでそれを誇示し、自分達に示すかのように呼び出し問い質す相手……。誰が裏で糸を引いているかは明確……。いや、それをあえて示すために今日呼び出したのだろう。そもそも一日で学園中を動かせる立場の人間など他にいない。
「学園中から除け者に?」
余裕の表情で、目を細めてわざとらしく小首を傾げる。そこには学園を支配する女帝の余裕があった。
「もういい。そっちがその気ならこっちにも考えがある。どうして私達に目をつけてこんなことをするのか知らないけど……、こっちだって黙ってやられるつもりはないから」
「……ん!」
それだけ言うと、鬼灯と鈴蘭は女帝、九条咲耶とその取り巻き達の前から立ち去り、呼び出された空き教室から出て行った。
何故自分達がこんな目に遭わされなければならないのかはわからない。九条咲耶やその取り巻き達に狙われるようなことをした覚えはない。もしかしたら理由もなくただ何となくターゲットにされただけなのかもしれない。あるいは何らかの意図があるのかもしれない。それは二人にはわからないが……、黙っている二人ではなかった。
九条派閥の者達が自分達に宣戦布告してきたのだ。だったら我が身を守るため、鬼灯と鈴蘭は取れる手段は全て取ろうと覚悟を決めたのだった。




