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第四百三十三話「四人目」


 中等科に上がって最初ということでまだ本格的な授業もそう進まず、何ともフンワリした一日が流れている。うちのクラスメイトは全員内部生だからお互いにある程度顔見知りばかりだ。初等科で六年間も過ごしていれば、特別仲が良いわけではなくともほとんど全員顔見知りみたいになっている。


 でも中等科の先生からすれば俺達は全員今日初めて会う相手であり、まずは生徒の顔と名前を覚えたり、自己紹介を聞いたり、どのような生徒なのか確認していく作業というものが必要になる。いきなりカツカツと授業が進んでいくわけではなく、そうしたゆったりした時間を過ごしながらあっという間に午前の授業が終わっていた。


「こちらの食堂も綺麗ですね」


「まだ出来て間もないですから」


 中等科の食堂にやってきたけど初等科の食堂と同様にまだ新しく綺麗だった。初等科の食堂よりは後からオープンとなったけど、別にこちらも今年からオープンというわけではない。すでに出来てから時間が経過しているけどそれでも十分に真新しく綺麗だった。


「システムも初等科と同じものですから私達には慣れたものですね」


「そうですね。あとは味がもう少し良ければ良いのですけど……」


「「あははっ……」」


 毎日のように食堂を利用している身としては食堂の料理はもう少し改善してもらいたい。まずいとまでは言わないけど、咲耶お嬢様グループの皆が食べるにしては少々レベルが低い。


 給食でも惣菜でも何でも、短時間に少ない人手で大量に作らなければならない。コストの問題もあるけど何よりもネックなのはそこだろう。一つ一つ料理人が手間暇をかけて手作りしている料理と、パートのおばちゃんや機械で大きな鍋に具材と調味料を放り込んで混ぜているだけでは出来が違うのは当然だ。


 仮に同じ材料と調味料を使っているとしても予約席の方の味が改善されている理由は、事前に料理が決まっており、料理人が決まった量だけ手作りしているからだ。食堂の方は何がどれだけ出るかもわからず、とりあえずこれくらいあれば良いだろうという量を目安に大量に作っている。


 食堂の方は何が何個必要かもわからないのに、いちいち料理人達が一つ一つ手作りしている暇はない。注文があってから作っていてはお昼休みに全員を捌くことは出来ないからな。


 システムや人件費や休憩時間の兼ね合いから止むを得ないというのはわかるけど……、それならもうちょっと予約席を増やすとか……。


「咲耶たん達はこの新食堂の建設費を負担したんすから、毎日予約席を利用出来るようにしてもらえば良いんじゃないっすか?」


「杏さん!?」


 急に話しかけられて驚いた。そちらを見てみれば杏が手をひらひらとさせながらこちらに向かってきていた。


「皆様御機嫌ようっす!」


「御機嫌よう」


「こんちゃー!」


 自然と俺達に合流した杏が皆に迎えられる。皆も杏が混ざっても特に何も言わない。杏の今大路家が地下家と言っても、初等科の頃から下級生達、地下家や一般生徒達とも一緒に食事をしていた。今更杏が地下家だからととやかく言うような子は俺達のグループにはいない。


「私達はそれでも良いと思いますけど……」


「咲耶ちゃんは反対ですしね……」


「そうなんすか?どうしてまた?」


 皆はちょっと眉尻を下げて困り顔というか呆れ顔になっている。杏は本心から疑問なのか不思議そうな顔をして首を傾げていた。


「確かに……、食堂の建て替え費用も、運営資金の不足分も全て五北会が負担しています。ですがだからといって私達だけ特別扱いを受ければ他の学園生の皆さんに示しがつかないでしょう。費用と資金を負担した者がそれだけ優遇されるというのは当然のことですが、私達がそれを笠に着てそのように振舞うのは学園にとっても他の学園生の方達にとっても良いものではありません」


 まぁややこしい言い方をせずストレートに言ってしまえば、本当なら俺達が負担しているお金の分だけ権利が与えられて当然だけど、それを見ている周囲の者達は『咲耶グループだけ優遇されている!ずるい!』という感情を持つということだ。


 人というのはどれほど良く出来た人でも与えられてばかりだとそれを当たり前だと思ってしまうようになる。そしてそれを当たり前だと思うようになれば『もっとよこせ』『もっとよこせ』と言い出してしまうものだ。


 それぞれが自分でお金を払っている店でも、小額しか払っていない自分と、大金を払っている他人に対するサービスが違っても文句を言う者がいるというのに、そもそも完全無料のように思っている学園の食堂で、特定の者だけが優遇されていれば当然それに文句を言い出す者が出てくる。


 それが『負担を負っている分だけ貰える当然の権利だ』というものだったとしても、納得しない者は納得しないし、そもそも理屈も話も通じない者というのはいるものだ。


「はぇ~……。普通なら金銭的負担を負ってる分くらいは要求しそうなものっすけどねぇ……。うちらのような貧乏人なら特にっすけど!」


「素晴らしいです!咲耶様!」


「咲耶ちゃんというのはこういう方なのですよ」


 う~ん?何か勘違いされた?俺はただ例えそれが『負担に見合った当然の権利』だったとしても、他人から見て俺達だけ特別扱いで優遇されているように見えるから、そこから余計な妬みや恨みを買うのが嫌だなというだけの話なんだけど……。それでなくとも咲耶お嬢様は悪役令嬢補正なのか、何をやっても悪いように受け取られるし……。


「あの~……、それで物は相談なんすけど……、これからは私もお昼をご一緒させてもらってもいいっすか?」


「え?ええ、私は構いませんが、皆さんは?」


「いいよー!」


「少し人数が減って寂しかったので入ってもらえるとうれしいです」


「杏なら大歓迎よ!」


 少しソワソワモジモジしながら杏がそんなことを言ったので皆にも聞いてみた。でも皆の答えは一瞬で満場一致だった。


「そういうことですので杏さん……、これからはご一緒しましょう」


「本当っすか!?ありがとうございますっす!うれしいっす!」


 パァッと表情が明るくなった杏が小躍りしながらはしゃいでいた。とても可愛らしい。これで中等科三年生とは……。いや、悪い意味じゃなくてね。子供っぽいという意味じゃなくてとても可愛い。まるで年下を相手にしているようでギュッとしたくなってしまう。まぁ精神的には俺は成人男性なんだから杏の方が精神的には年下と言えば年下なんだろうけど……。


「あっ……。でも私達は週に一度は予約席を利用したいと思っていますので、杏さんも予約席を確保していただくか、その日は別になってしまいますよ」


 皆が言うように、初等科を卒業してしまったから下級生達と一緒ではなくなってしまった。俺達のグループだけだと少し寂しいように感じていたけど、元気で明るい杏が一緒になってくれるならきっと楽しいに違いない。


 ただ初等科の時もそうだったけど、俺達は出来るだけ予約席も利用したいと思っている。たまにはおいしい食事でも摂らないと、毎日食堂の料理じゃ我慢出来ない。秋桐達はあまり予約席は利用していなかったから、俺達が予約席を利用する日は別々になっていた。杏にもそのことは言っておかないと後でびっくりさせてしまうだろう。


「今月はもう仕方ないとしても、今後は事前に寄付の口数や予約を取る日を教えておいてもらえたら、私も寄付して一緒の席にしてもらうか、無理ならその日は一人で食べるっすよ!」


「そうですね。それではそういうやり取りも今日のうちに決めてしまいましょうか」


 この日俺達は食堂で話し合い、今後昼食をどうするか、連絡方法はどうするかなどの詳細を話し合った。


 ちなみにこの日茅さんは間違えて初等科の食堂に行ってしまったそうで、俺達と合流したのはかなり後になってからだった。そして俺の昼食については引き続き皆がお弁当を持ってきてくれることになり、普通の食堂を利用する可能性はかなり低くなった。


 ただ予約席の時は俺も普通に予約席の料理をいただくことになり、皆で普通の食堂を利用する時だけ皆が交代でお弁当を用意してくれるということで決着したのだった。




  ~~~~~~~




 あっという間に一日が終わり、放課後に五北会へ行こうとしていた時、空き教室の方から話し声が聞こえてきた。一緒に中等科五北会のサロンへ向かっていた薊ちゃんと皐月ちゃんは気付かなかったようだ。二人には今日が中等科五北会の初日だし、先に行っておいてもらおう。


「薊ちゃん、皐月ちゃん、先に五北会のサロンへ向かっておいてください。私は少し野暮用で遅れます」


「え?」


「そうですか……。わかりました。それでは行きましょう、薊」


 薊ちゃんはポカンとしていたけど、皐月ちゃんは何かを察したという顔をしてすぐに薊ちゃんを引っ張ってサロンの方へ向かってくれた。それを見送ってから俺は声のした方へ向かった。そこに居たのは予想した通りの人物達だった。


「押小路!頼む!まだ新入生のお前に言うのは早すぎると思うけど次の選挙で生徒会に入ってくれ!」


「…………立候補はしても良いですが、選挙で通るとは限りませんよ」


「おおっ!引き受けてくれるか!お前なら絶対通るよ!生徒会長を任せられるのはお前しかいないんだ!」


「ちょっと待ってください。いきなり生徒会長は無理でしょう?立候補するにしてもまずは他の役職から……」


 覗き込んだ先で話していたのは予想通り、三年生の現生徒会長、速水石榴と、新入生の中で例の大小コンビ並の超重要人物……、俺が出会うのは四人目となる攻略対象、押小路(おしのこうじ)(まさき)だった。


 速水石榴の速水家は藤原北家良門流、下北面の地下家だ。一度絶家しているからかつての速水家と同じというわけじゃないだろうけど、一応継いでいるのだからそういうことになる。そして……、超重要人物、押小路の方だけど……。


 押小路柾……。中原氏嫡流の大外記の地下家だ。同じ押小路の名を持つ堂上家がいるけど、そちらは藤原北家閑院流三条西庶流なのでまったく血の繋がりもない。いや、まったくというのは語弊があるけど、まぁ出自の異なる別の家だ。


 日本全国の田中さんや鈴木さんが皆親戚や血縁というわけじゃないのと同じように、貴族家にも同じ名でも出自が異なる偶然同名の別の家というのも多数存在する。


 中原氏と清原氏は明法道を家学とし、中家、清家と呼ばれていたライバル関係だった。清原氏の家は上に出世して繁栄したのに対し、中原氏は横に繁栄し数多くの官僚を輩出することになった。清原氏の子孫は少数の堂上家に上り、中原氏は地下家ではありながらも多数の家が実務官僚として実際の政務を取り仕切ったというところだろうか。


 その押小路柾だけど、ゲーム『恋に咲く花』では攻略対象として登場し、伊吹のライバル的立ち位置の人物ということになる。ゲームでは生徒会に入っており、二年の秋からは生徒会長を務めることになり、柾ルートを攻略するつもりなら主人公も生徒会に入ることになる。まぁ柾ルート以外でも生徒会に入ることはあるけど……。


 冷静、冷徹、無口なことと、ゲーム時のキャラ絵やパッケージが黒髪という設定ながらも、個性を出すためかほとんど銀髪のようだったこともあり大部分からは『冷徹王子』、風貌のため一部からは『銀狼王子』などと呼ばれていた。


 少なくともゲーム中では速水石榴が言ったように、五北会の近衛伊吹と渡り合える生徒会長は押小路柾しかいない。生徒会の方が立場が圧倒的に弱いながらも、何とか問題を乗り切っていくやり手の生徒会長へと成長する。


 柾ルートなら主人公も生徒会に入っており、二人で一緒に内部生貴族達を抑えて問題を乗り越えていくうちに二人のロマンスも進んでいくという感じだ。


「今から選挙対策をしていけばいきなり生徒会長もいけるよ!」


「それも違反ではないですか?選挙活動は選挙期間にしかしてはいけないはずでしょう」


 まぁこれは柾の言うことの方が正しいな……。実際に選挙というのは決められた選挙期間以外に選挙活動をしたり、名前を売るような行為をしてはいけないと決められている。


 五北会は選挙も引退もないからいつまで会長を続けるというのは会長本人の判断となる。伊吹のようにいつまでもぼーっと会長をしているウマシカもいるし、有力な後輩が入ってきたからと今の会長が今月で辞めてもおかしくはない。


 それに比べて生徒会役員というのは任期が決まっており、選挙の日取りも大まかに決まっている。クラブなどが夏や秋の大会などが終わると三年生が引退するように、生徒会も二学期に選挙を行うことになっている。三年生達は受験などもある……、わけじゃないけど一応そういう決まりだ。


 他の学校だと三年生は進学や就職があるから二学期くらいには引退させようということなんだろうけど、藤花学園だと大学までエスカレーターだから、無理に二学期に全員引退しなければならないということもないな。でも他の学校に合わせてそういう風に決められているんだろう。


 ゲーム時にも高等科で一年の二学期の選挙では生徒会長にはならなかった。二年の二学期から三年の二学期にかけてが生徒会長の期間だ。こちらでも恐らく今年の選挙は他の役職から出るつもりだろう。


 別に俺は生徒会にも押小路柾にも興味はない。今日は偶然こんな場面に出くわしたから聞き耳を立ててしまったけど、今後も『冷徹王子』押小路柾には関わらないようにしなくては……。



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― 新着の感想 ―
[一言] あっこれはこの子もあの三人と一緒に咲耶ちゃんを追っかけるヒーロー(笑)に仲間入りする……(ry
[一言] 柘榴君、押し付けるつもりだな
[良い点] 茅さんの咲耶様への執着が半端ないww。 この勢いだと、社会人になっても乗り込んで来そうww。 [一言] 原作では、伊吹と柾が対立関係という設定だけど、この世界の伊吹は、咲耶様のせいでポンコ…
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