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第四百三十二話「二人のポジションは……」


 昨日は入学式やその後の説明や自己紹介だけで終わった。今日からが本当の意味での中等科の始まりだ。そして中等科になったからといって俺の何かが急に変わるわけでもなく、いつも通りに百地流の朝練に行ってから少しゆっくりめの時間に中等科へと登校してきた。


 中等科に変わったとはいっても、確かに正門もロータリーも玄関口も初等科とは別だけど、藤花学園は全て内部で繋がっており歩いて移動出来る程度の距離しかない。道路が混雑しないように正門の配置などは考えられているようだけど、初等科に通っていたのとほとんど変わらない状況だ。


「御機嫌よう!九条様!」


「九条様御機嫌よう」


「ええ。御機嫌よう、皆さん」


 今日が普通の登校初日ということになるけど、ロータリーに着いてみれば思ったよりもたくさんの生徒達が登校してきていた。初等科の頃はこの時間にはまだこんなにたくさん人がいなかった気がする。皆中等科になったから意識が変わって早く登校してくるようになったのか。それともただ今日が初日だからたまたま早いだけなのか。


 そんなことを考えながら周囲を見渡していると、ロータリーの端の方で雰囲気のおかしい一団を見かけた。どうもこちらから見ていると二人の生徒が周囲を囲まれているのが見える。もちろんただそれだけだったら普通に友達とお話をしているだけかもしれないけど、どうにも様子がおかしい。


 少しだけ聞き耳を立ててみれば、どうやらその一団は予想通りというか、見たまんまというか、囲まれている二人が周囲の者達に絡まれているようだ。内部生ならこんなことをするはずがないし、顔が見えているのは見覚えのない生徒ばかりだから恐らく外部生達なのだろう。


 本当はあまり下手に関わらない方が良いんだろうけど、もし致命的なイジメなどに発展してしまったら今後の俺の生活、いや、人生、いやいや、九条家の破滅に関わるかもしれない。出来るだけ平穏無事な学園生活を送るためにも少し様子を見ておいた方が良いだろう。


「貴女達……、何をしているのかしら?」


 いきなりこちらから高圧的な態度で接しては相手も態度が硬くなってしまうだろう。そこで俺は出来るだけ柔らかく声をかけることに注力した。あくまで『何か騒がしいようですけどどうかしましたか?』という風に話しかける。これでいきなり俺の方から『お前達!何をしているんだ!』とかいう態度だと余計に揉める可能性もあるからな。


「何よ……?あんたには関係ないでしょ?」


 お?囲んでた方のリーダー格のような女の子がそう答えた。何か新鮮な言葉遣いだな。前世ではこういうのが普通だったはずだけど、こちらに生まれて記憶を取り戻してからもう随分経っている。その間に俺もこちらでのお上品な話し方に成れ切ってしまっていたようだ。


 でもな……、俺は前世が普通の庶民の男性だったからそんなに気にしないけど、この学園でそんな言葉遣いをしていると……。


「まぁ!九条様に向かって何て口の利き方を……」


「下品な方達ね……。外部生というのは皆さんああなのかしら……」


 やっぱりな……。周囲のお嬢様達はこういう反応になるよな……。俺しかいないところで言われたならば、俺はそんなに気にしないけど、さすがにこれだけ他の生徒もいる所でそれは良くない。君達も藤花学園に入学したのならば、少なくともそれなりには話さないといけないと思うぞ。郷に入っては郷に従えというやつだ。


「いっ、行くわよ!」


「うん」


「行こ行こ」


 周囲全てからの圧力で形勢が悪いと理解したのか、二人を囲んでいた子達はそそくさと逃げ出した。これもあまり良くなかったんじゃないかなぁ……。嘘でも上辺だけでもいいからこの場で一応謝っておいた方がよかったと思うんだよなぁ……。


 どこぞの地域では『謝ったら負け』、『謝った方が非を認めたことになり何をされても文句は言えない』みたいな国もあるけど、少なくともこの国ではそんなことはない。むしろ円滑に物事を進めるために多少下手に出たり、自分が悪くなくても謝ってお茶を濁しておくという文化が根強い。


 今この場で謝って、こちらの常識に疎くて知りませんでした、とでも言っておけばそれで終わったというのに、ああやって謝罪もせずにこの場を離れたために、この場面を見ていた子達からはあの子達は徹底的にマークされることになっただろう。


 これがきっかけで内部生と外部生に確執が出来る、というほど致命的な出来事ではなかったにしても、こういうことの積み重ねがやがてお互いの相互不信につながっていくと思う。これは思ったよりも早く手を打たないと大変なことになりそうだ。


「貴女達、大丈夫だった?あの人達に絡まれていたのよね?何もされていない?」


「はっ、はいっ!大丈夫です!助けていただきありがとうございました!」


「……ん。ありがとぅ……」


 それはともかく絡まれていた子達は大丈夫かと思って見てみれば……。


「えっ!うわぁっ!河村鬼灯ちゃんと加田鈴蘭ちゃんですよね?本物だぁっ!凄い凄い!本当に会えるなんて……、感激だわ!」


「「…………え?」」


 こちらからは後姿しか見えていなかったから気付かなかったけど、どうやら絡まれていた子達は例の大小コンビだったらしい。それを見て俺は興奮を抑えられなかった。


「あっ!?……ごめんなさい。折角だけれどあまり貴女達とお近づきになると色々とまずいかもしれないの……。それでは、御機嫌よう」


「あっ、はい……。ごきげんよう」


「……ごきげんよぅ」


 でもここではしゃぐわけにはいかない。俺は冷静を装って二人に会釈してからすぐにその場を離れた。でないとあまりあの子達と関わるとこの先の展開が変わってしまいかねない。


 そそくさとその場を離れた俺の後ろからあの子達二人の少し騒がしい声が聞こえていたけど、俺の方もそれどころじゃない。あの場では冷静に、クールに、咲耶お嬢様として完璧に振舞ったけど、本当なら今すぐ表情を崩して小躍りしたいくらい興奮している。


 あの二人は河村鬼灯と加田鈴蘭と言い……、所謂主人公(ヒロイン)の親友ポジの登場人物達だ。


 河村鬼灯……。藤原氏、三条西家諸大夫の地下家で地方在住のために中等科からこの藤花学園に入学してくる外部生だ。女子にしてはやや高身長でお嬢様らしからずショートカット。陸上部に所属していて活発で明るい性格で物怖じせず割と何でもはっきり言うタイプで、本人は自覚なく結構毒を吐く。


 加田鈴蘭……。藤原氏、正親町三条家諸大夫の地下家でこちらも地方在住。中等科から上京してきて藤花学園に入学するのは鬼灯と同じだ。鬼灯とは対照的に小柄で物静か。口癖は『……ん』というよくある無口タイプのキャラとして設定されている。ちなみに鈴蘭がしゃべると滅茶苦茶毒を吐く。


 鬼灯が無自覚に思ったことをずけずけ言って、結果的にそれが毒になっているのと対照的に、鈴蘭は本人の性格からして滅茶苦茶毒を吐くタイプだ。


 地方在住とはいうけど、それはつまり例の古都であり、鬼灯も鈴蘭も同じ地域出身、というか小学校は同じ学校に通い、藤花学園に入学してくる前からの親友同士だった。向こうの古都の方にも、藤花学園ほどではないにしても、地元に多く残っている貴族家がよく通う学校があるらしい。外部生の貴族家はそういう学校からこちらに来る者が多い。


 あの二人は中等科から入学してくるけど、中等科から始まる内部生と外部生の争いに巻き込まれ、板ばさみとなり、そういう『貴族社会のお付き合い』というものに辟易することになる。そして高等科で入学してきた主人公と同じクラスになり、すぐに打ち解けて友達となる。


 主人公と打ち解けてからは、貴族社会に疎い主人公に、下位とはいえ貴族側の立場からアドバイスしたり、外部生としてやってきた経験から外部生としての立ち回り方法などを教えてくれるありがたい存在となる。


 咲耶お嬢様とは元々犬猿の仲で二人は事ある毎に咲耶お嬢様への不満や毒を吐く。もちろん咲耶お嬢様本人には言わないけど……。


 設定によると、中等科から入学してきた二人は貴族家でありながら、その振る舞いが貴族としてなっていないと咲耶お嬢様にあれこれ嫌がらせを受けるらしい。外部生の中でも貴族家はそれほど目の敵にされないはずだけど、咲耶お嬢様は貴族家でありながら一般庶民の外部生達と親しくし、態度も悪いあの二人が気に入らないようだ。


 その結果あの二人は外部生貴族家の中でアンチ咲耶お嬢様の筆頭のようになり、しかも高等科に入ってからは親友となる主人公をいじめ倒す咲耶お嬢様にますます怒りを募らせることになる。あの二人の働きによって主人公は攻略対象達とも親しくなるし、他の貴族家達にも認められていく。


 作中ではそれほど目立たないただの主人公のお友達ポジションのように思えるけど、その実績やサポート、周囲に与えた影響などから考えれば、実質的に主人公の逆転劇の立役者とも言えるのがあの二人だ。


 まぁ他にも色々とサポートしてくれる登場人物達もいるけど、貴族の常識がわからず苦しむ主人公を助けたり、身分違いの恋に悩む主人公を助けたり、本当に頼りになる。


 反面、俺、いや、咲耶お嬢様側から見ればあの二人をどうにかしないと破滅は避けられないような気がする。最終的には近衛や鷹司など上位の貴族家にも働きかけて動かすことになるのがあの二人だ。身分違いの恋に踏み出せずにいるのは主人公だけじゃない。攻略対象側もそこがネックになるわけで、それをあの二人が後押しして主人公と攻略対象をくっつける。


 俺が……、九条家が破滅を回避するためにはあの二人との関わり方を間違ってはいけない。思わぬ形でゲームの主要登場キャラと出会ったことで浮かれていたけど、冷静に考えてみればあの二人は九条咲耶にとっても超重要かつ危険人物だ。


 まず最低限あの二人との敵対は避けなければならない。これは近衛家や鷹司家のような五北家との敵対以上に重要だ。というより他の五北家を動かすきっかけになるのがあの二人である以上は、あの二人にそういうことをされては困る。


 でも、かといって俺があの二人と関わりすぎたら、ゲームの開始時点である高等科での流れが大きく変わってしまう可能性が高い。そうなると俺の知識が役に立たなくなるわけで、予測不能なレベルで変わってしまうのも困る。


 理想的な展開としては、ゲームの時のようにあの二人を完全なアンチ咲耶派にさせず、お互いにあまり関わらない形で遠くから見守っておくというのがベターだろう。何とか直接関わらず、俺が介入しているとバレないようにこっそり二人の動きを誘導出来ないだろうか?


「おはようございます、咲耶様!」


「御機嫌よう、咲耶ちゃん」


「咲耶ちゃんおっはよー!」


「御機嫌よう。皆さん今朝は早いのですね」


 いつの間にか辿り着いていた教室にはもう皆が来ていた。さすがに初日だから皆も気合が入っているのだろうか。いつも早い芹ちゃんと皐月ちゃんだけじゃなくて全員勢ぞろいだった。


 …………そうだ。俺があの二人と直接関わるとまずいかもしれないけど、俺以外の子達に少し手伝ってもらえばどうだろう?グループの皆に余計な負担をかけるのは本意ではないけど、将来の破滅フラグを回避するためには少しばかり手伝ってもらった方が良い気がする。


 俺はいつも自分一人でどうにかしようとして失敗してきた。俺は失敗から学べる男だ。だから皆を頼れることは頼ろう。何でも自分一人でやろうとせず、人に頭を下げてでも協力してもらえることは協力してもらわないと……。


「皆さん、実は少しご相談があるのですが……」


「まぁ!咲耶ちゃんが私達に?」


「咲耶ちゃんのためなら何でもしますよ!」


 俺がそう切り出すと皆が食い気味に応えて言ってくれた。あぁ、やっぱり皆優しいなぁ……。こんな良い子達だからあまり余計な苦労や負担をかけたり、迷惑をかけたくないと思うんだけど、やっぱり俺一人でどうにかしようとしない方がいいだろう。特に俺は年頃の女の子をどう扱えばいいかわからないし……。


「実は四組の外部生の方で、地下家の河村鬼灯さんと、加田鈴蘭さんという方が居られるのですが……」


「…………はっ!?そういうことですか……。お任せください!」


 薊ちゃんは何かピンと来たという顔をしてから自信満々にそう言ってくれた。俺はまだ詳しいことは言ってないんだけどどうやらわかってくれたらしい。


「今日の放課後は中等科五北会の初日ですし……、明日の放課後にしましょう!明日の放課後までお待ちください!」


「え?えぇ……。それではお願いしますね?」


「お任せください!」


 ただ少しあの二人の様子を見守ってもらいたいということなんだけど、明日の放課後までに詳細なレポートでも用意してくれるということだろうか?


 俺は五北家だから伊吹達と一緒に昨日の入学式の後に五北会に顔を出している。初等科でも中等科でも入学式の日に顔合わせがあるのは五北家だけだ。だから薊ちゃん達は今日が初日となる。まぁそうは言っても五北会のメンバーは固定なわけで、俺達が四年生の時の五年生、六年生が今の中等科五北会メンバーなわけだけど……。


 顔合わせといってもすでに何年も一緒だった面子ばかりで特に代わり映えはしない。でも確かに薊ちゃん、皐月ちゃんにとっては今日が中等科五北会の初日だし、色々と気合も入っているんだろう。


 明日の放課後に薊ちゃん達がどんな報告をしてくれるのかわからないけど、頼りになるお友達に相談してみてよかった。俺一人だったらどうすればいいか未だに悩んでいただろうしな。これは明日の放課後が楽しみだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アッこれはハーレム入りする可能性が微レ存 [一言] むしろ今の咲耶ちゃんの場合主人公ちゃんが虐められてたら助けに行っちゃってそのままオトしちゃいそう。
[一言] 盛大に事故る未来しか見えねえぜヒャッハー!
[気になる点] すいません。この第433話には直接関係ないのですが…質問をよろしいですか? 徳大寺薊、西園寺皐月、東坊城茜、北小路椿、武者小路蓮華、河鰭譲葉、久我竜胆の7名の、(本来の)派閥・門流は…
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