第四百二十七話「幕間」
「それにしても咲耶は凄い人気だったね」
「はぁ……。まぁ……?」
初等科の卒業式も終わり、家族で車に乗って帰る。その移動の途中で兄がそんな話を振ってきた。
「良実の時もたくさんの女の子達に囲まれていたじゃないか」
兄の言葉を聞いて父が誇らしげに頷いていた。父は兄が若い頃の自分にそっくりだと日ごろ言っている。だからその兄がモテるということは、若かりし頃の自分がモテていたのだと遠まわしに自慢したいということだろう。
ただ残念ながら今の父と兄はそっくりというほどは似ていない。さすがに親子だけあって似ているのは似ているけど、中年太りなのか、ぽっちゃりしている父と、スマートな好青年である兄は同じ血筋だろうなと思う程度には似ているけど、そっくりと言うほどには似ていない。
「咲耶に群がっていたのは女の子ばかりではありませんか……。私は咲耶の将来が心配ですよ……」
「お母様……」
母は怒っているような、悲しんでいるような、何とも言えない表情をしていた。でもそんな心配はしないで欲しい。そんな心配をして無理に俺に許婚とかをつけようとしないで欲しい。家は兄が継ぐだろうし、俺を嫁がせて他の家と縁を結ぶという機会は失うかもしれないけど、それさえ諦めてくれれば全て丸く収まる。だから俺に婚約者を探そうとか絶対にしないでくれ!
「僕もボタンを全て取られたけど咲耶ほど人気じゃなかったよ。バレンタインチョコの数ももう圧倒的になってしまったしね」
「いやぁ……。バレンタインチョコの方は……、私達は一応芸能事務所に所属していることになっているので……」
兄もチョコの数はかなり多かったけど、それはあくまで普通の一般人にしては、という話になる。タレントや芸能人はファンから大量に送られてきたりするからその数は一般人の比じゃないだろう。事務所が受け取り拒否をしている所でもない限りは、人気俳優やアイドルなんて物凄い数が送られているに違いない。
俺達はそれほど積極的に活動はしていないけど、未だに俺が昔、多仁の件でテレビに出たことや、コンサートの時に街頭ビジョンをジャックして映像が流れたことは覚えられている。それなりに話題になっているから面白がってチョコを送ってきた一般人も多い。
「無関係の所から送られてきたチョコはそうだとしても、学園関係者や社交界関係者からの分だけでも咲耶の方が圧倒的に多いけどね。それにさっきの群がっていた女子生徒の数も僕の時とは桁違いだよ」
「はははっ……」
もうあまり言わないで欲しい。母が何とも言えない顔をしている。娘が女子生徒にばかりモテていたら母親としてどう思うだろうか?人気がないよりは良いと思う親もいるかもしれないけど、俺達のような家柄や立場から考えたらそう楽観もしていられない。
もし俺がそっちの道へ走ってしまったらと思うと母としては本当に、真剣に悩んでいることだろう。まぁもう手遅れだけどね……。
俺は精神が男だから女の子が好きだし、男と必要以上に触れ合うことすらしたくない。もちろんダンスで手を握るとか、社交場で腕を組むくらいはする。それは必要だからであって、それを俺が進んでしているわけでもない。
ただ……、男と、チッ、チューしたり……、性感帯を触られたり、こっ……、子供が……、出来るようなことをしたり……、そんなのは絶対に……、絶対に御免だ!そんなことになったら相手の真ん中の足を引きちぎって、息の根を止めて、俺も腹を切ってやる!
「咲耶、凄い表情になってるよ」
「ハッ!?…………おほほっ!」
兄にツンツンとされてようやく俺は現実に戻ってきた。父と母も若干ポカンとした表情をしている。俺は一体どんな『凄い表情』とやらをしていたんだろうか?
「んんっ!まぁ……、改めて卒業おめでとう咲耶。実は今日は咲耶が好きな店を予約しているんだよ。このまま久しぶりに家族で食事に行こう」
「えっ!本当ですか?お父様大好き!」
「はははっ!それなら『パパ』と呼んでくれてもいいんだよ?」
あっ、それはお断りします。本当は『お父様大好き!』も初等科六年生くらいの女の子を演じるために言ってるだけだ。俺の好きなお店を予約してくれていたのはうれしいけど、そんなことを言うような精神年齢ではない。
「って、あっ!?ふっ、服が……」
これから食事に行くとなると俺の服がやばい。ボタンもリボンも何もない状態だ。外せるものは全て外され、取れるものは全て取られ、そして本来は取れない箇所や外れない箇所まで外されている。ほとんど襤褸切れのようになっているこの制服姿のままドレスコードのある店には行けない。
「咲耶様の衣装は用意しております。店に入る前にお召し替えいたします」
「そうですか……」
どうやら椛が着替えを用意してくれていたようだ……。って、あるぇ?よくよく考えたら椛がナチュラルに後部座席に座ってませんかね?いつもなら家族で座ってる時は椛は一緒じゃないのに……。
「助手席には柚が座っているために私もこちらに座らせていただいております」
「あぁ……、そういう……」
なるほど。前までなら運転手と椛が前に座っていればよかったけど、今は柚が前に座ってるからということか。っていうかサラッと俺の考えを読んでませんかね?
「咲耶様は考えておられることがお顔に出やすいので……」
「なるほど……、ってまたっ!?」
怖っ!?俺ってそんなに思考だだ漏れなの!?それとも椛が超能力者なのか!?
まぁそんな冗談を言いながら、卒業式の後とは思えないほどに明るく家族で食事へと向かったのだった。
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昨日は一日修行を休みにしてくれていたけど、この春休みはまた百地流の修行が詰め込めるだけ詰め込まれている。もちろん九条家のパーティーのためのマナー講習も開かれているから毎日みっちりじゃないけど、朝練と夜の時間延長は毎日だ。日中に用事があればその時間は空けてくれている程度で他には休みは一切ない。
「え~……、師匠……」
「どうした?」
早速朝練に来て師匠と会ったら昨日のことを聞いてみたくなった。
「師匠には藤花学園に通うお子さんやお孫さんはいらっしゃらないのですよね?」
「うむ。大学生の孫はおるが藤花学園ではなく地方の大学じゃな」
大学生の孫がいるというのは初耳だけど、藤花学園に通っている子や孫がいないというのは前から聞いていた通りだ。ということは……。
「それでは先日藤花学園初等科の卒業式に来られていたのは……、もしかして私のためでしょうか?」
「んっ!……んむっ。まっ、まぁそういうことになるのぅ……」
あれっ?何か師匠がプイッと横を向いてしまった。卒業式の時は俺が失敗したら作法を叩き込んでやろうとでも思っていたのか、ニヤニヤしながら俺のすること全てを見ていたようだけど、何か今日は様子がおかしいな?
「それならばお声をかけてくださればよろしかったではありませんか。ですが……、わざわざ私のために卒業式に足を運んでいただきありがとうございました」
修行開始前に俺は一応ちゃんとお礼を言って両手をついて頭を下げた。でも一瞬俺は何かよくないものを見た気がする。俺が頭を下げて師匠から視線を外す前……、横を向いていた師匠の口元がニヤァ~っと歪んでいた。見間違いじゃない。絶対に歪んでいた。これはまさか……。
「うむ。礼は受け取っておく。しかし!学校行事などで止むを得んとはいえ、ここの所修行を休んだ日が多すぎる!準備運動のあと今日は一日中組み打ちをするぞ!さっさとはじめよ!」
「ヒェッ!?はっ、はいっ!」
ほらな!ほらな!師匠と組み打ちとか気を抜いたら一瞬で腕をへし折られる危険もある。いや、骨を折られるくらいならまだ良い。下手したら、いや、下手しなくても命を落とすこともあり得る。修行の中でも一番きついメニューだ。それを最初から最後までずっとやるとか地獄でしかない。
例えば剣を振りたいからといって、剣を振るのに必要な筋肉を鍛える筋トレをするのと、本当に剣を振り続けるのではどちらが良いか。答えは考えるまでもない。筋トレならば余計な部分まで鍛えてしまう。本当にとことん剣を振ることに特化するのならば、余計な筋肉を付ける筋トレをするよりも、単純に剣を振り続けた方がより適した肉体に仕上がる。
実戦同然に組み打ちをするということは、百地流で実戦をする時に必要な箇所だけを効率的に鍛えられ、体にもその動きを覚えこませることが出来る。昔の修行は基礎体力をつけたり、柔軟や準備運動以外はほとんど組み打ちばかり行って百地流を伝授していたらしい。ただそれは当然危険も伴うわけで、修行中に体を壊したり、無理がたたって現役の寿命を縮めたりしていたという。
現代ではそこまで無謀な鍛え方をすると何かと問題になるからしていないらしいけど、たまにこうして師匠が張り切って一日中組み打ちをさせられることもある。そんな時は大体俺の悲鳴が道場に響き渡っている時だ……。
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昨日は酷い目に遭った……。まだ体の節々が痛い。これは筋肉痛とかじゃなくて床に叩き付けられたり、殴られたり蹴られたりした痕の痛みだ。昨日は何故かハッスルしていた師匠に滅茶苦茶しごかれてしまった。確かにここの所卒業旅行だの、卒業式だのと修行を休みにしてもらった日が多かったけど……、何もあそこまでしなくてもいいじゃないか……。
まぁ過ぎてしまったものを今更言っても意味はない。気持ちを切り替えて今日からは蕾萌会の講習とマナー講習も平行してやっていく必要がある。
今年はパーティーの招待客をどうにかする方法があった。それは兄に頼んでとにかくたくさん招待客を増やしてもらったことだ。
基本的にこの毎年開かれているパーティーは俺や兄が主催者となっており、その同級生……、だけだと少なすぎるから、同じ科に通う生徒達などを中心に招待している。去年までなら俺は初等科だったからそれで何の問題もなかった。でも今回のパーティーの時には俺はもう中等科に上がっている。
初等科の後輩達は呼びたい。呼ぶメンバーも人数も決まっている。でも俺はもう初等科じゃないから、高等科や中等科に比べて初等科ばかり多く呼ぶというのはおかしいことになる。呼びたい人数は決まっているけど初等科からの招待客のパーセンテージを高めたくない。ならばどうするか。答えは簡単だ。
俺と兄が中等科、高等科から呼ぶ招待客を増やせばいい。初等科から呼ぶ招待客の人数を減らせないけどパーセンテージを下げたいのならば、分母を大きくしてしまえばいいのだ。
というわけでいつもはあまり招待をしない兄に無理を言って、高等科から呼ぶ招待客を増やしてもらった。俺も中等科から呼ぶ相手をかなり増やした。結果、今年は何とか不自然にならないくらいの比率に収めることが出来た。その代わり招待客は未だかつてないほどに多くなってしまったけど……。
ともかく今年は分母を増やす作戦で何とか誤魔化した。だけど来年は同じ手は使えない。来年は兄が高等科を卒業してしまう。高等科から大勢の招待客を連れてくるというのが無理になる。今年は急ぎだったからとりあえずこんな手段にしたけど、来年以降にも後輩達を呼べるように何か考える必要があるだろう。
「おはようございます、咲耶ちゃん!」
「御機嫌よう、芹ちゃん」
百地流の朝練を終えて、マナー講習の会場前で参加者を待っていると芹ちゃんが来た。毎年毎年芹ちゃんも律儀なものだ。芹ちゃんはかなりマナーが出来ているのに、それでもこうして毎年参加してくれている。
「芹ちゃんは今年も初級コースなのですね。芹ちゃんの実力ならもっと上のコースでも、いえ、マナー講習に出なくとも十分なほどだと思いますが……」
「そんなことはありませんよ。いつもこちらで講習をさせていただいているからパーティーで恥を掻かずに済んでいるんです。それとも私が来てはご迷惑だったでしょうか?」
芹ちゃんがちょっとウルウルした目で下から覗き込むようにこちらを見上げてきた。なんって……、なんって表情と仕草をするんだ!もう!ギュッてしたい!抱き締めたい!守ってあげたい!
「そんなことはありませんよ。休みの間もこうして芹ちゃんに会えるのを毎年楽しみにしていますよ」
「咲耶ちゃん……」
「芹ちゃん」
二人で見詰め合う。ますますウルウルしている芹ちゃん……。可愛すぎる。守ってあげたくなっちゃう!これが男心をくすぐる乙女というやつか。
「咲耶た~ん……、私も来てるんすけどねぇ~?」
「ヒャッ!」
「ヒグッ!」
俺と芹ちゃんが熱く見詰め合っていると横から杏にツンと突かれてしまった。驚きのあまり俺と芹ちゃんは同時に飛び上がった。
「えっ、え~……、御機嫌よう、杏さん」
「御機嫌ようっす!あっ!写真出来てるっすよ!」
「まぁっ!それは後で一緒に見ましょう。ねぇ、芹ちゃん」
「はい。楽しみです」
「うふふっ」
「あははっ!」
「ふっふっふ~」
卒業式が終わってすぐだというのに俺達はあまり変わっていない。人間そんな急に変わったりはしないということだろう。秋桐達もマナー講習に来る予定になっているけど、卒業式の写真には興味がないかもしれない。とりあえずまずはこの三人で見てみようかな。今日も一日楽しみだ。




