第四百二十六話「初等科卒業式」
「咲耶、私達もすぐに行くがしっかりな」
「はい、お父様」
「あまり無茶をするのではありませんよ」
「はい、お母様」
今日は家族総出で見送られている。もちろん兄もいる。高等科と初等科では日程が違うからな。
「咲耶の卒業式を見に行くのが楽しみだよ」
「お兄様……、お兄様の時と変わりませんよ」
ああ。でもそう言われると次第に実感が湧いてくる。今日は……、ついに俺達の卒業式だ。父のように『しっかり』と言われても何をしっかりするのかわからないし、母のように『無茶をするな』と言われてもそもそも俺は私生活で一度も無茶なんてしたことはない。兄が楽しみだと言ってるけど、兄の卒業式の時とほとんど変わらないだろう。
前世の経験も含めて言えば卒業式なんて毎年開かれているわけで、手順やプログラムはそうそう変わらない。用意されている送辞も答辞も例年お馴染みのものだろう。卒業する本人達にとっては一度きりの思い出の式でも、毎年生徒を送り出している方からすれば毎年代わり映えしないことの繰り返しだ。
前世の俺は入学に期待を膨らませたこともないし、卒業で別れを惜しんだこともない。ただ決められた行事として淡々とこなしていただけだ。大人になってから振り返ってみれば『もっとこうしておけばよかった』『ああしておけばよかった』と思うことはあっても、普通ならそれらはもう二度と取り戻せない。だけど俺はその機会を得た。
今生の俺は前世とは色々と違うところがある。前世では泣かなかったようなことでも泣いたりする時もある。でも今回も卒業式で泣くとは思えない。別に俺が友達との別れを惜しんだりしない冷血な人間だからとか、感情がないからというわけじゃない。
藤花学園は初等科から大学まで一貫校だ。途中途中で外部生が増えることはあっても内部生が途中で抜けることはほとんどない。もし内部生が途中で学園を去ることがあればその家が没落したということだ。
仮に事業が失敗したりしても、もし学園に通っている子供がいれば親戚などからの援助で卒業まではこぎつけるのが通例であり、途中で学園を辞めることはほぼあり得ない。そこまでいくとすればよほどのことだ。
だから俺達は途中で誰かとお別れになるという可能性は誰も考えておらず、外部生が増えて友達が増えることはあっても、誰かが学園を去って友達が減るということはない。その気持ちがあるからこそ俺も卒業式と言われてもあまりピンとこないというか、悲しいとか寂しいという気持ちは湧いてこないんだろう。
「咲耶様、そろそろ……」
「そうね……。それでは椛、柚、いきましょう」
「「はい」」
今日はさすがに百地流の朝練も休みになっている。俺は普通に修行があるものと思っていたけど、師匠が今日は休みにすると言ってくれたからだ。別に卒業式と言ってもいつもの時間に学園に到着していればいいのにと思ったけど、どうやら師匠はこうして家族との時間を大事にしろと言いたかったらしい。
まだ式が始まってもいないどころか学園にも到着していないのに、母はすでに目を潤ませているし、父も兄もいつもよりテンションが高い。こういうやり取りは朝いつも通りに百地流の朝練に向かっていたら出来なかった。俺は修行があると思っていたけど……、やっぱりこういうものも大事だとわかった。
「それではお父様、お母様、お兄様、いってまいります」
家族に頭を下げて手を振って車に乗り込む。両親も兄も後から来るけど、次に家族と話せるのは式が終わった後だ。家族にしばしの別れを告げて……、卒業式へと向かったのだった。
~~~~~~~
「それでは咲耶様、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
「ありがとう。いってまいります」
学園に到着して椛と柚に見送られながら教室へと向かう。一度教室に集合してから講堂へ向かうことになっている。今日は在校生代表と卒業生しかいないからいつもと雰囲気がまったく違うようだ。
「御機嫌よう」
「九条様……、ぐすっ、ごきげんよう」
「九条さまぁ~~~っ!御機嫌よう」
「御機嫌よう九条様」
教室に着いたらすでに何人かの子は涙を流していた。いくら何でも気が早すぎるんじゃないかな?
「咲耶様!おはようございます!」
「咲耶ちゃん御機嫌よう」
「咲耶ちゃんおっはよー!」
「皆さん御機嫌よう」
今日は、いや、今日もグループの子達は早くから集合していた。やっぱり皆卒業式だからソワソワしているようだ。ほとんどは次へと旅立つことへの期待や希望じゃなくて、寂しさや悲しさのような感じがする。俺は今の所そんな感じはあまりしてないんだけど……、やっぱり俺の方が変わり者なのかな……?
暫く皆でしんみりした雰囲気になっていると時間になり、担任の先生に引率されて講堂へと向かった。学校によって色々と違うだろうけど、藤花学園では在校生代表や教職員や保護者は先に講堂に入っている。そこへ卒業生が入場することになる。
卒業生が入場してからは開式の辞、国歌斉唱、卒業証書授与、校長・来賓などの式辞や祝辞と続く。来賓のトリを飾るのは近衛母だ。壇上に立った近衛母のお腹はへっこんでいた。いつ出産したのか知らなかったけどもう産まれたらしい。
まぁそれはそうか……。あれほどお腹が目立つようになるのは本当にもう産まれる直前だ。そう言えば鷹司家のパーティーにも来ていなかったし、一月中には出産したんじゃないだろうか。そう考えれば今壇上に立てていても何もおかしくはない。
近衛家は家格一位だから今年の六年生の世代の中で全ての代表を務めることになる。役員とか会長とかとにかく全て押し付けられてしまう役だ。
確かに偉そうに踏ん反り返りたい者にとっては何から何まで役や長に選ばれる方が好ましいのかもしれない。でも俺だったら御免だなぁ……。面倒な役ばかり押し付けられて、何も得るものはない。貴族は名誉や世間体が大事だからそういうのが重要だというのはわかるけど、それにしてもなぁ……。
まぁ上位の家なら実際に本人が仕事をしているわけじゃないだろう。普通の一般家庭だったらPTAの役員とかに選ばれたら、奥さんとかがそういう仕事をしなければならないと思う。だからあまり誰もやりたがらない。だけど近衛家なら普段の仕事はメイドでも執事でも秘書でも代理の者にやらせておけば良い。
藤花学園に通えるような家で、そういった役回りに指名されるような上位の家ならば、主人夫婦がそういう雑事を直接するなんてことは考えられない。近衛母も恐らく普段は誰かに任せて、こういう席にだけ出てきて事前に打ち合わせしてある原稿を読んでいるだけだろう。
あっ……。まぁ……、近衛母は原稿は読まずに自分の言葉で語ってることも多いけど……、それでも事前に誰かに書かせた原稿を元にして自分の言葉に言い換えてるだけとか……、も、ないか?近衛母は話すのが好きそうだもんな……。人の原稿を読んだり元にしたりはしないか……。
もし俺達の世代の家がもう少しバラけていれば、各学年でそれぞれの家が代表や役をすることになって丁度良かっただろう。でも生憎とこの学年は有力な家が固まりすぎている。父は役をしなくて済んでよかったと言っていたけど、母は少々お冠だった。やっぱりそういう役をするというのは名誉や世間体的においしいというか必要なようだ。
近衛母の祝辞を終え、次は在校生代表が並び送辞を述べる。その次は卒業生が壇上に並び答辞だ。この辺りの文言はほとんどどこでも同じようなものじゃないだろうか。これも何かテンプレートがあって、ほとんどそのままに少しだけその学校で起こったことを織り交ぜる程度なのかもしれない。
在校生は五年生達と四年生の役員だけ。卒業生の答辞は全員に一言以上は言葉があるけど、卒業生代表も近衛伊吹だ。保護者も生徒も家格一位だからと全てを押し付けられるのはどうなんだろうな。俺だったら可哀想な気がしてしまうけど、得意満面になっている伊吹の顔を見ると本人は喜んでそうだ。
そこで俺は壇上からふと保護者席の方を見て……。
「ぶっ!?」
噴き出した。
「咲耶ちゃん?どうかしましたか?」
「いっ、いえ……、大丈夫です……」
危ない危ない……。卒業生が壇上に並んで来賓や保護者や在校生全員から注目されているというのに、危うく俺はこんな中で大失態を演じるところだった。でも噴き出すなという方が無理な相談だろう?
何しろ……、保護者席に師匠、百地三太夫が座ってるんだからな!
何でこんなところに師匠がいるんだ……。それも正装してるし……、紋付袴で……。滅茶苦茶目立つ!しかも保護者席に堂々と座ってるけど師匠の血縁者はいませんよね?確かお孫さんでも俺より年上で、こんな所に通ってる子や孫はいないはずですよね?それなのに何故こんな所にいるんですか!?
俺が師匠に気付いて視線を送っていると、向こうも俺が気付いたことに気付いたらしい。ニィッと笑ってるけど俺は笑えない。師匠にこんな所を見られているのが恥ずかしいというのもあるけど、何より一切失敗出来なくなった。万が一失敗でもしようものならどんな修行をさせられるかわからない。
一気に緊張感が増した卒業式だけど、何とか無事に答辞も終わり、いくつか定番の歌と校歌斉唱、閉式の辞となって終えた。在校生代表達に送られて卒業生が退場する。そして外に出ると……。
「うわぁぁぁ~~~んっ!」
「ひっ!うぐっ……」
「あぁ~~んっ!」
「うぅっ……」
式の途中から泣いている子もチラホラいたけど、外に出た瞬間気を張っていた子達も限界を迎えたのか、一気にあちこちから嗚咽が聞こえ始めた。抱き締めあっている子達。言葉をかけあっている子達。前世でも良く見た卒業式の光景だ。
あぁ……、でも……、やっぱり俺の目には涙は浮かんでこない。別に何も感じていないわけじゃない。感慨深いものはある。でもここにいる子達は全員中等科に上がる。今年度も誰一人欠けることなく、全員が藤花学園中等科に上がることになっている。それを思うとどうにも他の女の子達のように泣けない。
そうだ。女の子達のように泣けない。男の子達はほとんど泣いていない。泣いているのは女の子がほとんどだ。普通の女の子だったら泣くものなのか?俺の感性が男だから泣けないのだろうか?
「ざぐや゛ざま゛~~~っ!」
「薊ちゃん……」
もう大泣きしまくりの薊ちゃんが抱き付いてきたからヨシヨシと頭を撫でてあげる。だけどそれがよくなかったのかもしれない。
「「「咲耶ちゃ~~~ん!」」」
「ちょっ!ちょっ!」
一斉にグループの皆が抱き付いてきた。それだけならまだよかったんだけど……。
「九条様!」
「九条様~~~っ!」
「咲耶様!」
「ひぃっ!?」
物凄い数の同級生の女の子達が俺に群がってくる。大勢のゾンビに囲まれたやられ役のように、身動きも取れずに完全に飲み込まれてしまった。
「九条様のボタンをください!」
「あっ!ずるい!私にもください!」
「九条様!」
「九条さまぁ~~~っ!」
「おっ、落ち着いて……、ひゃっ!?」
皆にもみくちゃにされて、まるで巨大な押し競饅頭の中にいるような気分だ。体もベタベタと触られている。
「まっ、待って……、ああぁぁぁ~~~っ!」
その波が収まるまでしばらくかかったのだった。
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記念撮影が始まって、ようやく俺は一度解放された。でもかなりボロボロだ。ボタンなど制服のアレやコレやがなくなっている。俺があまりにあんまりな姿なので一度化粧直しの時間が与えられ、何とか取り繕ってから撮影となった。ちなみに制服はこうなるだろうと予想して椛が予備も持ってきてくれていたらしい。
俺達は成長したり、汚したりするから制服を何着も持っている。椛は三着も予備を持ってきてくれていた。そしてそれは全てなくなると着替えている間に宣言された。着替えてもまたあのようにもみくちゃにされるだろうと……。
「皆さん、先ほどのようなことはやめてください。まだ私が使用していた制服の予備があります。全員に望む通りに行き渡るとは限りませんが、次にあのようなことをされる方がいた場合は……」
「「「ひっ!?」」」
俺が少し威圧すると皆一気に顔面蒼白となっていた。これだけ脅しておけばさっきのようなことにはならないだろう。というわけで、全員の記念写真などを終えた後はあちこちで個人的な撮影などが行われる。家族と撮ったり、仲の良い友達同士で撮ったり……。
「咲耶たん!家族写真は私に任せて欲しいっす!」
「おお。君か。前に贈ったカメラを使ってくれているんだね。それじゃあこの子に任せようじゃないか」
「ありがとうございますっす!」
父は杏に有名カメラメーカーのオリジナルモデルを贈ったことを覚えていたらしい。うちのカメラマンも撮影してるけど、杏にもしてもらおうと何枚も写真を撮った。それから仲のよかった子達だけじゃなくて、あまり接点のなかった子達にも頼まれて撮影につぐ撮影地獄だった。
そして撮影を終えると今度は……、俺のボタンが欲しいとか、もう布切れ一枚でもいいから欲しいなんて俺の制服を切り裂きかねない勢いで女の子達が殺到してきた。結局椛が持ってきていた予備も全て希望者達に奪われ、俺はほとんど何もついていないボロボロの制服を辛うじて纏っているだけの状況だ。
「さすがは咲耶様ですね」
「咲耶ちゃん大人気だねー」
「まぁこうなると思っていましたが……」
「ちょっと思ったよりも凄い勢いでした……」
皆が少し疲れたような顔でそんなことを言っていた。式が終わった直後は皆泣いていたけど、あんな騒ぎがあったせいか、いつの間にか泣き止んでいたようだ。
「まぁまぁ……。こういうのも私達らしいではありませんか」
「そうですね」
「そうだねー!」
「「「あははっ!」」」
うん。皆に笑顔が戻った。またすぐに中等科で会うことになるし……、俺達に涙は似合わない。どんな時も、皆で一緒に笑っていられるように……、これからもしっかり破滅フラグ回避をしていかなければ……。
「私……、実はさっき九条様のお胸を触ってしまったわ!」
「ふっふ~ん!私なんてお尻よ!」
「私だって太腿に触れたんだから!」
「何よ!」
「何よ!」
何か……、向こうの方で集まってる女子達が変な会話をしてないかな?俺の聞き間違いか?
「私もうこの手を一生洗わないわ……」
「私だって……」
「ちょっと!右手に触らないで!私はこのまま何も触れずに家に帰ってから、九条様に触れた右手で楽しむんだから!」
何をっ!?何を楽しむの!?それから手はちゃんと洗ってね?
最初はしんみりした卒業式だったはずなのに……、何だか結局いつも通りに騒がしくなってしまった。まぁ……、俺達の世代にはこれくらいが丁度良いのかもしれないな。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ようやく……、ようやく初等科卒業、初等科編終了といったところです。日常系の作品なのでどこで何編が終わり、始まりという明確な分け方なく書いてますが……。
そして次回からは中等科編です!……と言いたいところですが、まだ春休みもあるのですぐに中等科が始まるわけでもなく、結局春休みが初等科編なのか、中等科編なのかも曖昧ですが、一先ず咲耶様達は初等科卒業おめでとうございます。読者の皆様はここまで読んでいただきありがとうございました。そしてここからさらに成長した咲耶様達の物語をお楽しみに!




