第四百二十三話「卒業旅行終わり」
ホテルを出て俺達が最初に向かったのは『西の神宮』と呼ばれる大神宮だ。修学旅行で立ち寄った向こうの神宮の神霊を勧請して創建されている。神社仏閣なんてどこも同じように見えると言えばそうなんだけど、こうもあちこちを見ているとその違いも何となく感じるようになってきた……、気がする?
まぁ生憎俺は敬虔な信者でもないし、見て『へぇ』と思う程度でそれほど興味があるわけでもないので詳しい解説は出来ない。皆もまだ初等科の子供だし、神社仏閣なんて見ても面白くないんじゃないだろうか。じゃあ何故ここへ観光に来ているのかという話になるけど……。観光なんてそういう所を見るくらいしかすることがないしね。
大神宮にお参りしてから次に向かったのはそこから比較的近くにある寺院だ。国宝の五重塔があり、境内は公園と呼ばれて梅や桜の名所となっている。でも残念ながら今の季節は梅には遅すぎ、桜には早すぎる。元々花見が目当てだったわけじゃないからシーズン違いだ。
そもそも俺達は花見シーズンは社交界での付き合いがあるから、そういう時に自分達で好き勝手に見たい所へ見に行くのは難しい。花見のパーティーなどがあるからそういうものに顔を出している間にシーズンが終わってしまう。しかも名所とか見所は大体行くことになるし……。
それはともかくこちらの公園だけど、確かに綺麗で見所も多いけど国宝の五重塔とか言われてもあまりピンとこない。残念ながら俺が神社仏閣にあまり興味がないからだろう。詳しい人ならこれを見て興奮出来るのかもしれないけど、俺にとっては他の塔との違いとかもあまりわからないし……。
「あれは……」
「やぁ、奇遇だね」
池の向こうに見える五重塔を見学していると、今朝会ったばかりの若者と出会った。奇遇とか偶然とか絶対嘘だろ。いくら俺でもそれくらいはわかるぞ。
「どうして五辻様がこのような場所におられるのでしょうか?」
「いやいや、ここって有名な観光スポットでしょ?俺だって折角旅行に来たら観光くらいするよ。それとも俺は観光もしちゃいけないのかな?」
「そのようなことはありませんが……」
確かに同じ場所に観光に行く可能性は極めて高い。ホテルが同じだったということはその近辺の有名な観光名所に行くつもりだったからというのは当然だろう。それはわかるけどあまりに不自然すぎる。
「咲耶ちゃん、早く行きましょう」
「ええ、そうですね……。それでは五辻様、御機嫌よう」
「ああ、またね」
何かチャラい笑顔で手を振っている。俺達はその場をすぐに離れたけど五辻樒は暫くそこに留まっていた。でも遠く離れてから振り返ってみれば、何やら寺院の観光に来たにしては不釣合いな黒いスーツにサングラスの男達と話している様子が見えた。
あれは地元のやっさんとかなのかな?五辻樒って何かヤバいことにでも関わっているんだろうか?
「咲耶ちゃんはああいう方が好みなのですか?」
「へっ……?」
あの場から救い出してくれた皐月ちゃんが俺の手を引っ張りながらそんなことを言ってきた。前を歩いているからその表情はわからない。でも言ってることはトンチンカンすぎて一瞬理解出来なかった。
「咲耶ちゃんは騙されやすいんですから、ああいうチャラい人に付いていってはいけませんよ!すぐに襲われて食い物にされてしまいます!」
「そうですよ!咲耶ちゃんはホイホイ騙されるんですから!特に男性は狼ばかりなんですから気をつけてください!」
「えぇ……、皐月ちゃんも椿ちゃんも酷くありませんか?」
何か皐月ちゃんも椿ちゃんも酷いことを言ってないか?俺ってそんなに馬鹿だと思われてるのかな?
「そういう自覚のなさが危ういんです!」
「そうです!もっと気をつけてください!」
「…………はい」
いや、俺としてももっと色々と言いたいことはあるんだけど、二人のあまりの勢いにこれ以上は何か言っても無駄だと思って素直に頷くことにしたのだった。
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神社仏閣の参拝と見学をした後はこの国最大級のカルスト台地へとやってきた。カルスト台地と言われてもわかりにくいなら鍾乳洞と言われたらわかるだろうか。鍾乳洞とはカルスト地形の中の一つだ。
まずはお土産屋さんなどが並ぶ商店街を抜けて鍾乳洞に入る。もしかしたらそこが皆の興奮のピークだったのかもしれない……。
「うわぁっ!凄いですね、咲耶様!」
「薊ちゃん、復活しましたか」
同室だったグループの皆はずっと変な雰囲気だったけど、鍾乳洞の入り口を見てかなりテンションが上がってしまったらしい。木々に囲まれ、山が裂けているかのように開かれ豊富な水が流れ出ている。その光景は確かに神秘的だ。
まぁ人工的に作られた観光用の足場が台無しにしているとも言えるけど、こういう足場や安全対策があるからこそ俺達も観光出来るわけで、どこでどう折り合いをつけるかは難しい話だろう。
「へぇっ!」
「ほぉっ!」
皆興味津々で鍾乳洞の中を歩く。でもそれも最初のうちだけだ。珍しい形だとか、何とかという名前だとか案内板があるけど、暫く見ていると素人の俺達にはどこもほとんど同じに見えてくる。
「そしてこれが……」
「百枚のお皿を並べたようだという……」
「「「う~~~ん……」」」
そしてついに皆が楽しみにしていた『百枚のお皿を並べたように見える』という場所は……、何とも言えない感じだった。
いや、凄いと思うんだけどね?確かに見所で景勝地だと思うよ?でもこう……、何というか……、目の前で見ると少しがっかりというか、遠目に段々になっているなぁと思うくらいで……、期待値が高すぎた分、何ともがっかりというか何というか。
こういうのは写真や映像で上から見るから凄いんだと思う。現地に行って見ても何だかヌルヌルの石が段々になっていて水で濡れている、くらいにしか見えない。
思ったよりも長い鍾乳洞を抜けてようやく外へと出てきた。最初ははしゃいでいた皆も長い鍾乳洞散策でお腹一杯になってしまったようだ。
「それでは上へ向かいましょうか」
「「「はーい」」」
鍾乳洞を出た俺達は上にある展望台に向かって歩き出す。距離もそんなに滅茶苦茶遠いわけでもないし、十分歩いて行ける距離のはずなんだけど……。
「ハァ……、ハァ……」
「ちょっ……、きついです……」
「咲耶ちゃん待ってぇ……」
「皆さん……、さすがに体力がなさすぎでは……」
確かに坂道だし多少歩き慣れないというのはあるだろうけど、それにしてもこんな距離を歩くだけでヒーヒー言ってるのはさすがにどうかと思うぞ。
「皆は鍛え方が足りませんね」
「咲耶様、車が通ります。お気をつけください」
「皐月ちゃんや椛は平気そうですね」
「「当然です」」
さすが皐月ちゃんや椛は平気らしい。芹ちゃんも割りと元気かな。薊ちゃんは普段元気一杯っぽいのにこういう時はだらしない。体力があるようなないような、ちょっと判断が難しい子だ。まぁ薊ちゃんの場合は本当に体力がないからというより気持ちの問題っぽいけどね。
何とか坂道を登り終えた皆と一緒に展望台から景色を眺める。見える山には露出した石がゴロゴロしていた。石があちこちから突き出している景色は確かに珍しく面白い。
「ハァ……、ハァ……」
「もう……、駄目……」
「う~ん……。皆さんは景色を見ている余裕もありませんか……」
皆はあの程度の距離の坂を登ってきただけで一杯一杯らしい。元気のある者だけでとりあえず景色を堪能しよう。そう思っているとまたあの人物と出会った。
「どうしてまた貴方が……」
「やぁ、偶然だね」
いや、絶対偶然じゃないだろ……。五辻樒は俺達の後をつけているんじゃないのか?でなければこうも行く先々で会うはずがないだろう。
「咲耶様、そろそろ移動しましょう」
「わかりました。それでは御機嫌よう」
「またね」
今度は椛に引っ張られて樒と別れる。あいつまさかグループの誰かに恋をしてストーカーしてるとかじゃないだろうな?大学生が初等科の子に恋をするとかやべぇやつじゃねぇか!しかも俺のグループの子に手を出そうなんて絶対に許さないぞ!
樒のことはともかく、少し休憩してからカルスト台地の観光を終えた俺達はマイクロバスに乗り込み、河豚が有名な海峡方面に向かって移動を再開した。今日はこれで旅館に向かって一応終わりだ。今夜宿に泊まったら明日最後にちょっと観光してから帰ることになる。残り時間は少ない。
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カルスト台地から海峡付近の海が見える温泉旅館へとやってきた。この旅館は初日のホテルよりは少々お高い。まぁ俺達が日ごろ使うホテルや旅館に比べれば安い方だけど、庶民の初等科の子供達の旅行で利用するにしては高い方だろう。
本当はこの旅館に来る前にも、とある有名な庭園に寄るはずだった。というかこの旅館から歩いても行けるんだけど皆疲れてもう歩きたくないらしい。今から行きたい人だけで行くにしてももう時間も遅い。閉園時間もあるから今から向かうくらいなら旅館でゆっくりする方がいいだろう。
「もう疲れましたぁ……」
「ぐでぇ……」
皆だらしなくだらけている。この旅館では四人部屋三部屋を取っている。でも無理やり俺の部屋に五人で寝るつもりらしい。五人部屋というのがなかったから、初日に俺と同室じゃなかった残りのメンバーがこちらに押しかけてくるつもりだという。
部屋は洋室でベッドなのに何故ここが『旅館』なのかは謎だけど、本人達がそう名乗るのならそうなんだろう。ホテルじゃないの?という突っ込みは無粋というものだ。
「少し休憩して、先に食事をいただいてからお風呂にしましょうか」
「「「はーい」」」
俺は別にお風呂が先、ご飯が先というこだわりはない。その辺りは臨機応変でいいし、先に皆で食事にしてから部屋で寛いでお風呂に入ることにした。
河豚などの名物や季節のものの会席をいただいてからお風呂の前に寛ぐ。海が見える景色は素晴らしい。お風呂も温泉で海を見ながら入れると言うし、とても楽しみだ。
「さぁ咲耶ちゃん、一緒にお風呂に入りましょう」
「えっ!?そっ、それは……」
少し部屋で食休みをしていると皐月ちゃんがそんなことを言い出した。完全に入浴セットの準備をしているし……、これはまずいのでは?
「昨日は薊達と一緒に入ったんでしょう?だったら今日は私達の番ですよね?」
「え……?え……?昨日って……?」
何だっけ……?そう……。そう言えば確か……、昨日お風呂に入っていると薊ちゃんが?
駄目だ。思い出せない。何か凄いことがあったような気がするけど何も覚えていない。そして今日は……。
「さぁ咲耶ちゃん」
「うふふふっ。一緒に入りましょう?」
「えっと……、私もご一緒します」
「ちょっ、皆さん落ち着いて……。アッー!」
~~~~~~~
「…………はっ!?えっ?ここは?」
目が覚めた俺はいつの間にかベッドで眠っていたらしい。昨日いつ寝たのかさっぱり覚えていない。起きようと思って体を起こそうと手をつくとふにゃんと柔らかい感触が返ってきた。これは……。
「あ……、ん……」
「ひぇっ!?」
俺の隣には……、あられもない姿で眠っている皐月ちゃんの姿があった。皐月ちゃん……、結構胸が育ってるな……。って、だからそうじゃない!どういう状況だこれは!?
「んんぅ……」
「えぇっ!?」
逆の隣には椿ちゃんまで眠っている。こちらも寝巻きが肌蹴ているような状況だ。何だこれは?どうなっている?
まさか茜ちゃんと芹ちゃんもどこかにいるのかと思って見てみれば、二人は隣のベッドで眠っていた。さすがにこのベッドに五人は乗れなかったか……。とはいえ昨晩何があったのかまったく覚えていない。この状況は何だ?
「咲耶様、朝の準備に参りました」
「もっ、椛っ!?こっ、これは……」
「…………良いのです。さぁ、準備のためにこちらへ」
何か今日の椛は大人しい。昨日みたいに怒ってるのかと思ったけど、そんなに怒っていないようだ。ここで朝の準備を始めたら皆を起こしてしまうからと椛と柚が泊まっていたもう一つの部屋へと案内された。そして……。
「さぁ咲耶様!あの者達が起きてくる前に!」
「咲耶お嬢様!私達にも!私達にもお情けを!」
「ちょぉっ!?椛も柚も落ち着いてくださいっ!」
椛達の部屋に入った俺はいきなり二人に襲いかかられ、ベッドに押し倒されたのだった。
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今朝は酷い目に遭った。昨晩も一昨日の晩も何があったのかさっぱり覚えていないし、何か今回の卒業旅行はちょっと怖い……。そして朝食の席でも……。
「咲耶ちゃん……、凄かったです……」
「えっ!?なっ、何のお話でしょうか……」
昨晩一緒に泊まったメンバー達が皆赤い顔をしている。そう……、同じベッドじゃなかった茜ちゃんや芹ちゃんまで……。昨晩は何があったんだ!?気になって仕方がない。
でも誰も答えてくれないし、別室だったメンバーも今日は何も言わないようだ。皆それぞれ堪能したからもういいらしい。一体何をどう堪能したのか説明して欲しい!
ともかく旅館で朝食を済ませた俺達は海沿いに移動して帰る前に最後の観光を行った。まず向かったのが台場跡だ。特に何かあるわけでもないんだけど、薊ちゃんがどうしても寄りたいというので寄った。そこから少し進んだ山の上にも砲台跡がある。そちらにも寄った。
今回はさすがに山登りは嫌だったのかロープウェイで上まで登る。コンクリートやレンガの建物跡が残ってるだけだけど……、まぁ海峡を見下ろす景色は良い。
「薊ちゃん、このようなものでよかったのですか?これなら空港も最西端の方じゃなくて軍民共用飛行場の方を利用すればよかったですかね?」
「いえ!確かに飛行場の方にも興味はありましたけどこちらはこちらで素晴らしいものです!ロマンですよね!」
「薊ちゃんが良いのなら良いのですが……」
台場跡や砲台跡は特に何かあるというわけでもない。俺達が見ても特に面白いものだとは思わなかったけど、薊ちゃんが満足ならそれでいいか。
砲台跡を見た後は一度海峡を渡る橋を通り過ぎて神宮へと向かう。この地で滅んだ家や天皇を祀るためのもので昔は仏式だった所だ。耳をもぎ取られた盲目の琵琶を弾く僧のお話の舞台と聞けばほとんどの人はわかるだろう。
神宮を参拝した後は戻って橋を再び通り過ぎ古戦場跡へとやってきた。ここにはかの有名な人物の像や大砲のレプリカが置かれている。この公園は先の台場跡や砲台跡よりはわかりやすく見応えもあるかもしれない。
「それでは最後に歩いてトンネルを渡りましょうか」
「「「はーいっ!」」」
最後はこの海峡を歩いて渡る。ここは歩行者用の人道がある。エレベーターで地下へと降りて歩く。
「よい……、しょっ!」
「ジャーンプ!」
「「あははっ!」」
皆で地下トンネルに引かれた県境を飛んで超える。ただのトンネルで何かあるというわけでもないんだけど、こうして皆で歩くだけでも思い出になるものだ。
トンネルを抜けて隣の島に渡った俺達は待っていた車に乗り込み空港へと向かった。本州最西端の空港へ戻るのではなく、向かうのはこちらの島にある埋立地の空港だ。こんなすぐ近くに空港があるなんて無駄というか、この国の行政もどうかとは思うけど……。
ともかくこちらの空港から飛行機に乗った俺達は都内へと戻った。二泊もするなら長いと思ったものだけど、こうして振り返ってみればあっという間だった。まだ時間は早いけど皆も疲れているだろうし明日からはまた学園だ。今日は早く解散しよう。
「それでは皆さん、お疲れ様でした。とても楽しい旅行でした」
「何だか寂しいねー……」
「もうお終いだなんて……」
空港で……、何だかしんみりした空気になってしまう。確かにこういう楽しい時間の終わりというのは寂しくなるものだ。でも……。
「明日からまた学園でお会い出来るではありませんか。今日無理をして明日休む羽目になるよりも、今日早く帰って休み、明日からまた学園でお会いしましょう」
「そう……、ですね……」
「それじゃまたね!」
「また明日!」
そう言うと皆も表情を明るくしてそれぞれ別れていった。俺も寂しいけどこれでいいんだ。何もこれで終わりじゃない。また明日があるさ。
「やぁ、お疲れ様」
「げっ……」
皆と別れて、俺も帰ろうと思ったら再び樒が現れた。こいつ……、絶対ストーカーだわ……。
誰だ?誰を狙っている?元気な薊ちゃんか?見た目お淑やかな皐月ちゃんか?半家の五辻家からすると七清家の二人より他の子達の方が現実的か?
こいつが一体誰を狙っているのかは知らないけど、こんな変態ロリコンストーカーに皆は渡さないからな!
そう思って睨みつけてから無視して俺も家へと帰った。家では両親や兄に迎えられて、お土産を渡して少し話をしている間に俺も眠くなってきた。俺も思ったよりも疲れていたようだ。その日はあっという間に眠りに落ちて、すぐに月曜日になっていたのだった。




