第四百二十一話「卒業旅行へ」
三月十四日のホワイトデーは特に問題もなく無事に終了した。バレンタインデーは俺が受け取る側で、物凄い人数が殺到してくるから大行列になってしまうけど、ホワイトデーは俺が渡す方なのでそんな大混雑にならない。
俺が直接渡すのはグループの皆くらいだし、俺が受け取るのもグループの子達くらいだ。それ以外のバレンタインデーに大行列を作って渡してくれた子達や、家や芸能事務所に送ってきた子達には機械的に一律にお返しが送られている。俺はノータッチなので何の負担もない。
同級生や茅さんとはホワイトデーのお返しを交換し、下級生達からはお返しを受け取るだけとなる。他にも杏や菖蒲先生といったこちらから渡しただけの人もお返しをしてくれた。
皆には事前に言っておいたからほとんどは市販品の飴だと思う。杏と菖蒲先生には市販品の飴にしておいて欲しいと伝えていなかったので違った。菖蒲先生はマスターと一緒に作ったというクッキーで、杏はバウムクーヘンだった。
ホワイトデーのお返しのチョイスによって意味がどうこうという話もあるみたいだけど、皆恐らくそんなことは意識していないと思う。菖蒲先生はマスターと一緒にお菓子作りをしてお返しを手作りしてくれただけだし、杏の場合も市販のホワイトデー用のお菓子を買ってきただけだろう。
前世の俺の……、昔はホワイトデーは飴とかマシュマロとかが定番とか言われていたのに、いつの間にか勝手にマシュマロは嫌いという意味だとか、飴でも何味はどういう意味だとか、わけのわからないローカルルールが出来ていた。でもそんなのは誰かが勝手に考えてまことしやかに広めたいい加減な話だろう。
だから別に皆のホワイトデーのお返しに意味は込められていない……、と思う。
飴以外にも杏と菖蒲先生のお返しがきたけど、二人分くらいなら別に食べられるからいいだろう。飴は長持ちするものを選んでもらっているから、これからじっくり時間をかけていただけばいい。
ちなみに菖蒲先生はマスターと一緒にお菓子を作ったみたいだけど、幸徳井家からのお返しは同じクッキーではなかった。秋桐に話を聞いていたからか、幸徳井家からのお返しは友康に飴を貰った。菖蒲先生とマスターが一緒に作ったクッキーは店に行った時にお茶請けとして出してもらっただけだ。
「いよいよ今週末ですね!」
「楽しみですねぇ……」
ホワイトデーも終わって、卒業も間近に迫り、教室内の空気もいつもの三学期とは違う空気が流れていた。でも俺達のグループだけはもっと違う空気が流れている。なにしろ今週末はついに……、ついに俺達だけの『卒業旅行』が待っている!
「荷物が多すぎてキャリーケース一つじゃ入りません」
「そうですよね……。私も仮に必要なものを詰めてみたら入りませんでした……」
「えぇ……。皆さん一体何を持っていかれるおつもりなのですか……」
皆が真剣にそんな話をしているから俺と芹ちゃんは呆れたような、何とも言えない苦笑いを浮かべていた。たかが二泊三日の小旅行で何をそんなに持って行く物があるというのか。何なら俺なんてリュックサック一つでも足りると思うんだけど……。
「美容液に化粧水にフェイスパックに……」
「着替えと部屋着とパジャマと……」
「トランプに麻雀にツイスターゲームに……」
「いやいやいや……、薊ちゃんは何を持って行くつもりなのですか……」
二泊三日なんだし、服なんて着ていく物も含めて二着か三着、浴衣とかがない宿にも泊まるとしたってホテル内用の着物が一着あればいいだろう。あとは換えの下着があれば十分だ。初等科六年生くらいならパックも化粧も必要ないし、ケアだって最小限でいいだろう。最悪二日くらいなくてもどうということもない。
それから薊ちゃんのその遊び道具は全部いらないんじゃないのか?まぁ精々トランプとか小さくて手軽に使えるものだけでいいだろう。
「そもそも全てこちらから持っていかなくとも、簡単な物ならば現地で買うなりするという方法もありますよ」
こだわりの品とか、売っている店が限られているというのならともかく、どこにでもあるような物ならば現地調達して、現地で捨ててくるという方法もある。何も日ごろの生活で使っている物を全て持っていかなければならないということはない。
「そっか!」
「さすが咲耶ちゃんです」
「ははは……」
皆キラキラした目で見てくるけど……、この程度のことでそんなに熱い眼差しを向けられても余計に居心地が悪い……。
「もう一度予定を確認しましょう!」
「持って行くおもちゃが被っても無駄だから持っていく物も確認しましょう!」
「だから薊ちゃん……、そんなにおもちゃはいらないでしょう?」
「「「あははっ!」」」
あぁ、いいな……。こうして皆で卒業旅行に向けて話しているだけでもとても楽しい。俺は前世ではこういうことは何もしてこなかった。大人になってから後悔してももう遅い。普通なら『学生の間にこうしておけばよかった』と思うばかりだろうけど、幸運にも俺にはもう一度やり直す機会が与えられた。だから今度は……、もっとちゃんと人生を楽しもう。
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今日は週末……、金曜日だ。グループの皆も授業が終わるのを今か今かとソワソワしていた。やがて最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、終わりのホームルームが開かれた。いつもなら掃除や片付けをした後に五北会のサロンへ行くメンバーと、帰るメンバーに別れるところだけど……、今日は全員急いで帰らなければならない。
「さぁ皆!遅れたら承知しないわよ!」
「うぅ……。遅れたらと思うと……」
「早く帰ろー!」
「譲葉!あんたが一番危ないんだからね!今日は絶対に遅れるんじゃないわよ!」
「私そんなに遅れてないよー?」
「「「あははっ!」」」
終了と同時にグループの皆がガタガタと慌てて帰りの準備をしながら軽口を叩く。きっと皆も期待と興奮で色々とテンションが上がってしまっているんだろう。かく言う俺もちょっと興奮しているのが自分でもわかる。
「それでは皆さん、また後ほど」
「うん!空港でね!」
学園のロータリーですぐに車に乗り込んでそれぞれ家へと急いで帰る。迎えに回って同じ車で行った方が遅刻とかを心配しなくて済むんだけど、それだと余計に時間がかかってしまう。それぞれが現地集合した方が移動時間も短縮出来るし、それぞれの事情に合った行動が可能だ。
いくら譲葉ちゃんはギリギリ行動が多いと言っても、さすがに飛行機に乗る時にまでギリギリで来るということはないだろう。河鰭家の人達にも伝えてあるから家族や家人達も急かしてくれる……、はずだ。少なくとも遅れることはない……、と思いたい。
譲葉ちゃんを信じると言いながら気にしてると思うだろう?それはそうだ。俺達だけの問題や、パーティーに遅刻したくらいならどうってことはない。でも飛行機はさすがに待ってくれないからな……。
自家用ジェットやチャーター便だったとしても、空港の離発着のタイミングは決められている。いつでも自由に離着陸出来るわけじゃない。さすがにこういう時ばかりは気が焦るのも無理からぬことだろう。
「やはり家に戻らず、着替えと荷物を迎えの車に乗せておいて、どこかで着替えてそのまま向かった方がよかったのでは……」
「駄目です!そのような状態で咲耶様を送り出すことなど出来ません!」
「そうです!きちんと咲耶お嬢様の身なりを整えるのが私達の役目です!」
「わかりましたから二人とも少し落ち着いて……」
一緒に後部座席に座って俺の手入れをしている椛と柚が凄い剣幕で迫ってきた。最初は今俺が言ったように、迎えの車に必要な荷物や着替えを乗せておいて、このまま空港に向かったらどうかと提案してみた。だけどグループの皆にも、椛にも大反対されてしまった。やっぱり女の子ばかりだから身だしなみが気になるらしい。
「お屋敷に戻られてから入浴とスキンケアと軽いメイクに……」
「お持ちする荷物は私が運んでおきます」
「頼むわね柚」
「はい!椛師匠!」
二人でこれからの予定を綿密に話し合っている。でも本当に一流のメイドだったら仕える主人がいる前でそういうことは言わない方がいいんじゃないかな?そういうのは黙って全て完璧にこなしているからこそ凄いものだと思うぞ。聞こえよがしに主人の前で言うのはどうかと思う。
まぁ……、椛は俺付きのメイドとは言ってもこれまで上司も部下もなく一人で全てを行っていた。他のメイド達と仲が悪いわけでも、ハブられていたわけでもないけど、やっぱり仕事上一緒に仕事をする相手というのがいないのは寂しかったに違いない。でも今は柚がいる。
椛にとってはようやく出来た後輩であり部下でもある。そんな柚の前で上司や先輩として張り切ってしまうのもわからないでもない。
「まぁ……、それほど慌てなくても十分に間に合うでしょう」
飛行機の時間まではまだまだ余裕がある。よほどゆっくりしても十分間に合うような時間だ。と言いたいところだけど、これから帰宅ラッシュになってくると道路渋滞も起こるだろう。あまりモタモタしている暇はないかもしれない。
「遅刻するわけにはいきませんから……、二人とも頼みましたよ」
「「はいっ!」」
椛と柚の気合も十分だ。これならきっと大丈夫だろう。
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かなり早めに空港に到着した俺は手続きを済ませて皆と待ち合わせをしているラウンジに向かった……、けどまだ誰も来てなかった。
学園への登校時間なら自分が何時に起きて何分で準備するかによって到着時間が決まるだろう。朝早く起きてすぐに家を出れば早く着けるし、ギリギリまで寝ていたり、準備に時間をかければ遅くなる。でも今回のように全員が起きている状態で、一度家に帰って準備をしてから指定の場所に集まるというのは中々難しい。
いつもは早い皐月ちゃんや芹ちゃんだけど、皆も起きている午後に一度家に帰ってから準備して空港に集まるとなるとどうしても掛かる時間は短縮出来ない。それにさすがに今はまだ時間が早すぎる。俺はちょっと早く着きすぎたようだ。
「少し暇ですね……」
「それでは柚に芸などさせましょう。柚っ!」
「はいっ!」
「ちょっ!?ちょっ!?何を始めようとしているのですか!?」
いきなりラウンジで芸をしようとし始めた椛と柚を慌てて止めた。周囲の人も何事かと思ってこちらを見ている。恥ずかしいからやめて欲しい。
「この旅行を計画した時にはまだ柚は私付きではなかったので、ここで暫くお別れになるのは寂しいですね」
「「え?」」
「……え?」
俺がそう言うと二人は首を傾げていた。俺も首を傾げる。
「柚も同行いたしますが?」
「…………え?」
あれ?柚が俺付きになったのはついこの前だ。もう一ヶ月以上は経ってるけど……。この卒業旅行を計画した時には俺付きじゃなかったからホテルの部屋も何も取ってないはずだ……。
「柚の移動も宿泊も全て確保しているので問題ありません」
「そっ……、そうですか……」
椛が妙に自信満々にそんなことを言っていた。まぁ乗り物の席や宿が取れているのなら良いけど……。
「咲耶ちゃん!」
「芹ちゃん、学園ぶりです」
「ええ、学園ぶりです。ふふっ」
「おーい!咲耶ちゃーん!芹ちゃーん!」
芹ちゃんが来たから話していると譲葉ちゃんもやってきた。今日は早かったようだ。というと失礼だよな。学園が終わってからそのまま家に帰って、準備して出てくるだけだから、準備の時間と学園から家、家から空港までの時間しかかからない。誰だって似たような時間に来るだろう。ちょっと準備や移動距離の差が出るだけだ。
「譲葉ちゃんがこんなに早いなんて……」
「もーっ!またー!私だってちゃんとしてるよー!」
「うふふっ。ごめんなさい。わかっていますよ」
「ぷぅっ!」
少し譲葉ちゃんをからかうと頬を膨らませて抱き付いてきた。よしよしと頭を撫でてあげるとすぐに笑顔に戻っていた。何とも子供っぽいけど可愛いから許す。
「ごっ、ごめんなさい咲耶様……、ハァ……、ハァ……。遅くなりました……」
皆はすぐに揃ったけど今日一番最後になったのは薊ちゃんだった。まだ飛行機には間に合うけど随分ギリギリだ。飛行機は電車のような乗り物と違って出発前に乗り込めば良いというものじゃない。だから放課後はすぐに帰って、乗る飛行機の時間も余裕を持っていたはずなんだけど……。
「渋滞に嵌ってしまいました……。申し訳ありません……」
「気にしないでください。間に合ったから良いではありませんか」
「ほらー!薊ちゃんー!私にいっつもあんなこと言ってるからそうなるんだよー!」
譲葉ちゃんの言葉は理屈がめちゃくちゃだけど、ここぞとばかりに日ごろのいじりを返しているようだ。
「ごめん譲葉……」
「うむ!許してあげまーす!」
「「「あははっ!」」」
また皆で笑い合う。まだ遅れたわけじゃないし特に問題はない。
「さぁ、本当に遅れる前に移動しましょう」
「「はーい!」」
皆で飛行機に乗り込む。飛び立った飛行機は二時間もかからずに目的の空港に降り立った。本州最西端にある空港だ。出発時間も遅かったからもう今日はすぐに近くのホテルに向かって寝るしかない。明日向かう先になるべく近い方向のホテルを予約してある。
明日からの予定を考えて、この時間でも空港から行ける距離で、周る予定の場所に向かうのに都合の良い立地のホテルへと入った。今日はもう遅いからホテルで泊まるだけだけど、明日からはどんな楽しいことが待ち受けているだろうか。




