第四百十九話「柚と分かり合う」
あ~……、先日の騒動は驚いた……。茅さん達は俺のフェロモンのせいとやらで気絶してしまうし、謹慎中だったはずの椛は正親町三条家に乗り込んでくるし、母には色々と事情聴取されるし……。とにかく疲れた。
まぁ結果椛の脱走も咎められることはなく、すぐに謹慎も解除となってまた俺のお世話をしてくれている。椛のお目付け役として柚が付けられるようになったようだし、これで少しは椛の暴走も減って……、くれたらいいな……。
「ああ、そうでした。そういえばドタバタしていて忘れていましたが、先日のバレンタインチョコはどれくらいいただいたのでしょうか?」
茅さんや椛の騒動のせいですっかり忘れていたけど、今年の俺へのバレンタインチョコは去年より増えているんじゃないだろうか。学園で渡しにきていた行列だけでも相当だった。去年も学園生だけじゃなくて、保護者とか社交界関係の人からも貰っていたし今年は……。
「咲耶様宛てのバレンタインチョコですか?現在確認済みのものは一万三千十八個です」
「へぇ……。一万三千……。えっ!?いっ、一万三千っ!?」
ちょっと待て!全学園生とその保護者を加えても、いや、全ての貴族家を合わせてもそんなにいないだろ!?
「四千数百は学園で受け取った行列の分や九条家に送られてきたものです。残りの八千数百は近衛芸能プロダクションに送られてきたものです」
「あっ……、あ~~~……」
それなら納得……、なのか?
俺は現在近衛財閥系列の近衛芸能プロダクションに所属している。以前の街頭ビジョンジャック騒動などで俺達のバンドも多少は知られているし、芸能プロダクションのホームページ等を見れば所属タレントの情報も多少は知ることが出来る。
俺達は所属しているだけで今まで何の活動もしていないけど、これまで何の情報もなかった俺達について、近衛芸能プロダクションのHPにアクセスしたり、問い合わせをすれば基本的なプロフィール等は公開されていて知ることが出来る。
ファンレターとかを送ろうにも今まではどこの誰かも不明だった相手が、芸能プロダクションに所属してそのプロフィールを公開していれば……、芸能プロダクションに色々と送られてくるのは当然だろう。そんなことまったく考えていなかったけど、言われればそうなるだろうなという当たり前のことだった。
「現在九条家の者と近衛芸能プロダクションの者によって、藤花学園関係者や貴族家から送られてきた物と、一般のファンから送られてきた物の仕分け作業が行われております」
「それは何というか……、ご愁傷様です……」
一万三千個以上ものチョコレートを仕分けし、送ってきた相手を確認して記録してから、未開封の市販品は寄付するために選り分け、手作りの物は何が入っているかわからないので廃棄しなければならない。こんな作業を延々とやらされるなんてスタッフ達は大変だ。
まぁ俺なんてまだまだ少ない方であって、本当のアイドルなんかはもっと何十万個、何百万個ももらっているかもしれない。何百万は言いすぎだろうけど、気持ちとしてはそう言いたくもなる。
俺にとってはグループの皆のような親しい相手の分だけ選り分けておいてもらえれば、それ以外に関しては全て丸投げでお任せでいい。グループの皆の分はもう分けてあるしこのことについては心配無用だ。
「今年は咲耶様が近衛芸能プロダクションに所属していることがまだ知れ渡っておりませんでしたが、恐らく来年以降はこの比ではない量がプロダクションの方に送られてくるかと……」
「そっ……、そうですか……」
確かにその可能性もある。でも今年一年俺達が活動もせず大人しくしていれば、世間の人なんてあっという間に俺達のことなんて忘れてしまうだろう。
これまでも数多くの芸人、アイドル、歌手、俳優女優などが現れては消えてきた。たまたま一発ヒットしただけの一発屋なんてのは掃いて捨てるほどいるわけで、俺達のことだってあっという間に忘れ去られるだろう。今は珍しがって一部の者が追ってきているだけだ。
どうか来年には忘れ去られていますように……。俺はそれを必死で願っていたのだった。
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椛と並んで俺付きとなった柚だけど……、何か距離を感じる。まだ俺付きになって少ししか経っていないし遠慮があるんだろうか?それともただ単純に俺が嫌われている?
うちに古くから仕えてくれている家人達は俺にも普通に接してくれているけど、世間的に見たら俺ってまだまだ色々と悪評が根付いているし、新人の柚が俺に対して遠慮や恐怖、あるいは嫌悪感を抱いていてもおかしくはない。何とか仲良くなりたいものだけどどうしたものか……。
「んっ……」
バレンタインに貰ったチョコを齧るとパキリととても良い音がした。そう……。とても良すぎる……。
チョコレートというのは歯ざわり、口どけ、香りや風味というものが大事だ。パッキパキに硬くてバリバリ割れるチョコというのはあまり良いものではない。それにこのチョコには味も風味もない。どう考えても湯煎で手抜きをして失敗したチョコレートだろう。
「薊ちゃん……」
このチョコは薊ちゃんの手作りだ。もちろん手作りといっても買ってきた元を溶かして型に流して固めただけだけど、それでも薊ちゃんが頑張って手作りしてくれたものであることは間違いない。でも……、多分これはかなりの強火の直火で溶かしたんだろう。そういう失敗の仕方をしていると思う。
チョコレートは面倒臭がらず、ちゃんと適温で、湯煎にしてじっくり溶かさなければならない。でなければ風味も飛んでしまうし、歯ざわりも悪くバキバキのチョコになってしまう。薊ちゃんのチョコは典型的なそこでの失敗だ。
ただ一つ言っておくとこの失敗は薊ちゃんだけじゃない。皆がくれたチョコレートは全て手作りだった。そして大半のメンバーがこの失敗をしている。ちゃんと出来ていたのはやっぱり皐月ちゃんと芹ちゃんと茅さんだけだった。この三人は本当にちゃんと料理を勉強しているのだというのがよくわかる。
前世でも小学生くらいの初めてバレンタインチョコを手作りしたような子達の大半は失敗していた。いや、俺の知る範囲での話だけどね?世間的にどの程度がその失敗をしたことがあるかは知らないけど、少なくとも前世の俺の周りでは一回目はそういう失敗をした子が多かった。
薊ちゃん達もバレンタインチョコを手作りしたのは今回が初めてだろうし、同じような失敗をしてしまうのは止むを得ない。自分達でも完成品の余りなどを食べてみて、自分のチョコが失敗していることに気付いているだろう。それでも当日には俺に渡すしかなかっただろうし、後で原因を調べて次に活かせる子は次からはちゃんとした物が出来るに違いない。
まぁ……、世の中には何故か自分の作った物を自分で味見しなかったり、一度失敗しているのに何故そんな失敗になったか調べもせず同じ失敗を繰り返す者もいるけど……。グループの皆はそんなことはないと信じている。今回は初めて手作りしたから失敗しただけだ。次からはきっと何故失敗したのか反省点を活かしてくれるに違いない。
「咲耶様、あまりチョコレートばかり食べていては太ってしまいますよ」
「え~……。そうですね……」
椛に注意されてしまった。確かにここの所チョコレートばかり食べている。味も風味も飛んでしまっているけど砂糖の塊であることに変わりはない。皆の分は早く食べないといけないので頑張って食べているけど、あまり毎日チョコレートばかり食べていたら本当に太りかねない。
「ほら、この辺りのお肉が……」
「ちょっ!?椛っ!あははっ!そこを触ってはいけません!ひゃっ!?いやっ!あはっ!」
「ふふふ。ほら、咲耶様、こちらもお肉が余っておられるのではありませんか?」
「やっ!?あはっ!くくっ!だめっ!」
椛が脇腹やお腹の肉を摘もうとしてくる。ついでに胸のお肉まで摘まれる。腰やお尻まで太っていると指摘されてしまった。確かに最近は妙にお尻も丸い。俺ももしかして太ったかと思って気にしていたのに、椛にまで触られて指摘されてしまっては言い訳のしようもないだろう。
「もっ、もみじっ!もうやめっ、だめっ!?あははっ!」
太腿やふくらはぎまで撫で回されてくすぐったい。全身どこを触られてもくすぐったい気がしてしまう。普通に着替えやお風呂上りに拭いてもらって触られている時はそうでもないのに、今触られるとくすぐったいのだから不思議なものだ。毎回同じように触られたら毎回くすぐったいというのならわかるけど……。
「ふぅ……。それでは失礼いたします」
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
何故か椛はとても良い笑顔で額を拭うとそのまま部屋を出て行った。俺は散々椛にくすぐられて息も絶え絶えだ。そして扉から椛が出て行った時、柚が扉の前に居たのを見た。もしかしたら俺と椛が遊んでいるのを見て入室しにくかったのかもしれない。
まだあまり日数が経っていないから仕方がないかもしれないけど、柚はああやってよく部屋の前で待機したり、脱衣所の外で待っていたりする。本当なら椛と同じ俺付きだから、椛と一緒に仕事をしなければならないんだろうけど、微妙にああやって距離があるというか、遠巻きに見られているというか……。
どうにかする良い方法でもあればいいんだけどな……。
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柚が俺付きになってから少し経っているけど未だに壁というか距離というかを感じる。遠巻きに見ているのはわかっているけど、椛と一緒に俺の世話をするということはあまりない。だから今日はお互いに腹を割って話そうと柚を待ち受ける。
「柚、少し良いですか?」
「ひぅっ!?はっ、はい!?咲耶お嬢様!」
俺の部屋の片付けに来た柚を待ち伏せして声をかけると飛び上がっていた。そんなに俺が嫌いなのかな?それとも怖い?普通に考えれば雇い主の娘から不興を買えばいつクビにされるかもわからない。相手を恐れたりするのもわからなくはないけど、それじゃいつまで経ってもお互いに打ち解けないし……。
「少しお話をしましょう。そちらに座って」
「はい!いえっ!咲耶お嬢様の前に座ることなど……」
「いいから。さっ、座って」
「…………はい」
何か少し強引すぎたか。でもお互いに腹を割って話すのに、俺だけ椅子に座って相手を前に立たせたまま話すというのも変な話だろう。緊張させないように出来るだけ笑顔で優しい声を心がけて話しかける。
「柚……」
「しゃっ、しゃくやお嬢しゃまぁ~~~」
「え?」
出来るだけ落ち着かせるように、怖がらせないように、そっと優しく声をかけたつもりなのに、柚はいきなりふにゃんとなっていた。一体柚に何があったというのか。
「だっ、大丈夫ですか?柚?」
「アヒッ!?」
「柚?柚~~~っ!?」
俺が席を立って柚の前に行こうとすると、柚はカクンと糸が切れた人形のように全身の力が抜けて崩れ落ちたのだった。
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柚が俺付きになって早半月ほど……。これまで何度か柚ときちんと話をしようと思ってそういう場を用意したけど、毎回柚は俺への恐怖からなのか話しかけた途端に気絶することを繰り返していた。柚は特別美人ということはないけど、さすが貴族家の娘、整った顔立ちをしているしとても愛嬌があって可愛らしい。美人というより可愛いタイプだ。そんな柚が俺の前では毎回気を失ってしまう。
年頃の娘さんが何度も気絶した姿を晒すなんてきっと相当恥ずかしいだろう。俺だって人前で何度も気絶していたら恥ずかしくなってくる。その恥ずかしさのために余計にまた気絶を繰り返してしまっているのだとすれば、この状況を打開する方法がない。
どうにかして柚とも打ち解けたい。柚が俺付きとしてこれから働いていくのなら、こんな関係のままじゃなくてもっと打ち解けて、お互いに気兼ねなく接したいというのは当たり前だろう。
「柚……、今日こそは良いですか?」
「「…………」」
椛と柚が俺の部屋の片付けをしている時に、今日こそは柚と話し合おうと思ってそう切り出した。すると椛と柚はお互いに顔を見合わせてから頷き合っていた。この二人はいつの間にか仲良くなっていたようだ。俺とはまだ打ち解けてくれていないけど、先輩メイドである椛とは打ち解けられたんだ。だったら俺とも打ち解けられるに違いない。
「それでは柚と話をしますので椛は少し席を外しておいてください」
「かしこまりました。柚、しっかりね」
「はいっ!椛師匠!」
もっ、椛師匠っ!?何だそれ?椛が一体何の師匠になるというのか……。
まっ、まぁ……、二人が仲良くしてくれることは俺にとっても良いことだ。俺付きのメイドがお互いに仲が悪いよりは、こうして仲良くしてくれている方が俺にとっても良い。
「柚……、私は今のままの私と柚の関係に満足していません。柚さえよければもっと踏み込んだ関係になりたいと思っています」
もう俺は前置きなしに切り込むことにした。今まで何度も話し合おうとしてきたけど、毎回毎回柚が気絶して曖昧なままになっていた。でもこんな関係じゃ駄目だ。俺と椛ほどの関係は難しくとも、せめてもっとお友達のような気安い関係でありたい。
柚が俺を恐れているのか、嫌っているのかはわからないけど、これからもこうして顔を合わせて生活していく以上は、お互いにもっと歩み寄った関係である方が良いだろう。
「はうっ!?ふっ、ふふふっ、踏み込んだ関係……。やっ、やっぱり咲耶お嬢様はメイドとにゃんにゃん……」
「柚?」
俺の言葉を受けて柚は『はわわわっ』と言いながら慌てていた。でも今日はいつものようにすぐに気絶したりしていない。暫く視線が泳いでいた柚も、やがて覚悟を決めたのか真っ直ぐ俺の方を見ながら口を開いた。
「わっ、私でよければよろしくお願いします!私も椛師匠と同様に身も心も咲耶お嬢様に捧げる所存です!」
「へっ?はぁ……?」
身も心も?忠誠を誓う的な話か?
俺は別に椛とも柚とも主従関係とか忠誠を誓わせるとかそんなつもりはない。ただ堅苦しい主人とメイドといいうよりも、少し年の離れたお友達とか、姉妹のような気安い関係を結びたいと思っている。柚の決意表明の言葉は大仰だと思うけど……、一応前向きに考えてくれているということでいいのかな。
「それでは……、これからもよろしくお願いしますね、柚」
「はっ、はいっ!」
柚の言葉も仕草も相変わらず硬いけど、その笑顔だけは前までよりも本心を曝け出してくれていると思う。いきなりお互いに打ち解けることは難しくとも、こうしてお互いが共通認識の下で歩み寄ろうと思えば、きっとこれからはもっとより良い関係が結べるはずだ。




