第四百十七話「椛の処遇」
「つまり柚達が来たのは椛に言われたからと?」
「はい…………」
「はぁ……」
シュンとして答えた柚の言葉に俺は溜息しか出てこない。茅さんに睡眠薬を飲まされ、睡眠薬が効かないとわかると今度は竜胆と睡蓮を加えた三人が力ずくで迫ってきた。でも何故か途中で三人は意識を失い、そこへタイミング良く椛と柚が現れた。
俺が助け出されたのは椛が散々騒いで、正親町三条家の家人達がこれはさすがにおかしいと察してやってきてからだ。うちのメイド二人は俺を助けるどころか、椛は茅さんをどけて自分がそこに納まろうとし、柚はこちらを凝視して騒いでいるだけだった。
ようやく助け出された俺は椛と柚に話を聞いてみたわけだけど……、これがどうも要領を得ない。
「え~……、私がわかった範囲で纏めてみると……、今朝のことで謹慎……、いえ、病気療養で自室に閉じ込められていた椛が、周囲の隙を見て自室から逃げ出したと?」
「はい!私と咲耶様の逢瀬を邪魔する者達を千切っては投げ、千切っては投げ、ここまでやってまいりました!」
何で椛はそこで得意気なんだよ……。誰も褒めてねぇよ……。
「そして部屋を脱出した椛は私の迎えのために準備をして待機していたリムジンを乗っ取り、運転手と柚を連れたままこの正親町三条家までやってきて、家に勝手に上がり込み、この部屋に押し入ったと?」
「そうです!間に合ってよかったです!」
「はぁ……」
色々言いたいことも聞きたいこともあるけど、一先ずここまで整理しよう。
椛はどうやってか九条家で監視されていたにも関わらずそれを突破して逃げ出し、柚と運転手が俺の迎えの準備をしているのを見つけ、その車を奪ってここまでやってきた。
…………オーケー。色々と突っ込みたい所は満載だけど、どうやら椛だけではなく柚も言うにはそれが事実らしいのでそこまでは良いだろう。
「ではまず……、椛はどうして自室で病気療養を言い渡されていたはずなのに、監視を掻い潜って逃げ出したのですか?」
まずはここだろう。部屋で大人しく待っていれば、もう少ししたら俺だって家に帰っていただろう。それなのに何故突然椛がそんな行動を起こしたのかわからない。
「今朝の送迎で咲耶様についていたのが私ではなく長谷川だったので、この者から問い合わせがあったのです。そこで私はうっかり今日は咲耶様付きから外されてしまったと言ってしまいました。その後暫くして気付きました。もしこの者が、私が咲耶様のお傍から離れていればどうするだろうかと……。その結果こうなるだろうと思って咲耶様をお助けしにきたのです!」
うん……。何か色々と論理の飛躍があるな?話の筋は通っているようで色々とおかしなところもある。
まず何故茅さんは今朝一度だけ椛ではなく柚に変わっていたことをすぐに知っていたのか?グループの皆だって誰一人そのことを言っていなかった。今朝初めて一回同行したメイドが違ったかどうかなんて、その時に見ていた者以外は気付けるはずがない。しかも日ごろは椛が付いているのに今日は違うななんて、いちいち意識して見ていなければ気にも留めないだろう。
茅さんが何故そのことを知り、そしてどうやって椛と連絡を取ったのか。まぁ連絡については椛は昔茅さんに常識を教える係りにつけたこともある。二人の付き合いは結構古いし、お互いにグループチャットなりメールなりで連絡を取っていても何ら不思議ではない。
そして椛の推理はあまりに飛躍しているように思えるけど、結果的には完璧に当たっていた。どうして椛がいないと茅さんが俺を襲うのかは俺には理解出来ないけど、二人の間ではそうなるだろうという考えや共通認識があったということだ。
「それで……、どうやってここまで入ってきたのですか?ここに入るまでに正親町三条家の家人の方達がおられたはずですが……?」
一番の問題点はここだ。椛が九条家で多少やらかしてもどうということはない。九条家やその家人達が黙っていれば済む話であって、その中でならば椛が多少やらかしても笑って許せる。でも今回は、俺を助けるためであり結果的には俺が助かったとはいえ、他人の家に押し入るなどということをやらかしてしまっている。これでは九条家だけが黙っていれば済むという問題では済まない。
「椛さんが正面から強引に……」
「私は幾度となくこの屋敷に来ています。こちらのメイド達も執事達も私が来ても止めません。ですから不法侵入などではありません。正面玄関から用件を告げて入り、いつも通りに行動したまでです」
「はぁ……」
椛はいつも何をしているんだ?俺の知らない間に正親町三条家の屋敷に何度も来たり、茅さんと会っていたということか……。まぁさっきも言ったけどかつては茅さんに常識を教える係りとして椛を任命していた。その頃からの繋がりだとすれば、正親町三条家の家人達も、椛を茅さんの友人や教師役だと思って普通に通していたのかもしれない。
正親町三条家の家人達にも話を聞いたけど、椛が言う通り特に不法行為等は行っていなかったようだ。正面から訪ねて、用件を告げて、通されたのだから椛に不法侵入などのような不法行為はない。
扉をあんな風にぶち破る勢いで開けたのは作法がなってないとか、この家の娘が倒れているのにそれを脇にどけて自分がその場所に納まろうとするとか、少々人としてどうかと思うような所はあるけど、それだってまぁ犯罪というほどのことではないだろう。
茅さんの容態が悪いのに無茶な扱いをして、病気や怪我を悪化させたとか、何か無い限りは法で裁かれるような罪ではない。
「それで……、茅さんや竜胆ちゃんや睡蓮ちゃんが倒れた理由は何ですか?」
三人は別室に運ばれて寝かされている。特に体調が悪いとか、何らかの病気ということはないそうだ。でもそれなら余計に突然何故倒れたのかわからない。
「それは咲耶様のフェロモンのせいです」
「フェッ、フェロモンッ!?」
「以前……、咲耶様の周りで倒れる人が続出したことがありましたよね?」
「えっ、ええ……」
確かにあった。一時期、皆俺に近づくとバタバタと倒れた怪事件だ。俺はあの時もしかして俺が臭いのかと思って悩んだ。皆俺の臭いに耐え切れずに、近づいたら気絶してしまうほど臭いのかと……。でもあの後師匠が何か修行をつけてくれてから平気になったはずだ。俺には未だに原因が何だったのかはっきりとした確証はない。まさかそれが再発した?
あの時もフェロモンがどうとか言っていたけどまさか本気だとは今でも思っていない。皆そういう風に言ってくれただけで、本当は臭かったからじゃないかとも思っているくらいだ。でも母が言ったように、もし本当に俺が臭かったなら、母が何の手も打たずに放っているはずがない。手術をしてでも、食事を改善してでも治そうとするだろう。だから気絶するほど臭いというのはないと思っていたけど……。
「あの頃は咲耶様がご成長なされて、その体から異性どころか同性まで惹き付けてしまう強力なフェロモンが放出されていたのです。あの頃の私はそれに耐えられず、私ですら気を失ってしまうほどだったのですよ」
「そう……、なのですか……」
そう言われても俺の方としてはピンとこない。自分で自分の臭いがわからないように、もしそんなフェロモンが放出されていても自分ではわからないだろう。しかもフェロモンなんて出てると言われても引っ込めることも出来ない。そんなの実質対処不能じゃないか……。
「ですが私達周囲の者もある程度咲耶様の魅力的なフェロモンに多少なりとも慣れて耐性が付き、百地様の修行によって咲耶様は無意識のうちにフェロモンをある程度抑えられるようになったのです」
「なるほど……?」
いや、あまり信じてないけどね?いくら師匠でも、百地流でも、体から勝手に出る匂いやフェロモンを操作するとか無理だろ?……無理だよね?
確かにあの怪事件の後、百地流の修行に打ち込んで、いつの間にか怪事件は収まっていた。一見椛が言うように百地流の修行と、怪事件が収まったことには因果関係があるようにも見えるかもしれない。実際似たような説明もされた。でもそれは俺を慰めるために言った方便だと思っていた。というか今も信じられない。
「ですがそれも完璧ではありません。私が百地様よりお聞きしている問題点は二つ。一つ目は咲耶様がフェロモンをコントロールされているのはあくまで無意識。それも完全にコントロールされているわけではなく、日ごろはほとんど抑えるように修行されたのみだということです」
「それは……」
まぁそうだろうな……。俺自身が今でも信じていないくらいだ。それなのに俺が意識的にコントロールしているはずもない。だからとりあえず応急処置として普段は出来るだけ抑えておくように修行させたと?一応筋は通っているけど……。
「そして二つ目はいくら抑えていても完全にゼロであるわけではないということです。こうしている間も咲耶様からは女性を虜にしてしまうフェロモンが放出されているのです。それを例えば……、胸に顔を埋めるとか、腋に顔を突っ込むとか……、かっ、下半身に挟まれるとか……、そういうことをするとですね……」
「椛?」
何か椛が次第に赤い顔になってモジモジし始めた。何かおかしい……。普段の椛ならそんな言葉を言っても恥らうような性格ではないはずだ。むしろ隠語とかを俺に言いまくって、俺が恥ずかしがるのを楽しむような性格のはずなのに、今の様子は明らかにおかしい。
「ハァ……、ハァ……、咲耶様……、もう少しフェロモンを抑えてください……。私ですらこれなのです。長谷川など耐えられないでしょう……。それにこちらの家人達にまで襲われかねません」
「えっ!?そっ、そのようなことを言われても……」
何をどうすれば良いのかわからない。自分で出したり抑えたりしている自覚もないのに抑えろとか言われても……。
「しゃっ、しゃくやお嬢しゃま……」
「柚っ!?しっかりして!」
「いけません咲耶様!今長谷川に近づいたら!?」
俺が様子のおかしくなっている柚に近づいた瞬間……。
「アヒッ!?」
柚はビクンビクンと危険な痙攣を繰り返してからバタリと倒れた。
「…………え?」
これ……、大丈夫なのか?今の痙攣の仕方……、やばくないか?
「咲耶様……、落ち着いてください……。心を沈めて……」
「あっ……」
そうだ。こういう時は慌ててはいけない。思い出せ。百地流の修行を……。明鏡止水。無我の境地!!!
「す~~~……、は~~~……。椛、もう大丈夫ですよ」
「素敵です、咲耶様!」
あるぇ?まるで効いてない?いや……、椛の目がハートマークにはなっているけど、先ほどまでのような変な昂ぶりというか、一種の異常な興奮状態とは違う気がする。一先ず成功……、なのか?
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何とか俺のフェロモンも抑えられたようで、正親町三条家での騒動は収まり、茅さんは家で寝かされ、竜胆と睡蓮もそれぞれ迎えが来て家へと帰っていった。大変な騒ぎになってしまったけど、お互い世間体とかもあるので騒ぎにはしないことで落ち着いたようだ。
まぁそれもこれも皆の体には異常がなくて、ただ少し気を失っただけだからそれで済んだ話であり、もしあれで誰かが怪我をしていたり、後遺症が残るようなことがあれば大変な問題になっていただろう。
「それで……、椛が脱走したお陰で事なきを得たと?」
「はい……」
家に帰ってからまた母に事情聴取されて、俺は見たままを説明した。俺自身でも信じられないようなことも多々あったんだけど、嘘を吐いても仕方が無いので本当に見たまま、思ったままを正直に話している。それを母も信じてくれるかどうかは別問題だけど……。
「はぁ……。わかりました……。それではこれからは椛と柚が協力して咲耶に付きなさい」
「はい!お任せください!」
母がそう言った瞬間、椛はとても良い笑顔でそう言っていた。まぁ……、母としても苦肉の策なのだろう。
椛の行動は結果的に俺を助けた。その事実を無視することは出来ない。自室で謹慎していろと言われたのにそれを破ったことは悪いけど、それも俺を助けるためであり、実際に椛が危惧した通りのことが起こって俺が助けられたとあっては厳罰に処すわけにもいかない。
それに俺のフェロモン問題に一番対処出来るのは椛だ。その椛でも耐えられないようだけど、他の者に比べて一番耐性があると認識されている。その椛を俺の傍から離すのは色々と問題がある。
だけど椛に全てを任せて好きにさせていたらまた今朝のような問題行動を起こす可能性がある。そこで椛と協力するという名目でお目付け役として柚を付け、その行動を監視したり制限したりする。これが母なりの落としどころということだろう。
「それでは……、これからもよろしくお願いしますね、椛、柚」
「はい!お任せください!」
「咲耶お嬢様……、お願いします……」
柚が少し頬を染めて大人しくそんなことを言った。う~ん……。柚のキャラってこんなキャラだったっけ?正親町三条家に乗り込んでくるまでと変わってないかな?




