第四百十六話「結局押し倒される」
そんな話をしている間にあっという間に正親町三条家に到着していた。車を降りて家にお邪魔する。
「お邪魔します」
「そんなにかしこまらないで、咲耶ちゃん。ここはもうすぐ咲耶ちゃんが住む家になるんだから。ね?」
「はぁ?」
茅さんの言っていることがよくわからない。どうして俺が正親町三条家の屋敷に住むことになるんだろうか?
「他のご家族の方は?」
「心配しないで。誰もいないわ。メイドや執事なんて案山子だと思ってもらえばいいわ。ここにいるのは私達だけも同然よ」
いや……、それもどうかと思うけど……。でも他の家族はいないのか。それともいるけどどこか別の場所にいてこちらに干渉してこないように言ってあるのか……。
茅さんの性格だと本当は他の家族も居ても、茅さんが家に誰かを呼んでいる間は部屋に来るなとか言ってそうな気はする。九条家はそんなことはないけど、前世の俺も似たようなものだった。ジュースだのお菓子だのと持ってきたがる母親に、友達が来ている時にいちいち部屋に来るなと言ってた。
今から思えばどうしてそんな風に言っていたのかと思うけど、あれが所謂反抗期というやつの一種だったのかもしれない。友達とかの前で母親があれこれ口を出してきたり、でしゃばってくるのがとにかく恥ずかしくて嫌だった時期というのは、大なり小なり誰にでもある程度あるのかもしれない。
大人になったり、今のように生まれ変わっていればどうしてそんなことをしていたのかと自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。でもその当時はそういうものだった。その時に前世の母はどんな気持ちだっただろうか。反抗期だから仕方が無いと思っていただろうか?それとも悲しい思いをさせてしまっていただろうか?
今生での俺はそんなことはしたくない。いくら反抗期だとかそういうものだとか言っても、だからってそんなことをして親を悲しませて良い理由にはならない。だから茅さんにもそういうことはして欲しくないし、家族とうまくやって欲しいと思う。
まぁいくら友達でも他人の家のことをとやかく言うべきではないんだけど……、なまじ前世の記憶がある分だけどうしてもそういう所が気になってしまう。
「失礼いたします」
俺達が茅さんに通された部屋で寛いでいるとメイドさんがお茶とお茶請けを用意してくれた。紅茶じゃなくて日本茶だ。それも急須で目の前で淹れてくれたものじゃなくて、湯飲みに最初から入れてあったものを持ってきて目の前に置いていった。一瞬茅さんとメイドさんが何か目と目で合図していたような気もする。
「失礼いたしました」
俺達にお茶を出してくれたメイドさんが最後に一瞬チラリと俺の方を、いや、俺の前に置かれた湯飲みを見ていた。少し困ったような表情を浮かべて……。まぁここまで露骨だったら気付くよな……。茅さんにはそういう前科があるから、そういう目で見ていたらあからさまにおかしすぎてすぐにわかってしまう。
「さぁどうぞ。咲耶ちゃん、竜胆ちゃん、睡蓮ちゃん」
「…………」
茅さんが竜胆や睡蓮にまで『ちゃん』付けしてニコニコしながらそんなことを言った。明らかに不審すぎる。茅さんって演技とか絶対下手だよね……。性格が真っ直ぐすぎて演技とか嘘とかが下手すぎる。
「それではいただきます」
「…………」
俺がお茶を飲むのを食い入るように見詰めてるよ……。だからそこまで露骨にしちゃ駄目だって……。
「――んっ。…………ふぅ」
口に含む前にわかった。一応世間的には無味無臭などと言われていても、裏の百地流古武道を習っていれば口に含む前から察知出来るレベルだ。これは……。
「お菓子も食べてゆっくりしてね」
「はい。ありがとうございます」
茅さんはニッコニコでお菓子まで勧めてくる。きっと効いてくるまで時間を稼ごうと思ってるんだろうなぁ……。無駄なのに……。
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俺達が席に着いて、お茶とお菓子をいただきながらおしゃべりを始めて十分くらいは経っただろうか。明らかに茅さんが焦った表情でソワソワしている。チラチラ時計を見ているし、もうとっくに効いても良い時間が経っているのに、未だに何も変化がないからどうなっているのかと思っているんだろう。
「茅さん、私にはあのお薬は効きませんよ」
「――ッ!?」
おしゃべりに夢中になっている竜胆と睡蓮に聞こえないように、そっと茅さんにだけそう言った。その言葉を聞いて茅さんが驚愕の表情を浮かべている。
俺はかつて茅さんに睡眠薬を飲まされたことがある。あの時はまだ毒物への耐性も完全ではなかったし、危険な毒を優先して耐性や見分けをつけていた。だからまさか茅さんに睡眠薬を飲まされるとも思っていなかったこともあってあっさり引っかかってしまった。
それを師匠に話してから軽度な毒や睡眠薬への耐性なども修行する羽目になったけど、そのお陰で今回盛られていた睡眠薬も俺には効いていない。
今日あのメイドさんが持ってきてくれた俺のお茶には睡眠薬が盛られていたし、飲む直前にはもう何が入っているかわかっていた。わかった上で飲んだんだ。そして俺には薬は効いていない。飲まなかったわけじゃなくて飲んでも平気だとわかっていたから普通に飲んだ。
茅さんも俺が飲んだのを確認して満足そうな顔をしていたけど、いつまで経っても俺が眠らないから焦ってきていたんだろう。
「そう……。そうなのね……」
俺がわかった上で飲んで、そして薬が効いていないとわかった茅さんは俯いて少し震えていた。茅さんが俺に睡眠薬なんて飲ませて何をしようとしていたのかはわからないけど、少なくともその野望が潰えたことだけはわかったんだろう。
「茅さん、もうこのようなことは……」
「咲耶ちゃん!私の部屋へ行きましょう!」
「……え?」
俺は別に茅さんに睡眠薬を盛られたことを責めるつもりはない。そのことを伝えようと思ったら、茅さんは立ち上がってそんなことを言い出した。ここは茅さんの部屋の一種のようなものだけど、私室や寝室ではなく応接室や居間のような部屋だ。
正親町三条家の屋敷や、茅さんへの部屋割りを全て理解しているわけじゃないけど、このお屋敷では茅さんは複数の部屋というか、一定区画全て茅さんのスペースとして割り当てられており、そこには茅さんの私室や寝室、ここのような応接室から倉庫のような部屋までたくさんの部屋が茅さん用に用意されている。
この応接室は以前も通された部屋だし、かつて俺が監禁されかけた部屋も別にある。今日は竜胆や睡蓮もいるから居間に通されたけど、どうやら今から部屋を移動しようというようだ。
「どちらへ行かれるんですかぁ?」
「もちろん私達もついていきます!」
立ち上がってそんな宣言をした茅さんに睡蓮と竜胆も気付いてすぐに食いついてきた。二人も最初から俺達を監視するために来たと言っていたんだから当然の対応だろう。まさか茅さんがそんなことにも気付かずに大きな声で言ってしまったとは思えないけど……、何か考えがあるのか?
「いいわよ。全員で行きましょう」
「「はーい」」
「…………」
二人は無邪気に手を上げているけどそんな反応で良いのだろうか?何か俺はあまり良い予感がしていない。茅さんの表情が悪い顔になっている。何か悪いことを企んでいると思うけど……、まぁさすがに小さい二人に危険が及ぶようなことはしないだろう。そう思って茅さんに付いて居間から出て他の部屋に向かった。でもそこは……。
「こっ……、これはっ!?」
「ふふっ。ようこそ!私の部屋へ!」
茅さんに通された部屋は……、この部屋には……、人形が大量にあった。前の俺を監禁しようとした部屋とは違う部屋なのに、あちこちには俺のポスターが貼られ、俺そっくりのシリコンドールやぬいぐるみが置かれている。
ベッドを囲むようにシリコンドールが座っていてベッドを見ているかのように並べられているのはとても怖い。こんな中であのベッドで寝ていたら、周りのドールに見られている気がして落ち着かないだろう。それにベッドの上にはこれまた等身大くらいのぬいぐるみが寝かされていた。そのぬいぐるみも頻繁に使用しているのがわかるようなくたびれ感があった。
「うわぁ!咲耶お姉様がいっぱい!」
「茅お姉ちゃん!どうしてここに睡蓮がいないんですかぁ!?」
いや……、二人とも……、突っ込むところはそこじゃないだろう……?二人も感性がズレすぎだ……。
「さぁ咲耶ちゃん、ここへ」
「…………」
茅さんが部屋の中央に置かれているベッドまで歩いていき、ポンポンとベッドを叩く。どうやらそこへ座れということらしい。ある程度近づいたけどベッドに座る気にはなれない。これ以上は危険だと俺の本能が告げている。少し離れた場所からベッドを見ている俺に茅さんは痺れを切らせたようだ。
「竜胆!睡蓮!咲耶ちゃんをベッドへ押し倒すのよ!」
「――ッ!?」
「「…………」」
茅さんの言葉に驚いて二人を振り向いて見てみると、二人もお互いに顔を見合わせていた。もしかして最初から茅さんとグルでそうするつもりだったのかと思ったけど、どうやらそういうわけでもなかったようだ。二人も困惑しているようだしこれなら……。
「茅さん、どうやら二人は茅さんのお手伝いをするつもりはないよう……」
「咲耶お姉様!」
「九条様お覚悟!」
「えぇっ!?」
二人から再び茅さんの方を向いていると後ろから二人にタックルされてしまった。子供二人のタックルくらいどうってことはないんだけど、あまり下手に百地流で対処してしまったら二人に怪我を負わせてしまいかねない。一瞬そのことを考えた俺は、そこにさらに加わってきた茅さんと竜胆と睡蓮による三人の攻撃でベッドに押し倒されてしまった。
「ふっ……、ふふっ。うふふふっ!やっと……、やっとこの時が来たわ!さぁ咲耶ちゃん!お姉さんと愛し合いましょう!」
「ちょっ!?茅さん!?落ち着いて!」
両手はそれぞれ竜胆と睡蓮に押さえられ、俺の上には茅さんが圧し掛かっている。いくら俺が日ごろ鍛えているとはいっても、この状態で三人に怪我をさせずに脱出するのは少し難しい。暴漢相手なら相手を再起不能にでもして脱出する所だけど、大好きな茅さんや竜胆や睡蓮に怪我をさせるわけにはいかない。
「咲耶お姉様ぁ~……、私……、何だか体が熱く……」
「九条様ばかり茅お姉ちゃんに迫られてずるいですぅ!せめて睡蓮もその間に挟んでくださぃ!」
「二人とも!?どうしたのですか!?しっかりしてください!」
俺の左右の腕をがっちりホールドしている竜胆と睡蓮は頬を紅潮させて、俺の腕に自分の体をこすりつけていた。まだほとんど発達していない二人の体だけど、それでも女の子らしく柔らかい。それに妙にミルク臭いというか、子供の甘い匂いがしてクラクラしてしまう。
「咲耶ちゃん!咲耶ちゃん!あぁ咲耶ちゃん!お姉さんは……、お姉さんはもう……」
「茅さんも落ち着いてください!こんな……、こんなのよくありません!」
俺の上に乗っかっている茅さんの目は……、完全にハートマークになっている……。両腕を押さえられた上に圧し掛かられている俺はされるがままだ。茅さんは自分の服を引っ張ってブチブチとボタンが千切れ飛んでいた。そこから出てきた双丘はとても立派で目が離せない。茅さんは体全体が細いから胸囲が他の者と変わらなくてもカップがかなり大きくなる。
「咲耶ちゃん!咲耶ちゃぁんっ!」
「咲耶お姉様!」
「九条様!茅お姉ちゃん!」
「むぐぅっ!」
茅さんの豊満なカップに俺の頭が包まれる。まだ下着があるとはいえ、上の服は肌蹴てしまっているのでいつもより、よりダイレクトにその温もりも柔らかさも、そして匂いすら感じてしまう。あぁ……、駄目だ……。頭がクラクラする。このまま……、身を任せてしまいたい……。
「咲耶ちゃんのお胸に!」
「ずるい!正親町三条様!」
「睡蓮も!睡蓮もですぅっ!」
「ひゃぁ~~~っ!」
もう駄目だ!三人が俺の胸に顔を押し付けてくる。もうどうすることも出来ない。このまま俺は三人に……。
「…………あれ?」
「「「…………」」」
「…………ん?」
「「「…………」」」
俺は抵抗も出来ずに三人に弄ばれる運命だと思っていた。でも……、三人は俺の胸に顔を埋めた所で気を失ったようだ。興奮しすぎて意識が落ちてしまったのか?とにかく今のうちに脱出しなくては……。こんな状況を他の人に見られたら……。
「こちらから咲耶様の匂いがします!」
「ちょっ!?椛さん!他所様の家を勝手に……」
「咲耶様!ご無事ですか!?」
「「「あ…………」」」
バーンッ!と開かれた扉から椛と柚が室内に飛び込んできた。そして三人で目が合う。
「咲耶様になんてことを!?うらやましい!咲耶様!今その不埒な輩をどけて私がその場を交代いたします!」
「ちょっ!?椛!?違うでしょう!たっ、たすけ……」
「うわぁ!うわぁっ!やっぱり……、やっぱり咲耶お嬢様ってそっちの気が……。それもこんなに大勢でハーレムを作って……」
「柚~~~っ!見てないで助けてください~~~っ!」
何故か突然意識を失った茅さん達三人に圧し掛かられたまま、助けに来てくれたのかと思った椛は俺が身動き出来ないうちにと茅さんをどけて自分がその場に納まろうとし、柚はそれを見ながら『うわぁ!うわぁ!』と言って凝視しているだけだった。
結局俺が助け出されたのは正親町三条家のメイドさんがあまりの騒ぎのために見に来て、ようやくこの場が収まってからだった。




