第四百十三話「受け取った人々は……」
二月十四日……。今日咲耶グループのメンバーは早くから全員集合していた。いつもは遅めな譲葉もきちんと来ている。今日が重要な日だからということは全員が理解しているが、恐らくこうして早く来ても自分達が咲耶とゆっくり話せるのはお昼休みか放課後くらいであろうことは理解していた。
「きっと今頃咲耶ちゃんは女子生徒達に囲まれているんでしょうね」
「そうだねー!」
「去年も凄い行列でしたもんねぇ……」
皆それぞれ去年のことを思い出しながら苦笑いを浮かべる。短い休憩時間ですら咲耶の前にはバレンタインチョコを渡そうと行列が出来、最終的には放課後まで受け取りを行ってようやく終わった。今年も去年と同じ、いや、去年以上に長蛇の列が出来るだろうとグループメンバー達は理解していた。
「珍しく譲葉も来ていることだし、皆で咲耶様の方を見に行ってみましょうか?」
「もー!薊ちゃん!珍しくないよー!」
「「「あははっ!」」」
いつものやり取りをしてから皆でゾロゾロと玄関口の方へと向かう。譲葉は確かに時間ギリギリでの行動が多いが、明らかに遅れる、遅刻ということはあまりない。
例えば九時に集合と言われて、ほとんどの者は八時半から八時五十分の間には来ている中で、譲葉だけは八時五十九分に来るということはよくある。しかしそれで九時を過ぎても来ないということは滅多にない。もちろん稀に道路事情や、何らかのアクシデントによって多少時間を過ぎることはある。あまりにギリギリすぎるためにそういう事態が発生する可能性は常に孕んでいる。
だがこの『遅刻キャラ』としてイジられるほど遅れてきたこともなければ、割合やパーセント的にもそれほどでもない。皆も譲葉もそれがわかっているがこういうやり取りは一種の『お約束』なのだ。そして皆が仲良しだからこそ聞きようによってはイジメかとも思えるような『お約束』が出来るのである。
「あっ!いましたよ!」
「本当だ……」
玄関口までやってきたグループメンバーはそこに出来ている長蛇の列をすぐに見つけることが出来た。九条家の黒服達が誘導して出来ている行列はとても長い。ある程度すぐに人が流れているのにまったく人が減る様子がない。一体何人が並んでいるのか想像もつかないくらいだ。
「ふわぁ……。やっぱり咲耶ちゃんの人気は凄いですねぇ……」
「あのミーハーども!今頃になって咲耶ちゃんの魅力に気付いて近寄ってきて!」
椿の言葉に蓮華はギリギリと爪を噛みながら行列の女子生徒達を睨みつけていた。自分達は昔から咲耶の魅力を、素晴らしさを理解していた。それなのに咲耶の素晴らしさも理解出来ず遠巻きに避けていた奴らが、ちょっと咲耶が有名になったからと簡単に掌を返してあのように群がっている姿に苛立ちを覚える。
「まぁまぁ……。確かに随分勝手な方もおられますが、咲耶ちゃんの素晴らしさが広まり、人気が高まるのは良いことではありませんか」
「それはっ!まぁ……」
皐月に宥められて蓮華の言葉は尻窄みに小さくなった。確かに昔のような状態で咲耶が傷つくよりは、こうして今のように周囲に認められている方が遥かに良い。ただ昔から咲耶の魅力を理解し、応援してきた自分達にとっては、今頃になって掌を返してきた者達などただのミーハーとしか思えず受け入れがたい。その葛藤が蓮華の中でせめぎあっていた。
「それにしても九条さ……、あっ!咲耶ちゃん……、は凄いですね。あんなにたくさんのファンに囲まれていてもあれほど堂々としていられるなんて……」
「「「…………」」」
芹は女子生徒達に囲まれてバレンタインチョコ攻めにされても、堂々と受け取っている咲耶を少し寂しそうな表情で見ていた。他のメンバーも少しその気持ちが理解出来て黙ってしまった。
自分達は九条咲耶様グループとして認識されている。しかしそれは自分達でなくとも良いのだ。今見てわかる通り最早咲耶様は人物に困らない。声をかければいくらでも側近に取り立てられる人物はいる。咲耶様グループとは咲耶様さえいれば他は誰でも良いのであって、自分達はたまたま初期の頃から咲耶様の側仕えをしていたに過ぎない。
これだけ咲耶様が人気になってしまわれたならば、自分達よりも咲耶様の側近に相応しい者などいくらでも呼べるだろう。唯一無二の存在であらせられる九条咲耶様と、いくらでも替えが利く自分達は対等でも等価でもない。
完璧な対応で、完璧な振る舞いで、女子生徒の行列からバレンタインチョコを受け取っている咲耶様を見詰めながら、少し遠い存在になってしまわれた咲耶様に複雑な心境だった。
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お昼休みはいつもと同じように食堂へと向かった。お昼休みも咲耶様にチョコレートを渡そうと狙っている子もいるが、九条家のSP達がきちんと守って事情も説明しているので突撃してくる無礼者はさすがにいない。
咲耶様にも休憩や昼食の時間は必要であり、そういうタイミングまで押しかけるのは咲耶様に対して失礼であり、また相手のことを考えない自分勝手な行動だろう。九条家の家人達がそのように説明して周囲を規制すれば、それを無理に破ってまで突撃してくるような愚か者は近衛伊吹くらいしかいない。
お昼くらいはゆっくり出来るといつもの席で昼食を待っていると咲耶が口を開いた。
「皆さん、バタバタして申し訳ありませんが、今年もこのような状況ですので、私から皆さんへのバレンタインチョコはこの場で渡させていただきますね」
「えっ!?」
「咲耶ちゃんが私たちに!?」
咲耶が自分達にチョコを渡そうと思ったら凄い数になってしまう。こちらは全員が一つずつ咲耶に渡せば良い話だが、咲耶からすれば全員に一つずつ用意しなければならないのだ。だから自分達は去年のようにチョコレートフォンデュで全員分纏めて渡せるような形になるのだと思っていた。
お優しい咲耶様のことだから自分達に何もないとは思っていなかったが、まさか一人一つずつ用意してくださっているとは夢にも思わなかった。
一人に一つずつ咲耶様からのバレンタインチョコを受け取ってグループメンバー達は感動に打ち震えた。包みからして恐らく中身は手作りではないだろうか。九条家ならば有名店の品を買ってくるくらいはわけないはずだ。それなのにこの人数分を咲耶様が手作りしてくれたのだとすれば……、茅ではないが本当に一生家に飾っておきたくなる。
自分達の分も渡し終え、食事を終えた咲耶はまたチョコ受け取りリレーに向かっていった。それを見送ったグループメンバー達は次第に目に涙を溜め……。
「咲耶ちゃんが手作りしてくれるなんて……」
「正親町三条様じゃないですけど確かに一生置いておきたくなります!」
「そうでしょうそうでしょう」
別に茅が何か褒められているわけでもないのだが、何故か茅はふふんとばかりに得意気な顔になって胸を反らせていた。
「これ咲耶お姉ちゃんの手作りなの?どうしてわかるの?」
「それは包みがお店のラッピングじゃないからよ」
秋桐の素朴な疑問に薊が、こちらも得意気に答えた。しかし秋桐はそれでもなお首を傾げて疑問を呈した。
「知らないお店の包みなのかもしれないよ?それとも包みだけ変えたとか?」
「「「「「…………」」」」」
秋桐に他意はない。祖母、緋桐が経営している喫茶店ではそういうことがあるから、単純に思ったままを言ったまでだ。薊や皐月達のような上位の家の者ならば、中身だけ取り出して包みを変えるということはしない。外から見ただけでどこのお店の物だとわかるようにするのが普通だ。
どれほど有名なお店や、入手困難な希少品であるのかを、一目見て相手にもわかるようにアピールするのが目的であり、それをわからなくするように包みをわざわざ変える理由はない。
だが緋桐の喫茶店のように、そこらで買ってきた物を、包みを破って中身だけで出したり、別の物に包んだりして出所がどこかわかりにくするということも行われる。やることも目的も正反対だが、確かに絶対にないとは言い切れない。
「だっ……、誰か開けてみなさいよ……」
「えー……。私は家でじっくりゆっくりあけたーい!」
「「うんうん」」
皆がお互いに牽制し合う。確かに秋桐にそう言われては中身が気になる。だがこんな落ち着かない外で皆に見られながら自分の分を開けるのは嫌だ。誰かが人柱になって開けて欲しいが自分は御免蒙る。そんな気持ちでお互いに誰か開けろと思いながら睨み合っていた。
「それじゃ秋桐のを開けて!破っちゃいやだよ?」
「秋桐……、あんたって子は……」
ニパッと笑って秋桐が自分の分を薊に差し出す。上級生達からすると自分の分は家でゆっくり、じっくり開けたいので、こうして自分の分を差し出している秋桐は皆のことを思っている良い子だと感じた。しかし当の秋桐はただ単に自分の分を早く開けて中身を見たかっただけだった。この辺りの感性もお嬢様育ちの上級生達と一般家庭育ちの秋桐とでは随分と違う。
「薊は不器用なので私が開けますね」
「不器用って何よ、不器用って……」
皐月の言葉にブツブツ言っていた薊だったが、確かに包みを破らず綺麗に剥がす自信がなかったので皐月に任せた。皐月が丁寧に開けた中身は……。
「てっ……、てっ……、てっ……、手作りです……」
「これは間違いなく……、咲耶ちゃんの……、手作り!!!」
「うわぁ!咲耶お姉ちゃんが作ってくれたんだねぇ!上手だねぇ!」
出てきた中身は紛れもなく咲耶の手作りだった。『九条家で作った』のは間違いない。もしかしたら家人達に作らせて咲耶が作ったのではないかもしれないが、それでもこれは『咲耶の手作り』と言って良いものだろう。
「ひゃっほーーーうっ!」
「いやっふーーーっ!」
本当に咲耶の手作りだと知って、グループメンバー達は壊れた。その喜びをどう表現すれば良いかわからず、お嬢様らしくもなく踊り狂う。そして茅はスマートフォンを取り出してこの喜びを伝えようとキーを叩く。
『咲耶ちゃんから特別製の手作りバレンタインチョコを貰ってしまったわ!もちろん貴女にはありませんよ!私だけ!私だけの特別製なのですからね!』
茅がメールを打つとすぐにピロリンと返信があった。それに目を通す。
『貴女が貰ったかどうかはともかく私にないなんてどうして貴女にわかるのよ!?私にだってあるはずよ!』
「ふふっ……。ふふふっ!ないわよ!これは……、咲耶ちゃんがくれた私だけの特別なものなのよ!」
この後暫く茅と菖蒲によるメール合戦は続いたのだった。
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上目遣いで顔を赤くしながら、モジモジと咲耶が椛に向かって包みを差し出す。それは昨日咲耶が手作りしていたチョコレートだ。つまりこれは咲耶が自分に贈ってくれているバレンタインチョコなのだ。
「咲耶様……、咲耶様のお気持ちは確かにいただきました。まさか咲耶様がこの椛のことをそこまで愛してくださっていたなんて……、今まで気付かず申し訳ありませんでした」
「あっ……、愛しているだなんて……、そんなにはっきりおっしゃらないで……。恥ずかしいわ……」
バレンタインチョコを受け取りながら差し出していた咲耶の手を取る。咲耶はますます赤くなり小さくなっていた。その姿が愛らしく愛おしい。
「今までお待たせして申し訳ありませんでした。さぁ、咲耶様……」
「ぁ……」
握っていた手を肩と腰に回し、咲耶を優しくベッドに押し倒す。目を伏せて少しプルプルと震えている咲耶は、しかし抵抗することなく椛に圧し掛かられた。
「それでは咲耶様……、これは私からのお返し。そして私の気持ちです」
椛は自分も包みを取り出すと中身を一つ摘んで咲耶の口へと押し付けた。プルンと瑞々しく張りのある咲耶の唇に、椛が押し付けた生チョコが触れる。柔らかい生チョコは咲耶の体温によってすぐに溶け出した。
「んんぅ……。もっ、椛ぃ……」
咲耶が潤んだ瞳で椛を見上げる。ちゅぷちゅぷと溶けた生チョコと椛の指についたココアパウダーを舐め取る。
「あぁ……、咲耶様……。もっと……、もっと味わってください。椛の……、椛のチョコレートを……、もっと……」
指先に這う咲耶の舌が触れるだけで得も言われぬ快感が駆け抜ける。必死に椛の指を舐め、しゃぶる咲耶は熱に浮かされたように潤んだ瞳で椛を見上げていた。
「ぷぁ……、もみじぃ……、私は……、私はもう……」
「ふふっ。咲耶様……。まだです。まだですよ。次は……、ここに……」
トロトロと自分の胸の谷間にチョコクリームを垂らせる。それを熱い視線で見詰める咲耶の頭を抱き寄せ……。
「さぁ、咲耶様、めくるめく快楽の世界へ……」
咲耶の顔が今、椛の胸に……。
「………………え?」
椛がガバッと顔を上げる。
「あれ……?咲耶様は……?」
ボーッとした頭で考える。自分はさっきまで咲耶と二人でめくるめく快楽の世界へ旅立とうとしていたのではなかったか?それなのにいつの間にか胸に抱き締めていたはずの咲耶が枕に変わっている。今椛の胸に挟まれているのは咲耶の頭ではなく使い慣れた自分の枕だった。
「ここは……、私の……、部屋?」
先ほどまでは咲耶の部屋でバレンタインチョコを渡されて、一緒に咲耶のベッドに潜り込み、二人で……。それなのに今居るのは間違いなく住み慣れた自分の部屋だった。自分は一体いつの間に自分の部屋に戻ってベッドに入ったのか。まったく思い出せない。
「…………え?…………え?」
そして次第に状況が飲み込めてきた。先ほどまでの甘い時間は全て……。
「夢オチかよっ!!!!!」
椛はボスンッ!と枕を叩きながら叫んだのだった。




