第四百十一話「配る」
お昼休みにチョコレートを渡すことが出来たのは、薊、皐月、茜、椿、譲葉、蓮華、芹の同級生七人と、秋桐、蒲公英、桔梗、空木、李、射干、真弓、薺の下級生七人。それから茅さんで十五人だ。配る相手が一気に減ったから何かかなりすっきりした気がする。
「咲耶様!これは私からのバレンタインチョコです!受け取ってください!」
「ええ、ありがとう薊ちゃん」
「咲耶ちゃん、私からも!」
「咲耶ちゃん!」
「ちょっ!まっ!待ってください!一つずつ!一つずつお願いします!落ち着いて!」
薊ちゃんが俺に包みを渡してくれると皆がこぞって迫ってきた。さすがに皆にこんなに迫られたら処理しきれない。俺は逃げも隠れもしないから一つずつ落ち着いて渡して欲しい。
「咲耶ちゃん!これはお姉さんからよ!」
「ありがとうございます、茅さん」
下級生達はまだバレンタインチョコを贈るという感覚がなかったようで誰も用意していなかった。俺に渡してくれたのは同級生の皆と茅さんだけだ。下級生達は自分達が用意していなかったことを悔やんで俯いていたけどそんなに気にすることはない。まだ三年生だし人に贈るというより人から贈られる感覚なのは当然だろう。
「咲耶様、そろそろ午後からの受け取りを始めたいと思いますが……」
「そうですね……。皆さんごめんなさい。少し席を外しますね」
「「「いってらっしゃーい!」」」
仲間内での交換も終えて、昼食も済ませたらまた午後からのチョコレート受け取りリレーを再開しなければならない。用意してくれている子の総数はもう決まっているんだから、それらを受け取ってしまわないことには俺は帰れない。ならば今日もきちんと帰るためには休み時間も惜しんで受け取るしかないだろう。
「椛、これはグループの皆さんからいただいたものです。これらは別に保管しておいてください」
「心得ております」
皆がくれた分は大切なものだ。他のものと一緒にしておくわけにはいかない。椛もそれをわかっているから恭しく受け取ると黒服達に命じて別枠としてきちんと保管するように指示していた。
午後からも時間の許す限りチョコレート受け取りリレーを行っていたけど結局放課後まで終わらず、放課後もそれなりの時間になってようやく全てを受け取り終えたのだった。
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放課後の校舎を歩きながら考える。今年俺が受け取ったバレンタインの贈り物の数は学園に所属する女子生徒の大半分だったんじゃないだろうか?もちろん秋桐達も用意していなかったように低学年の子達は少なかった。それでも一部は持ってきてくれた低学年の子もいたけど割合はそれほど多くない。
でもそういうことをまだ意識していないであろう低学年を除けば、初等科高学年から中等科、高等科、大学の生徒のかなりの数が集まってきていたような気がする。そう……、他の科や大学生達まで行列を作っていた……。贈られた量は去年より遥かに多いだろう。
「はぁ……。どうしてこんなに……」
サロンに向かいながら独り言が出てしまう。これからまだチョコを渡していない相手に渡しに行かなければ……。
「御機嫌よう」
「どうして睡蓮がいつまでも待っていなければならないんですかぁ!」
サロンに入るといきなりそんな声が聞こえた。俺に向けて言ったわけじゃないんだろうけどその言葉だけで俺が原因であることはわかった。
「まぁまぁ……。咲耶たんがここで待ってるようにって言ったんすよ。仕方ないじゃないっすか」
「そんなこと睡蓮には関係ありませぇん!もう帰りますぅ!」
「ちょっと待つっす!そんなことをされたら私が何を言われるかわからないっすよ!」
「は~な~し~て~っ!」
少しそばかすのある中等科の制服を着た女子生徒が初等科の女の子が帰ろうとしているのを必死に止めていた。原因もこの状況のこともわかっているので急いで二人の前に出た。
「ごめんなさい二人とも。お待たせしてしまったわね」
「咲耶たん!何とかして欲しいっす!この子が言うことを聞いてくれないし、五北会のサロンに入って待ってろなんて酷いっすよ!凄く緊張したっす!」
「離してくださぁい!睡蓮には関係ありませぇん!」
帰ろうとしている睡蓮とそれを留めている杏。この二人には俺から今日放課後に初等科のサロンで待っていて欲しいと伝えていた。二人揃って待っているようにと杏に頼んだのも俺だ。睡蓮のことだから一人で放っておいたら勝手に帰ってしまいかねない。だから杏に足止めを頼んでいたんだけど随分苦労をかけてしまったようで申し訳ない。
「ごめんなさいね睡蓮ちゃん。すぐに終わるから……。ハッピーバレンタイン」
「……え?」
俺が差し出した包みを見て睡蓮が呆然としていた。俺の手と顔を交互に何度も見ている。
「受け取ってもらえるかな?」
「おっ……、贈り物に罪はないので受け取ってあげますぅ……」
あまり好きじゃない俺にこんなことをされても睡蓮も迷惑だったのかもしれない。顔を背けてプルプルしながらも渋々俺が差し出した包みを受け取ってくれていた。何か顔は怒ったように、いや、怒っているであろうくらいに頬が膨らみ、顔を赤くして、プルプルしていた。口も真一文字に結んでいるしそんなに嫌だったのかなぁ……。
「こちらは杏さんに……」
「ありがとうございますっす!一生神棚に飾っておくっす!」
「いえ……、食べ物なのでちゃんと食べてくださいね?」
今日は『ますっす』なのか……。それと何か茅さんと同じようなことを言っている。茅さんと杏は仲が良いのは知っていたけど、比較的常識人だと思っていた杏も、茅さんに悪い影響を受けてきているんじゃないだろうか?まぁ二人のことだから俺が口を挟むことじゃないんだけど……。
「そしてこれは竜胆ちゃん」
「ぷーっ!私は睡蓮の後なんですか?」
もう一人、杏と睡蓮のやり取りを椅子に座って見ていた人物、竜胆にもチョコレートを渡す。でも竜胆はそう言って頬を膨らませていた。何かとても可愛い。普段勝気な小さい薊ちゃんのような竜胆だけど、こういう時は可愛く膨れてしまう。まだまだ子供で小さい薊ちゃんのようでとても可愛らしい。
「受け取った順など関係ないじゃありませんか。後でも先でも、その中に詰まっている気持ちは変わりませんよ」
「はぅっ!咲耶お姉様のお気持ちが詰まったバレンタインチョコ!仏壇に飾っておきます!」
「いえ……、ですからちゃんと食べてくださいね?」
まぁ食べる前に仏壇に上げておくのはおかしくはないかもしれない。でも茅さんや杏みたいに一生飾っておくとかそういうのはやめて欲しい。
「それでは帰りましょうか」
「はいっす!ありがとうございましたっす!」
「咲耶お姉様一緒に帰りましょう?」
「ごめんなさい。私はこれからまだ行く所があるの」
俺達以外誰もいないサロンにずっと居ても仕方が無い。皆で帰ろうと動き始めたけど一人動いていなかった。
「むーっ!睡蓮を置いていかないでくださぃっ!」
「別に置いてないし。貴女が勝手に遅れてるだけでしょ?早く来なさいよ」
「睡蓮はそんなに早く歩けないんですぅっ!」
何だかんだ言いながら、睡蓮と竜胆って仲が良いのかな?喧嘩するほど何とやらって言うし。家格的に考えれば竜胆にこれだけズケズケ言える睡蓮も大したものだし、それを許している竜胆もそれだけ気を許しているということじゃないかと思う。
案外……、俺達が卒業した後も初等科五北会はうまくまわるんじゃないだろうか。この二人を見ているとそんな気になれたのだった。
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十八人に配り終わり、学園を出ると蕾萌会へと向かった。次なるターゲットは菖蒲先生と緋桐さんだ。まぁ緋桐さんというか幸徳井家には色々と迷惑をかけてしまっているし、秋桐とは別に幸徳井家にも一つ贈っておこうと思う。
「御機嫌よう菖蒲先生」
「こんにちは咲耶ちゃん」
何か菖蒲先生が見るからに挙動不審というか、明らかにソワソワしている。そして俺が持っている包みをチラチラ見ている。包みを動かすとそれを目で追っていて見ていて可愛いんだけど、いつまでもこうしていても埒が明かないので手早く渡すことにする。
「菖蒲先生、ハッピーバレンタイン!」
「これは私が貰っても良いのかしら?」
「はい。菖蒲先生のために手作りしたものですので受け取っていただけなければ困ります」
「ほら!ほら!やっぱり私の分もあるじゃない!茅の奴!私にはないだなんて嘘を言って!ありがとう咲耶ちゃん!大切にいただくわね!」
包みを受け取ってくれた菖蒲先生は頬ずりしながら大事そうに抱えてくれていた。その言葉からしてどうやら茅さんから自分はチョコを受け取ったことと、菖蒲先生にはないという嘘の情報が流されていたようだ。どういう流れで何故茅さんが菖蒲先生にそんな嘘を吐いたのかはわからないけど、菖蒲先生にだけ用意してないなんてことがあるはずもない。
「この後喫茶店で良いですか?マスターというか、幸徳井家にも日ごろのお礼とお詫びも兼ねて渡したいのですが……」
「ええ。行きましょう」
何かもう俺と菖蒲先生はナチュラルに蕾萌会をサボることが定番になっている気がする。でも別にそれで問題もないからまぁいいか。
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いつも通りの道を通って喫茶店へとやってきた。前までは夕方なんてガラガラだったけど、オフィシャルショップになってからはチラホラお客さんも入っているそうだ。今も何人かのお客さんがいるけど気にせず店に入ってカウンター席に座る。
「いらっしゃい、咲耶ちゃん、先生。いつものでいい?」
「はい」
「お願いします」
とりあえず席に座るとマスターがそう言ってくれた。まぁいつものって言うほど決まったメニューをいつも頼んでるわけでもないと思うけど、菖蒲先生にはコーヒー、俺には紅茶が出された。それからこれは……。
「マスターの手作りですか?」
「そうなの。今日来てくれたお客さんにサービスしようと思って。バレンタインデーでしょう?」
俺達の所謂『いつもの』というのはコーヒーと紅茶とお勧めのお茶請けだ。今日マスターが出してくれたお茶請けはマスターの手作りのチョコだった。まぁ手作りと言っても俺と同じ、買ってきた材料を溶かして型に流しただけだけど、それでもお客さんに出す分だけ作ろうと思ったら結構な手間だろう。
マスターはお菓子作りが趣味とは言っても、これだけの量を作ろうと思ったら本当にもうプロの仕事と変わらない。毎日色々作ってるわけじゃないとしても趣味の範疇は超えているんじゃないだろうか。
「あっ!マスター、これは私から日ごろのお礼とお詫びにバレンタインの……」
マスターから貰うばかりじゃ何をしにここまで来たのかわからない。幸徳井家用に用意してきた包みを出しながら渡そうと思った時、カランカランとドアベルが鳴って二人の男性が入ってきた。
「はー……、疲れたよ」
入ってきたのは友康と保幸の男性コンビだった。保幸は少し離れた所で俺と目が合って立ち止まっていた。その顔は若干口元が引き攣っていたような気がする。どうして保幸がこんな表情をしているのかわからない。何か悪いことをしてしまっただろうか?
「おっ、お義父さん!九条様が……」
「ん~?仕事は終わったんだ……。オフの時くらい九条も近衛もなしにしてくれ。これ以上九条や近衛に関わっていたら今度こそ胃潰瘍が胃癌になってしまうよ」
「違っ!お義父さん!いつもみたいに余計なことは言っちゃ……」
「お?緋桐のチョコレートか。会社でもたくさんチョコレートを貰ってしまってな。とてもじゃないが食べ切れんよ。いくら会長とはいえこんなおじさんに贈ってくれるのはうれしい限りだが、胃痛もあるしそんなにチョコレートばかり食えんよ。今なら九条家のお嬢さんに贈られても余らせてしまうな!モテる男というのも辛いものだ!はっはっはっ!」
「あ~~~……」
保幸は額に手を当てて首を振っていた。このジェスチャーはまるで『あちゃ~……』というような感じだ。でもそれを隣で聞かされている俺はそんなことを気にしている余裕もない。
「申し訳ありません……。日ごろご迷惑をおかけしているのでお礼とお詫びのつもりで持ってきましたが、どうやらかえってご迷惑をおかけしてしまったようで……」
マスターに向かって差し出していた包みはまさに友康が食傷気味だと言ったチョコレートだ。そうだよな……。会社の会長ともなれば女子社員からたくさん贈られるだろうし、このシーズンに代わり映えのしないチョコを贈られても迷惑なだけだろう。
俺だって良く知りもしない子達から大量にチョコレートを貰っても扱いに困っている。グループの皆からの分はありがたくいただいているけど、相手が何者かもよくわからない贈り物は口にすることもない。友康にとっては俺からの贈り物はそういう物と同等だということだろう。
お詫びのつもりで持ってきたのに余計に迷惑をかけてしまうとは……。
「くっ、くっ、くっ、九条咲耶様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!!いや、違っ、違うんです!今のは嘘です!言葉の綾です!違うんですぅっ!うっ!いたっ!いたたたっ!」
俺に気を使ってくれたらしい友康はまたお腹を抱えていた。どうやら胃痛まで再発させてしまったらしい。あまり俺が居たらますます友康に迷惑をかけると思って、とりあえずマスターにチョコを渡して逃げるように喫茶店から出た。
幸徳井家にはさらに迷惑をかけてしまったけど、とりあえずこれで二十個は渡し終えた。残るは五つ。友康に直球であんな風に注意されて少し心がめげそうになっているけど、それでも俺は残りを配ろうと気力を振り絞ったのだった。




