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第四百六話「再チャレンジ」


 三学期になってから俺の昼食は皆が作ってきてくれるお弁当ということになった。初日の薊ちゃんのお弁当ははっきり言うと食えた物じゃなかったけど……、二日目は大成功だった!


 二日目に手作り弁当を持ってきてくれたのは皐月ちゃんであり、その手の込んだお弁当はとても六年生の子が作ったようには思えなかった。皐月ちゃんが料理をそこそこ出来ることは知っていたつもりだったけど、それはまったくの間違いだったようだ。


 『そこそこ出来る』ではなく『滅茶苦茶出来る』に評価を上方修正しなければならなかった。


 二日目のお弁当は超当たりで、これなら毎日でもお願いしたいくらいだと思った。そこまではよかった……。でもその後から四回連続で地獄の行軍が続いてしまった……。


 茜ちゃん、椿ちゃん、譲葉ちゃん、蓮華ちゃんと続いたお弁当はどれも壊滅的で、いつも何かを失敗しているお弁当ばかりだった。もちろん薊ちゃんのお弁当ほど壊滅的ではなかったけど……。


 殻が一緒に入っている玉子焼きや、砂糖と塩を間違えて入れてあり得ないほど塩辛い肉じゃがとか……。とにかく毎日一品以上は何かそういう地雷が仕掛けられていた。それでも一応食べられる程度には纏まっていたのは本当に皐月ちゃんと芹ちゃんのお陰だろう。


 メニューも簡単な物をチョイスして、その作り方も徹底的に指導して、二人の指導と苦労があったからこそ食べられるお弁当が出てきたのだとわかる。ただしメニューが単調だ。


 初心者でも出来る簡単メニューと言えば種類が限られている。それを四人が連続で作るのだから毎日同じようなメニューを食わされることになるのは必然と言えよう。しかも毎日どこかには地雷が仕掛けられているし……。


 滅茶苦茶辛いとか、滅茶苦茶甘いとか、そういう数々のトラップを乗り越えてようやく四人のお弁当を超えた先には……、芹ちゃんによる普通のお弁当がやってきた。この時ばかりは俺も目に涙が浮かんだものだ。何とか耐えられたとはいえ、四人のお弁当が四回続いた時は心が折れそうになっていた。それを乗り越えて出てきた普通のお弁当は後光が差しているようにさえ見えたものだ。


 皐月ちゃんのお弁当は和風のとても手の込んだ凝ったものだった。それに比べたら芹ちゃんのお弁当はやや洋風の、所謂お弁当と聞いてイメージするような普通のものだ。でもこちらも手が込んでいて、から揚げとかも冷凍食品じゃなくて手作りのから揚げだった。


 メニューは一般的でも、その手の込みようは相当なもので、芹ちゃんも料理がかなり上手だということが実感された。同級生グループの中では皐月ちゃんと芹ちゃんは間違いなく料理の腕が良い。皆に指導役として頼まれたのも頷ける。


 同級生が一巡すると再び茅さんのお弁当の番になった。茅さんも皐月ちゃんに対抗しようとしたのか、この後に出てきたのは和風のお弁当だった。でも残念ながら料理の腕は皐月ちゃんには一歩及ばない。


 もちろん茅さんも普通の料理の腕はある。でも特別料理が得意というわけでもなく、あくまで普通程度に料理が出来るくらいだと言わざるを得ない。それでも十分なんだけど、皐月ちゃんに対抗しようとして同じジャンルで勝負してしまったから、その腕の差がより明らかとなってしまった。


 まぁ茅さんも昔は薊ちゃんのように壊滅的な料理の腕だったらしいので、ここ数年の練習の成果としてこれだけ出来るようになっただけでも大したものだと俺は思う。どちらかと言えば皐月ちゃんが歳の割りに出来すぎる。


 でも待てよ……?


 茅さんが和風にこだわらずに普通のメニューを作るとしても、芹ちゃんに及ばないような気もする。芹ちゃんと皐月ちゃんは料理のジャンルが違うからどちらがどうとは比べにくい。和風の凝った料理というなら皐月ちゃんの方が上だろうけど、洋風のメニューとすれば芹ちゃんの方が上かもしれない。


 茅さんは和風では皐月ちゃんに及ばず、洋風では芹ちゃんに及ばないという所だろうか。でもそれも悪いわけじゃなくて、どちらも普通程度には出来ると思えば浅く広く研究して練習しているということだろう。


 この三人はそれぞれ長所短所があるとして……、再び薊ちゃんの番が回ってきた。食堂へと歩く道中からして俺は変な汗が止まらない。


「(薊……、今日は大丈夫なのでしょうね?)」


 後ろでコソコソと話している皐月ちゃんの声だけど……、俺に聞こえてますよ……。何かそんな会話をされていたら不安になって仕方が無い。


「(…………大丈夫よ)」


 でも、こっそり後ろの様子を見た時にそう言った薊ちゃんの表情は真剣そのものだった。前のお弁当の後から薊ちゃんはずっと難しい顔をしていた。他の皆のお弁当も真剣に見ていたし、いつも何か難しい顔をして、あまりはしゃいでいなかった。


 多分……、薊ちゃんは薊ちゃんなりに思うところがあったんだろう。前回のお弁当はかなりショックだったに違いない。俺がギブアップして残したお弁当を自分でも味見して吐き出していたからな……。


 そもそも何故お弁当に詰める前に味見をしないのかと問い詰めたい気分だったけど、そんなことも言えそうにないほどの雰囲気だった。魚は味見出来なかったのはまぁわかる。もし味見に身をほぐしてあれば一目でわかってしまうからだ。だから焼き魚の味見が出来なかったのは仕方がないとしよう。でもどうして他の物は味見したりしなかった?


 普通あんな見るからに生煮えの煮物やお米があったらまず確かめてみようと思わないだろうか?時間がなくてそのまま詰めてきたらしいけど、むしろ時間がなかったからこそあれもこれも生や生煮えだったんじゃないのか?


 まぁもうそれを責めようというつもりはないけど、せめて今度は食べられる物でありますように。そう思わずにはいられなかった。でも今の薊ちゃんの様子を見ていたらそんなこと口が裂けても言えない。どう見ても思い詰めているような、これ以上余計なことを言ったらどうなるかわからないような危うさを秘めている。


「咲耶様……、今日はこちらを……」


「はい……」


 下級生達とも合流して、皆はいつも通りに注文を済ませて、いつも通りのテラス席に座る。三学期からはお弁当を持ってきてくれた人が俺の隣に座るのが定番となっており、今日のお弁当当番である薊ちゃんが隣からお弁当を差し出してくれた。そのお弁当を受け取りながら我知らずゴクリと喉が鳴った。


 まず……、包みは小さい。前回の三段の重箱と違って明らかに女の子向けの小さいお弁当箱だ。今日までの間に他の皆が持ってきてくれたお弁当よりさらに少し小さいくらいだと思う。


 包みを解いてお弁当箱を取り出すとその蓋を開けてみれば……。


「これは……」


 小さいお弁当箱に半分ほどがご飯、残りのおかずは玉子焼き、焼いたウィンナー、それから茹でたブロッコリーとニンジンが添えられていた。隙間も出来だけ出来ないように詰められており、ご飯やおかずが寄ったりもしていない。


 完璧だ。完璧なお弁当に見える。


「召し上がってください」


「…………はい」


 真剣な表情の薊ちゃんと見詰め合ってから頷き、お箸を取る。まずは……、ブロッコリーをいただく。


「…………」


「…………」


 俺が食べている様子を無言で薊ちゃんが固唾を飲んで見守っていた。ちょっと食べ難いけど薊ちゃんの気持ちもわかるので何も言わずに本人の好きにさせておく。


「うん……。ちゃんと塩も効いていてしっかり茹でられていますね」


「…………ほっ」


 俺がそう言うと少しだけ息を吐き出して表情が緩んでいた。でもすぐにまた真剣な表情に戻る。まだ油断出来ないと気を引き締めたんだろう。続いて俺はニンジンを食べる。こちらもきちんと火が通っている。前回はコリコリシャクシャクの生ニンジンだったけど、今回はほどよく柔らかい茹でたニンジンだ。


「次は玉子焼きを……」


「…………」


 まぁここまでは序の口。野菜を茹でるくらいなら誰でも出来る。何ならレンジでチンするだけでも出来るものだ。つまり本当の勝負はここから……。


「ん……。砂糖が入っているのですね。少し甘めですがおいしいです」


「~~~ッ!~~~ッ!」


 俺がそう言うと薊ちゃんの表情が一気にニンマリ笑った形になった。でも声は出さない。口はにゅっと上がっていて頬は紅潮しているけど、あくまで声は出さず我慢しているつもりらしい。本当にまだ気を緩めていないところをアピールするならそもそもその表情が駄目だと思うけど……。


 それよりも玉子焼きだけど、出汁じゃなくて砂糖が入った甘い玉子焼きだ。人によっては玉子焼きが甘いとおかずじゃないと思う人もいるかもしれない。でも俺は別に甘い玉子焼きでも食べられる。そこは人の好みだと思うし、料理の腕や良し悪しとは別問題だ。この玉子焼きはちゃんと出来ている。


「次はウィンナーを……」


 皮に切り目を入れた焼いたウィンナーを口へ運ぶ。


「塩コショウも丁度良いですね」


「――ッ!――ッ!」


 もう薊ちゃんが満面の笑みを浮かべてピクピクしている。本当ならヒャッホーとでも叫んで飛び上がりたいのかもしれない。


 ウィンナーも皮が変な所で裂けないように切り目を入れて、塩コショウを適度にふって焼かれている。ボイルも悪くないけど焼きウィンナーも悪くない。


「ご飯もいただきましょうか」


 今日のお米は前と違ってバラバラと落ちない。ちゃんともっちりふっくらしていて炊けている。普通に炊飯器で炊いたと思われる普通の炊けたご飯だった。


「薊ちゃん……、よく頑張りましたね。どれもちゃんと出来ていますよ」


「~~~~~っ!!!咲耶様~~~~っ!薊は……、薊は……」


 感極まった薊ちゃんが泣きながら俺に飛びついてきた。慌てて受け止める。お弁当とお箸を置いていてよかった。持ったままだったらひっくり返して大変なことになっていたかもしれない。


 はっきり言えば薊ちゃんのお弁当に入っているメニューなんて料理とも呼べないようなものばかりだ。だけどそれを言うのは違うと思う。確かに簡単なメニューばかりだけど、これまでお嬢様として育ち、ほとんど料理なんてしたこともなかった薊ちゃんが、前回挫折を味わって、ようやく本気で取り組んで初めて作ってくれたお弁当だ。それを馬鹿にする奴が居たら俺が許さない。


 前までの薊ちゃんはどこか料理を舐めていただろう。料理なんてテキトーにチョチョイと作れば出来る、なんて普段料理しない人は思いがちだ。確かに味も出来上がりも何も考慮しないのならそれでも出来るかもしれない。でも料理をきちんと作ろうと思ったら、簡単なメニューですら極めるのは難しい。


 薊ちゃんは前回のことで自分の浅はかさを反省し、今度こそはきちんと作ろうとこれまで努力してきた。薊ちゃんのお弁当当番の日じゃない時も、薊ちゃんが料理の練習をしていたことはその手を見ればわかる。薊ちゃんは今日のために本気で努力して、本気で頑張って、初めて本気でお弁当を作ってきてくれた。そのお弁当のメニューを馬鹿になんて出来ようはずもない。


「スーッ!ハーッ!スーッ!ハーッ!咲耶様のお胸柔らかい!ボタンや下着が硬いけど柔らかい!良い匂いです!堪りません!スーッ!ハーッ!スーッ!ハーッ!」


「え~っと……、薊ちゃん……?」


 さっき感極まって泣いていたはずの薊ちゃんは、俺に抱きついて何やらおかしなことになっていた。コフーッ!コフーッ!と俺の胸元に温かい呼吸がかけられたり、吸われたりして少しくすぐったい。しかもぐりぐりと薊ちゃんが頭を動かすからブラの金具がちょっと痛いし……。


「ちょっと薊!何をしているの!」


「そうだよー!薊ちゃんだけずるいよー!」


「咲耶ちゃん!私も!」


「ちょっ、ちょっ、ちょっ!?皆さん落ち着いて……」


 薊ちゃんの行動に呆気に取られていたけど、それを見て皆がまた俺の周りに集まり始めた。またいつかのように皆で集まって抱き合って団子になる。


「ちょっと!今日は私の番でしょ!」


「お弁当当番は薊でも、ドサクサに紛れて咲耶ちゃんに抱き付くことまで許容はしていません!」


「はぁ~~~っ!咲耶ちゃんの温もり……」


「スーッ!ハーッ!スーッ!ハーッ!咲耶ちゃんの香りが……」


 皆に抱き付かれたり、髪の匂いを嗅がれたり、もう何が何やらわけがわからない。しかも皆のまだ青い果実が押し付けられて気持ち良いやら恥ずかしいやら、わけがわからなくなってしまう。


「皆さん落ち着いて~~~っ!」


「はぁ……、九条様の周りにいるといつもこれですね……」


「まぁ皆様のお気持ちもわかります」


「私達だって立場が立場なら一緒に抱き付きたいですし……」


 後ろに立っている射干達の言葉を聞きながら、俺はまた皆に埋もれていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 薊ちゃんも茅さんも登場初期の頃の本人に今の姿を見せたら絶対ワナワナしながら起こりそうな位に変わったよなぁ
[良い点] イイハナシダナー・・・薊ちゃん? [気になる点] イイハナシカナー?・・・いやー、フェロモンのせいかな? [一言] イイハナシダッタノニナー・・・薊ちゃんが椛になってしまう
[良い点] 癒しの効果w。咲耶様は、アロマオイルだったのかwww。 [一言] やっぱり、皐月ちゃんの弁当が一番出来が良かったね。流石、咲耶グループNo.2の実力w。 今回の薊ちゃん達の料理の苦戦と惨…
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