第四百七話「槐の陰謀?」
皆のお弁当当番も何とか?回るようになってきた一月の半ば頃、今日は鷹司家のパーティーが開かれる。初等科では最後の上位の家による大規模パーティーだ。下位の家によるパーティーや小規模パーティー、あるいは部外者を招かない派閥などの集まりは開かれるだろう。だけど五北家による大規模パーティーはこれが最後だ。
九条家のパーティーも年度内には準備が進められ、招待状も送られる。春休み中にマナー講習なども行われるから勘違いしがちだけど、九条家のパーティーはあくまで『新年度で一番最初のパーティー』であり、最後のパーティーはこの鷹司家のものとなる。
九条家のパーティーについてはちょっと、というか、かなり、というか、悩みがある。基本的に俺達五北家が主催しているパーティーは、あくまで学園に所属している子供達が主催者だ。だから呼ばれるのは基本的に同じ科に通っている子が中心となる。
もちろん近衛家のように大規模パーティーならば、あまりそういうことに関係なく、多少年が離れていても子供のいる家がかなりランダムに呼ばれていたりする。この鷹司家のパーティーの場合は『五北会メンバーが中心』という選び方だから、科の区別なく『五北会メンバー』が呼ばれる。でも九条家と二条家は微妙だ。
二条家は『特徴がないのが特徴』とまで言われるほど平凡なパーティーを開いている。だから招待客もよほど親しいとか何か理由がある者以外は『初等科の関係者』という括りで招待客が選ばれていた。
九条家の場合は本当は俺が呼びたい招待客を呼ぶ、というのが目的だったけど、それを誤魔化すために『仮面舞踏会』がテーマとなっている。だから茅さんとか杏とか、初等科以外の相手も呼んでいた。だけど無制限に誰でも呼べるというものでもない。
これまでは基本的に初等科の生徒達が中心であり、招待状を配る時点では在校生でもパーティー時に卒業している者はかなり省かれていた。逆にまだ入学していない生徒でも入学見込みの家には招待状が送られていた。あくまで招待客の中心は俺と同じ初等科の生徒がいる家だった。
次の九条家のパーティーの時……、俺は中等科に上がっている。となれば招待客の中心は中等科でなければならない。初等科の時も一部仲の良かった相手などは卒業生でも呼んだりしていたけど、あくまでそちらが少数だ。
同級生と杏は問題ない。全員が中等科になる。高等科は兄が所属しているから高等科の相手を呼ぶ名分もあるだろう。でも初等科は?
俺が今年度で卒業してしまったら、初等科の子達を大量に呼ぶ名分がない。数人くらいなら呼んでも問題ないけど、主体となるべき中等科よりも初等科の招待客が多いというのはおかしいことになる。まったく呼べないわけじゃないけど、あまりに初等科の子が多すぎるのは問題だ。
九条家のパーティーまでまだしばらく時間はあるけど、招待客の決定や招待状を送るまでにはもうそれほど時間がない。人のパーティーのことじゃなくてうちのパーティーのことも考えないと……。
「咲耶様、鷹司様が参られました」
「今行きます」
少し考え事をしている間に槐がやってきたらしい。今日は俺と槐がパートナーだからいつも通りのお迎えだ。鷹司家が主催だからまだパーティーの時間には早いけど、向こうだって色々と準備があるからパートナーのお迎えも早くなってしまう。
「やぁ九条さん。ドレス、似合ってるよ」
「ありがとうございます、鷹司様」
社交辞令を交わしてから手を取ってもらって車に乗り込む。鷹司家の車に乗り込むのは俺だけだけど、結局九条家の車もついてきて、俺のドレスや化粧を直すメイド達も一緒に現地に向かう。これってはっきり言って無駄だと思うけど……。まぁこういうものだと言われたらその通りにするしかない。
「……ところで九条さん」
「はい?」
車に乗り込んでから暫く他愛無い世間話で時間を潰していたけど、途中でふっと槐の表情が変わった。何事かと思って首を傾げる。
「近衛系列の芸能事務所に所属したんだって?」
「えっ?えぇ……、まぁ……」
今更か?もう新学期が始まってから結構経ってると思うけど、何故今更そんな話題を持ち出してきたのかわからない。伊吹と槐の仲ならとっくの昔にそのことは聞いていると思ったけど……。
「ふぅん……。そうなんだ……。へぇ……」
なっ……、何だ?槐がいかにも不機嫌という顔になってそんなことを言い出した。この腹黒王子は計算高い。自分の感情のままに泣いたり喚いたり怒ったりはしない。表面的にはニコニコと笑顔を浮かべながら、裏で計算に計算を重ねているような奴だ。その槐が明らかに不機嫌ですという顔をわざと表に出す理由は何だ?狙いは何だ?
「九条さんは伊吹と結婚するつもりなの?」
「はぁっ!?何ですかそれはっ!?そんなこと絶対にあり得ません!!!…………あっ」
槐があまりに荒唐無稽なことを言うから、つい腰を浮かせて本気で反論してしまった。まさかこれが槐の狙いか?
「そっか……。うん。わかったよ」
「――ッ!」
槐が……、ニヤリと笑っている……。こいつ……、何を考えているんだ?
やっぱり俺にそう言わせるのが狙いだったのか?この車のどこかに盗聴器や録音機が仕掛けられている?今の会話を録音されたかもしれない。狙い通りの言葉を言わせたから槐は笑っているんだろう。つまりこれはこいつの狙い通りということだ。
俺は先ほどの言葉のあまりのおぞましさについ本音を言ってしまった。槐が満足気に笑って頷いているということは、俺にこう言わせるのが狙い通りだったからに違いない。だったらこれをどう利用するつもりだ?
伊吹に知らせる……、はないだろうな。そんなことをしても意味はない。いや、意味があるとすれば俺と伊吹の致命的な決裂か……。九条家と近衛家を仲違いさせて揉めさせることが目的だったならばそれもあるかもしれない。でもそんなに単純とは思えない。槐のすることだからもっと裏があって悪辣なはずだ。
先ほどの言葉を近衛家に知らされたくなかったら槐の言うことを聞け……、とか?
でもそれだって無茶な命令に従うくらいなら近衛家との対決も辞さない!と反発されたら余計に困ったことになるのは槐や鷹司家の方だろう。となるとこの線も薄い気がする。
駄目だ……。わからない……。槐が一体何を狙っているのか……。それがわからないと対処のしようもない。
「どうしたの九条さん。表情が硬いよ。今日のパーティーを楽しもう」
こっ、こいつ……。ニヤァッと笑ってなんてことを言うんだ……。この邪悪な笑顔といい、俺の表情が硬いなどと言ったことといい、俺が録音されて何かに使われると気付いたということを、向こうも気付いているとわざわざ言ってきたんだ。本当に何て奴だ……。俺は一体何を強請られるんだろう。
最近は伊吹や槐が大人しいと思って油断していた。こいつらは九条咲耶の天敵じゃないか。迂闊だった自分を殴りたい。
結局……、その後から鷹司家の屋敷に着くまで槐は上機嫌に話していたけど、俺の方は弱味を握られて苦虫を噛み潰した気分だった。
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鷹司家のパーティーの段取りの間、俺は控え室に通されて休んでいた。いくらパートナーだといってもパーティーの準備まで手伝わされることはない。うちから来たメイド達にドレスや化粧を直してもらってから槐と一緒に招待客を迎える。
「ようこそお越しくださいました」
「御機嫌よう」
あれから槐は上機嫌ではあるけどまだ俺には何も言ってきていない。このパーティーの間に先ほど録音した音声を利用するつもりなのか。それともあれは今日のパーティーとは関係なく、後日また何か言ってくるつもりなのか。
何にしろこちらとしては気が落ち着かないけど、だからって無様な姿を晒すわけにもいかない。あるいは俺が動揺して何かミスをするのを狙っているのかもしれない。だから俺は出来るだけ落ち着いて、失敗しないようにいつも通りに振舞えばいい。
「そろそろ時間だから行こうか、九条さん」
「はい……」
鷹司家のパーティーは招待客が少ないのが救いだな。槐が何を狙っているかは知らないけど、こちらは動揺して失敗しないように、まずは一つ一つ片付けていくしかない。
会場内に戻って槐の挨拶が済みパーティーが始まった。その後もまた挨拶を受けたけど、招待客が少ないからこちらもすぐに終わる。
「それじゃ九条さん、一緒にパーティーを回ろうか」
「…………え?」
槐が……、ニヤァッと笑っている。これは……、脅しか……。俺が断ったら先ほどの音声をこの場で流すと?
そんなことになれば上位の家の者達が集まる場で、九条家と近衛家の決定的な決裂を広めることになる。しかも許婚候補とされていながら俺からあんなことを言ったとなれば九条家に大義はない。まさか……、これが狙いか?でもこの後はどうするつもりなんだ?
「くっ……。わかり……、ました……」
「本当?よかった。それじゃあ行こうか」
「くっ!」
槐が突き出してきた腕に自分の手を絡める。屈辱だ……。俺が自分で仕出かした失敗が原因とはいえ、まさか槐にこうも良いように振り回されるとは……。
「まぁ!お似合いのお二人ね!」
「一緒に回っておられるということは九条家のご令嬢は鷹司家と……?」
まるで周囲に見せびらかすかのように槐があちこちを回っていく。俺としては挨拶が終わってパートナーとしての最低限の務めを果たしたら後はダンスまで自由時間として皆の所に行きたかった。でも槐にあんな風に脅されたら黙って従うしかない。これだけで済むかどうかはわからないけど、とにかく今は下手に逆らえない。
「おっ、おいっ!咲耶!どういうことだこれはっ!?槐!説明しろ!」
ちぃっ!また面倒臭い相手が……。
俺と槐が腕を組んでパーティー会場内を回っていると伊吹が声を荒げて近づいてきた。これは槐の狙い通りなのか?槐が何を考え、何を狙っているかわからない。だから俺もどう立ち回ればいいのかさっぱりだ。
伊吹と槐は組んでいるのか?これが二人の狙い通りなのか?それとも伊吹と槐は今回のことで組んでいないのか?それがわからないことにはどうしようもない。
「搦め手ばかり使っていると九条さんに嫌われるってことだよ。まぁ伊吹は単純だから搦め手を使ってるのは靖子さんなんだろうけど……。そういうことばかりするから九条さんにますます避けられるんだよ。僕のように誠実に接していれば想いは伝わるってことだよ」
「なっ!?」
ニチャァッと……、槐がまた俺に邪悪な笑みを向けてきた。よくもまぁいけしゃあしゃあとそんなことが言えるものだ。さすがは腹黒王子……。俺が逆らえないのを良いことにここまで言えるとは……。
でもこれで一つわかったことがある。伊吹のこの驚いた顔は本物だ。この件に関しては伊吹と槐は協力していないと見ていいと思う。つまり今回のことは槐もしくは鷹司家のみで行っていることというわけだ。それならまだ何とかする方法もあるかもしれない。少なくとも近衛と鷹司を同時に相手にするよりはマシだろう。
「咲耶!お前の許婚は俺だろう!何で槐とそんなに親しそうにしているんだ!」
「近衛様……、私と近衛様は『許婚候補』であって『許婚』ではありません。そしてそれは鷹司様も同じです。また今日は鷹司家のパーティーにおいてペアのパートナーとして指名され、その務めを果たしているだけです」
俺だってこんなことは不本意だ。ただ今は弱味を握られて槐の言うことに逆らえない。俺が一人で槐の相手をするよりも、伊吹も槐と敵対してくれたら俺も助かるんだけど……。
「近衛家のパーティーの時は俺とこんな風にしてくれてないだろ!」
「伊吹……、何も泣かなくても……」
「うるせぇ!泣いてなんかねぇ!」
いや……、泣いてるだろ……。この残念王子はどこまで残念なんだ……。明らかにポロポロと涙を流している。六年生にもなる男の子が、そんな大したことでもないのにポロポロと泣くなんて……。
槐もポロポロ泣いている伊吹に興が削がれたのか、先ほどまでの少し挑発的な態度からいつものお友達状態に戻ってフォローを始めた。俺としては今のうちにどこかへ行きたいけど、伊吹と槐が仲直りすることと、俺が槐に脅されていることは別問題だ。
結局暫くの間、伊吹が落ち着くまで槐と一緒にフォローさせられ、落ち着いたと思ったらダンスが始まってしまった。鷹司家のパーティーでは五北会メンバーくらいしか呼ばれていないけど、今回はグループの皆と落ち合うことも出来ず、槐が何をしたかったのかもわからないままパーティーを終えたのだった。




