第四百五話「これが特訓の成果だ!」
俺が涙を流し、皆で抱き合って団子になっていたけどいつまでもそうしているわけにもいかない。周囲の目もあるし、もう少しすれば注文した料理も届くだろう。一度離れてまた皆それぞれの席に座り直した。
「え~……、所で……、茅さんも知っておられたのですか……?」
俺は皆が俺のお弁当のために料理の練習をしているなんて知らなかった。それなのに茅さんは何故それを知っていたんだろうか?
「ええ!この子達がグループチャットを間違えてこちらに書いてきたからわかったのよ!」
「ほ~……」
それを聞いて俺が目を細めると皆視線を逸らした。まぁね?そりゃあると思ってたよ。むしろあるだろうよ。でなければおかしいなと思うようなことが多々あったもんね?
俺が招待されてなくて知らないグループチャットがさぁ……。
俺が知っているグループチャットは、六年生ばかりの同級生グループチャットと、茅さんや杏や下級生達も含めたグループ全員のチャットだけだ。だけど皆は俺の知らない所で連絡を取り合っているだろうとは思っていた。
俺の知らない情報を共有していたり、俺が知らない間に皆で口裏やタイミングを合わせていた。だから絶対にそういうグループチャットがあるだろうことはわかっていたけど……、実際にそうやって俺がハブられているという証拠を突きつけられると辛いものだ。
どういう事情や理由があるにせよ、自分だけが呼ばれていないグループチャットがあって、そこで皆が何か俺の知らない話をしているというのはとても辛い。必ずしもそこで俺の悪口とかが言われているわけじゃないだろうけど、どうしてもそういうことも想像してしまう。
皆はそんな子達じゃないと思う。だけど『俺だけ呼ばれていない』というのがどうしてもそういう考えに繋がってしまうものだ。疑ってるわけじゃないと言いたい所だけど、どうしてもそういう考えが頭をよぎる。
しかも誰かが誤爆した先も俺が呼ばれていないグループチャットだった。茅さんを含むものと、茅さんすら含まないものの、最低でも二つ以上は俺が知らないグループチャットがあるということだ。
「あっ!咲耶様!お料理がきましたよ!食事にしましょう!」
料理がきたのをみて薊ちゃんがそう言った。まぁいいか……。そりゃそういうものもあるだろうと思っていたよ。わかってたさ。ただちょっとその事実を知らされて、もしかして本当に俺ってハブられてるのかな?とか思ってしまっただけだ。
「そうですね……。まずは食事にしましょう」
俺がそう言うと明らかに同級生グループにほっとした空気が流れた。何かそれって俺をハブってるグループチャットのことを追及されたら困るのか?とか思ってしまう。
「さぁ咲耶様!召し上がってください!」
「えっ……、えぇ……、そうね……」
そしてズズイッ!と差し出される三重の重箱の包み……。そうだった。俺は今日これを食べなければならないんだ……。まずは包みを解いて一番上の蓋を開けてみれば……。
「えっ……、え~~~……、鯛の尾頭付きでしょうか?」
まず一番上に入っていたのは(恐らく)鯛の尾頭付きであろう物体だった。
「はい!見た目は少し悪くなってしまいましたが、たぶん食べられると思います!」
『たぶん』『食べられる』……。お弁当を貰ってそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかった……。でもその言葉も納得だ。何故ならばこれは……、真っ黒になっているから……。
形から魚の丸焼きだろうとは思ったけど、真っ黒に焦げていて何の魚なのかもあまり自信がなかった。形や大きさからして鯛かと予想を立てただけだ。見た目にはまったくわからないただの黒い塊になっている。
「二段目は……、全部ご飯っ!?」
そして真っ黒焦げの一番上をどけて二段目を見てみれば……、二段目全体に白いご飯が敷き詰められている。そして点々と赤いあいつ……、梅干が散りばめられている。日の丸弁当の梅干がたくさん並んでるみたいな感じだ。しかも最初は綺麗に並べていたのかもしれないけど、持って来る間に揺すったのかあちこちに飛んだり偏ったりしている。
「あっ!ちょっと寄っちゃってますね!」
いや……、そういう問題じゃない……。そこじゃないんだよ薊ちゃん……。
「そして三段目は……、煮物?」
三段目に入っているのは恐らく煮物だ。カットした野菜を敷き詰めているようにも見えるけど、たぶん、恐らく、辛うじて煮ていると思う。切り方が滅茶苦茶でまったく揃ってなくて、お重にとにかく詰め込んだ、見るからに煮えてなさそうな野菜達だけど……。
「こっちも寄っちゃいましたね!すみません!持ってくる時に寄っちゃったようです!」
違う……。そうじゃないんだよ薊ちゃん……。
明らかに……、これは地雷だ。見えている地雷だ。これを自ら踏みに行くのは愚かな行為だろう。でも俺は行くしかない。皐月ちゃんと芹ちゃんの顔が引き攣ってるけど……、それでも俺はこれを食べるしかないんだ。
「薊ちゃん練習の時より出来るようになってるねー!」
「えっ!?」
譲葉ちゃんの言葉に驚く。え!?これでっ!?
「ふっふーん!そうでしょう!家でも練習したもん!」
「えっ!?」
それを受けて腕を組んで踏ん反り返った薊ちゃんの言葉に再び驚いた。
明らかに皐月ちゃんと芹ちゃんはやってしまったという顔をしている。でも他のメンバーは前より出来るようになってるとか、上達したとか言っていた。皆……、一体練習の時はどんなものを作っていたんだ……?
「咲耶様!まずは鯛からどうぞ!」
「うっ……、うぅ……。そっ、それではいただきます……」
恐る恐る箸を近づける。外側は真っ黒に焦げている。でももしかしたら中は程よく焼けているかもしれない。皮を取って焦げていない部分を食べたら案外いけるなんてのは『あるある』だろう。きっとそうに違いない。そうであってくれ。奇跡的にも中は程よく焼けていてくれ!
箸で身をほぐそうとするとバリバリとあり得ないほど香ばしい音がする。それでも頑張って身をほぐし、外の真っ黒焦げは出来るだけ避けてから取った身を口に……。
「生ぁっ!?」
焼けてない!中はまったく焼けてない!生だ!
恐らくだけど超強火で超短時間だけ外側を焼いたんだろう。だから外側は黒焦げなのに中にはまったく火が通っていない。苦い焦げと生魚の臭みが口の中に広がってハーモニーを奏でている。もし俺がご令嬢じゃなかったらこの場で吐き出していた。
「あっ!それは……、火にかけたらすぐに表面が真っ黒になってしまったので慌てて取り出したんです……。まだ火が十分通ってなかったですか?」
そんなレベルじゃないだろう……。薊ちゃんが超強火でこの魚を炙って、真っ黒になったから慌てて取り出しているシーンがありありと思い浮かぶ。
「それでは煮物の方を食べてみてください!こっちは自信があります!」
「うぅ……」
俺にはもう予想がついている。この煮物らしきモノ達は明らかに形や大きさが不揃いだ。これの何が問題かというと加熱に際して明らかに問題が起こる。形や大きさが不揃いだと早く煮えたり、まだ火が通っていなかったり、それぞれに火の通りが異なってしまう。だからなるべく同じ大きさや厚さにして、火の通りが均一になる方がいい。
薊ちゃんのカットは明らかに不揃いで、しかもでかいものが多い。表面の色を見ても生煮えだとわかるというのに、これほど大きなぶつ切りにしていたらほとんどのものに火が通っていないだろう……。
「生ですね……」
コリコリ、シャクシャクと良い音がするニンジンの塊を食べる。まぁ……、ニンジンなら生でも食えるからまだいい。他にも芋や大根が入っているけどほとんどどれも火が十分に通っていない。でも野菜だから生でも食えなくはない。おいしいかおいしくないかは別にすれば生の野菜なら食えるだけマシ……、なんだろうな……。
「えっと……、えっと……、ごっ、ご飯!お米なら大丈夫なはずです!」
「う~ん……」
いや……、俺はこのお米にも嫌な予感がしてるんだよね……。普通炊いたお米ならもっとふっくらしてるしツヤがあってもちもちしてると思う。でもこのお米は生米みたいな見た目をしている。本当に炊けているのか?という疑問が最初からあった。
いやいや……。大丈夫だろう?お米くらい誰でも炊けるはずだ。そう思いたい。でもこのお米達の姿を見れば見るほどそうは思えない。炊飯器に水とお米を必要な量だけ入れてスイッチを押すだけなのに失敗なんてするはずがない。
「それでは……」
お米にお箸を突き入れた瞬間気付いた。これは駄目だ……。絶対炊けてない……。炊いたご飯に箸を突っ込んだ時の手応えじゃない。明らかに硬くバラバラだ。ご飯がくっついておらず生米のようにパラパラと落ちる。
「ほぼ生米ですね……」
「そんなっ!?ちゃんとお鍋で炊いたんですよ!炊飯器じゃなくてお鍋で炊いたのに!?」
だからですね~……。炊飯器なら分量を間違えて失敗することはあっても炊けてないことはないだろう。でも薊ちゃんは自分で鍋で炊こうとして失敗したんだな……。
「あっ……、梅干はおいしいですよ」
「それは私が作ったわけじゃありません!出来ている梅干を並べただけです!」
ですよね~……。梅干を自分で漬けれる人ならそもそもこんな結果にならないだろうしねぇ……。
こんなでかい三段の重箱なのに、メニューが三品しかない。魚の丸焼き、ご飯と梅干、煮物……。一段に一種類しか詰めてはならない呪いとかにかかってるんですか?これならもっと小さい入れ物でよかっただろうに、何故こんなにでかい入れ物にパンパンに詰めてきたのかわからない。
「薊!だから最初は凝ったものにせず、玉子焼きやウインナーにしなさいって言ったはずですよ!どうして勝手にこんなものを……」
「徳大寺さん……、私達と約束したじゃないですか……」
皐月ちゃんと芹ちゃんが薊ちゃんに詰め寄る。どうやら二人は薊ちゃんでも出来そうな現実的なメニューのお弁当にするように言っていたようだ。それなのに何故か薊ちゃんはこんなメニューにしてしまったと……。
「だって……、これくらい出来るって思ったんだもん……」
薊ちゃんがシュンとして二人から顔を背けた。薊ちゃんの気持ちもわからないでもないけど……、やっぱり先生の言うことは聞くべきだっただろうなぁ……。
「『だもん』じゃないでしょう薊!私達はちゃんと薊でも作れるメニューを考えてアドバイスしたんですよ!それなのにそれを無視するようなことをするからこんなことになったんです!」
「まぁまぁ……、皐月ちゃんもそのくらいで……」
あまりに凄い剣幕の皐月ちゃんに驚いて間に入った。そりゃ皐月ちゃんや芹ちゃんは皆に料理を教えていたんだろうし、それぞれの実力を考えてお弁当のメニューまで決めていたんだろう。それなのにその努力も無視して勝手なことをされて、しかも失敗しましたなんてなったら怒る気持ちもわからなくはない。でもそれにしても怒りすぎだ。
「これでもう咲耶ちゃんが明日から私達のお弁当はいらないって言ったらどうしてくれるんですか!!!」
「「「「「――ッ!?」」」」」
「そっ……、そんなことで怒っていたのですか?」
皐月ちゃんの叫びに俺はずっこけそうになった。そんなことでここまで言わなくても……。
「それは駄目だよー!」
「そうです!薊ちゃん、どうして先生役である二人の言う通りにしなかったんですか!」
「ちょちょちょっ!?皆さん落ち着いて!?」
俺はそんなことでと思ったけど、それを聞いた皆は今まで皐月ちゃんと芹ちゃんの言葉を聞き流していたのに、いきなり顔色を変えて薊ちゃんに詰め寄り始めた。慌ててその間に入って皆を止める。
「咲耶ちゃんは黙っていてください!これは大事なことなんです!」
「大事は大事だと思いますが、とにかく皆さん一度落ち着いて!」
結局その後暫くは皆でやんややんやと大論争になってしまった。暫く大騒ぎになってからようやく皆落ち着いたので席に着いた。
「いいですか?薊以外の方もよ~く聞いてください。料理はまずレシピを守ってください。お菓子作りならば分量まで絶対に守るのが鉄則です。そしてお菓子作りじゃなくて普通のお料理でも、まだ初心者の間は手順も分量もメニューも全て守ってください!これは絶対です!いいですね!」
「「「「「はい……」」」」」
結局薊ちゃんだけじゃなくて、同級生グループの皆も皐月ちゃんに怒られていた。どうやら冬休み中の練習でもいつも目を離すと勝手なことをやり始めていたらしい。
料理の出来る人がパラパラっと目分量や勘で調味料とかを入れているのを見たら、何だか格好良いように見えるしそれでいいのかと思ってしまう。でもあれは慣れている人がするものであって、初心者ならまずは基本通りにきっちり作るのが上達の早道だ。お菓子作りなんかはレシピをきっちり守らなければちゃんと出来もしない場合だってある。
出来ない物や習っていない物を想像だけで作ろうとしない。レシピや手順を守る。こんな当たり前のことをしないから料理が出来ない人はいつまで経っても出来ない。
誰でも失敗はある。焼きすぎて焦げることもあるだろう。焼けてない時もあるだろう。煮えてない時もあるだろう。でもそういうミスをするのと、最初からレシピやメニュー構成を守らないのはまったく別問題だ。こんなもんでいいだろう、でやっている限りは料理に限らず何も上達しない。
皐月ちゃんの言葉は厳しすぎるくらいだけど、言っていることは何も間違っていない。皆もどうやらお弁当のメニューに関しては守らないつもりだったらしく、それがバレて今は皆一緒に怒られているというわけだ。
「皐月ちゃん……、皆さんももう身に染みたと思いますしその辺りで……。もう皆さんのお弁当はいらないなどとは言いませんので許してあげてください」
「そうですね……。今回はこれまでにしておきます。ですが次に私と芹の言うことを破ったら……」
「わかってるよー!」
「はい!」
「ちゃんとお二人の言われた通りにします!」
皆ビシッ!と背筋を伸ばしてそう言った。皐月ちゃんが相当怖かったらしい。
薊ちゃんの一回目のお弁当は失敗だった。だからってもう皆の手作り弁当はいらないと言うつもりはないけど、そりゃ俺としても失敗せず食べれるお弁当を持ってきてもらいたい。
皆のやり取りを見ながら、明日はせめて食べられるお弁当でありますようにとこっそりお願いしておいたのだった。




