第四百四話「真相を知る」
ついに冬休みが明けて三学期が始まってしまった。今回の冬休みは何かと濃い長期休暇だったような気がする。その原因は俺自身だけどとりあえずそれは置いておく。
「御機嫌よう」
「九条様、御機嫌よう!」
「九条様おはようございます」
俺はいつも通りに百地流の朝練をしてからいつもの時間に学園へとやってきた。師匠とも色々相談したけど、現時点で問題に対応する方法がないということで一時保留となっていた。相談した時は『敵は全て根切りしてやる!』と息巻いていた師匠だったけど、それじゃ解決にならないと言ったらしょんぼりしていた。
それから良い解決方法が出てこなかったことで、一応師匠も諦めたというか、むしろ落ち込んで最近元気がなくなっているというか……。
俺から相談しておいて、『やっぱりいいです』って言っちゃったようなもんだから、師匠としては色々と思う所もあるのかもしれない。少し前までの不機嫌だった師匠の相手をするのも嫌だったけど、今の元気がなくてしょんぼりしている師匠を見てるのも辛い。どうにか元気付けることが出来れば良いんだけど……。
まぁともかくそれでも修行や朝練はあるわけで、今朝もしょんぼりしている師匠と修行をしてきた。俺はいつも通りだけど、大体こういう時は皆は先に……。
「おはようございます九条さ……、あっ、咲耶ちゃん」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「御機嫌よう、皆さん」
芹ちゃんはまだ時々俺のことを『九条さん』と呼びそうになってしまう。昔の俺だったらそれを『距離がある』と受け取っていたかもしれないけど、今の俺はそんなことはない。俺だって名前で呼び捨てにして良いと言われても、ついつい敬称をつけたり、苗字で呼んだりする相手もいるだろう。
芹ちゃんには芹ちゃんの育ってきた環境や周囲との付き合い方というものがある。いくら俺が名前で呼んで欲しいと言っても、芹ちゃん自身の性格や周囲がそれを許さないこともあるだろう。本人も俺の要望に応えようと頑張ってくれているみたいだけど、ついつい何年も呼んでいた『九条さん』が中々抜けないのは仕方が無い。
「咲耶ちゃんおはよー!」
「おはようございます咲耶様!」
「今日は譲葉ちゃんもちゃんと来られているのですね」
皆に囲まれながら席へと向かう。こういう時に来ているか遅れているか半々くらいの譲葉ちゃんも今日は来ていた。まぁ気持ちで勝手に半々とか言ってるけど、実際にはもっと来ている確率は高い。ただ度々遅れる上にそういうイメージが定着しているからそう思ってしまうだけだ。
「ひどーい!私だってちゃんと来てるよー!」
「ふふっ。そうですね。ごめんなさい」
「「「あははっ!」」」
皆も笑ってくれた。やっぱりあのグループチャットで皆が冬休みに会えないって言ったからって、俺が皆からハブられていたわけじゃないんだろう。あるいはそうだったとしても、それにはそれなりの理由があってのことと思える。
あの時は勝手にショックを受けて、勝手に自暴自棄になって、一人で塞ぎ込んでいたけど……、今ならちゃんと何があったのか聞ける。でもその前にまずはしなければならないことがある。
「全員が揃っているのなら丁度良かったです。まずは……、私の勝手な暴走によって皆さんを近衛系列の事務所に所属させてしまい申し訳ありませんでした」
俺は皆に向かって頭を下げた。あれは実質的に俺が皆に強要したも同然だ。というか実際強要されたと思われているだろう。それも理由も説明せず……。いや、そもそも大した理由もなくそうさせてしまった。
あの時の俺はまるでそれが良い方法だというかのように思っていたみたいだけど、今から考えれば何一つ良いことなどない。何か利点があるどころかむしろデメリットや悪い点しかないような話だ。それでも皆は俺の言葉に従ってサインしてくれた。サインしてしまった……。まずはこれを謝らなければならない。
「ん……」
「はぁ……?」
「えっと……?」
皆が困惑した表情でお互いに顔を見合わせていた。もしかしたら俺が何か理由があって皆にそう言ったと思って、それを信じて皆も渋々サインしてくれたのかもしれない。それなのにその理由もメリットも何もなく、ただ俺が馬鹿な判断ミスをしてそうさせてしまったなんて言えば皆はどう思うだろう。それを考えるととても怖い。怖いけど言わなくちゃ……。
「皆さんは私が何か考えや理由があって事務所に所属するようにと言ったと思われたかもしれません。ですがあの時の私は少し正常な判断が出来る状況ではなく、判断を誤り余計なことをしてしまったのです。皆さんが近衛系列の事務所に所属する理由も必要もなかったのです」
「そんなことですか」
「そっ、そんなことって……」
皆に向かって下げていた頭を上げた俺は……、何も言えなくなった。俺を見ていた皆の顔はまるで母が子供を見詰めるかのように慈愛に満ちたものだったからだ。皆は……、こんな馬鹿な俺のせいで巻き込まれたというのに、その俺を許してくれるというのか?
「別にあの契約で私達が何か契約に縛られるものではありませんでしたし……」
「私は咲耶ちゃんと一緒だったら芸能活動してもいいと思ってたよー!」
「気に入らなければやめればいいじゃないですか!ね?咲耶様!」
「でもやっぱり咲耶ちゃんがテレビに出て、世間に注目されている所も見てみたいですね」
「えっ!?それは駄目!咲耶ちゃんは私達だけの咲耶ちゃんでしょ!ミーハーが寄ってくるなんて許せない!」
皆がワイワイと事務所との契約について話し出した。でも皆笑顔で、誰も俺に恨み言の一つも言ってこない。皆が本心でどう思っているかはわからない。でも少なくとも俺に不平不満を言うこともなく、むしろ芸能事務所に所属したことすら楽しんでいるかのようだった。
「皆さん……」
「咲耶ちゃん……、私は驚きましたけど……、でも別にそれで何か不都合があるわけでもありませんし、何か不都合があれば皆さんで乗り越えれば良いじゃありませんか。ね?」
「芹ちゃん……、ありがとう……」
にっこり笑ってそう言ってくれる芹ちゃんに涙が溢れそうになった。でもここは泣くところじゃない。笑え。そうだ。皆と一緒に笑えばいい。
それから俺はどうして皆に事務所に所属してもらうことになったのか説明した。俺が皆のことで落ち込んでいて判断を誤ったというのはまだ説明していないけど、とりあえずマスターの喫茶店のことや、その後で近衛母と交わした話などを説明する。
「なるほど……。それで『判断を誤った』と言われたわけですね」
「ん~?ですが私は間違いだったとは思いませんよ?」
「椿ちゃん?」
少し視線を逸らせて考えていた椿ちゃんがその先の考えを語ってくれた。
「無理やり曲を止めたらそのお客さん達がどういう行動に出るかわからなかったんですよね?だったらやっぱり秋桐ちゃんやそのご家族の身の安全を考えたら、そのまま曲を流していられる状況にしようと思ったのは間違いではないと思います」
「ですがそのために皆さんにこんなご迷惑を……」
確かに今喫茶店はオフィシャルショップとなっており、その音楽や映像を流しても良いということになっている。だから今もいつも毎日同じ時間にあのCDが流されているらしい。でもそのために俺達は近衛系列の事務所に……。
「別に何の迷惑も蒙っていませんよ?ただ名目上近衛系列の事務所に名前だけ所属しているだけでしょう?これからの活動を強要されるわけでもありませんし、私達の名前が所属になっているだけで何の実害もありません」
「それは……、まぁ……」
俺は休みが明ける前に近衛母と腹を割って話し合ったことも皆に伝えた。いや、俺が聞かれた質問については言ってないけど、近衛母と話して俺達をどうするつもりかとか、喫茶店についてどうなるのか聞いた結果は全て伝えている。
その結果から言えることは、別に事務所に所属していても俺達にとっては何も変わらない、ということだ。
曲の権利を事務所が盗るわけでもなければ、何か芸能活動をしなければならないわけでもない。辞めたければいつでも辞められる。
そりゃ今の事務所を辞めて他の事務所で芸能活動をしようと思ったら揉める原因になる可能性はあるだろう。だから芸能活動をしたければ今の事務所ですることになると思う。でも芸能活動をするつもりがないのなら何の問題もない。辞めて引退するというのなら、移籍先の事務所と前の事務所で揉めるとかもない。
近衛母が言った通り、もし俺達が本格的に芸能活動をするのなら今の事務所でして欲しい、という程度の話であり、俺達が芸能活動をしない限りは何の意味もない契約だ。
「そうそう!だから気にしないでください!」
「秋桐ちゃん達が襲われないように、最善の方法で決着出来たと思いますよ」
「皆さん……、ありがとう」
皆なんて良い子達なんだろう。俺がこんな余計なことをしてしまったというのに、理由も聞かずに俺に考えがあってのことだろうとサインしてくれて、後でこんな情けない理由を説明してもこう言ってくれるなんて……。
そんなことを話している間にすぐに時間が過ぎ、俺達は六年生最後の学期、三学期の始業式へと向かったのだった。
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お昼休み……、皆でいつも通り食堂へと向かう。茅さんもやってきてすでに合流している。前の日野家の一件以来茅さんはお昼休みにやってくるようになったからな……。食堂の前でこちらもいつも通りの三年生達と合流して、注文を済ませてテラス席へと向かう。でも俺は食堂で注文していない。
「それでは今年から順番に私達のお弁当を食べていただきますね!一番はこの私!徳大寺薊のお弁当です!はい、どうぞ!咲耶様!」
「あっ……、ありがとうございます……」
今日は俺の隣に座っている薊ちゃんにお重を渡される。まずこれを渡された時点で色々と不安がある。一つは薊ちゃんがあまり料理が得意ではないということ。そしてもう一つはお重が恐らく三段だということだ。三段の重箱をご令嬢が一人で食えるわけがない。
「あら?薊ちゃん……、その傷は?」
お重を差し出していた薊ちゃんの手には絆創膏がたくさん貼られていた。普通に考えたらご令嬢がこんなに手を傷だらけにすることなんて……。
「あっ!いえ!これは……、その……、何でもないんです!あはは……」
明らかに何でもないことはない。一体何故そんなに怪我をしているのかわからないけど、薊ちゃんが何かを隠そうとしていることはわかる。
「薊ちゃん?私には言えないようなことなのですか?」
「いやぁ……、そのぉ……」
少しきつめにそう言っても薊ちゃんは視線を逸らせるだけで説明はしてくれそうにない。何か変なことに巻き込まれているんじゃ?それとも誰かに何かされた?とにかくこのまま放っておいていいのか判断に迷う。
「この子達は私に対抗しようとして冬休みの間に時間が取れるだけ集まって料理の練習をしていたのよ。だからその子だけじゃなくて料理が苦手だった子達はちょくちょく手を怪我しているわ」
「…………え?」
「ちょっ!正親町三条様!どうして言っちゃうんですか!?」
そう言われて見てみれば、皆うまく隠しているけどチラホラ手に怪我をしている子がいる。どうして俺は今まで気付かなかったんだ。薊ちゃんは怪我まみれのせいか隠せないみたいだ。でも他の子は一箇所、二箇所くらいなら絆創膏を使わず見えないようにしたり、貼り方を考えてうまく隠している。
「そっ……、それで……、皆さん冬休みは……、会えないと……?」
「え~……。はい……。ごめんなさい咲耶様……」
「本当はもっと前から練習しようって皆で言ってたんです……。林間学校の時くらいから……」
「でも私達ちゃんと練習してなくて……」
「だから修学旅行でもあんな調子で……」
あぁ……。そう言えばそうだった。林間学校のバーベキューは酷いものだった。修学旅行でもまたバーベキューがあったけど、その時もあまり変わってる様子はなかった。まぁちょっとはマシになってる子達もいたけど、日ごろあまり包丁に触ってないだろうなというのは丸わかりだった。
「そう……、ですか……。それで……」
そっか……。皆で……、冬休みの間に……、俺のためにお弁当をちゃんと作れるようになろうと……。
「えっ!?さっ、咲耶様!?どうかされたのですか?」
「咲耶ちゃんどこか痛いのー?」
「大丈夫ですか?咲耶ちゃん!」
勝手に俺の瞳から雫が溢れてくる。でも今日のこの雫は悪いものじゃない。だから無理に隠そうとしたりする必要はないんだ。
「皆さん……、ありがとうございます……。皆さん……、大好きですよ」
「はわっ!さっ、咲耶様っ!?」
どうしても堪えきれなくなった俺は、隣に座る薊ちゃんをそっと抱き締めた。涙が止まらない。どうすればいいのかわからない。ただ俺は必死で、どう表せばいいかわからないこの気持ちを精一杯表そうと薊ちゃんを抱き締めた。
「あ~~~っ!薊ちゃんだけずるい!」
「咲耶ちゃん私も!」
「咲耶お姉ちゃん、秋桐も!」
「三年生達までドサクサに紛れて!?駄目よ咲耶ちゃん!まずはお姉さんと抱き締めあいましょう!」
俺が薊ちゃんを抱き締めていると、何故か皆も一緒になって抱き合っていつの間にか団子になっていた。もうわけがわからない。何をしているのかもわからない。きっとこんなことはご令嬢らしくなくて、するべきじゃないことなんだろう。
でも……、俺達は皆で泣いたり笑ったりしながら、こうして抱き締めあって団子になっていたのだった。




