解術 王女と術師の…-2
『お母様の声と姿が私を守り支えてくださったように、今度は私が、あなたを支えます。だから、必ず戻ってきてください。お願いです。』
『私はもう、何もわかっていなかった子供ではありません。あなたが何を考え、なぜ離れていったのか、わからないほど子供ではありません。』
時折言葉を詰まらせ、そのたびに視線が横に逸れ、すぐに戻ってくる。必死に気持ちを形にしようとしているエルシャの姿は、王の愛娘として毅然と振舞う王女ではなく、一人の少女のようだ。
だがそれこそ、リジュマールが昔から見守ってきた、彼女本来の姿。
『あなたは私のために、私から離れていった。でもね、遅かったのよ。あなたが離れても私の気持ちは変わらなかった。いいえ、強くなってしまったわ。』
『リジュマール・カナン、私はあなたを愛しています。あなたがいないのなら、私の命など必要ありません。だから……』
その彼女がまっすぐにリジュマールを見つめ、そして微笑んだ。真っ赤に腫らした瞳に雫を湛えて。
『だから、私のために生きなさい。』
「は、……私のお育てした姫様は……そのような、ことを、言うような、っ……」
リジュマールの口から苦笑が漏れた。王族に生まれながら、命令することを苦手としていたエルシャが初めて自分に命じた内容に、彼女の意思の強さを思わずにはいられない。
すっと顔を上げると、いつの間に戻ってきたのか扉に背を預けたフィルドと目が合った。感情の読めないその顔を見つめ、リジュマールはふっと、笑みを浮かべた。
「御師、力をお貸しください。私にはまだやらねばならないことがある。」
「……やっと前を見たね。」
「ええ。……主に、戻らねば死を選ぶと脅されては戻らないわけにはいかない。」
「はいはい。最初からそうやって前だけ見てくれていれば、もっと楽だったんだけどね。僕も君も。」
ぶつぶつと文句を言いながらも、術力で陣を描きはじめたフィルドを見、リジュマールはふらつく足に力を入れて立ち上がった。傍らに置いた小箱は彼女の姿を映し続け、繰り返しその声を響かせている。それらに支えられながら、リジュマールも小さく詠唱を開始した。
それから数日後。
最高位の術師に伴われて、セルナディア王城に赤髪の青年が姿を現した。国王と王子、そして救国のヒロイン暁姫に晴れ晴れとした表情で謝意を述べた。彼らが知る女性としての姿よりもずっと美しく見える彼に、王子は僅かに眉を顰め、暁姫は顔を輝かせて喜々として話しかけ、そんな微妙な空気を察した国王は苦笑を浮かべながら、懐かしい赤髪の術師に早く主人に顔を見せてやれと帰国を促したという。
その後、彼は自分の国に戻り、また一騒動起こすことになるのだが――
それはまた、別の話となる。
主人公が暁姫ではなくなってしまうので、どこまで書こうかなー、と悩んでいる間に一ヶ月近く経っていたのは驚きました。お待たせして申し訳ありません。
ちょこっと補足。
リジュマールはこの後、イエルシュテインに戻り、アルマンとエルシャに無事の報告をします。そして、エルシャに例の映像記録の小箱を残し、その日のうちに一人こっそりと城を抜け出します。
小箱に残されたのは時間属性の術で復元された王妃の映像。手紙に記されたのは感謝の言葉と自分がエルシャとイエルシュテインの害になるのを避けたい、という究極の言い訳。
それを見て、エルシャは自身の辛い恋を諦め、イエルシュテインのため他国へと嫁ぐことを決意……するはずもなく、怒髪天状態で王城を飛び出し、リジュマールを探し始めます。
暁姫はそんなエルシャをサポート。実力差があるのでリジュマールの気配を追うことはできませんが、自分の術の気配が移動していることから、彼が自分が関与した術式を持ち歩いていると察して、その気配の位置をエルシャに伝えていきます。
こうして―
百年前に国ごと捨てるという「逃げ」を覚えてしまった草食男子リジュマールと、国という捨てられないしがらみを背負いながら「追う」という行動に出た肉食女子エルシャの追いかけっこが始まっていきます。
ということで、ここで完結を打っておきます。