第九話 足りないもの
放課後。
アルトは授業が終わると真っすぐ倉庫へ向かった。
「ただいま。」
『お帰りなさい、契約者。』
いつものように工具箱を机へ置き、騎士の右脚を見上げる。
昨日までに右腕の制御回路は修復を終えた。
次はいよいよ脚部。
歩くために欠かせない部分だ。
「今日は右脚だな。」
『はい。』
『右脚関節部の詳細診断を開始します。』
青白い立体映像が空中に浮かび上がる。
骨格のように内部構造が表示され、損傷箇所が赤く染まっていく。
アルトは思わず眉をひそめた。
「……多いな。」
『想定より深刻です。』
◇◇◇
装甲を外す。
十年間、磨き続けてきた外装の内側は、想像以上に傷んでいた。
土埃と錆。
折れた配線。
歪んだ金属骨格。
そして。
「これ……。」
アルトは膝関節を取り外した。
内部の軸受けが粉々に砕けている。
『関節支持軸受け。』
『完全破損。』
さらに精霊が別の箇所を示す。
『魔力伝達板。』
『三枚中二枚が破断しています。』
「これじゃ力が伝わらない。」
『はい。』
『仮に魔力を供給しても、膝関節は作動しません。』
アルトは部品を一つひとつ机へ並べていく。
どれも十年前の戦いで受けた傷ばかりだった。
◇◇◇
「街で買えるかな。」
期待半分で尋ねる。
しかし精霊は首を横へ振った。
『本機は四十年以上前に製造された試作騎士です。』
『純正部品は現存しません。』
「……だよな。」
分かっていた。
だから落胆はしない。
「じゃあ作るしかない。」
精霊は静かに頷いた。
『推奨します。』
『契約者には加工設備があります。』
アルトは倉庫の隅を見る。
そこには年季の入った小型旋盤。
数年前、街の老整備士が置いていった中古品だった。
『捨てるには惜しい。』
『直せるなら使え。』
ぶっきらぼうな言葉を思い出し、思わず笑う。
「あの時は、まさか騎士を直すために使うなんて思わなかったな。」
◇◇◇
精霊が新たな設計図を映し出す。
『関節支持軸受け。』
『こちらが設計寸法です。』
アルトは目を丸くした。
「細かい……。」
『誤差許容範囲〇・〇五ミリ。』
「厳しいな。」
『関節部です。』
『僅かな誤差でも歩行不能となります。』
「なるほど。」
アルトは真剣な表情になる。
旋盤へ金属棒を固定する。
ゆっくり刃物を当てる。
金属片が細く削れていく。
一時間後。
「できた。」
精霊が計測する。
『外径プラス〇・二二ミリ。』
『不合格です。』
「そんなにずれたか……。」
アルトは苦笑しながら部品を手に取った。
削りすぎても駄目。
削らなすぎても駄目。
機械とは思っていた以上に繊細だった。
◇◇◇
二個目。
失敗。
三個目。
僅かに歪む。
四個目。
あと少し。
気付けば外は真っ暗になっていた。
『本日の作業終了を推奨します。』
「もう一本だけ。」
『睡眠時間が不足しています。』
「あと一本。」
旋盤が静かに回り続ける。
集中していると、不思議と疲れを忘れた。
そして五本目。
慎重に測定する。
アルトは息を止めた。
『……。』
珍しく精霊が黙る。
「どうだ?」
『誤差〇・〇六ミリ。』
「惜しい!」
『あと〇・〇一ミリです。』
アルトは思わず天井を見上げた。
「今日はここまでか。」
悔しい。
けれど、不思議と笑っていた。
「昨日より近付いた。」
『はい。』
『昨日は製作できませんでした。』
『今日は、あと一歩です。』
アルトは工具を片付けながら頷く。
「明日ならできる。」
旋盤の上には、失敗した部品がいくつも並んでいた。
誰が見ても価値のない金属片。
だがアルトには、それが確かに前へ進んだ証に思えた。
父の騎士が再び歩く日まで。
その距離は、またほんの少しだけ縮まっていた。




