第十話 職人の勘
翌日の放課後。
アルトは倉庫へ駆け込むと、昨日作りかけた部品を旋盤の横へ並べた。
失敗作が五つ。
どれもあと一歩で規格に届かなかったものばかりだ。
「今日は仕上げる。」
『本日の体調は良好です。』
『集中力も昨日より高い状態です。』
「それなら期待できるな。」
アルトは旋盤へ新しい金属棒を固定した。
刃先をゆっくり当てる。
慎重に。
焦らず。
削る。
測る。
また削る。
一時間後。
『誤差、〇・〇八ミリ。』
「またか……。」
思わず肩を落とす。
あと少し。
その「あと少し」が、どうしても届かない。
◇◇◇
「……何やってる。」
低い声が倉庫へ響いた。
アルトが振り返る。
「あ。」
入り口には、一人の老人が立っていた。
煤で黒く汚れた作業着。
太い腕。
白くなった髭。
街の整備工房で長年働いている整備士、ガンツだった。
「ガンツさん。」
「久しぶりです。」
「毎日来とる。」
ぶっきらぼうな返事だった。
「仕事帰りに灯りが見えた。」
「まだあのガラクタ磨いとるのかと思ってな。」
ガンツは床へ並んだ部品を拾い上げる。
しばらく眺める。
「惜しい。」
それだけ言った。
アルトは苦笑する。
「惜しいまでは来たんですけど。」
「最後が。」
ガンツは旋盤へ近付く。
刃先を指で軽くなぞった。
「坊主。」
「はい。」
「削って終わりだと思っとるだろ。」
「え?」
「最後は磨く。」
「……。」
アルトは目を瞬かせる。
ガンツは近くにあった砥石を手に取る。
削り終えた失敗作へ軽く当てる。
シャッ。
シャッ。
ほんの数回。
「測れ。」
アルトがノギスを当てる。
「え……。」
誤差。
〇・〇四ミリ。
規格内だった。
「そんな……。」
「最後の〇・〇一ミリはな。」
ガンツは鼻を鳴らす。
「刃物で追うもんじゃねぇ。」
「手で合わせるんだ。」
アルトは目を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「礼はいらん。」
ガンツは背を向ける。
「機械は数字通りには動かねぇ。」
「だから職人がいる。」
それだけ言い残し、倉庫を後にした。
◇◇◇
静かになった倉庫。
アルトは完成した部品を両手で持ち上げる。
「職人の勘……。」
『設計図には存在しない技術です。』
精霊が静かに呟いた。
「そうだな。」
「でも。」
「だから人間は面白い。」
アルトは笑った。
設計図だけでは届かない世界。
経験が生み出す一手。
それを今日、初めて知った。
◇◇◇
完成した軸受けを、慎重に膝関節へ組み込む。
ボルトを締める。
最後に固定ピンを打ち込む。
『関節支持軸受け、交換完了。』
「これで動くか?」
『まだです。』
精霊は膝関節の奥を指し示した。
そこには、割れたままの青い板が三枚並んでいた。
『魔力伝達板。』
『こちらが未修復です。』
アルトは苦笑する。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか。」
『はい。』
『しかし、一歩前進しました。』
アルトは頷く。
「昨日より、ちゃんと前へ進んでる。」
膝関節はまだ動かない。
それでも、その土台は確実に修復されていた。
父の騎士が再び立ち上がる日へ向けて。
アルトはまた一つ、新しい技術をその手に刻み込んだ。




